貧血は第3トリメスター(訳注:日本の妊娠後期にほぼ相当)に最大3分の1の妊婦に起こります。貧血の最も一般的な原因は以下のものです。
遺伝性貧血(鎌状赤血球症 鎌状赤血球症 鎌状赤血球症は、鎌状(三日月形)の赤血球と、異常な赤血球の過剰破壊による慢性貧血を特徴とする、遺伝性のヘモグロビン(酸素を運搬する赤血球内のタンパク)の遺伝子異常です。 必ず貧血がみられ、ときとして黄疸がみられます。 貧血、発熱、息切れなどが悪化し、長管骨、腹部、胸部などに痛みを伴うと、鎌状赤血球症の疼痛発作(症状が急速に悪化する危険な状態)が疑われます。 電気泳動法と呼ばれる特別な血液検査を使用して、鎌状赤血球症かどうかを判定すること... さらに読む 、ヘモグロビンSC病 ヘモグロビンC症、SC症、E症 ヘモグロビンC症、SC症、E症は、赤血球のヘモグロビン(酸素を運搬するタンパク)に影響を及ぼす遺伝子変異を特徴とする遺伝性の病気で、赤血球の形が異常になったり、赤血球同士が凝集したりします。赤血球が他よりも速く破壊されるため、慢性貧血が生じます。 (貧血の概要と鎌状赤血球症も参照のこと。) ヘモグロビンC症は、主に黒人にみられます。ヘモグロビンC病の原因になる遺伝子を1つ保有する人は、米国黒人の2~3%です。しかし、この病気を発症するに... さらに読む 、一部のサラセミア サラセミア サラセミアは、ヘモグロビン(酸素を運ぶ赤血球中のタンパク質)を形成する4つのアミノ酸の鎖のうち1つの鎖の産生が不均衡なために生じる遺伝性疾患群です。 サラセミアの種類によって症状が異なります。 黄疸のほか、腹部の膨満感や不快感を訴える人もいます。 通常、診断には特別なヘモグロビン検査が必要です。 サラセミアが軽い場合は、ほとんど治療を必要としませんが、重症になれば、骨髄移植が必要になることもあります。 さらに読む )がある場合は、妊娠中に問題が生じるリスクが高くなります。人種、民族的背景、または家族歴からこのような疾患のいずれかの発生リスクが高い場合には、分娩前に定期的にこれらの疾患の有無を確認する血液検査 遺伝子スクリーニング スクリーニングではカップルの家族歴を評価し、必要に応じて血液や組織のサンプルを分析します。 遺伝子スクリーニングは、遺伝性の遺伝子疾患をもつ子どもが生まれるリスクが高いかどうかを判断するために行う検査です。すべてのカップルが遺伝子スクリーニングを受けることができますが、特に推奨されるのは以下の場合です。 パートナーの一方または両方に遺伝子異常があることが分かっている。 家系内に遺伝子異常を有する人がいる。... さらに読む を行います。絨毛採取 絨毛採取 妊婦の血液に含まれる特定の物質の測定に加え、超音波検査を行うことで、胎児の遺伝子異常のリスクを推定できます。 こうした検査は、妊娠中の定期健診の一環として行われることがあります。 検査の結果、リスクが高いことが示唆された場合は、胎児の遺伝物質を分析するために羊水穿刺や絨毛採取などの検査を行うことがあります。 こうした遺伝子検査は侵襲的で、胎児への一定のリスクを伴います。 (遺伝性疾患の概要も参照のこと。) さらに読む や羊水穿刺を行って、こうした病気が胎児に認められないかどうかを調べる場合もあります。
妊娠中の貧血の症状
貧血が起こると、血液が正常時と同じだけの酸素を運べなくなります。初めは症状がないか、疲労、脱力、ふらつきなどの漠然とした症状しか現れません。貧血の女性は青白くみえることがあります。貧血が重度になると、脈拍が速くなる場合や遅くなる場合があり、失神や低血圧を起こすこともあります。
貧血が続くと、以下につながる可能性があります。
胎児が正常な成長と発達、特に脳の発達に必要な酸素の十分な供給が受けられなくなることがあります。
妊婦に極度の疲労や息切れが生じることがあります。
出産後、妊婦の感染のリスクが増大します。
このような妊婦では、正常な陣痛・分娩の過程で起こる出血によって、貧血が危険なレベルまで悪化する可能性があります。
妊娠中の貧血の診断
血液検査
貧血はたいてい、妊娠確認後の最初の健診で通常医師が調べる血算で見つかります。
妊娠中の貧血の治療
貧血の治療
重度の症状または胎児の特定の問題に対しては、輸血
妊娠中の貧血を是正する対策は、原因により異なります(以下を参照)。
輸血が必要かどうかは、以下に該当するかどうかで変わります。
ふらつき、脱力、疲労などの症状が重度である。
貧血が呼吸や心拍数に影響を及ぼしている。
胎児の心拍パターンが異常である。
鉄欠乏または葉酸欠乏による貧血
妊娠中の貧血の約95%は鉄欠乏症 鉄 体内の鉄の多くはヘモグロビンに含まれています。ヘモグロビンは赤血球の成分で、赤血球が酸素を体の各組織へ運搬できるようにします。鉄はまた、筋肉細胞の重要な構成要素でもあり、体内の様々な酵素の形成に必要です。 鉄は体内で再利用されていて、赤血球が壊れると、その中の鉄は骨髄へ戻り、新しい赤血球の中で再び使われます。鉄は主に腸の粘膜から剥がれ落ちる細胞と一緒に、毎日少しずつ失われます。この量は通常、食物から吸収される1日当たり1~2ミリグラムの... さらに読む によるものです。鉄欠乏性貧血は通常、以下が原因です。
食事で摂取する鉄の不足(特に青年期の女子)
月経
以前の妊娠歴
女性は正常な状態でも、毎月の月経に伴い定期的に鉄を失います。月経で失われる鉄の量は、女性が1カ月に摂取する鉄の量とほぼ同じです。したがって、女性はあまり鉄を貯蔵できません。
胎児の赤血球を作るために、妊婦には通常の2倍の鉄が必要です。その結果、鉄欠乏症が発生することが多く、しばしば貧血 鉄欠乏性貧血 鉄欠乏性貧血は、赤血球の産生に必要な鉄の貯蔵量の不足や欠乏によって起こります。 過剰な出血が最も一般的な原因です。 脱力感や息切れを覚えたり、顔が青白くなったりします。 血液検査で鉄分の量が測定できます。 鉄分の量を回復させるために、鉄剤が用いられます。 さらに読む が起こります。
妊娠中に葉酸欠乏症 葉酸 葉酸はビタミンB群の1つです。ビタミンB12とともに、葉酸は正常な赤血球の形成と細胞の遺伝物質であるDNA(デオキシリボ核酸)の合成に必要不可欠な物質です。葉酸は胎児の神経系の正常な発達にも必要です。 生の緑色の葉野菜、アスパラガス、ブロッコリー、果物(特にかんきつ類)、レバーなどの内臓肉、乾燥酵母、栄養強化したパンやパスタおよびシリアルなどには、葉酸が豊富に含まれています。長時間の加熱調理によって、食品中の葉酸の50~95%が破壊され... さらに読む から貧血が起きることもあります。葉酸が不足している場合、胎児に二分脊椎などの脳や脊髄の先天異常(神経管閉鎖不全 神経管閉鎖不全と二分脊椎 神経管閉鎖不全は脳、脊椎、脊髄に生じる先天異常の一種です。 神経管閉鎖不全により、神経損傷、学習障害、麻痺、死亡が起こることがあります。 血液検査、羊水検査、超音波検査の結果に基づいて出生前から診断できます。 母親が妊娠前と第1トリメスター(訳注:日本の妊娠初期にほぼ相当)に葉酸を摂取することが、これらの異常の予防に役立つ可能性があります。 神経管の欠損部を閉鎖するための手術が必要です。 さらに読む )が生じるリスクが上昇します。
血液検査により、鉄欠乏性貧血または葉酸欠乏性貧血の診断を確定できます。
貧血は、妊娠中に鉄や葉酸のサプリメントを摂取することにより予防や治療が可能です。妊婦に鉄欠乏症がみられる場合、新生児に通常、鉄剤を投与します。妊娠前および妊娠中に葉酸のサプリメントを摂取することで、子どもの神経管閉鎖不全のリスクが低下します。
鎌状赤血球症
鎌状赤血球症 鎌状赤血球症 鎌状赤血球症は、鎌状(三日月形)の赤血球と、異常な赤血球の過剰破壊による慢性貧血を特徴とする、遺伝性のヘモグロビン(酸素を運搬する赤血球内のタンパク)の遺伝子異常です。 必ず貧血がみられ、ときとして黄疸がみられます。 貧血、発熱、息切れなどが悪化し、長管骨、腹部、胸部などに痛みを伴うと、鎌状赤血球症の疼痛発作(症状が急速に悪化する危険な状態)が疑われます。 電気泳動法と呼ばれる特別な血液検査を使用して、鎌状赤血球症かどうかを判定すること... さらに読む は貧血の症状を引き起こすだけでなく、妊娠中に以下のリスクを上昇させます。
感染症:特に多いのが、肺炎 肺炎の概要 肺炎は、肺にある小さな空気の袋(肺胞)やその周辺組織に発生する感染症です。 肺炎は、世界で最も一般的な死因の1つです。 重篤な慢性の病気が他にある患者において、肺炎はしばしば最終的な死因となります。 肺炎の種類によっては、ワクチンの接種によって予防できます。 米国では、毎年約200~300万人が肺炎を発症し、そのうち約6万人が死亡していま... さらに読む
、尿路感染症 妊娠中の尿路感染症 尿路感染症は妊娠中によく起こります。これは、大きくなった子宮と妊娠中に分泌されるホルモンの影響から、腎臓と膀胱を結ぶ管(尿管)を通る尿の流れが遅くなるためと考えられています。尿の流れが遅くなると尿管から細菌が洗い流されにくくなり、感染症のリスクが高くなります。 尿路感染症によって以下のリスクが上昇します。 早産 前期破水(胎児を包む膜が早期に破れる) ときに尿中の細菌が原因で、症状を伴う膀胱または腎臓の感染症が生じることがあります。しか... さらに読む 、子宮の感染症 分娩後の子宮感染症 分娩後の感染症(分娩後感染)は通常、子宮から始まります。 分娩直後に子宮や子宮周囲に細菌感染が生じることがあります。 こうした感染症が起こると、たいてい下腹部痛、発熱、悪臭を伴う分泌物がみられます。 診断は通常、症状と身体診察の結果に基づいて下されます。 感染症は通常、抗菌薬で治癒します。 さらに読む です。
胎児の問題:胎児の成長が遅い場合や、在胎期間の割に大きくならない場合(在胎不当過小 在胎不当過小(SGA:Small for Gestational Age)の新生児 同じ在胎期間で生まれた新生児の90%が占める体重分布よりも体重が軽い(10パーセンタイル未満)新生児は、在胎期間に比べて小さい(在胎不当過小)とみなされます。 両親が小柄である、胎盤が正常に機能しなかった、母親に病気がある、母親が薬を飲んでいる、母親が妊娠中に喫煙した、飲酒したなどの場合に、新生児の体重が小さくなります。 感染症や遺伝性疾患がない限り、在胎不当過小の新生児のほとんどは、ほかには症状がみられず健康です。... さらに読む )があります。胎児が未熟な状態で生まれる 未熟児 未熟児とは、37週未満で生まれた新生児です。生まれた時期により、未熟児の臓器は発達が不十分であるため、子宮外で機能する準備がまだできていないことがあります。 早産の既往、多胎妊娠、妊娠中の栄養不良、出生前ケアの遅れ、感染症、生殖補助医療(体外受精など)、および高血圧などがある場合に、未熟児を出産するリスクが高くなります。 多くの臓器の発達が不十分であるため、未熟児では呼吸したり哺乳したりすることが難しく、脳内出血、感染症や他の異常が起こ... さらに読む ことがあります。
妊娠中に限らず、突然激しい痛みに襲われる鎌状赤血球症の疼痛発作(sickle-cell crisis)が起こることがあります。妊娠前の鎌状赤血球症が重症であるほど、母体や胎児に健康上の問題が生じるリスクや、妊娠中に胎児が死亡するリスクが高くなります。鎌状赤血球貧血は、ほぼ確実に妊娠の経過とともに悪化します。
鎌状赤血球症の女性に定期的に輸血を行うことで、鎌状赤血球症の疼痛発作が起こりにくくなる一方で、輸血された血液に拒絶反応を起こす可能性は高くなります。拒絶反応が起きた状態を同種免疫といい、生命が脅かされることがあります。また、妊婦に輸血をしても、胎児のリスクは低下しません。そのため、輸血は以下のいずれかに該当する場合にだけ行われます。
貧血が原因で症状、心不全、または重度の細菌感染症が起きている。
陣痛・分娩中に出血や敗血症(血液の感染症)などの深刻な問題が発生した。
鎌状赤血球症の疼痛発作が起こった場合、妊娠していない場合と同様の治療を行います。入院させ、輸液、酸素投与、および痛みを緩和する薬剤の投与を行います。貧血が重度の場合、輸血を行います。