炎症性腸疾患としては、主に以下の2種類の病気があります。
この2つの病気には多くの共通点があり、ときに判別が難しいことがあります。しかし2つの病気にはいくつかの違いがあります。例えば、クローン病は消化管のほぼすべての部分に起こりうるのに対し、潰瘍性大腸炎はほぼ常に大腸にしか起こりません。
炎症性腸疾患の原因は分かっていませんが、遺伝的素因をもつ人において正常時から存在する腸内細菌に対して不適切に免疫反応が誘導される可能性が、科学的証拠により示唆されています。
炎症性腸疾患はあらゆる年齢でみられますが、通常は30歳未満で始まり、一般的には14~24歳で発症します。少数ですが、50~70歳で初めて発作が起きる人もいます。炎症性腸疾患は北欧系とアングロサクソン系の人に最もよくみられ、アシュケナージ系ユダヤ人では同じ地域に暮らす非ユダヤ系の白人と比較して2~4倍多くみられます。男女差はありません。炎症性腸疾患の患者の第1度近親者(母、父、姉妹、兄弟)では、炎症性腸疾患の発生リスクが4~20倍高くなります。家系内で遺伝する傾向は、クローン病の方が潰瘍性大腸炎よりはるかに強くみられます。
炎症性腸疾患の症状
炎症性腸疾患の診断
便と血液の検査
内視鏡検査と生検
炎症性腸疾患の診断を下すためには、まず炎症を引き起こしうる他の原因の可能性を否定する必要があります。例えば、寄生虫や細菌の感染症が炎症の原因になることがあります。このため、医師はいくつかの検査を行います。
便のサンプルを分析して、抗菌薬の使用により生じる細菌感染症(クロストリジオイデス・ディフィシル感染症 クロストリジオイデス(以前のクロストリジウム)・ディフィシル(Clostridioides (formerly Clostridium) difficile)腸炎 クロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile[C. difficile])腸炎は、大腸(結腸)の炎症で、下痢を生じます。クロストリジオイデス・ディフィシル(C. difficile)という細菌が作る毒素によって炎症が引き起こされますが、これは通常、腸内でのこ... さらに読む [以前はクロストリジウム・ディフィシル Clostridium difficile])を含め、細菌または寄生虫による感染症(例えば旅行中に感染するもの)の証拠がないか調べます。
さらに、 淋菌感染症 淋菌感染症 淋菌感染症(淋病)は、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)という細菌によって引き起こされる性感染症で、尿道、子宮頸部、直腸、のどの粘膜や、眼の前部を覆う膜(結膜と角膜)を侵します。 通常は性的接触により感染します。 通常は、陰茎や腟から分泌物が生じたり、頻尿になったり、急に尿意を催したりします。... さらに読む 、 ヘルペスウイルス感染症 単純ヘルペスウイルス(HSV)感染症 単純ヘルペスウイルス(HSV)感染症では、皮膚、口、唇(口唇ヘルペス)、眼、または性器に、液体で満たされた、痛みのある小さな水疱が繰り返し発生します。 この病気は非常に感染性の高い ウイルス感染症であり、潰瘍に直接触れることで感染するほか、ときには潰瘍のない患部に触れることでも感染します。... さらに読む 、 クラミジア感染症 クラミジア感染症とその他の非淋菌感染症 クラミジアによる感染症としては、クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)という細菌によって引き起こされる尿道、子宮頸部、直腸の性感染症などがあります。この種の細菌は、白眼の部分を覆う膜(結膜)やのどにも感染することがあります。ウレアプラズマ属(Ureaplasma)やマイコプラズマ... さらに読む などの性感染症が直腸にないか調べる検査も行うことがあります。
内視鏡検査 内視鏡検査 内視鏡検査とは、柔軟な管状の機器(内視鏡)を用いて体内の構造物を観察する検査です。チューブを介して器具を通すことができるため、内視鏡は多くの病気の治療にも使うことができます。 口から挿入する内視鏡検査では、食道(食道鏡検査)、胃(胃鏡検査)、小腸の一部(上部消化管内視鏡検査)が観察できます。... さらに読む (観察用の管状の機器を使った消化管の検査)の際に消化管の粘膜から組織のサンプルを採取して、結腸の炎症(大腸炎)や小腸の最後の部分(回腸)の炎症を起こす他の原因を示す証拠がないか顕微鏡で調べることがあります。こうした組織の採取と検査は生検と呼ばれます。
医師は、 過敏性腸症候群 過敏性腸症候群(IBS) 過敏性腸症候群は消化管の病気で、腹痛と便秘または下痢を繰り返し引き起こします。 症状は様々ですが、下腹部痛、腹部膨満、ガス、便秘、下痢がよくみられます。 様々な物質や感情的要素が引き金となって過敏性腸症候群の症状が起こります。 通常は症状に基づいて過敏性腸症候群と診断されますが、他の病気ではないことを確認する検査が行われます。... さらに読む 、 虚血性大腸炎 虚血性大腸炎 虚血性大腸炎は、血流が絶たれたために起こる大腸の損傷です。 腹痛と血便がよくみられます。 通常はCT検査が行われ、ときに大腸内視鏡検査が行われます。 大半の人は、静脈から水分を補給(輸液)しながら、絶食することで回復しますが、手術が必要な人もわずかにいます。 ( 消化管救急疾患の概要も参照のこと。) さらに読む (50歳以上の人に多い)、 吸収不良症候群 吸収不良の概要 吸収不良症候群とは、食べたものに含まれる栄養素が様々な理由により小腸で適切に吸収されない状態のことをいいます。 ある種の病気、感染症、手術でも吸収不良が起こることがあります。 吸収不良によって、下痢、体重減少、極度の悪臭がする大量の便がみられます。 診断は、典型的な症状と、便検査の結果、ときに小腸粘膜の生検結果に基づいて下されます。... さらに読む (セリアック病 セリアック病 セリアック病は、小麦や大麦、ライ麦に含まれるタンパク質のグルテンに対する遺伝性の不耐症であり、小腸の粘膜に特徴的な変化を起こし、 吸収不良が生じます。 タンパク質のグルテンの摂取後に、腸の粘膜に炎症が生じます。 症状としては、成人では下痢、低栄養、体重減少などがあります。 小児でみられる症状としては、腹部膨満、非常に強い悪臭がする大量の便... さらに読む など)、女性ではある種の婦人科疾患など、似たような腹部の症状を引き起こす他の病気の可能性も考慮します。他の病気の可能性を否定するために、腹部の X線検査 消化管のX線検査 消化器系の問題の評価にはX線検査がよく使われます。標準的なX線検査(単純X線検査)では、特別な準備は何も必要ありません( 単純X線検査)。消化管に閉塞や麻痺がある場合や、腹腔内のガスの分布が異常な場合は、通常は標準的なX線検査で明らかになります。また、肝臓、腎臓、脾臓の腫大も標準的なX線検査で明らかになります。... さらに読む 、 CT検査 消化管のCT検査とMRI検査 CT検査( CT検査)とMRI検査( MRI検査)は、腹部臓器の大きさや位置を調べるのに適しています。さらに、これらの検査では悪性腫瘍(がん)や良性腫瘍(がんではない腫瘍)もしばしば検出されます。血管の変化も検出できます。通常、虫垂や憩室などの炎症( 虫垂炎や 憩室炎など)も検出できます。ときに、X線照射や手術のガイド役としてこれらの検査... さらに読む や MRI検査 MRI検査 MRI検査は、強い磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強い磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一... さらに読む など、画像検査を行うこともあります。クローン病を疑わせる症状がある患者の腸の評価を行うために ビデオカプセル内視鏡検査 ビデオカプセル内視鏡検査 ビデオカプセル内視鏡検査(ワイヤレスビデオ内視鏡検査)とは、バッテリー駆動のカプセルを飲み込んで行う検査法です。このカプセルには1~2個の小さなカメラ、光源、送信器が搭載されています。腸の粘膜の画像が、ベルトや布製ポーチ内に設置した受信機に送信されます。何千もの画像が撮影されます。この検査を行う前の約12時間は、飲食をやめる必要があります... さらに読む を行うことがあります。
炎症性腸疾患の治療
薬
ときに手術
食事とストレスの管理
炎症性腸疾患には根治的な治療法がありませんが、炎症を和らげて症状を軽減するには、アミノサリチル酸系、コルチコステロイド、免疫調節薬、生物学的製剤、抗菌薬など、多くの薬(表「 クローン病による腸の炎症を軽減する薬 クローン病による腸の炎症を軽減する薬 」と表「 潰瘍性大腸炎による腸の炎症を軽減する薬 潰瘍性大腸炎による腸の炎症を軽減する薬 」を参照)が役立ちます。
非常に重症の場合は、ときに手術が必要です。
食事とストレスの管理
ほとんどの患者とその家族は食事とストレスの管理に関心があります。厳格な炭水化物の摂取制限を伴うものなど、特定の食事が炎症性腸疾患の改善に役立ったと主張している人もいますが、食事療法の効果は 臨床試験 臨床試験について参加者が知っておくべきこと 人々は医師に対して、効果のある治療法を選択し、効果のない治療は中止するように期待します。しかし、どの治療法が有効か見分けることは、医師や研究者にも困難であることが往々にしてあります。その判断を下すことが 医学の役割の1つであり、具体的には、臨床試験において治療法の効果を検討することで達成されるのが通常です。... さらに読む では証明されていません。慢性疾患があることによるストレスに対処するために、ときに医師がストレス管理の手法を推奨することがあります。
健康維持
炎症性腸疾患によって、特定の感染症の発生リスクや、基礎疾患、栄養不良または免疫調節薬の使用に起因する病気の発症リスクが高まります。予防接種と診断検査とスクリーニングがリスクの低減に役立ちます。
インフルエンザワクチン インフルエンザワクチン インフルエンザウイルスワクチンは インフルエンザの予防に役立ちます。米国では、A型とB型の2種類のインフルエンザウイルスが定期的にインフルエンザの季節的流行を引き起こしています。どちらの種類にも、多くのウイルス株が存在します。インフルエンザの大流行を引き起こすウイルス株は毎年変わります。このため、毎年新しいワクチンが必要になります。それぞ... さらに読む は、インフルエンザの予防のために毎年必要です。 肺炎球菌ワクチン 肺炎球菌ワクチン 肺炎球菌ワクチンは、肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae(肺炎双球菌)によって引き起こされる細菌感染症の予防に役立ちます。 肺炎球菌感染症としては、 耳の感染症、 副鼻腔炎、 肺炎、 血流感染症、 髄膜炎などがあります。 詳細については、CDCによる肺炎球菌結合型(PCV13)ワクチン説明書(Pneum... さらに読む は、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)による細菌感染症の予防に役立ちます。50歳以上の人は 帯状疱疹ワクチン 帯状疱疹ワクチン 帯状疱疹ワクチンには2種類あります。新型の帯状疱疹ワクチンは、予防効果が高く、効果の持続期間も長いため、旧型の帯状疱疹ワクチンより好んで使用されます。 新型のワクチンには、ウイルスの感染性をもたない部分だけが含まれています(組換えワクチンと呼ばれます)。このワクチンには生きたウイルスは含まれていません。... さらに読む の接種を受けるべきです。50歳未満の炎症性腸疾患の人は、ワクチン接種の必要性について主治医と相談した上で、ワクチンを接種することができます。帯状疱疹ワクチンは、可能であれば免疫調節薬の使用を開始する前に接種すべきです。状況に応じて定期的な 破傷風・ジフテリア 破傷風・ジフテリア混合ワクチン 破傷風・ジフテリア(Td)混合ワクチンは、細菌そのものではなく、破傷風菌とジフテリア菌が作る毒素から体を守るためのものです。これに 百日ぜきを予防する成分を追加した混合ワクチン( ジフテリア・破傷風・百日ぜき混合ワクチン)もあります。 一般的には、 破傷風菌は傷口から体内に侵入し、増殖して毒素を作ります。この毒素により激しい筋肉のけいれん... さらに読む 、 A型肝炎 A型肝炎ワクチン A型肝炎ワクチンは A型肝炎の予防に役立ちます。一般的に、A型肝炎は B型肝炎ほど重篤ではありません。A型肝炎は無症状の場合もよくありますが、発熱、吐き気、嘔吐、黄疸がみられることや、まれに重度の肝不全や死亡に至ることもあります。 慢性肝炎にはなりません。 ワクチンの使用によって、感染者数が減少しました。... さらに読む 、 B型肝炎 B型肝炎ワクチン B型肝炎ワクチンは B型肝炎とその合併症( 慢性肝炎、 肝硬変、 肝臓がん)の予防に役立ちます。 一般に、B型肝炎は A型肝炎より重篤で、死に至ることもあります。症状は軽度のこともあれば、重度のこともあります。食欲減退、吐き気、疲労などがみられます。5~10%の患者ではB型肝炎が慢性化し、肝硬変や肝臓がんに進行することがあります。... さらに読む 、 ヒトパピローマウイルス ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、 HPVの中でも以下の病態を引き起こす可能性が非常に高い株による感染の予防に役立ちます。 女性の 子宮頸がん、 腟がん、 外陰がん 男性の 陰茎がん 肛門がん 尖圭コンジローマ さらに読む の各ワクチンの接種も受けるべきです。ファイザー社・ビオンテック社製やモデルナ社製のものなど、mRNAを用いた 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン COVID-19ワクチン 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンは、COVID-19に対する予防効果をもたらします。 COVID-19は、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染によって引き起こされる病気です。現在、COVID-19に対する複数のワクチンが世界中で使用されています(COVID-19ワクチンの最新動向[COVID-19... さらに読む は、免疫調節薬を使用している患者を含めた炎症性腸疾患の患者にも推奨されています。
免疫調節薬を使用していない炎症性腸疾患の女性は、 子宮頸部細胞診(パパニコロウ検査) 子宮頸がんのスクリーニング検査 医師は、 スクリーニング検査を勧めることがあります。スクリーニング検査とは、症状がない人に対して病気の有無を調べるために行われる検査です。女性に生殖器系に関連する症状(婦人科疾患の症状)がある場合、症状を引き起こしている病気を特定するための検査( 診断目的の検査)が必要になることがあります。... さらに読む による子宮頸がんスクリーニングを3年毎に受けるべきです。免疫調節薬を使用している炎症性腸疾患の女性は、子宮頸部細胞診を毎年受けるべきです。
免疫調節薬または生物学的製剤を使用しているかその計画がある炎症性腸疾患の人は、 皮膚がんのスクリーニング 皮膚がんのスクリーニング 皮膚がんは最も多くみられるがんです。屋外で働く人、屋外でスポーツをする人、および日光浴の愛好者で特に多くみられます。皮膚の色の薄い人(色白の人)は、作られるメラニンの量が少ないため、ほとんどのタイプの皮膚がんが特に発生しやすい傾向があります。皮膚の一番外側の層(表皮)で保護機能を果たしているメラニンという色素には、紫外線から皮膚を保護する... さらに読む を毎年受け、 日焼け止め 日焼け止め 日焼けは、強い紫外線を短時間で浴びた(急性曝露)結果として起こります。 紫外線を浴びすぎると、日焼けが生じます。 日焼け(サンバーン)が起こると、皮膚は赤くなって痛み、ときに水疱が現れたり、発熱や悪寒が生じたりすることもあります。 日光を浴びすぎないようにし、日焼け止めを塗ることで、日焼けを予防することができます。... さらに読む を使用し、 保護効果の高い衣類 衣類 日焼けは、強い紫外線を短時間で浴びた(急性曝露)結果として起こります。 紫外線を浴びすぎると、日焼けが生じます。 日焼け(サンバーン)が起こると、皮膚は赤くなって痛み、ときに水疱が現れたり、発熱や悪寒が生じたりすることもあります。 日光を浴びすぎないようにし、日焼け止めを塗ることで、日焼けを予防することができます。... さらに読む を着用するべきです。
さらなる情報
役立つ可能性がある英語の資料を以下に示します。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
米国クローン病・大腸炎財団(Crohn's and Colitis Foundation of America):支援サービスへのアクセスを含めたクローン病と潰瘍性大腸炎に関する全般的な情報
米国国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所―クローン病(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases[NIDDK]—Crohn Disease):研究や臨床試験に関する情報を含めたクローン病に関する全般的な情報
米国国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所―潰瘍性大腸炎(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases[NIDDK]—Ulcerative Colitis):研究や臨床試験に関する情報を含めた潰瘍性大腸炎に関する全般的な情報