栄養学とは,食物および食物と健康との関係に関する科学である。栄養素は身体が成長,維持,およびエネルギーに利用する食物中の化学物質である。
体内で合成できず,そのため食事から摂る必要がある栄養素は,必須栄養素とされる。具体的には以下のものがある:
食事からも得られるが,体内で他の化合物から合成できる栄養素は,非必須栄養素とみなされる。
多量栄養素は身体に比較的大量に必要であり,微量栄養素はごく少量必要となる。
栄養素が欠乏すると低栄養になり,結果,欠乏症候群(例,クワシオルコル,ペラグラ)を来すことがある。 多量栄養素の過剰摂取は肥満およびその関連疾患につながることがあり,微量栄養素の過剰摂取は有毒である可能性がある。不飽和および飽和脂肪酸をどの程度摂取するかなど,様々な種類の栄養素のバランスも,疾患の発生に影響を及ぼす可能性がある。
多量栄養素
多量栄養素は食事の大部分を占め,エネルギーおよび多くの必須栄養素を供給する。炭水化物,タンパク質(必須アミノ酸を含む),脂肪(必須脂肪酸を含む),多量ミネラル,および水は多量栄養素である。炭水化物,脂肪,およびタンパク質はエネルギー源として互換性がある;脂肪は9kcal/g(37.8kJ/g),タンパク質および炭水化物は4kcal/g(16.8kJ/g)を産生する。
炭水化物
食物性の炭水化物は,ブドウ糖およびその他の単糖類に分解される。炭水化物は血糖値を上昇させ,エネルギーを供給する。
単純炭水化物は急速に血糖値を上昇させる低分子(一般的に単糖類または二糖類)から成る。
複合炭水化物は単糖類に分解される大分子から成る。単純炭水化物に比べ,複合炭水化物は血糖値をより緩やかにではあるが,長時間にわたって上げる。
ブドウ糖およびショ糖は単純炭水化物,デンプンおよび食物繊維は複合炭水化物である。
グリセミック指数とは,炭水化物の摂取によりどの程度迅速に血漿血糖値が上昇するかを示すものである。数値の範囲は1(上昇が最も遅い)から100(上昇が最も速く,純粋なブドウ糖と等しい―食品のグリセミック指数の表を参照)である。しかし,実際の上昇速度は炭水化物と一緒に摂取される食物が何かによっても異なる。
グリセミック指数の高い炭水化物は,血漿血糖を急速に高値に上昇させうる。結果として,インスリン濃度が上昇して低血糖および空腹感(カロリーの過剰摂取および体重増加につながる傾向がある)を誘発するという仮説が立てられている。グリセミック指数の低い炭水化物は緩やかに血漿血糖値を上昇させ,結果として食後のインスリン値が低く空腹感が少なく,そのためおそらく過剰なカロリーを摂取する可能性が低くなる。これらの作用は,より好ましい脂質プロファイルならびに肥満,糖尿病,および糖尿病の合併症のリスク減少をもたらすと予想される。
タンパク質
食物性タンパク質はペプチドおよびアミノ酸に分解される。タンパク質は組織の維持,入替え,機能,および成長に必要である。しかし,身体が食物由来の供給源または組織貯蔵(特に脂肪)からカロリーを十分に得ていない場合は,タンパク質がエネルギーのために利用されることがある。
身体が組織をつくりだすために食物性タンパク質を利用すると,正味のタンパク質量が増大する(正の窒素バランス)。異化状態(例,飢餓,感染症,熱傷)の間には,吸収されるタンパク質よりも多くのタンパク質が消費されることがあり(身体組織が分解されるため),正味のタンパク質量が減少する(負の窒素バランス)。窒素バランスは,摂取した窒素量から尿および便に排出される窒素量を引いて求めるのが最もよい。
20のアミノ酸のうち,9つは必須アミノ酸(EAA)である;これらは体内では合成できず,食事から摂る必要がある。ヒトでは年齢を問わず8つのEAAが必要であるほか,乳児ではヒスチジンも必要である。
体重当たりの食物性タンパク質の必要量は成長速度と相関しており,乳児期から成人期まで減少する。1日当たりの食物性タンパク質の必要量は,生後3カ月の乳児における2.2g/kgから,5歳児における1.2g/kg,成人における0.8g/kgへと減少する。タンパク質の必要量はEAAの必要量に対応している(必須アミノ酸の必要量の表を参照)。筋肉量の増加を試みる成人でも,表に示した必要量を超える余分なタンパク質摂取はほとんど必要ない。
タンパク質のアミノ酸組成は非常に様々である。生物価(BV)は,タンパク質のアミノ酸組成における動物組織のアミノ酸組成に対する類似度を反映する;したがって,BVは食物性タンパク質の何%が身体にEAAを供給するかを示す:
完全に一致するのが卵のタンパク質であり,値は100である。
牛乳および食肉の動物性タンパク質はBVが高い(~90)。
穀類および野菜のタンパク質はBVが低い(~40)。
一部の誘導タンパク質はBVが0(例,ゼラチン)である。
複数の食物性タンパク質が,それぞれで不足しているアミノ酸をどの程度補い合うか(相補性)によって,その食事の総合的なBV値が決まる。タンパク質の1日当たりの推奨量(RDA)は,平均的な混合食のBVを70と想定している。
脂肪
脂肪は脂肪酸とグリセロールに分解される。脂肪は組織の増殖およびホルモンの産生に必要である。飽和脂肪酸(動物性脂肪に多い)は,室温では固形であることが多い。パーム油およびココナツ油を除いて,植物由来の脂肪は室温で液体であることが多い;このような脂肪は一価不飽和脂肪酸または多価不飽和脂肪酸(PUFA)を多く含有している。
不飽和脂肪酸の部分水素化(食品製造過程で生じる)によりトランス脂肪酸が産生されるが,これは室温で固体または半固体である。米国では,トランス脂肪酸の主な食物由来の供給源は,特定の食品(例,クッキー,クラッカー,チップス)の製造過程で保存期間を伸ばすために用いられる部分水素化した植物油である。トランス脂肪酸は,LDLコレステロールを上昇させHDLコレステロールを低下させる可能性があり,また,単独で冠動脈疾患のリスクを高める可能性がある。
必須脂肪酸(EFA)としては以下のものがある:
ω-6(n-6)脂肪酸であるリノール酸
ω-3(n-3)脂肪酸であるリノレン酸
他のω-6脂肪酸(例,アラキドン酸)および他のω-3脂肪酸(例,エイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸)も身体に必要であるが,EFAから合成できる。
EFAは,プロスタグランジン,トロンボキサン,プロスタサイクリン,ロイコトリエンなど多様なエイコサノイド(生理活性脂質)の生成に必要である。ω-3脂肪酸の摂取により冠動脈疾患のリスクが減少する可能性がある。
EFAの必要量は年齢により異なる。成人には,総エネルギー所要量の少なくとも2%に相当するリノール酸,および少なくとも0.5%に相当するリノレン酸が必要である。リノール酸およびリノレン酸は植物油から得られる。紅花,ヒマワリ,トウモロコシ,大豆,サクラソウ,カボチャ,および小麦胚芽を原料とする油脂からは,多量のリノール酸が得られる。魚油および亜麻仁,カボチャ,大豆,キャノーラを原料とする油脂からは,多量のリノレン酸が得られる。 さらに魚油からは他の一部のω-3脂肪酸も多量に得られる。
多量ミネラル
ナトリウム,クロール,カリウム,カルシウム,リン,およびマグネシウムは1日当たりの必要量が比較的多い(多量ミネラル,推奨される食事摂取基準,および1日当たり摂取量のガイドラインの表を参照)。
水
水は消費エネルギー1kcal当たり1mL(0.24mL/kJ)が必要であり,約2500mL/日を要するため,多量栄養素と考えられている。必要量は,体温,身体活動,ならびに気候および湿度の変化に伴い変化する。
微量栄養素
ビタミンおよび必要量がごく微量のミネラル(微量ミネラル)は微量栄養素である。
水溶性ビタミンは,ビタミンC(アスコルビン酸)およびビタミンB複合体の8つ:ビオチン,葉酸,ナイアシン,パントテン酸,リボフラビン(ビタミンB2),チアミン(ビタミンB1),ビタミンB6(ピリドキシン),およびビタミンB12(コバラミン)である。
脂溶性ビタミンは,ビタミンA(レチノール),D(コレカルシフェロールおよびエルゴカルシフェロール),E(α-トコフェロール),およびK(フィロキノンおよびメナキノン)である。
ビタミンA,E,およびB12のみが,ある程度体内に蓄積される;他のビタミンは組織の健康を保持するために定期的に摂取する必要がある。
必須微量ミネラルとしては,クロム,銅,ヨウ素,鉄,マンガン,モリブデン,セレン,亜鉛などがある。クロム以外はそれぞれ,代謝に必要な酵素またはホルモンに組み込まれる。先進国においては,鉄と亜鉛を除く微量ミネラルの欠乏症はまれである。
他のミネラル(例,アルミニウム,ヒ素,ホウ素,コバルト,フッ素,ニッケル,ケイ素,バナジウム)は,ヒトにとって必須であることは立証されていない。フッ素は,必須ではないが,カルシウムとの化合物(フッ化カルシウム[CaF2])(歯のミネラル基質を安定させる)を生成することによって齲蝕の予防に役立つ。
いずれの微量ミネラルも高濃度では有毒であり,一部(ヒ素,ニッケル,およびクロム)はがんを引き起こす可能性がある。
その他の食物中の物質
日常のヒトの食事には通常10万種類もの化学物質(例,コーヒーには1000種類)が含まれている。これらのうち300種類のみが栄養素であり,その中の一部のみが必須栄養素である。しかし,食物中の非栄養素の多くは有用である。例えば,食品添加物(例,保存剤,乳化剤,酸化防止剤,安定化剤)は食品の製造および安定性を改善する。微量成分(例,香辛料,調味料,香料,着色料,フィトケミカル,その他多くの天然物)は食品の外観および味を向上させる。
食物繊維
食物繊維は多様な形態で存在する(例,セルロース,ヘミセルロース,ペクチン,ゴム)。食物繊維は消化管の運動を増大させ,便秘を予防し,憩室性疾患のコントロールに役立つ。食物繊維は,大腸で細菌によって産生される発がん物質の排除を促進すると考えられている。疫学的エビデンスは,結腸癌と食物繊維の少ない摂取との関連,および機能性腸疾患,クローン病,肥満,または痔核の患者における食物繊維の有益な効果を示唆している。水溶性食物繊維(果物,野菜,オーツ麦,大麦,および豆類に含まれる)は,食後の血糖値およびインスリンの上昇を抑え,コレステロール値を低下させる。
典型的な欧米式の食事は,高度に精製された小麦粉の摂取量が多く,果物や野菜の摂取量が少ないため,食物繊維が少ない(約12g/日)。野菜,果物,および食物繊維に富むシリアルや穀類をより多く摂ることによって,食物繊維の摂取量を約30g/日まで増加させることが一般的に推奨される。しかし,食物繊維をあまりに多く摂取すると特定のミネラルの吸収が減少することがある。
栄養についてのより詳細な情報
US Department of Health and Human Services and US Department of Agriculture: Dietary Guidelines for Americans, 2015-2020, 8th edition