ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症

執筆者:Edward R. Cachay, MD, MAS, University of California, San Diego School of Medicine
レビュー/改訂 2021年 1月
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ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れるリスクは,CD4陽性リンパ球の枯渇の水準に相関する。HIVは脳,性腺,腎臓,および心臓を直接障害することがあり,それぞれ認知障害,性腺機能低下症,腎機能不全,および心筋症を引き起こす。臨床像は無症候性キャリアから後天性免疫不全症候群(AIDS)まで様々であるが,AIDSは重篤な日和見感染症もしくは悪性腫瘍の存在またはCD4陽性細胞数200/μL未満によって定義される。HIV感染症は,抗体,核酸(HIV RNA),または抗原(p24)検査によって診断できる。全ての成人および青年を対象としてスクリーニングをルーチンに勧めるべきである。治療の目的は,HIVの酵素を阻害する2剤以上の薬剤を併用することによりHIVの複製を抑制することであり,複製の抑制を維持できれば,治療によりほとんどの患者で免疫機能が回復する。

乳児および小児におけるヒト免疫不全ウイルス[HIV]感染症も参照のこと。)

レトロウイルスは,エンベロープを有するRNAウイルスのうち,逆転写により産生したDNAコピーを宿主細胞のゲノムに組み込むことによって自己複製する機序をもつものである。2種類のHIVと2種類のヒトTリンパ球向性ウイルス(HTLV)など,数種類のレトロウイルスはヒトにおいて重篤な疾患を引き起こす。

HTLV感染症

ヒトTリンパ球向性ウイルス(HTLV)1型または2型の感染では,T細胞性白血病およびリンパ腫,リンパ節腫脹,肝脾腫,皮膚病変,ならびに易感染状態が生じる可能性がある。一部のHTLV感染患者は,HIV感染患者で起こるものと類似した感染症を発症する。HTLV-1は脊髄症/熱帯性痙性対麻痺を引き起こす可能性もある。

ほとんどの場合,以下の様式で伝播する:

  • 授乳による母子感染

しかし,HTLV-1は以下の様式でも伝播する:

  • 性感染

  • 血液感染

  • まれに,HTLV-1血清反応陽性ドナーからの臓器移植を介した伝播

世界中のほとんどのHIV感染症の原因はHIV-1であるが,HIV-2も西アフリカの諸地域における感染症のかなりの割合を占める。西アフリカの一部の地域では,両方のウイルスが蔓延しており,患者に同時感染することがある。HIV-2はHIV-1よりも病原性が低いようである。

HIV-1の起源は,20世紀の前半に中央アフリカで近縁種のチンパンジーウイルスが初めてヒトに感染した際である。流行が世界的に広がり始めたのは1970年代後半で,AIDSは1981年に認識された。

世界保健機関(World Health Organization:WHO)の推計(1)によると,2019年の全世界のHIV感染者数は約3800万人であり,そのうち180万人が小児(15歳未満)で,全体で約2570万人がサハラ以南アフリカの居住者であった。HIV感染者の約19%が未診断であった。自身の感染を知っていた感染者のうち,治療を受けていたのは67%であった。2019年には,世界で約69万人(うち64%がサハラ以南アフリカ)がAIDS関連疾患により死亡したが,これに対し,2004年は190万人,2010年は140万人であった。HIVの新規感染者数は,1996年には340万人であったのに対し,2019年は約170万人で,うち15万人が小児であった。現在では新規感染例の大半(86%)が発展途上国で発生しており,半数以上がサハラ以南アフリカの女性である。サハラ以南アフリカの多くの国では,HIV感染の発生率は10年前の非常に高い水準から著しく低下しているが,それでも,WHOのFast-Track strategy to end the AIDS epidemic by 2030の基準とは大きな隔たりがある。

2018年の米国では,13歳以上に限定すると121万人がHIVに感染していたと推定され,そのうち約14%はHIV感染の診断を受けていなかった。2018年の症例数は2008年と比べて22%少なく,2014年と比べて7%少なかった。2018年には37,000例が診断された。新規感染例の3分の2以上(71%,23,100例)が同性愛者の男性と両性愛者の男性で発生した。同性愛者の男性および両性愛者の男性における新規感染者数は,黒人/アフリカ系アメリカ人男性で9400人,ヒスパニック/ラテン系の男性で8000人,白人男性で5700人であった(2)。

AIDS

AIDSは以下の1つ以上に該当する場合と定義される:

  • 特定のAIDS指標疾患(3)の発症につながるHIV感染

  • CD4陽性Tリンパ球数(ヘルパー細胞数)が200/μL未満

  • CD4陽性細胞数の割合が総リンパ球数の14%以下

AIDS指標疾患は以下の通りである:

AIDS指標疾患

Revised Surveillance Case Definition for HIV Infectionも参照のこと。

AIDS指標疾患:コクシジオイデス症
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カリフォルニア南部の患者におけるこの胸部CTの冠状断像では,両肺実質全体に複数の小結節状陰影が認められる;この患者のいるカリフォルニア南部は,コクシジオイデス症を引き起こす土壌真菌であるCoccidioides immitisの流行地域として知られている。病変は粟粒結核に類似する。流行地域では,播種性コクシジオイデス症でも同様の病変がみられる。
Image courtesy of Dr. Edward R.Cachay.

総論の参考文献

  1. 1.UNAIDS.org: Fact Sheet: Latest Statistics on the Status of the AIDS epidemic.

  2. 2.Centers for Disease Control and Prevention (CDC): HIV in the United States: At a Glance.

  3. 3.Selik RM, Mokotoff ED, Branson, B, et al: Revised Surveillance Case Definition for HIV Infection―United States, 2014.MMWR63(RR03):1–10, 2014.

HIV感染症の伝播

HIVの伝播には,遊離HIVウイルス粒子または感染細胞を含む体液(特に血液,精液,腟分泌物,母乳,唾液,または創傷もしくは皮膚および粘膜病変からの滲出物)との接触を要する。急性感染症の間は,たとえ無症状でもウイルス粒子の量が多いため,伝播が起きる可能性が高い。唾液を介して,または咳嗽もしくはくしゃみの際の飛沫を介して伝播することはありうるものの,極めてまれである。

職場,学校,家庭で起こりうる日常的な非性的接触ではHIVの伝播は起こらない。

通常は以下により伝播する:

  • 性感染:性交による直接伝播

  • 針や器具関連:血液で汚染された針の共用または汚染された器具への暴露

  • 母子感染:出産または授乳

  • 輸血または移植関連

HIVの性感染

フェラチオやクンニリングスなどの性行為は比較的リスクが低いとみられているが,絶対に安全とは言えない(性行為ごとのHIV伝播のリスクの表を参照)。精液または腟分泌物を飲み込んでも,リスクは有意に増加しない。しかしながら,口腔内に開放したびらんが存在するとリスクが増加する可能性がある。

最もリスクの高い性行為は,粘膜の外傷を引き起こす行為であり,典型的には性交である。アナルセックスの受け側は最もリスクが高い。粘膜の炎症はHIVの伝播を容易にし,淋菌感染症やクラミジア感染症,トリコモナス症などの性感染症,特に潰瘍を引き起こすもの(例,軟性下疳,ヘルペス,梅毒)は,リスクを数倍に高める。粘膜を損傷するその他の行為として,フィスティング(拳の大部分または全体を直腸または腟に挿入すること)や性玩具の使用などがある。これらの行為は,HIV感染者のパートナーや同時期の複数のセックスパートナーとの性交中に行った場合,HIV感染のリスクを高める。

異性愛者では,性交毎の感染リスクは約1/1000と推定されているが,以下の集団ではリスクが上昇する:

  • HIV感染症の初期または進行期(血漿中および性器分泌物中のHIV濃度が高い)

  • 若年者

  • 潰瘍性性器病変のある患者

包皮環状切除により,男性がHIVに感染するリスクは約50%低下するようであるが,これは切除される陰茎粘膜(包皮下側部)が,陰茎の残りの部分を覆う角化重層扁平上皮と比べて,HIV感染症に対する感受性がより高いことが理由であると考えられる。

最近のエビデンスによると,抗レトロウイルス療法によりウイルス量が現在の検出限界を下回る(ウイルス学的に抑制されている)HIV感染者は,性行為を介してパートナーにウイルスを感染させないことが示されている。ウイルスが検出できなければ,ウイルスは伝播できないということである。

表&コラム

注射針および器具関連の伝播

感染血液で汚染された医療器具を皮膚に刺し,曝露後の抗レトロウイルス薬による予防法を施さない場合,HIVが伝播されるリスクは平均約1/300(300回に1回)である。抗レトロウイルス薬による予防を迅速に行えば,リスクはおそらく1/1500未満に低下する。創傷が深かったり,血液が接種されたりすると(例,汚染された中空針により),リスクが高まるようである。中空針の使用と動脈または静脈の穿刺も,多量の血液が移行するため,血液の付着した中実針または他の貫通用器具と比べてリスクが高まる。したがって,他の注射薬物使用者の静脈に刺入された注射針を共用することは,非常にリスクの高い行為である。

適切な予防措置を講じている感染した医療従事者から伝播するリスクは,不明ではあるが最小限と思われる。1980年代に1人の歯科医が,方法は不明であるが,6名以上の担当患者にHIVを感染させた。しかしながら,外科医を含め,HIVに感染した他の医師に治療された患者の広範囲な調査では,症例はほとんど発見されていない。

母親からの伝播

HIVは以下の経路で母から子に伝播される:

  • 経胎盤感染

  • 周産期感染

  • 経母乳感染

無治療の場合,出生時の伝播のリスクは約25~35%である。

HIVは母乳に排出されるため,HIVに感染した未治療の母親が授乳することで,過去に感染を免れた乳児の約10~15%にHIVが伝播されうる。

HIV陽性の母親を妊娠中,分娩中,および授乳中に抗レトロウイルス薬で治療することで,感染率を劇的に低下させることができる。

帝王切開による分娩と出生後数週間以内の乳児の治療によってもリスクが低下する。

多くのHIV陽性妊婦は,治療を受けるか予防薬を服用しているため,多くの国々で小児のAIDSの発生率が低下している(乳児および小児におけるヒト免疫不全ウイルス[HIV]感染症を参照)。

輸血および移植関連の伝播

献血者に対してHIV抗体およびHIV RNAの両検査によるスクリーニングを行うことで,輸血による伝播のリスクが最小限に留められている。米国において,現在輸血を介したHIV感染のリスクは,おそらく輸血量1単位当たり1/2,000,000未満である。しかしながら,血液および血液製剤のHIVスクリーニングが行われていない多くの発展途上国では,輸血によるHIV感染症の伝播のリスクは依然として高い。

まれに,HIV血清反応陽性の臓器提供者からの臓器移植を介して,HIVが伝播している。感染症は腎臓,肝臓,心臓,膵臓,骨,および皮膚(いずれも血液を含む)のレシピエントで発生しているが,HIVのスクリーニングを行うことによって,伝播のリスクが大幅に低下する。角膜,エタノール処理された骨および凍結乾燥骨,骨髄を除去した新鮮凍結骨,凍結乾燥した腱もしくは筋膜,または凍結乾燥および放射線照射処理した硬膜の移植では,HIVが伝播する可能性はさらに低くなる。

HIV陽性のドナーからの精子を使用した人工授精を介してHIVが伝播することもある。症例の一部は1980年代前半,予防策が導入される前に起こったものである。

米国では,HIV陽性の精子ドナーからパートナーへの感染リスクを低減する方法として,精子洗浄が効果的と考えられている。

HIV感染症の疫学

HIVは疫学的に異なるパターンで広がっている:

  • 男性と性交する男性

  • 感染血液との接触(例,注射薬物使用者では注射針の共用を介して;献血者の効果的なスクリーニングが始まる以前は,輸血を介して)

  • 異性間性交(男性および女性を同等に侵す)

ほとんどの国で全てのパターンが起こっているが,通常先進国では1つ目のパターン(男性と性交する男性)がより優勢であり,アフリカ,南米,および東南アジアでは,2つ目のパターン(感染血液との接触)がより優勢である。

異性間伝播が優勢な地域では,HIV感染は都市へ向かう商業,輸送,および経済移民の経路に沿って広がり,それに続いて地方への伝播が起こる。アフリカ,特に南アフリカでは,HIVの流行により数千万人の若年成人が死亡しており,数百万人の孤児が生まれている。感染拡大を長引かせる因子としては以下のものがある:

  • 貧困およびドメスティックバイオレンス

  • 低い教育水準

  • 医療制度が不十分であるために患者がHIV検査と抗レトロウイルス薬による治療を受けられない

しかしながら,国際協力を通じて,2019年時点でおよそ2540万人のHIV感染者が抗レトロウイルス療法を受けており,多くの国で死亡および伝播が劇的に減少している。

HIVに合併する多くの日和見感染症は,潜伏感染の再活性化を表す。したがって,潜伏感染の有病率を決める疫学的因子もまた,特定の日和見感染症を発症するリスクに影響する。多くの発展途上国では,先進国と比べて一般集団の潜在性結核およびトキソプラズマ症の有病率が高い。これらの国では,HIVによる免疫抑制の流行に続いて,再活性化した結核およびトキソプラズマ脳炎が劇的に増加している。同様に米国でも,HIV感染症によってコクシジオイデス症(南西部に多い)およびヒストプラズマ症(中西部に多い)の発生率が増加した。

カポジ肉腫を引き起こすヒトヘルペスウイルス8型感染は男性と性交する男性ではよくみられるが,米国および欧州ではそれ以外のHIV感染患者ではまれである。したがって,米国ではカポジ肉腫を発症したAIDS患者の90%以上が男性と性交する男性である。

HIV感染症の病態生理

HIVはCD4陽性分子およびケモカイン受容体を介して宿主のT細胞に付着して侵入する(HIVの生活環の概略の図を参照)。付着後には,HIV RNAとHIVがコードするいくつかの酵素が宿主細胞中に放出される。

ウイルスの複製には,逆転写酵素(RNA依存性DNA ポリメラーゼ)によるHIV RNAの複製とプロウイルスDNAの産生が必要であるが,この複製機序はエラーを起こしやすく,結果として頻繁に変異が起こり,そのため新たなHIV遺伝子型が発生しやすくなっている。こうした変異により,宿主の免疫系と抗レトロウイルス薬に抵抗できるHIVの発生が促進される。

プロウイルスDNAは宿主細胞の核に侵入し,宿主DNAに組み込まれるが,その過程で別のHIV酵素であるインテグラーゼが関与する。細胞分裂のたびに,組み込まれたプロウイルスDNAは宿主DNAとともに複製される。その後,プロウイルスHIV DNAはHIV RNAに転写され,エンベロープ糖タンパク質41および120のようなHIVタンパク質に翻訳される。これらのHIVタンパク質は,宿主細胞の内膜で組み立てられてHIVウイルス粒子となり,ヒト細胞膜の一部が変化してできたエンベロープに包まれて,細胞表面から出芽する。それぞれの宿主細胞は,何千ものウイルス粒子を生産しうる。

出芽後に,別のHIV酵素であるプロテアーゼにより,ウイルスタンパク質が分解され,未成熟のウイルス粒子が成熟した感染性ウイルス粒子に変換される。

HIVの生活環の概略

HIVが宿主のT細胞に付着して侵入し,次にHIV RNAおよび酵素を宿主細胞内に放出する。HIV逆転写酵素がウイルスRNAを複製してプロウイルスDNAを産生する。プロウイルスDNAは宿主細胞の核に侵入し,HIVインテグラーゼの働きで,プロウイルスDNAが宿主のDNAに組み込まれる。その後宿主細胞はHIV RNAおよびHIVタンパク質を生産する。HIVタンパク質は組み立てられてHIVウイルス粒子となり,細胞表面から出芽する。HIVプロテアーゼがウイルスタンパク質を分解し,未成熟なウイルス粒子を,成熟した感染性ウイルスに変換する。

感染したCD4陽性リンパ球は,血漿HIV粒子の98%以上を産生する。感染したCD4陽性リンパ球の一部は,再活性化しうる(例,抗ウイルス治療が中止された場合)HIVの病原巣となる。

中等度から重度のHIV感染では,約108~109個のウイルス粒子が,毎日産生されて除去される。血漿中のHIVの平均半減期は約36時間,細胞内では約24時間,細胞外ウイルスとしては約6時間である。個々の感染者の総HIV量のおよそ30%が,毎日入れ替わっている。また,5~7%のCD4細胞が毎日入れ替わり,CD4細胞の全プールが2日毎に入れ替わっている(1)。こうして,HIVの持続的かつ一貫した複製の結果としてAIDSが生じ,ウイルスおよび免疫を介したCD4リンパ球の殺傷に至る。さらに,この膨大な数のHIV複製とHIV逆転写酵素による高頻度の転写エラーの結果として,多数の変異が発生することで,宿主の免疫と薬剤に対して耐性を獲得したウイルス株が出現する可能性が高まる。

免疫系

HIV感染は2つの主な結果を招く:

  • 免疫系の損傷,特にCD4陽性リンパ球の枯渇

  • 免疫活性化

CD4陽性リンパ球は,細胞性免疫,およびより程度は低いが液性免疫に関与している。CD4陽性細胞枯渇の原因として以下ものが考えられる:

  • HIV複製による直接的な細胞毒性

  • 細胞性免疫による細胞毒性

  • 胸腺損傷によるリンパ球の産生低下

感染したCD4陽性リンパ球の半減期は約2日間であり,感染していないCD4陽性細胞よりはるかに短い。CD4陽性リンパ球の破壊率は血漿HIVレベルに相関する。典型的には,初感染または急性感染期にHIVレベルが最も高く(106コピー/mL以上),CD4陽性細胞数が急速に減少する。

正常なCD4陽性細胞数は約750/μLであるが,350/μLを超えていれば,免疫系への影響はほとんどない。この数が約200/μL以下に低下した場合は,細胞性免疫が損なわれることにより,様々な日和見病原体が潜伏状態から再活性化し,症状を引き起こす。

液性免疫系も同様に障害される。リンパ節内におけるB細胞の過形成は,リンパ節腫脹および以前に遭遇した抗原に対する抗体の分泌増加を引き起こし,しばしば高グロブリン血症を招く。全体の抗体レベル(特にIgGおよびIgA)ならびに以前に遭遇した抗原に対する力価は異常に高くなりうる。しかしながら,CD4陽性細胞数が減少するにつれ,新たな抗原(例,ワクチン)に対する抗体反応は低下する。

腸内細菌叢の構成菌が吸収されることが一因となって,免疫が異常に活性化することもある。まだ機序は解明されていないが,この免疫系の活性化がCD4陽性細胞の枯渇と免疫抑制に寄与する。

他の組織

HIVはまた,非リンパ系単球細胞(例,皮膚の樹状細胞,マクロファージ,脳の小膠細胞)と脳,性器,心臓,および腎臓の細胞にも感染し,それぞれ対応する器官系に疾患を引き起こす。

神経系(脳および髄液)や性器(精液,頸腟部からの分泌液)など,一部の臓器におけるHIV株は,血漿中のHIV株とは遺伝学的に異なることがあり,これらの株は,そのような解剖学的区画によって選択された,あるいはそこに適応したことが示唆される(2-4)。したがって,このような区画内のHIVレベルおよび耐性パターンは,血漿中のものとは異なる独立のものである。

疾患の進行

急性感染後の最初の数週間は,液性および細胞性免疫応答がある:

  • 液性:HIVに対する抗体は通常,急性感染後の数週間以内は測定可能である;しかしながら,患者の現在の抗HIV抗体では制御できない変異型HIVが産生されるため,抗体によって十分HIV感染を制御できない。

  • 細胞性:細胞性免疫は,高レベルのウイルス血症(通常は106コピー/mL以上)を制御するため,初期はより重要である。しかしながら,リンパ球による細胞傷害の標的であるウイルス抗原が急速に変異するため,数パーセントを除くほぼ全ての患者では,HIVを制御できなくなる。

患者間で大きなばらつきはあるものの,HIV RNAコピー/mLで表す血漿中のHIVウイルス粒子密度は,約6カ月後に平均して30,000~100,000/mL(4.2~5 log10/mL)の水準(セットポイント)に落ち着く。このセットポイントが高ければ高いほど,免疫機能が重篤に障害される水準(200/μL未満)までCD4陽性細胞数は急速に減少し,AIDS指標疾患である日和見感染症や悪性腫瘍を発症する(5-6)。

日和見感染症,AIDS,およびAIDS関連悪性腫瘍の発症リスクおよび重症度は,以下の2つの因子によって規定される:

  • CD4陽性細胞数

  • 日和見感染の可能性がある病原体への曝露

特定の日和見感染症への罹患リスクは,以下のように一部の感染症ではCD4陽性細胞数が約200/μL,他の感染症では50/μLを下回ると増加する:

未治療患者では,血漿HIV RNAが3倍(0.5 log10)増加する毎に,次の2~3年間にAIDSに進行するリスクまたは死に至るリスクが約50%増加する(6)。

無治療の場合,AIDSに進行するリスクは,感染後最初の2~3年は約1~2%/年であり,それ以降は約5~6%/年である。最終的に,未治療の患者ではAIDSがほぼ必然的に発生する。

病態生理に関する参考文献

  1. 1.Ho DD, Neumann AU, Perelson AS, et al: Rapid turnover of plasma virions and CD4 lymphocytes in HIV-1 infection.Nature 12;373(6510):123-6, 1995.doi: 10.1038/373123a0

  2. 2.Bednar MM, Sturdevant CB, Tompkins LA, et al: Compartmentalization, viral evolution, and viral latency of HIV in the CNS. Curr HIV/AIDS Rep 12(2):262-271, 2015.doi:10.1007/s11904-015-0265-9

  3. 3.Mabvakure BM, Lambson BE, Ramdayal K, et al: Evidence for both intermittent and persistent compartmentalization of HIV-1 in the female genital tract. J Virol 93(10):e00311-19, 2019.doi:10.1128/JVI.00311-19

  4. 4.Ghosn J, Viard JP, Katlama C, et al: Evidence of genotypic resistance diversity of archived and circulating viral strains in blood and semen of pre-treated HIV-infected men.AIDS (London, England).18(3):447-457, 2004.doi: 10.1097/00002030-200402200-00011

  5. 5.Lavreys L, Baeten JM, Chohan V, et al: Higher set point plasma viral load and more-severe acute HIV type 1 (HIV-1) illness predict mortality among high-risk HIV-1-infected African women.Clin Infect Dis 1;42(9):1333-9, 2006.doi: 10.1086/503258

  6. 6.Lyles RH, Muñoz A, Yamashita TE, et al: Natural history of human immunodeficiency virus type 1 viremia after seroconversion and proximal to AIDS in a large cohort of homosexual men.Multicenter AIDS cohort study.J Infect Dis 181(3):872-80, 2000.doi: 10.1086/315339

HIV感染症の症状と徴候

初期のHIV感染症

最初,急性HIV感染症は無症状のこともあれば,一過性の非特異的症状(急性レトロウイルス症候群)を引き起こすこともある。

急性レトロウイルス症候群は,通常感染後1~4週間以内に発生し,一般に3~14日間持続する。症状および徴候は伝染性単核球症や良性かつ非特異的なウイルス性疾患のそれと間違われることが多いが,具体的には発熱,倦怠感,疲労,数種類の皮膚炎,咽頭痛,関節痛,全身性リンパ節腫脹,無菌性髄膜炎などがみられる。

最初の症状が消失した後,ほとんどの患者は,たとえ無治療でも無症状に経過するか軽度の間欠的な非特異的症状が若干みられるのみであるが,この期間の長さには大きなばらつきがある(2~15年)。

この比較的症状の少ない期間にみられる症状は,直接HIVに起因することもあれば,日和見感染症に起因することもある。最もよくみられるのは以下の症状である:

  • リンパ節腫脹

  • 口腔カンジダ症による白苔

  • 帯状疱疹

  • 下痢

  • 疲労

  • 間欠的な発汗を伴う発熱

症状を伴わない軽度から中等度の血球減少(例,白血球減少,貧血,血小板減少)もよくみられる。一部の患者では進行性の消耗(感染症による食欲不振および異化亢進と関連する可能性がある)ならびに微熱または下痢がみられる。

HIV感染症の悪化

CD4陽性細胞数が200/μL未満に低下すると,非特異的症状が悪化し,AIDS指標疾患(コラム「AIDS指標疾患」を参照)が次々と発生する。

HIV感染症の患者では,特定の症候群がよくみられ,違った判断が求められることがある(器官系別に見たHIV感染症の一般的な臨床像の表を参照)。一部の患者で頻発する悪性腫瘍(例,カポジ肉腫,B細胞リンパ腫)は,非常に重症化するか,HIV感染特有の所見を呈する(HIV感染患者によくみられる悪性腫瘍を参照)。また,神経機能障害が生じる患者もいる。

評価により,一般集団では典型的には発生しない以下のような感染症が同定されることがある:

一般集団にもみられる一方で,非常に重症であるか頻回に再発する場合にAIDSが示唆される感染症として,以下のものがある:

HIV感染症の臨床像
HIV感染症における播種性バルトネラ症
HIV感染症における播種性バルトネラ症
このHIV感染症患者では,顔面の皮膚に播種性の丘疹および眼瞼に外向発育性の結節がみられる。

© Springer Science+Business Media

角化型疥癬(ノルウェー疥癬)
角化型疥癬(ノルウェー疥癬)
この写真には,角化型疥癬を合併したHIV感染症患者に生じたびまん性の鱗屑および角化局面が写っている。

© Springer Science+Business Media

カポジ肉腫(AIDS関連)
カポジ肉腫(AIDS関連)
カポジ肉腫は,ヘルペスウイルス8型の感染によって引き起こされる血管性腫瘍である。AIDS関連カポジ肉腫は,進行の速い多中心性の腫瘍であり,顔面,体幹,粘膜面,リンパ管,消化管に生じることがある。病変は青色調から紫色調の斑,局面,または腫瘤... さらに読む

Image courtesy of Sol Silverman, Jr., via the Public Health Image Library of the Centers for Disease Control and Prevention.

カポジ肉腫(早期)
カポジ肉腫(早期)
HIV患者の下眼瞼の皮膚にみられる赤紫色の結節は,カポジ肉腫を示唆する。

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カポジ肉腫(顔面)
カポジ肉腫(顔面)
この写真には,顔面,耳,および頸部のカポジ肉腫が写っている。

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カポジ肉腫(肩)
カポジ肉腫(肩)
この写真には,HIV感染患者の肩にみられるカポジ肉腫による播種性の卵形の局面が写っている。

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カポジ肉腫(上肢)
カポジ肉腫(上肢)
この写真には,HIV感染男性の前腕に生じた紫色の局面が写っている。

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口腔毛状白板症
口腔毛状白板症
口腔毛状白板症は,舌外縁の白い疣贅状増殖として現れる。

Image courtesy of J.S. Greenspan, BDS, University of California, San Francisco and Sol Silverman, Jr., DDS via the Public Health Image Library of the Centers for Disease Control and Prevention.

肛門癌
肛門癌
この写真には,HIV感染者におけるヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染に起因するコンジローマ(1)と浸潤性扁平上皮癌(2)が写っている。

Image courtesy of Dr. Edward R.Cachay.

表&コラム

HIV感染症の診断

  • HIV抗体検査(HIV p24抗原検査を併用することがある)

  • 核酸増幅法によるHIV RNAレベル(ウイルス量)の測定

持続性かつ原因不明の全身性リンパ節腫脹,またはAIDS指標疾患(コラム「AIDS指標疾患」を参照)に挙げられている疾患のいずれかがみられる患者では,HIV感染症が疑われる。急性HIV感染症を示しうる症状のある高リスク患者でもHIV感染を疑うことがある。

診断検査

抗HIV抗体の検出は感度および特異度が高いものの,感染後の最初の数週間(急性HIV感染症の「ウインドウピリオド」と呼ばれる)は例外である。しかし,HIV p24抗原(ウイルスのコアタンパク)はこの時期の大部分においてすでに血中に存在しており,検査によって検出できる。現在では,抗原検査と抗体検査を組み合わせた第4世代の免疫測定法が推奨されており,HIV-1とHIV-2の両者に対する抗体とp24 HIV抗原を検出することができる。感染早期の診断には,おそらくポイントオブケア検査よりも検査室での検査が望ましいが,どちらも迅速(30分以内)に実施できる。検査結果が陽性であれば,HIV-1とHIV-2を鑑別する検査とHIV RNA検査が行われる。

旧世代の酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)による抗体検査は,非常に感度が高いものの,抗原を調べるものではないため,第4世代の複合的検査ほど早くから陽性にならない。また,まれに偽陽性となることがある。したがって,ELISAが陽性であれば,ウェスタンブロットなどのより特異度の高い検査で確定する。しかしながら,これらの検査にはいくつか欠点がある:

  • ELISAは複雑な機器を要する。

  • ウェスタンブロットは,熟練した技術者を要し,また高価である。

  • 検査工程全体で少なくとも1日を要する。

血液または唾液を用いる最新のポイントオブケア検査(例,粒子凝集法,immunoconcentration,免疫クロマトグラフィー)は,素早く(15分内),容易に行えるため,様々な状況で検査が実施でき,患者へ迅速に結果を報告できる。これらの迅速検査で陽性であれば,先進国では標準的な血液検査(例,ウェスタンブロット併用または非併用ELISA)により,発展途上国では1種類以上の他の迅速検査による再検査で確認すべきである。陰性であれば,再確認の必要はない。

抗体検査で陰性であるにもかかわらずHIV感染が疑われる場合(例,感染直後の数週間)には,血漿HIV RNAを測定してもよい。この検査で用いられる核酸増幅法は,感度および特異度が非常に高い。HIV RNA検査には,逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法などの先進技術が必要であるが,極めて低レベルのHIV RNAも検出することができる。ELISAによるHIV p24抗原の測定は,血液中のHIV RNAを直接検出する場合と比べて感度および特異度が低い。

モニタリング

HIVと診断されたら,以下の項目を判定すべきである:

  • CD4陽性細胞数

  • 血漿HIV RNA濃度

どちらも予後予測と治療のモニタリングに有用である。

CD4陽性細胞数は以下の数値の積で計算される:

  • 白血球数(例,4000cells/μL)

  • 白血球におけるリンパ球の割合(例,30%)

  • リンパ球におけるCD4陽性細胞の割合(例,20%)

上記の数値を用いると,CD4陽性細胞数(4000 × 0.3 × 0.2)は240/μLであり,これは成人の正常CD4陽性細胞数(約750 ± 250/μL)の約3分の1である。

血漿HIV RNAレベル(ウイルス量)はHIV複製率を反映する。セットポイント(一次感染後の比較的安定したウイルスレベル)が高ければ高いほど,CD4陽性細胞数は急速に減少し,たとえ無症状の患者でも日和見感染症のリスクが高まる。

ベースラインのHIV遺伝子型は血液検体を用いて判定できるが,この検査が利用できるかどうかは場所によって異なる。HIV遺伝子型判定は,特定の抗レトロウイルス薬に対する耐性をもたらすことが知られている変異の同定に用いられ,個々のHIV感染患者に効果的となる可能性が高い薬物療法の選択に役立てられる。

病期分類

HIV感染症はCD4陽性細胞数に応じて4期に分類される:6歳以上の患者では,以下のように病期が定義される:

  • 1期:≥ 500/μL

  • 2期:≥ 200~499/μL

  • 3期:< 200/μL

治療から1~2年後のCD4陽性細胞数が最終的な免疫回復を予測する指標となるが,HIVが長期間抑制されたとしても,CD4陽性細胞数は正常範囲に戻らない場合がある。

HIV関連疾患

HIV感染患者に発生する種々の日和見感染症,悪性腫瘍,およびその他の症候群の診断については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。多くは,HIV感染症特有の所見がある。

血液疾患(例,血球減少,リンパ腫,その他の悪性腫瘍)は頻度が高く,その評価には骨髄穿刺と骨髄生検が有用となる場合がある。この手技は,MAC,結核菌(M. tuberculosis),Cryptococcus,Histoplasma,ヒトパルボウイルスB19,P. jirovecii,およびLeishmaniaによる播種性感染症の診断にも役立つ可能性がある。ほとんどの患者は,末梢の血球が減少しているにもかかわらず骨髄中の細胞数は正常であるか過剰であり,末梢での破壊が示唆される。貯蔵鉄は通常は正常または増加しており,慢性疾患(鉄再利用障害)による貧血を反映している。軽度から中等度の形質細胞増加,リンパ球凝集,組織球数の増加,および造血細胞の異形成がよくみられる。

HIV関連神経症候群は,腰椎穿刺による髄液検査と造影CTまたはMRIによって鑑別できる(器官系別に見たHIV感染症の一般的な臨床像の表を参照)。

HIVのスクリーニング

成人および青年,特に妊婦には,認識されている各対象者のリスクにかかわらず,抗体検査または新しい抗原抗体同時検査によるスクリーニングをルーチンに勧めるべきである。最もリスクが高い集団,特に複数のパートナーをもち,安全な性行為の習慣がない性的に活動的な人々には,6~12カ月毎に検査を繰り返すべきである。このような検査は,世界中の公立および民間の機関で秘密厳守の上,しばしば無料で利用可能である。

世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,低中所得国では2種類の異なる迅速抗体検査を組み合わせてHIV検査を行うことを提案している(2015年7月のHIV検査サービスに関する統合ガイドラインを参照)。迅速検査には,初診時に25分未満で予備的な検査結果が得られるという利点がある。これは検査結果の確認のために再受診する可能性が低い人に特に有用である。HIV検査を受ける人には,予防,ケア,および治療サービスに関する情報も提供すべきである(必要に応じてオンラインリソースへのリンクも提供する)。

HIV感染症の予後

AIDS,死亡,またはその両者のリスクは以下の項目により予測される:

  • 短期的なCD4陽性細胞数

  • 長期的な血漿HIV RNAレベル

ウイルス量が3倍増加(0.5log10)する毎に次の2~3年間の死亡率が約50%上昇する。HIV関連の合併症発生率および死亡率はCD4陽性細胞数によりばらつきがあり,HIV関連の原因による死亡率は,CD4陽性細胞数50/μL未満で最大となる。しかしながら,効果的な治療により,HIV RNAレベルは検出限界未満まで低下し,CD4陽性細胞数はしばしば劇的に上昇し,疾患および死亡のリスクは低下するが,年齢でマッチングしたHIV非感染者の集団と比べると依然として高い(1)。

他にあまり解明されていない予後因子として免疫活性レベルがあり,これはCD4およびCD8リンパ球上の活性化マーカーの発現を評価することにより決定される。HIVによる損傷を受けた結腸粘膜から細菌が漏出することに起因する活性化は,強力な予後予測因子であるが,この検査はあまり普及しておらず,また抗レトロウイルス療法によって予後が変化するため,この検査の重要性は低くなっており,臨床的には用いられていない。

HIV感染患者の一部(長期未発症感染者と称される)は,抗レトロウイルス治療なしでもCD4陽性細胞数が高く,HIV血中レベルが低く,無症状の状態が維持される。これらの人々は,in vitroの検査で測定した場合,感染HIV株に対して通常は激しい細胞性および液性免疫応答を起こす。この効果的な反応の特異性は,このような人々があまり有効な免疫反応を誘導しない2つ目の別のHIV株に重複感染した場合に,より典型的な疾患進行パターンを呈するという事実から示される。したがって,最初の株に対する非常に効果的な反応は,第2の株には通用しない。これらの症例は,HIV感染者であっても,安全でない性行為または注射針の共用を介したHIV重複感染への曝露の可能性を回避する必要があることをカウンセリングすべきであるという主張の根拠となる。

HIV感染症の治癒はありえないと考えられており,そのため,生涯にわたる薬物治療が必要と考えられる。HIV感染者には,一貫して抗レトロウイルス薬の服用を続けるよう促すべきである。1例の乳児で約15カ月の抗レトロウイルス療法後に複製能を有するHIVが一時的に消失するという治癒の可能性を示唆する事例が報告され,大きな注目を集めた。しかしながら,その後HIVの複製が再び認められた。ある大規模な国際臨床試験では,抗レトロウイルス療法が継続的に行われた場合と比べて,(CD4陽性細胞数を指標として)間欠的に行われた場合には,日和見感染症または死因を問わない死亡(特に早発性冠動脈疾患,脳血管イベント,または肝疾患および腎疾患による死亡)のリスクが有意に高かった(2)。

予後に関する参考文献

  1. 1.Park LS, Tate JP, Sigel K, et al: Association of viral suppression with lower AIDS-defining and non-AIDS-defining cancer incidence in HIV-infected veterans: A prospective cohort study.Annals of Internal Medicine 169(2):87-96, 2018.doi: 10.7326/m16-2094

  2. 2.Strategies for Management of Antiretroviral Therapy (SMART) Study Group, El-Sadr WM, Lundgren J, et al: CD4+ count-guided interruption of antiretroviral treatment.N Engl J Med 30;355 (22):2283–96, 2006.doi: 10.1056/NEJMoa062360

HIV感染症の治療

  • 抗レトロウイルス薬の多剤併用(抗レトロウイルス療法[ART],ときにhighly active ART[HAART]または多剤併用ART[cART]と呼ばれる)

  • 高リスクの患者における日和見感染症の化学予防

HIV感染症の薬物治療も参照のこと。)

無治療の患者ではCD4陽性細胞数が高くても合併症が発生する可能性があるため,また,毒性の低い薬剤が開発されたことから,現在ではARTによる治療はほぼ全ての患者に推奨されている。ARTのベネフィットは,詳細に検討された全ての患者群と状況においてリスクを上回っている。Strategic Timing of AntiRetroviral Treatment(START)試験において,CD4陽性細胞数 > 350/μLで未治療のHIV感染患者5472人が,ARTをすぐに開始する群(即時開始群)またはCD4陽性細胞数が250/μL未満に低下してからARTを開始する群(遅延開始群)のいずれかにランダムに割り付けられた。AIDS関連事象(例,結核,カポジ肉腫,悪性リンパ腫)およびAIDS非関連事象(例,非AIDS関連悪性腫瘍,心血管疾患)のリスクは即時開始群でより低かった(1)。

少数の例外的な患者では,無治療でHIV株をコントロールすることができ,それらの患者は,CD4陽性細胞数が正常かつHIV血中濃度が非常に低い状態(長期非進行者),またはCD4陽性細胞数が正常で血中HIV量が検出限界未満の状態(エリートコントローラー)が維持される。これらの患者はARTを必要としない可能性があるが,そうした患者の治療が助けになるどうかを検討する研究は行われておらず,またこのような患者は数が少ないうえ,ARTなしで長期間健康でいられる可能性が高いため,研究を実施するのは困難と考えられる。

抗レトロウイルス療法:一般原則

ARTでは以下を目標とする:

  • 血漿HIV RNAレベルを検出限界未満の水準(20~50コピー/mL未満)まで減少させること

  • CD4陽性細胞数を正常値まで回復させること(免疫の回復または免疫再構築)

治療開始時にCD4陽性細胞数が低い場合(特に50/μL未満の場合),および/またはHIV RNAレベルが高い場合,CD4陽性細胞数の反応が不良である可能性がより高い。しかしながら,進行した免疫抑制患者においても,著しい改善が得られる可能性が高い。CD4陽性細胞数の上昇は,日和見感染症,他の合併症,および死亡のリスクの著しい減少に相関する。免疫の回復により,特異的な治療が存在しない合併症(例,HIVによる認知機能障害),または以前は治療不可能と考えられていた合併症(例,進行性多巣性白質脳症)を有する患者であっても,改善する可能性がある。悪性腫瘍(例,リンパ腫,カポジ肉腫)や大半の日和見感染の合併患者でも,転帰が改善される。

ARTでは,患者が薬剤の服用を95%以上遵守すれば,通常は目標を達成できる。しかしながら,この水準のアドヒアランスを維持することは困難である。部分的に抑制すると(血漿中HIV RNAレベルを検出限界未満まで低下させることに失敗すると),蓄積した単一または複数のHIV変異が選択される結果,ウイルスが単剤または全クラスの薬剤に対して部分的または完全な耐性を獲得する可能性がある。次の治療で,まだHIVが感受性を有する他クラスの薬剤が使用されない限り,治療は失敗する可能性が高い。

急性日和見感染症の患者の多くは,早期にARTを開始することが有益である(日和見感染症の管理の最中に開始する)。しかしながら,結核性髄膜炎やクリプトコッカス髄膜炎など,一部の日和見感染症では,ARTにより有害事象や死亡の頻度が高まるとされ,これらの感染症に対する初回抗菌薬療法が終了するまで,ARTの開始を遅らせるべきであることを示唆するエビデンスがある。

ARTが成功したかどうかの評価は,最初の4~6カ月または検出限界未満になるまで血漿HIV RNAレベルを8~12週間毎に測定し,その後は一律3~6カ月毎に測定することによる。HIVレベルの上昇は治療失敗の最初の所見であり,これはCD4陽性細胞数の低下に数カ月先行する可能性がある。失敗しかけている投薬レジメンを維持すると,より強い薬剤耐性をもったHIVの変異体を選択することにつながる。しかしながら,野生型HIVと比較すると,これらの変異体はCD4陽性細胞数を減少させる能力が低いため,完全に抑制できるレジメンが見つからない場合には,失敗しかけている投薬レジメンが継続して使用されることも多い。

治療が失敗した場合は,薬剤感受性(耐性)試験により,利用できる全ての薬剤について優勢なHIV株の感受性を判定することができる。遺伝子型および表現型検査が利用可能となっており,HIV株が感受性を示す薬剤を少なくとも2剤,できれば3剤含む新しいレジメンを選択するのに役立つ可能性がある。抗レトロウイルス療法を中止した患者の血中で優勢なHIV株は,数カ月から数年かけて野生型(例,感受性)株に戻ることがあり,これは耐性変異株の複製速度がより遅く,野生型に置き換えられるためである。したがって,患者がしばらく治療を受けていない場合,耐性検査によって耐性の全容が明らかになるとは限らないが,治療を再開すれば,しばしば耐性変異株が潜伏状態から再び顕在化し,野生型のHIV株に再度取って代わることになる。

HIV RNAレベル(ウイルス量)をコントロールするために多くのHIV感染者が複数の薬剤による複雑なレジメンを採用しているが,ウイルス治療が不成功に終わった場合,従来のHIV RNA耐性検査は行われないことが多かった。抗HIV薬の新しい合剤が使用可能になったことで,HIV DNAアーカイブの遺伝子型検査(GenoSure Archive)を指針とするARTレジメンの簡略化によって,多くの患者が便益を得るようになった。HIV DNA遺伝子型アーカイブは,患者の血漿HIV RNAレベルが低い(500コピー/mL未満)ために従来のHIV RNA耐性検査を実施できない場合に,HIV-1の抗レトロウイルス薬に対する耐性のデータを提供する。HIV DNAアーカイブを用いる遺伝子型検査では,宿主細胞に侵入して組み込まれたHIV-1プロウイルスDNAと組み込まれていないウイルスDNAを解析する。この検査では,全血検体中の感染細胞から細胞に付随するHIV-1 DNAを増幅し,次世代シークエンシング技術を用いてHIV-1ポリメラーゼ領域を解析する。HIV DNAアーカイブ耐性検査の陽性適中率から,未同定のHIV耐性変異を同定し,合剤(1つの錠剤に2つ以上の薬物を含有するもの)を使用するより簡便なレジメンを選択することが可能になる。

免疫再構築症候群(IRIS)

ART開始後,血中のHIVレベルが抑制され,CD4陽性細胞数が増加するにもかかわらず,ときに臨床的に悪化する患者がいるが,これは不顕性の日和見感染症に対して,または日和見感染症の治療が奏効した後も残存する微生物抗原に対して免疫応答が起こることに起因する。IRISは一般に治療の最初の月に起こるが,遅れて発生することもある。IRISは,実質的にあらゆる日和見感染症と腫瘍(例,カポジ肉腫)にさえ合併する可能性があるが,通常は自然に治癒するか,短期間のコルチコステロイドによるレジメンに反応する。

IRISには以下の2種類がある:

  • Paradoxical IRIS:過去に診断された感染による症状が悪化した場合を指す

  • Unmasked IRIS:過去に診断されていない感染の症状が初めて出現した場合を指す

Paradoxical IRISは,典型的には治療開始後の数カ月間に発生し,通常は自然に消失する。そうでない場合は,コルチコステロイドの短期投与がしばしば効果的である。Paradoxical IRISの方が症状を引き起こす可能性が高く,また日和見感染症の治療開始後すぐにARTを開始すると,症状が重度になる可能性が高くなる。そのため,一部の日和見感染症では,治療により日和見感染症が軽快または消失するまでARTを延期する。

Unmasked IRISの患者では,新たに同定された日和見感染症を抗菌薬で治療する。ときに,症状が重度の場合,コルチコステロイドも使用する。通常は,unmasked IRISが発生しても,ARTは継続する。例外はクリプトコッカス髄膜炎である。その場合は,感染がコントロールされるまでARTを一時的に中断する。

臨床的な悪化の原因が治療の失敗,IRIS,またはその両者のいずれであるかを判断するには,活動性感染症の持続を培養により評価する必要があるが,これは困難となることがある。

抗レトロウイルス療法の中断

ARTを中断する際は,全ての薬剤を同時に中止すれば通常は安全であるが,緩徐に代謝される薬物(例,ネビラピン)の濃度は高いまま維持されるため,耐性のリスクが上昇する。併存疾患の治療を要する場合,または薬物毒性に耐えられないか薬物毒性を評価する必要がある場合には,中断を要することがある。毒性の原因となっている薬剤を同定するために中断した後は,ほとんどの薬剤を単剤療法として再開することができ,数日間までであれば安全に使用できる。注:最も重要な例外はアバカビルである;アバカビルへの過去の曝露時に発熱または発疹がみられていた患者は,再曝露によって致死的となりうる重度の過敏反応を発症することがある。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇し,これは遺伝子検査で同定できる。

パール&ピットフォール

  • アバカビルに対する有害反応を呈したことのある患者が再曝露した場合は,致死的となりうる重度の過敏反応が発生する可能性があるため,この薬剤を再投与してはならない。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇し,これは遺伝子検査で同定できる。

終末期ケア

抗レトロウイルス療法は,AIDS患者の期待余命を劇的に延長したが,多くの患者はいまだに悪化し,死亡している。死亡の原因を以下に挙げる:

  • ARTを一貫して服用できず,そのために進行性の免疫抑制に至る

  • 治療不能な日和見感染症および悪性腫瘍の発生

  • B型肝炎またはC型肝炎による肝不全

  • 老化の加速および加齢に関わる疾患

  • 他の点では良好にコントロールされたHIV感染症患者で比較的発生しやすい非AIDS関連悪性腫瘍

死が突然訪れることはまれであり,したがって通常,患者には計画を立てるための時間がある。それでもなお,終末期ケアのあり方を明確に指示した医療計画を早い時期に記録すべきである。委任状や遺言など,その他の法的文書を作成しておくべきである。これらの文書を作成することは,患者のパートナー,愛する人,または養育者が法的に認められていない場合は特に重要であり,このような場合では,パートナーや愛する人が面会できない,意思決定に参加できない,葬儀および埋葬の希望を実行できない,資産(おそらくは家族の家を含む)の相続から除外されるといった悲惨な結果を招く可能性があるからである。

患者の終末期が近づくと,疼痛,食欲不振,興奮,その他の苦痛症状を緩和する薬剤の処方が必要となることがある。AIDSの終末期には多くの患者で深刻な体重減少が生じ,適切なスキンケアが困難となる。ホスピスの職員は症状管理に極めて熟練しており,介護者および患者の自立を援助するため,ホスピスプログラムによる総合支援は,多くの患者で有用である。

治療に関する参考文献

  1. 1.INSIGHT START Study Group, Lundgren JD, Babiker AG, et al: Initiation of antiretroviral therapy in early asymptomatic HIV infection.N Engl J Med 373 (9):795–807, 2015.doi: 10.1056/NEJMoa1506816

HIV感染症の予防

HIVの表面タンパク質は容易に変異を起こし,極めて多様な型の抗原が生じるため,HIVのワクチン開発は困難である。それでも,様々なワクチン候補が研究されており,その内いくつかは臨床試験で効果を発揮している。現時点では,効果的なAIDSワクチンはない。

伝播の予防

性的接触の前に挿入する腟殺菌薬(抗レトロウイルス薬など)は,現在のところ有効性が証明されておらず,一部の薬剤は,おそらくHIVに対する自然障壁を破壊することで,女性側のリスクを増加させるようである。

効果的な手段として以下のものがある:

  • 市民の教育:教育は効果的であり,一部の国(特にタイやウガンダなど)で感染率を低下させたと考えられている。ほとんどの症例で性的接触が原因であるため,安全でない性行為を避けるよう人々に教えることが最も重要な対策である(性行為ごとのHIV伝播のリスクの表を参照)。

  • 安全な性行為:ウイルス学的に抑制されていないHIV感染患者とHIVに感染していないパートナーとの間では,安全な性行為の習慣が感染伝播の予防に不可欠となる。HIVに感染しているパートナーがウイルス学的に抑制されていることが判明しており(すなわち,ウイルス量が検出限界未満),かつパートナーの数が1人だけである場合を除き,安全な性行為の習慣が必須である。ウイルス学的に抑制されているHIV感染者は,性行為によりパートナーにウイルスを伝播させない(ウイルスを検出できないことは,ウイルスが伝播できないことに等しい)(1)。ウイルス学的に抑制されていないHIV感染者同士のパートナーでも,安全な性行為の習慣が勧められ,ウイルス学的に抑制されていないHIV感染者同士が無防備な性行為を行うと,耐性やより強い毒性を獲得したHIV株,AIDS患者に重度の疾患を引き起こすその他のウイルス(例,サイトメガロウイルス,エプスタイン-バーウイルス,単純ヘルペスウイルス,B型肝炎ウイルス)に加え,梅毒やその他の性感染症(STD;多剤耐性の淋菌感染症や性感染による髄膜炎菌[Neisseria meningitidis]などの関連疾患を含む)に曝露する可能性がある。コンドームは最も優れた予防法である。油脂ベースの潤滑剤は,ラテックスを溶解させることがあり,コンドームの避妊失敗リスクを増加させるため,使用すべきでない。(HIVの伝播に関するCDCの情報も参照のこと。)

  • 静注薬物使用者のカウンセリング:注射針共用のリスクについてのカウンセリングは重要であるが,滅菌された針とシリンジの供給(汚染された注射器具の共有によるHIVおよびその他の血液媒介ウイルスの伝播を減らすため),薬物依存の治療,およびリハビリテーションと組み合わせるとおそらくより効果的である。

  • HIV感染症に対する秘密厳守の検査:実質全ての医療現場で,青年および成人に対して検査をルーチンに勧めるべきである。ルーチン検査を簡易化するため,一部の州ではもはや同意書または検査前の長いカウンセリングが不要である。

  • 妊婦のカウンセリング:HIV検査,ARTによる治療,および先進国では代用母乳の使用により,母子感染は実質的に撲滅されている。妊婦がHIV検査で陽性となった場合には,母子感染のリスクを説明すべきである。HIV感染症の治療を直ちに受けようとしない妊婦には,胎児保護のための治療(一般的には妊娠14週目頃から開始する)を受けるよう説得すべきである。単剤療法より効果的で,薬剤耐性を引き起こす可能性がより低いため,一般的に多剤併用療法が用いられる。一部の薬剤は胎児または女性に毒性があるため,避けるべきである。女性がARTの基準を満たす場合は,患者の病歴および妊娠段階に応じて調節したレジメンを開始し,妊娠期間全体を通して継続すべきである。帝王切開によっても感染リスクを低減できる可能性がある。分娩前のレジメンおよび分娩方法にかかわらず,HIV感染症のある全ての妊婦に対し,分娩中はジドブジンを静注すべきであり,産後は生後6週間まで新生児にジドブジンを経口投与すべきである(周産期感染の予防も参照)。子宮内でHIVが胎児に伝播する可能性があることや,その他の理由から,妊娠中絶を選択する女性もいる。

  • 血液および臓器のスクリーニング:感染初期は抗体は偽陰性となる場合があるため,米国では,まれに輸血による伝播が発生する可能性が残っている。現在米国では,抗体およびp24抗原に対する血液のスクリーニングが義務づけられており,これにより伝播のリスクがさらに減少すると考えられる。HIV感染症の危険因子を有する人には,最近のHIV抗体検査の結果が陰性であっても,血液または臓器を提供しないよう求めることでリスクはさらに減少する。米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)は献血の延期に関する指針の草稿を公開しており,男性と性交した男性,および他の男性と性交した男性と性交した女性に対し,直近の性的接触から12カ月は献血をしないことなどが推奨されている(Revised Recommendations for Reducing the Risk of HIV Transmission by Blood and Blood Productsを参照)。しかしながら,発展途上国においては,感度の高いHIVスクリーニング検査の実施と臓器,血液,および血液製剤の提供者に対する制限は一貫してなされていない。

  • 抗レトロウイルス薬による曝露前予防(PrEP):PrEPでは,HIVに感染していないが高リスクの人々(例,HIVに感染したセックスパートナーをもつ)が,感染のリスクを下げるため,抗レトロウイルス薬を毎日服用する。フマル酸テノホビル ジソプロキシルとエムトリシタビンの併用(TDF/FTC)が選択されることがある。PrEPを行っているからといって,コンドームの使用や高リスク行動(例,注射針の共用)の回避など,HIV感染のリスクを低減する他の対策が必要ないというわけではない。HIV陰性で,妊娠中にTDF/FTC PrEPを服用していた母親から生まれた乳児に関するデータは不足しているが,現在のところ,HIVに感染しておりTDF/FTCの治療を受けていた母親から生まれた小児における有害作用は報告されていない。注射薬物使用者でPrEPを使用することによりHIV感染症のリスクが下がるかどうかについては,現在研究中である。薬剤のアドヒアランスが不良な高リスク集団におけるPrEPをさらに改善するため,長時間作用型の抗レトロウイルス薬も研究されている。最新のCDCの推奨については,Pre-Exposure Prophylaxis (PrEP)を参照のこと。

  • 男性の包皮環状切除:アフリカの若年男性において,包皮の環状切除により,腟性交時に女性パートナーからHIVに感染するリスクが約50%低下することが証明されており,男性の環状切除は,おそらく他の地域でも同様に効果的と考えられる。男性の包皮環状切除がHIV陽性の男性から女性への伝播を減少させるかどうか,また感染した男性のパートナーからHIVを獲得するリスクを減少させるかどうかは判明していない。

  • 普遍的予防策(ユニバーサルプリコーション):医療および歯科医療従事者は,いずれの患者であってもその粘膜または体液と接触しうる状況において手袋を着用し,針刺し事故を回避する方法を教わっておくべきである。HIV感染症患者の家庭内の介護者は,自身の手が体液に曝される可能性がある場合,手袋を着用すべきである。血液または他の体液によって汚染された表面もしくは器具はきれいにふき取り,消毒すべきである。効果的な消毒方法としては,加熱処理,過酸化水素,アルコール,フェノール類,次亜塩素酸塩(漂白剤)などがある。HIV感染患者の隔離は,日和見感染症による適応(例,結核)がない限り不要である。

  • HIV感染症の治療:ARTによる治療は伝播のリスクを低下させる。

曝露後予防(PEP)

HIVに曝露すると重大な結果が生じうるため,医療従事者への感染リスクを低下させるための方針および手順,特に予防的治療が開発された。

以下の後には予防的治療の適応がある:

  • HIV感染血液に汚染された穿通性外傷(通常は,針刺し)

  • 精液,腟分泌物,もしくは血液を含む他の体液(例,羊水)が粘膜(眼または口)に大量に曝露する

唾液,尿,涙,鼻汁,吐瀉物,または汗は,明らかに血液が混じっているのでない限り,感染力はないとみなされる。

血液への初回曝露後,皮膚曝露の場合は石鹸と水,刺創の場合は消毒薬で直ちに曝露部位を洗浄する。粘膜が曝露した場合は,その部位を大量の水で洗浄する。

以下の項目を記録する:

  • 曝露の種類

  • 曝露からの経過時間

  • 曝露源の患者および曝露した個人に関する臨床情報(HIVの危険因子およびHIVの血清学的検査など)

曝露の種類は以下によって決まる:

  • どの体液が関与したか

  • 曝露に穿通性外傷(例,針刺し,鋭利な物体による切開)が関係しているかどうか,およびその創傷の深さ

  • 体液が損傷のある表皮(例,皮膚の擦過傷または亀裂)または粘膜に接触したかどうか

典型的な経皮的曝露後の感染リスクは,約 0.3%(1:300)であり,粘膜の曝露後は約 0.09%(1:1100)である。これらのリスクにはばらつきがあり,受傷者の体内に移行したHIV量に応じて変動する;移行するHIV量は,感染源のウイルス量や針の種類(例,中空かそうでないか)など,多くの要因によって決まる。しかし,PEPの推奨ではこれらの要因はもはや考慮されていない。

曝露源は,判明しているか否かによって分類される。曝露源が不明(例,路上または鋭利物廃棄容器内の針)な場合,リスクは曝露の状況(例,曝露が注射薬物使用が頻発する地域で発生したか,薬物治療施設で廃棄された針が使用されたかどうか)に基づいて評価すべきである。曝露源は判明しているが,HIVの状態が不明な場合は,曝露源のHIV危険因子を評価し,予防的治療を考慮する(曝露後予防の推奨の表を参照)。

表&コラム

予防が必要と判断された場合の目標は,曝露後にPEPを可及的速やかに開始することである。CDCは曝露後24~36時間以内にPEPを行うことを推奨する;曝露から長時間経過した場合は,専門家の助言が必要である。

PEPの使用は感染リスクによって決まる;ガイドラインは3剤以上の抗レトロウイルス薬による抗レトロウイルス療法を28日続けることを推奨している。有害作用を最小化し,投与スケジュールを簡素化してPEPが完遂されるよう,薬剤を慎重に選択すべきである。望ましいレジメンとして,2つのNRTIと1つのインテグラーゼ阻害薬(ラルテグラビルまたはドルテグラビル)の併用がある。ドルテグラビルは妊娠第1トリメスターに使用する場合,催奇形性を有する可能性があるため,妊孕性のある患者にはラルテグラビルが望ましいが,この点については現在疫学調査が行われている。代替レジメンとしては,2つのNRTIと1つのプロテアーゼ阻害薬の併用などがある。推奨事項の詳細については,CDCのUpdated Guidelines for Antiretroviral Postexposure Prophylaxis After Sexual, Injection Drug Use, or Other Nonoccupational Exposure to HIV—United States, 2016およびInterim Statement Regarding Potential Fetal Harm from Exposure to Dolutegravir – Implications for HIV Post-exposure Prophylaxis (PEP)を参照のこと。

曝露源のウイルスが少なくとも1つの薬剤に対して耐性をもつことが判明しているか,その疑いがある場合は,抗レトロウイルス療法およびHIV伝播の専門家へのコンサルテーションを行うべきである。しかしながら,専門家へのコンサルテーションや薬剤感受性試験の結果を待ってPEPを遅らせてはならない。また,早急な評価および対面カウンセリングを行うべきであり,フォローアップ治療を遅らせてはならない。

日和見感染症の予防

(United States Public Health Service and the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of AmericaのGuidelines for Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in HIV-Infected Adults and Adolescentsも参照のこと。)

多数の日和見感染症に対して効果的な化学予防法が利用可能であり,P. jiroveciiCandidaCryptococcus,およびMACによる合併症発生率を低下させる。治療によりCD4陽性細胞数が閾値を超えるまで回復し,その状態が3カ月以上持続すれば,化学予防は中止することができる。

一次予防の内容は,CD4陽性細胞数に依存する:

  • CD4陽性細胞数200/μL未満または口腔咽頭カンジダ症(現在または既往):P. jirovecii肺炎に対する予防が推奨される。トリメトプリム/スルファメトキサゾール(TMP/SMX)の2倍量の錠剤,1日1回または週3回の服用が効果的である。週3回投与とするか漸次増量することにより,一部の有害作用を最小限に抑えられる可能性がある。TMP/SMXに耐えられない患者でも,ジアフェニルスルホン(100mg,1日1回)には耐えられる可能性がある。グルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)欠損症患者は,ジアフェニルスルホンの使用により重度の溶血を起こすリスクがあるため,ジアフェニルスルホンを使用する前にG6PD欠損症のスクリーニングを行うべきである。厄介な有害作用(例,発熱,好中球減少,発疹)のためにどの薬剤にも耐えられない少数の患者には,エアロゾル化されたペンタミジン300mg,月1回またはアトバコン1500mg,1日1回を使用することができる。

  • CD4陽性細胞数50/μL未満:播種性MACに対する予防は,アジスロマイシンまたはクラリスロマイシンで行う;これらのいずれの薬剤にも耐えられない場合は,リファブチンを使用することができる。アジスロマイシンは600mg錠,2錠,週1回で投与できる;クラリスロマイシンの連日投与と同様の防御率(70%)があり,他の薬物と相互作用しない。

潜在性結核が疑われる場合(ツベルクリン検査,インターフェロンγ遊離試験,高リスク曝露,活動性結核の既往,または結核有病率が高い地域での居住に基づく)は,CD4陽性細胞数にかかわらず,再活性化を予防するために,イソニアジド 5mg/kg(最高 300mg),経口,1日1回,およびピリドキシン(ビタミンB6)10~25mg,経口,1日1回で9カ月間投与すべきである。

一部の真菌感染症(例,食道カンジダ症,クリプトコッカスによる髄膜炎または肺炎)の一次予防として,経口フルコナゾール100~200mg,1日1回または400mg,週1回の投与が有効であるが,それぞれの感染毎の予防コストが高く,また通常これらの感染症の診断および治療はうまくいくことから,あまり使用されていない。

二次予防(初回感染の管理後)は,患者に以下の症状が発生した場合に適応となる:

真菌(Pneumocystis属など),ウイルス,抗酸菌,およびトキソプラズマ感染症に対する予防の詳細なガイドラインをClinicalInfoで入手することができる。

予防接種

HIV感染患者への予防接種に関して,2020年のCDCの勧告では以下が推奨されている:

  • 結合型肺炎球菌ワクチン(PCV13)または肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV23)を接種されていない患者には,PCV13を接種し,その後8週間以上経過してからPPSV23を接種すべきである。

  • 全ての患者に,インフルエンザワクチンを毎年接種すべきである。

  • 全ての患者にB型肝炎ワクチンを接種すべきである。

  • A型肝炎のリスクのある患者またはA型肝炎を予防したい患者には,A型肝炎ワクチンを接種すべきである。

  • ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸癌および肛門癌を予防するため,相応の年齢の男女にHPVワクチンを接種すべきである。

  • 髄膜炎菌ワクチンの接種歴がない成人には,2カ月以上の間隔を空けてMenACWYの初回接種を2回行うべきである。

  • 破傷風・ジフテリア混合ワクチン(Td)の一連の接種を完了したが,その一環として破傷風・ジフテリア・百日咳混合ワクチン(Tdap)の接種を受けていない患者には,次回のTdの追加接種の代わりにTdapを接種すべきである。Tdの一連の接種を開始予定または継続中で,まだTdapの接種を受けていない患者には,Tdによる追加接種のうち1回をTdapで代替すべきである。

一般に,不活化ワクチンを使用すべきである。これらのワクチンは,HIV陰性者と比べてHIV陽性者で効果がみられる頻度が少ない。

帯状疱疹ワクチン(帯状疱疹としての再活性化を予防するための免疫の強化)はHIV感染者の成人に有用となる可能性がある。当初の弱毒生帯状疱疹ワクチンは,免疫能が低下している患者およびCD4陽性細胞数が200/μL未満の患者には禁忌である。ただし,新規の組換え帯状疱疹ワクチンは,HIV感染患者に禁忌ではない。米国保健福祉省(Department of Health and Human Services)は,50歳以上のHIV感染者には組換え帯状疱疹ワクチンを接種することを推奨しているが,Advisory Committee on Immunization Practices(ACIP)は,HIV感染者における帯状疱疹予防のためのワクチン接種をまだ正式に推奨していない(CDC 2020 Adult Conditions Immunization Scheduleを参照)。

生ウイルスワクチンは重度の免疫抑制患者には危険である可能性があるため,水痘の一次感染のリスクがある患者に対応する場合には,専門医の意見を求めるべきであり,推奨は一定していない(乳児および小児におけるHIVに記載の予防接種情報とHIV感染児における生ワクチンの接種に対する考慮事項の表を参照)。

予防に関する参考文献

  1. 1.Rodger AJ, Cambiano V, Bruun T, et al: Sexual activity without condoms and risk of HIV transmission in serodifferent couples when the HIV-positive partner is using suppressive antiretroviral therapy.JAMA 316(2):171-81, 2016. doi: 10.1001/jama.2016.5148

HIV感染症の要点

  • HIVはCD4陽性リンパ球に感染し,したがって細胞性免疫および程度はより低いが液性免疫を阻害する。

  • HIVは主に性的接触,注射を介した汚染血液への曝露または組織もしくは臓器の移植,ならびに出産前および周産期の母子感染により広がる。

  • 免疫系の損傷に加え,頻発するウイルスの変異により,HIV感染を排除する身体の能力が有意に障害される。

  • 種々の日和見感染症および悪性腫瘍が発生する可能性があり,無治療の患者では通常これらが死因となる。

  • 抗体検査により診断し,ウイルス量およびCD4陽性細胞数の測定によりモニタリングする。

  • 抗レトロウイルス薬の多剤併用により治療し,一貫して薬剤が服用されれば,ほとんどの患者で免疫機能をほぼ正常に回復させることが可能である。

  • HIV感染者には,安全な性行為,定期的な運動および健康的な食事の重要性,ならびにストレスの管理について定期的に助言を行う。

  • 適応があれば,抗レトロウイルス薬による曝露後および曝露前予防を行う。

  • CD4陽性細胞数に基づき,日和見感染症に対する一次予防を施行する。

HIV感染症についてのより詳細な情報

以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. CDC 2020 Immunization Schedule: Recommended adult immunization schedule by medical condition and other indications

  2. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents: Drug-Drug Interactions: Information regarding pharmacokinetic (PK) drug-drug interactions between antiretroviral (ARV) drugs and concomitant medications that are common and may lead to increased or decreased drug exposure

  3. Guidelines for Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in HIV-Infected Adults and Adolescents

  4. Guidelines on post-exposure prophylaxis for HIV and the use of co-trimoxazole prophylaxis for HIV-related infections among adults, adolescents and children: Recommendations for a public health approach - December 2014 supplement to the 2013 consolidated ARV guidelines

  5. National Institutes of Health's AIDSInfo: HIV-related research information from the NIH’s Office of AIDS Research (OAR), the National Institute Of Allergy and Infectious Diseases (NIAID), and the U.S. National Library of Medicine (NLM)

  6. CDC: Post-Exposure Prophylaxis (PEP):Resources for providers and consumer regarding the use of antiretroviral drugs after a single high-risk event to stop HIV seroconversion

  7. Primary Care Guidelines for the Management of Persons Infected with Human Immunodeficiency Virus: 2020 Update by the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America: Evidence-based guidelines for the management of people infected with HIV

  8. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis (PEP): Updated recommendations regarding HIV PEP regimens and the duration of HIV follow-up testing for exposed personnel

  9. Revised Recommendations for Reducing the Risk of HIV Transmission by Blood and Blood Products, 2020:Revised guidance document providing blood establishments that collect blood or blood components, including Source Plasma, with revised donor deferral recommendations for individuals with increased risk for transmitting HIV infection

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