心疾患は,母体の産科的死亡の約10%を占める。米国では,リウマチ性心疾患の発生率が著しく減少しているため,妊娠中の大半の心臓障害は先天性心疾患に起因する。しかしながら,東南アジア,アフリカ,インド,中東,およびオーストラリアとニュージーランドの一部では,リウマチ性心疾患はいまだ一般的である。
重度の先天性心疾患および他の心疾患を有する患者の生存率と生活の質の劇的な改善にもかかわらず,依然として以下のような特定の高リスク疾患では妊娠は推奨されない(1):
肺高血圧症(肺動脈収縮期圧 > 25mmHg)(アイゼンメンジャー症候群も含めて原因の病態は問わない)
未治療または動脈瘤を伴う大動脈縮窄症
大動脈基部の径が4.5cmを超えるマルファン症候群
上行大動脈径が50mmを超える大動脈二尖弁
単心室および収縮機能障害(Fontan手術で治療されたか否かにかかわらず)
駆出率30%未満の心筋症またはNew York Heart Association(NYHA)分類のクラスIIIもしくはIVの心不全(心不全のNew York Heart Association(NYHA)分類の表を参照)
総論の参考文献
1.European Society of Gynecology (ESG); Association for European Paediatric Cardiology (AEPC); German Society for Gender Medicine (DGesGM): ESC Guidelines on the management of cardiovascular diseases during pregnancy: the Task Force on the Management of Cardiovascular Diseases During Pregnancy of the European Society of Cardiology (ESC).Eur Heart J 32 (24):3147–3197, 2011.doi: 10.1093/eurheartj/ehr218
妊娠中の心疾患の病態生理
妊娠により心血管系にストレスが加わるため,しばしば既知の心疾患が悪化する;妊娠中に軽度の心疾患が初めて明らかになることがある。
ストレスとして,ヘモグロビンの減少,血液量の増加,一回拍出量の増加,および最終的な心拍数の増加がある。心拍出量は30~50%増加する。これらの変化は妊娠28~34週の間に最大となる。
分娩中は,子宮収縮のたびに心拍出量が約20%増加する;他のストレスとして,分娩第2期のいきみ,および収縮する子宮から心臓に還流する静脈血の増加がある。心血管のストレスは,分娩後数週間までは妊娠前のレベルに戻らない。
妊娠中の心疾患の症状と徴候
心不全に似た所見(例,軽度の呼吸困難,収縮期雑音,頸静脈怒張,頻脈,就下性の浮腫(dependent edema),胸部X線にて認められる軽度の心拡大)は典型的に正常な妊娠中でも起こりうるが,心疾患により生じる可能性がある。拡張期雑音または前収縮期雑音は,心疾患においてより特異的である。
心不全は切迫早産または不整脈を引き起こすことがある。母体または胎児の死亡リスクは,NYHA機能分類(心不全の症状が起こる身体的活動量に基づいた分類)と相関する。
症状が以下の場合にのみリスクは上昇する:
軽度の労作時に起こる(NYHAクラスIII)
最小限の労作時または非労作時に起こる(NYHAクラスIV)
妊娠中の心疾患の診断
臨床的評価
通常は心エコー検査
妊娠中の心疾患の診断は通常,臨床的評価と心エコー検査に基づく。
遺伝が心疾患のリスクに寄与することがあるため,先天性心疾患を有する女性には遺伝カウンセリングおよび胎児心エコー検査を勧めるべきである。
妊娠中の心疾患の治療
ワルファリン,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),アルドステロン拮抗薬,サイアザイド系利尿薬,および特定の不整脈薬(例,アミオダロン)を避ける
NYHAクラスIIIまたはIVでは,20週以降の活動制限および場合により床上安静
心不全および不整脈に対する多くの通常の治療
頻繁な妊婦健診,十分な休息,過度の体重増加ならびにストレスの回避,および貧血の治療が必要となる。妊娠中の心疾患に精通した麻酔医が分娩に立ち会い,理想的には出産前にコンサルテーションを行っておくべきである。分娩中は頻脈を最小限に抑えるために,痛みと不安に対して積極的治療を行う。分娩後は直ちに産婦を注意深くモニタリングし,分娩後数週間は心臓専門医によるフォローアップを行う。
心疾患がNYHAクラスIIIまたはIVの状態の女性には,妊娠前に,内科的に,または適応があれば(例,心臓弁膜症による場合)外科的に最適な治療が行われるべきである。クラスIIIもしくはIV心不全または上述のような他の高リスク疾患の妊婦には,早期の治療的流産を勧めることがある。
心疾患および心機能不良の女性の一部では,ジゴキシン0.25mg,1日1回,経口投与に加えて,妊娠20週目から床上安静または活動制限が必要になる。強心配糖体(例,ジゴキシン,ジギトキシン)は胎盤を通過するが,新生児(および小児)は比較的これらの毒性に耐性がある。ACE阻害薬およびARBは胎児に腎障害を引き起こしうるため,禁忌である。アルドステロン拮抗薬(スピロノラクトン,エプレレノン)は男子の胎児の女性化の原因となることがあるため避けるべきである。心不全の他の治療薬(例,非サイアザイド系利尿薬,硝酸薬,強心薬)は,疾患の重症度および胎児のリスクに応じて,心臓専門医および周産期専門医の判断のもと,妊娠中に継続されることがある。
不整脈
心房細動は,心筋症や弁膜病変で起こることがある。レートコントロール療法(心拍数調節療法)は通常,非妊娠時と同様であり,β遮断薬,カルシウム拮抗薬,またはジゴキシンを用いる(不整脈に対する薬剤を参照)。一部の抗不整脈薬(例,アミオダロン)は避けるべきである。新たに心房細動または血行動態不安定を発現した妊婦,または薬物で心室拍数をコントロールできない妊婦には,洞調律を回復するために電気的除細動を用いることがある。
妊娠中の相対的な凝固亢進により心房内血栓(および,それに続く全身性や肺の塞栓症)が起きる可能性が高くなるため,抗凝固療法が必要になることがある。通常のヘパリンまたは低分子ヘパリンが用いられる。通常のヘパリンおよび低分子ヘパリンはいずれも胎盤を通過しないが,低分子ヘパリンの方が血小板減少症のリスクが低い可能性がある。ワルファリンは胎盤を通過し,特に第1トリメスターで胎児の異常(妊娠中に有害作用を示す主な薬物の表を参照)を引き起こすことがある。しかしながら,リスクは用量依存性で,1日当たりの用量が5mg以下では発生頻度は非常に低い。妊娠満期におけるワルファリンの使用はリスクを伴う。ワルファリンの抗凝固作用を急速に打ち消すことは困難なことがあるが,分娩外傷に起因する胎児または新生児の頭蓋内出血や,母体の出血(例,外傷あるいは緊急帝王切開に起因する)により必要になることがある。
心内膜炎予防
構造的心疾患のある妊婦において,産科以外の事象に対する心内膜炎予防薬の適応および使用は,非妊娠時と同様である。American Heart Associationのガイドラインでは,菌血症の発生率は低いため経腟分娩および帝王切開時の心内膜炎予防を推奨していない。しかしながら,高リスク患者(例,人工心臓弁をもつ,心内膜炎の既往,未治療のチアノーゼ性先天性心病変,または弁膜症を伴う心臓移植)では,有益性を示すエビデンスはないものの,破水時に予防薬がしばしば考慮される。
構造的心疾患を有する患者に絨毛膜羊膜炎または入院が必要な感染症(例,腎盂腎炎)が発生した場合は,治療に用いる抗菌薬は心内膜炎を起こす可能性が非常に高い病原体をカバーすべきである。
要点
特定の高リスク心疾患(例,肺高血圧症,未治療または動脈瘤を伴う大動脈縮窄症,大動脈基部の径が4.5cmを超えるマルファン症候群,重度の症候性大動脈弁狭窄症,重度の僧帽弁狭窄症,上行大動脈径が50mmを超える大動脈二尖弁,収縮機能障害を伴う単心室,心筋症,NYHAクラスIIIまたはIVの心不全)を有する女性では妊娠は勧められない。
妊娠中の心不全および不整脈に対して,特定の薬物(例,ワルファリン,ACE阻害薬,ARB,アルドステロン拮抗薬,サイアザイド系利尿薬,アミオダロンのような特定の抗不整脈薬)を避けることを除き,非妊娠時と同様の治療を行う。
心房細動を認める妊婦では,その多くを通常のヘパリンまたは低分子ヘパリンで治療する。
構造的心疾患を有する妊婦に対する心内膜炎予防薬の適応は,非妊娠時と同様である。
妊娠中の弁狭窄および弁閉鎖不全
妊娠中,僧帽弁および大動脈弁に狭窄および逆流(閉鎖不全)が最も多く起こる。僧帽弁狭窄症は妊娠中に最もよくみられる弁膜症である。
妊娠は僧帽弁狭窄および大動脈弁狭窄による雑音を増幅するが,僧帽弁逆流および大動脈弁逆流の雑音を減弱させる。妊娠中の軽度の僧帽弁または大動脈弁逆流は,通常容易に耐容される;狭窄はより耐容されにくく,母体および胎児の合併症の原因となる。僧帽弁狭窄症は特に危険である;妊娠中の頻脈,血液量増加,心拍出量増加は,この疾患と相互に作用して肺毛細血管圧を急速に上昇させ,肺水腫を引き起こす。心房細動もよくみられる。
治療
僧帽弁狭窄症に対しては,頻脈の予防,肺水腫および心房細動の治療,およびときに弁切開術
大動脈弁狭窄症に対しては,可能であれば妊娠前の外科的修復
弁膜症は,受胎前に医学的に診断され治療されるのが理想的である;重度の障害に対しては,しばしば外科的修復が勧められる。特定の状況においては予防的抗菌薬投与が必要となる(例,心内膜炎予防のため)。
僧帽弁狭窄症
僧帽弁狭窄症は急速に重症化することがあるため,妊娠期間を通して患者を注意深く観察しなければならない。妊娠中に必要になった場合,弁切開術は比較的安全であるが,開心術では胎児のリスクが増大する。狭窄した僧帽弁からの拡張期血流を最大にするために,頻脈を防ぐべきである。
肺水腫が生じた場合,ループ利尿薬の使用が可能である。
心房細動が生じた場合,抗凝固療法および心拍数の調節が必要である。心拍数の調節は通常,非妊娠時と同様であり,β遮断薬,カルシウム拮抗薬,またはジゴキシンを用いる(不整脈に対する薬剤を参照)。
分娩中は通常,伝達麻酔(例,硬膜外への緩徐な注入)が望ましい。
大動脈弁狭窄症
妊娠中の他の心疾患
僧帽弁逸脱症
僧帽弁逸脱症は若年女性により高頻度に発生し,家族性の傾向がある。僧帽弁逸脱症は,通常は単独で生じる臨床的影響のない異常であるが,ある程度の僧帽弁逆流を引き起こすこともある。まれに,僧帽弁逸脱症はマルファン症候群や心房中隔欠損症を伴って発生する。
僧帽弁逸脱症とこれに起因する僧帽弁逆流症の女性は,一般的に妊娠には十分に耐えられる。正常な妊娠による心室サイズの相対的増大により,不均衡に大きい僧帽弁の心室との差が少なくなる。
再発性不整脈に対してはβ遮断薬が適応となる。まれに血栓および全身性塞栓症(併存する心房細動による)が発生し,抗凝固療法が必要となる。
先天性心疾患
無症状の患者の多くで,妊娠中にリスクが上昇することはない。しかしながら,アイゼンメンジャー症候群(現在ではまれ),原発性肺高血圧症,またはおそらく孤立性の肺動脈弁狭窄症の患者は,分娩中,産褥期(分娩後6週間),または妊娠20週以降の中絶後に,原因不明の突然死が起こりやすい。したがって,妊娠は勧められない。これらの患者が妊娠した場合,分娩中は肺動脈カテーテルおよび/または動脈ラインによって注意深くモニタリングすべきである。
心内短絡の患者に対しては,末梢血管抵抗を維持し,肺血管抵抗を最小にすることによって右左短絡を予防することが目標となる。
マルファン症候群の患者は,妊娠中の大動脈解離および大動脈瘤破裂のリスクが高い。床上安静,β遮断薬,バルサルバ法の回避,および心エコー検査による大動脈径の計測が必要である。
周産期心筋症
総論の参考文献
1.Sliwa K, Hilfiker-Kleiner D, Petrie MC, et al: Current state of knowledge on aetiology, diagnosis, management, and therapy of peripartum cardiomyopathy: A position statement from the Heart Failure Association of the European Society of Cardiology Working Group on peripartum cardiomyopathy.Eur J Heart Fail 12 (8):767–778, 2010.doi: 10.1093/eurjhf/hfq120