精神面に関する愁訴もしくは懸念を有する患者または行動に異常のある患者には,プライマリケアおよび救急医療センターなどを含めて,様々な臨床現場で遭遇する。愁訴または懸念は新たに生じたものもあれば,過去の精神的な問題と連続性のある場合もある。愁訴は,身体疾患に対する患者の対処と関係している場合もあれば,身体疾患が脳に及ぼす直接的な影響による場合もある。評価の方法は,愁訴の表出が,救急来院でなされたものか,予定された来院でなされたものかによって異なる。救急の場合には,医師は管理方針を決定するため,より直接的な病歴,症状,行動に焦点を絞って評価しなければならないこともある。予定された来院の場合には,より徹底的な評価を行うのが適切である。
精神症状がみられる患者の医学的評価では,以下の3つを同定するようにする:
精神障害に類似する身体疾患
精神障害と併発する身体疾患
精神障害またはその治療によって引き起こされる身体疾患
多くの身体疾患が特定の精神障害に類似する症状を引き起こす(Professional.see table 身体疾患による主な精神症状 身体疾患による主な精神症状 )。さらに,特定の精神症候群に類似することはないが,気分や活力の変化をもたらす身体疾患もある。
多くの薬剤が精神症状を引き起こし,その頻度が最も高い原因薬剤のクラスは以下の通りである:
中枢神経系作用薬(例,抗てんかん薬 てんかんの薬物治療 単剤で全ての発作型をコントロールできる薬剤はなく,必要になる薬剤は患者毎に異なる。複数の薬剤が必要になる患者もいる。(American Academy of Neurology and the American Epilepsy Societyの難治性てんかんの治療[treatment of refractory epilepsy]に関するガイドラインも参照のこと。) ある発作型に効果的な抗てんかん薬が別の型の発作を悪化させる場合もある... さらに読む ,抗うつ薬 うつ病の薬物治療 うつ病の治療には,いくつかの薬物クラスおよび薬物が使用できる: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) セロトニン調節薬(5-HT2遮断薬) セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 ノルアドレナリン-ドパミン再取り込み阻害薬 さらに読む ,抗精神病薬 治療 ,催眠鎮静薬 抗不安薬と鎮静薬 抗不安薬と鎮静薬には,ベンゾジアゼピン系,バルビツール酸系,およびこれらに関連する薬剤がある。高用量の薬剤は昏迷や呼吸抑制を引き起こすことがあり,その場合は気管挿管と機械的人工換気により管理する。長期薬剤使用者は激越と痙攣発作の離脱症候群を呈する場合があるため,代替薬(ペントバルビタールまたはフェノバルビタール)を併用下または非併用下でゆっくりと減薬することによって依存を管理する。... さらに読む ,刺激薬)
抗コリン薬(例,抗ヒスタミン薬)
コルチコステロイド
その他多くの治療薬および薬物クラスにも関連が示唆されており,その中には通常では考慮されない可能性があるクラスも含まれている(例,抗菌薬,降圧薬)。乱用薬物,特にアルコール アルコール中毒および離脱 アルコール(エタノール)は中枢抑制薬である。短時間で大量に飲酒すると,呼吸抑制と昏睡を来たし,死に至ることがある。長期にわたる大量の飲酒は,肝臓や他の多くの臓器を損傷する。アルコール離脱症状は振戦から,重度の離脱(振戦せん妄)でみられる痙攣発作,幻覚,および生命を脅かす自律神経不安定状態に至るまで,連続的な病態として現れる。診断は臨床的に行う。 (アルコール使用障害とリハビリテーションも参照のこと。)... さらに読む ,アンフェタミン類 アンフェタミン アンフェタミンは中枢刺激作用と多幸作用がある交感神経刺激薬であり,その中毒性有害作用には,せん妄,高血圧,痙攣発作,および高体温がある(これらは横紋筋融解症や腎不全を引き起こすことがある)。中毒の管理は,静注ベンゾジアゼピン系薬剤(激越,高血圧,および痙攣発作)や冷却法(高体温)などの支持療法により行う。典型的な離脱症候群は存在しない。 このクラスの元となった薬物であるアンフェタミンは,そのフェニル環上の様々な置換によって修飾された結果... さらに読む ,コカイン コカイン コカインは,中枢刺激作用と多幸作用がある交感神経刺激薬である。高用量の使用は,パニック,統合失調症様症状,痙攣発作,高体温,高血圧,不整脈,脳卒中,大動脈解離,腸管虚血,および心筋梗塞を引き起こすことがある。中毒の管理は,(激越,高血圧,および痙攣発作に対する)静注ベンゾジアゼピン系薬剤や(高体温に対する)冷却法などの支持療法により行う。離脱症状は,主に抑うつ,集中困難,および傾眠(コカインウォッシュアウト症候群)として現れる。... さらに読む ,幻覚剤 幻覚剤 幻覚剤とは,非常に予測困難な特異体質性の反応を引き起こしうる多様な薬剤群である。中毒は一般に幻覚を引き起こし,知覚変容,判断力低下,関係念慮,および離人感を伴う。典型的な離脱症候群は存在しない。診断は臨床的に行う。支持療法により治療する。 従来からの幻覚剤には,リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD),シロシビン,メスカリンなどがある。いずれも以下の通り天然物由来である: LSDは小麦粉やライ麦粉をしばしば汚染する真菌に由来する... さらに読む ,およびフェンシクリジン ケタミンおよびフェンシクリジン(PCP) ケタミンとフェンシクリジンは解離性麻酔薬であり,中毒をもたらし,ときに錯乱または緊張病状態を伴う。過剰摂取は昏睡を引き起こし,まれに死亡することがある。 ケタミンとフェンシクリジン(PCP)は化学的に関連した麻酔薬である。これらの薬剤は,LSDなどの他の幻覚剤の混ぜ物または偽物として用いられることがしばしばある。 ケタミンは液体または粉末の剤形で入手可能である。違法使用される場合,粉末剤は一般に鼻から吸引されるが,経口摂取されることもあ... さらに読む (PCP)もまた,特に過剰摂取の場合に,しばしば精神症状を引き起こす。アルコール,バルビツール酸系薬剤,またはベンゾジアゼピン系薬剤からの離脱は,身体的な離脱症状に加えて,精神症状(例,不安)を引き起こすことがある。
元来,精神障害を有する患者が精神症状を新たに出現させたり,悪化させたりする身体疾患(例,髄膜炎,糖尿病性ケトアシドーシス)を発症することもある。このため医師は,既知の精神障害を伴う患者にみられる精神症状を全てその疾患によるものと類推してはならない。精神症状について考えられる身体的原因に積極的に対応することが必要になる場合があり,精神病または認知症のために自身の身体的な健康状態を説明できない患者では,これが特に重要である。
ときに,精神医学的ケアを求めて受診する患者が,その精神症状の原因ではないが,それでも評価および治療を必要とする未診断の身体疾患を有していることがある。そのような疾患は,精神障害とは関係ない場合(例,高血圧,狭心症)もあれば,精神障害(例,慢性精神病による無気力が原因の低栄養)またはその治療(例,リチウムによる甲状腺機能低下症,非定型抗精神病薬の投与に続発する高脂血症)によって生じる場合もある。
評価
以下に該当する症状がみられる患者には,病歴聴取と身体診察のほか,しばしば脳画像検査や臨床検査による,医学的評価(1 評価に関する参考文献 精神面に関する愁訴もしくは懸念を有する患者または行動に異常のある患者には,プライマリケアおよび救急医療センターなどを含めて,様々な臨床現場で遭遇する。愁訴または懸念は新たに生じたものもあれば,過去の精神的な問題と連続性のある場合もある。愁訴は,身体疾患に対する患者の対処と関係している場合もあれば,身体疾患が脳に及ぼす直接的な影響による場合もある。評価の方法は,愁訴の表出が,救急来院でなされたものか,予定された来院でなされたものかによって... さらに読む )が必要である:
新規発症の精神症状(すなわち,同様の症状の既往がない)
質的に異なる症状または予期しない症状(すなわち,既知の精神障害または安定した精神障害を有する患者の場合)
予期しない年齢で始まった精神症状
目標は,具体的な精神医学的診断を下すことではなく,基礎にある身体疾患および随伴する身体疾患を診断することにある。
病歴
現病歴の聴取では,症状の性質および発症,特に発症が突然であったか緩徐であったか,および症状が考えられる誘因(例,外傷,薬剤または乱用物質の開始または中止)の後に生じたか否かに注意すべきである。医師は,過去に同様の症状のエピソードがあったか否か,精神障害の診断および治療を受けたことがあるか否か,もしあるなら,薬剤の服用を中止したか否かを尋ねるべきである。
システムレビュー(review of systems)では,可能性のある原因を示唆する症状を探索する:
嘔吐,下痢,または両方:脱水,電解質障害
動悸:甲状腺機能亢進症,離脱を含む薬物の作用
多尿および多飲:糖尿病
振戦:パーキンソン病,離脱症候群
歩行または発話困難:多発性硬化症,パーキンソン病,脳卒中
頭痛:中枢神経系の感染症,複雑性の片頭痛,出血,腫瘤病変
発熱,咳嗽,排尿困難,嘔吐,または下痢:全身性感染症
体重減少:感染症,がん,炎症性腸疾患,甲状腺機能亢進症
錯感覚および脱力:ビタミン欠乏症,脳卒中,脱髄疾患
再燃と寛解を繰り返す神経症状:多発性硬化症,血管炎
既往歴の聴取では,精神症状を引き起こす可能性のある既知の慢性身体疾患(例,甲状腺疾患,肝疾患,腎疾患;糖尿病;HIV感染症)を確認すべきである。あらゆる処方薬およびOTC薬を調査し,アルコールまたは違法薬物の使用(量および期間)について患者に尋ねるべきである。身体疾患(特に甲状腺疾患および多発性硬化症)の家族歴を評価する。感染の危険因子(例,無防備な性行為,注射針の共用,最近の入院,グループ施設での居住)に注意する。
身体診察
全身の身体診察を行うが,以下に焦点を置く:
感染症の徴候(例,髄膜症,肺うっ血,側腹部の圧痛)
頭蓋内圧亢進の徴候を検出するための眼底検査(例,乳頭浮腫,静脈拍動の消失)
肝疾患の徴候(例,黄疸,腹水,くも状血管腫)に注意すべきである。皮膚を注意深く視診して,自傷行為による創傷または他の外傷の所見(例,皮下出血)がないか調べる。
所見の解釈
病歴聴取および身体診察から得られた所見は,考えられる原因を解釈し,検査および治療の方針を決定するのに役立つ。
錯乱および不注意(環境に対する認識の明瞭度が低下した状態,せん妄 せん妄 せん妄は,注意,認知,および意識レベルが急性かつ一過性に障害される病態で,その程度には変動がみられ,通常は可逆的である。ほぼ全ての疾患および薬剤が原因となりうる。診断は臨床的に行い,原因同定のために臨床検査と通常は画像検査を施行する。治療は原因の是正と支持療法である。 (せん妄および認知症の概要も参照のこと。) せん妄はあらゆる年齢で起こりうるが,高齢者でより多くみられる。入院する高齢患者の10%以上にせん妄があり,15~50%は入院期... さらに読む を示唆),特に突然の発症,変動,またはこの両方に該当する場合は,身体疾患の存在が示唆される。ただし,この逆は真ではない(すなわち,認識が清明であることは原因が精神障害であることの根拠とはならない)。身体的原因を示唆する他の所見としては以下のものがある:
バイタルサインの異常(例,発熱,頻脈,頻呼吸)
髄膜刺激徴候
神経学的診察で認められた異常(失語を含む)
歩行,平衡感覚,またはその両方の障害
失禁
具体的な原因の推定に役立つ所見もあり,特に症候が新たに出現した場合または長期間維持されていたベースラインから変化した場合に顕著である。
散瞳(特に皮膚の紅潮,ほてり,および乾燥を伴う場合):抗コリン薬の作用
瞳孔収縮:オピオイド薬の作用または橋出血
回旋性または垂直性眼振:PCP中毒
水平性眼振:フェニトイン中毒を伴うことが多い
要領を得ない話し方または発話不能:脳病変(例,脳卒中)
再燃と寛解を繰り返す神経症状が先行するという病歴は,特に様々な神経が侵されていると思われる場合:多発性硬化症または血管炎
靴下手袋型の錯感覚:チアミンまたはビタミンB12欠乏症の可能性あり
幻覚のある患者では,命令性幻聴または患者の行動に言及する声がおそらく精神障害を反映していることを除いて,幻覚の種類は特に診断の役に立たない。
重大な外傷から間もなく,または新たな薬剤の開始後に始まった症状は,それらのイベントが原因である可能性がある。薬物またはアルコールの乱用は,精神症状の原因であることもあれば,そうではないこともある;精神障害患者の約40~50%には物質乱用 物質使用障害 物質使用障害は物質関連障害の一種であり,物質の使用に関連する重大な問題を体験しているにもかかわらず,患者がその物質を使用し続ける病的な行動パターンを伴う。脳内神経回路の変化などの生理学的臨床像が認められることもある。 関わる物質は多くの場合,典型的に物質関連障害を引き起こす10種類の薬物クラスに含まれるものである。このような物質はいずれも脳内報酬系を直接活性化し,快感をもたらす。活性化が非常に強いために,患者はその物質を強く渇望し,その... さらに読む もみられる(重複診断)。
検査
典型的には以下の検査を行うべきである:
パルスオキシメトリー
指先採血による血糖検査
治療薬濃度の測定
尿中薬物スクリーニング
血中アルコール濃度
血算
尿検査
精神障害が既知の患者において,その典型症状が増悪し,身体的愁訴がなく,認識が正常で,かつ身体診察での所見(バイタルサイン,パルスオキシメトリー,指先採血による血糖検査など)が正常である場合には,一般的にさらなる臨床検査は不要である。
その他の患者の大半では以下を行うべきである:
HIV検査
多くの医師は以下も測定している:
血清電解質(カルシウムおよびマグネシウムを含む),BUN,およびクレアチニン
赤沈またはC反応性タンパク
電解質および腎機能検査が診断に有用なことがあり,その後の薬物治療のための情報(例,腎機能不全のある患者での調節を要する薬剤)を得るのに役立つこともある。
その他の検査は,一般に特異的所見に基づいて行われる:
頭部CT:精神症状の新規発症がみられた患者,またはせん妄,頭痛,最近の外傷歴,もしくは局所的な神経学的所見(例,四肢の脱力)がみられる患者
腰椎穿刺 腰椎穿刺 腰椎穿刺は以下を目的として行われる: 頭蓋内圧と髄液組成を評価する(様々な疾患における髄液異常の表を参照)。 治療として頭蓋内圧を低下させる(例,特発性頭蓋内圧亢進症) 髄腔内に薬剤または脊髄造影用の造影剤を投与する 相対的禁忌として以下のものがある: さらに読む :髄膜刺激徴候を認める患者,または頭部CT所見が正常であるが発熱,頭痛,もしくはせん妄がみられる患者
甲状腺機能検査:リチウムを服用している患者,甲状腺疾患の症状または徴候のある患者,および40歳以上で精神症状の新規発症がみられた患者(特に女性または甲状腺疾患の家族歴のある患者)
胸部X線:低酸素飽和度,発熱,湿性咳嗽,または喀血がみられる患者
血液培養:発熱がある重篤な状態の患者
肝機能検査 肝臓および胆嚢の臨床検査 臨床検査は一般に以下の目的に効果的である: 肝機能障害の検出 肝損傷の重症度の評価 肝疾患の経過および治療効果のモニタリング 診断の絞り込み さらに読む :肝疾患の症状もしくは徴候がみられる患者,アルコールもしくは薬物の乱用歴がある患者,または病歴が得られない患者
比較的頻度は低いが,所見からSLE,梅毒,脱髄疾患,ライム病,またはビタミンB12もしくはチアミン欠乏症の検査の必要性が示唆される場合があり,特に認知症の徴候を示す患者でその傾向が強い。
物質乱用の最近の既往または中毒や最近の薬物使用を示唆する身体徴候(例,針痕)がある場合は,薬毒物スクリーニングを行う。
評価に関する参考文献
1.Anderson EL, Nordstrom K, Wilson MP, et al: American Association for Emergency Psychiatry Task Force on Medical Clearance of Adults: Part I: Introduction, review and evidence-based guidelines.West J Emerg Med 18 (2):235–242, 2017.doi: 10.5811/westjem.2016.10.32258.