前置胎盤とは,胎盤組織が内子宮口の一部または全部を覆っている状態のことである。胎盤辺縁が内子宮口を覆っていないものの,内子宮口から2cm以内にある場合は,低置胎盤と呼ばれる。
前置胎盤の発生頻度は,分娩250例当たり1例である。前置胎盤が妊娠初期に生じたとしても,子宮が大きくなるにつれ,通常は妊娠28週までに解消する。
危険因子
前置胎盤の危険因子としては以下のものがある:
多産
帝王切開の既往
正常な着床を妨げる子宮の異常(例,筋腫,子宮内膜掻破の既往)
子宮手術(例,筋腫核出術)または子宮に対する手技(例,複数回の頸管拡張・内膜掻爬[D&C])の既往
喫煙
多胎妊娠
母体の高齢
合併症
前置胎盤または低置胎盤の患者では,リスクに 胎位異常 胎児が原因の難産 胎児が原因の難産は,胎児の大きさまたは胎位の異常が原因で起きる難産である。診断は,診察,超音波検査または陣痛促進に対する反応による。治療は,手技による胎位の変換, 鉗子・吸引分娩または 帝王切開による。 胎児が原因の難産は胎児が以下の場合に起こることがある: 骨産道に対して大きすぎる(胎児骨盤不均衡) 胎位が異常である場合(例,骨盤位) 治療は,胎児が原因の難産の理由によって異なる。 さらに読む ,早期 前期破水 前期破水 前期破水とは,陣痛発来前の羊水の漏出である。診断は臨床的に行う。分娩は妊娠34週以降の場合に推奨され,感染または胎児機能不全があれば妊娠期間にかかわらず一般に必須となる。 前期破水は,満期(37週以降)またはそれ以前に(37週未満であれば早期前期破水[preterm PROM]と呼ばれる)起こる場合がある。 早期前期破水は早産の原因となる。 いかなる時期の前期破水も以下のリスクを上昇させる:... さらに読む , 胎児発育不全 在胎不当過小児(SGA児) 体重が在胎期間に対して10パーセンタイル未満の乳児は,在胎不当過小(small for gestational age)に分類される。合併症には,周産期仮死,胎便吸引,赤血球増多症,および低血糖がある。 在胎期間は,大まかには,最後の正常な月経がみられた日から分娩日までの週数として定義されている。より正確には,在胎期間は受胎日の14日前から分娩日までの期間を指す。在胎期間は実際の胎齢とは異なるが,産科医および新生児専門医が胎児の成熟を議... さらに読む , 前置血管 前置血管 前置血管とは,臍帯と胎盤をつなぐ胎児の血管が,内子宮口を覆う卵膜を走行しているか,内子宮口から2cm以内にある状態である。 前置血管は,単独で生じることもあれば( 前置血管の図を参照),臍帯の卵膜付着のような胎盤の異常に伴って生じることもある。臍帯卵膜付着では,臍帯からの血管が直接胎盤に入るのではなく絨毛膜の一部を走行する。したがって,血管が臍帯内のワルトン膠質に保護されず,卵膜が破れるときに胎児出血が起こる可能性が高くなる。... さらに読む ,および臍帯卵膜付着(臍帯の胎盤側の端が卵膜のみに覆われた分岐した臍帯血管から成る)などがある。
帝王切開の既往がある妊婦では,前置胎盤は 癒着胎盤 癒着胎盤 癒着胎盤は異常に付着した胎盤であり,胎盤の娩出が遅延する原因となる。胎盤機能は正常であるが,トロホブラストが正常境界(Nitabuch layerと呼ばれる)を超えて浸潤する。これらの症例では,細心の注意を払って行わなければ,胎盤の用手剥離により大量の分娩後出血が起こる。出生前の診断は超音波検査による。治療は通常,予定帝王切開とそれに続く子宮摘出術(cesarean hysterectomy)である。... さらに読む のリスクを上昇させる;リスクは既往帝王切開の回数が増えるにつれ著明に増加する(1回の帝王切開での約6~10%から4回を超える場合は60%超)。
症状と徴候
症状は通常,妊娠後期に始まる。その場合には,突然,無痛の性器出血が始まることが多い;血液は鮮紅色で,大量出血となりうるため,ときに出血性ショックを招く。一部の患者では,子宮収縮が出血に伴う。
診断
経腟超音波検査
前置胎盤は20週以降に性器出血を認める全ての妊婦で考慮される。前置胎盤がある場合,指による内診によって出血が増加し,ときに突然の大量出血を引き起こす;したがって,性器出血が妊娠20週以降に生じた場合,超音波検査によって前置胎盤の可能性をまず除外しない限り,内診は禁忌である。
前置胎盤では, 常位胎盤早期剥離 常位胎盤早期剥離 常位胎盤早期剥離とは,正常に付着した胎盤が,通常20週以降に子宮から時期尚早に分離することである。産科的緊急事態となりうる。症状として,性器出血,子宮の疼痛ならびに圧痛,出血性ショック,および播種性血管内凝固症候群を含むことがある。診断は臨床的に行い,ときに超音波検査を用いる。治療は症状が軽度の場合には安静(modified... さらに読む に比べて多量で痛みを伴わない鮮紅色の出血が起こる可能性が高くなるが,臨床的な鑑別はいまだ不可能である。したがってこれらを鑑別するために超音波検査が頻繁に必要となる。経腟超音波検査は,前置胎盤の正確で安全な診断法である。
前置胎盤が疑われる症状のある全ての女性では,胎児心拍数モニタリングが適応となる。
治療
36週前の初めての出血エピソードに対しては,入院および安静(modified activity)
母体または胎児が不安定な場合は分娩
母体が安定している場合,36週0日~37週6日で分娩
36週前の初めての性器出血(警告出血)に対しては,管理は入院,安静(modified activityまたはmodified rest),性交の回避から成り,性交はそれ自体が子宮収縮を惹起したり,直接的な外傷によって出血を引き起こしたりすることがある。(安静[modified activity]時は腹腔内圧を長時間上昇させるあらゆる活動を控えさせる―例,女性は一日の大半を横になって過ごすべきである。)出血が止まれば,歩行および通常は退院が許可される。
典型的に,2回目の出血エピソードに対しては,患者は再入院とし,分娩まで観察目的で入院する場合がある。
一部の専門家は,人工早産が必要になる可能性があり,妊娠期間が34週未満の場合には,胎児の肺成熟を促進するためにコルチコステロイドの投与を勧めている。34週より前にコルチコステロイドを必要としなかった患者で34週以降から36週前まで(後期早産期)に出血が生じた場合,コルチコステロイドを使用してもよい(1 治療に関する参考文献 前置胎盤とは,内子宮口またはその付近を覆って胎盤が付着している状態である。典型的には妊娠20週以降に痛みを伴わない鮮紅色の性器出血が起こる。診断は経腟または腹部超音波検査によって行う。治療法は,妊娠36週前で少量の性器出血には安静(modified activity)とし,36週~37週6日では帝王切開とする。出血が重度であったり再発性,または胎児の状態がnonreassuringである場合は,通常帝王切開による早急な分娩の適応となる。... さらに読む )。
分娩時期は母体および/または胎児の状態による。患者が安定していれば,36週0日~37週6日で分娩が可能である。肺の成熟の記録はもはや必要ではない(2 治療に関する参考文献 前置胎盤とは,内子宮口またはその付近を覆って胎盤が付着している状態である。典型的には妊娠20週以降に痛みを伴わない鮮紅色の性器出血が起こる。診断は経腟または腹部超音波検査によって行う。治療法は,妊娠36週前で少量の性器出血には安静(modified activity)とし,36週~37週6日では帝王切開とする。出血が重度であったり再発性,または胎児の状態がnonreassuringである場合は,通常帝王切開による早急な分娩の適応となる。... さらに読む )。
分娩は以下のいずれかの場合に適応となる:
多量またはコントロール不良の出血
胎児心拍数モニタリングの結果がnonreassuring
母体の血行動態不安定
前置胎盤の場合,分娩は帝王切開で行う。低置胎盤の妊婦で胎盤辺縁が内子宮口から1.5~2.0cm以内にあり,かつ担当医が問題ないと考えれば,経腟分娩も可能である。
出血性ショック 出血性ショック ショックとは臓器灌流が低下した状態で,その結果細胞の機能障害および細胞死を生じるものである。関係する機序は,循環血液量の減少,心拍出量の減少,および血管拡張(ときに毛細血管床をバイパスする血液のシャントを伴う)である。症状としては,精神状態の変化,頻脈,低血圧,乏尿などがある。診断は臨床的になされ,血圧測定およびときに組織灌流低下のマーカ... さらに読む の治療を行う。母体がRh陰性血液を有する場合には, 予防的Rho(D)免疫グロブリン 予防 胎児赤芽球症は,胎児赤血球に対する母体の抗体が経胎盤的に移行することによって起こる,胎児(または新生児では新生児赤芽球症)の溶血性貧血である。この疾患は通常,母体と胎児間での血液型不適合により(しばしばRho(D)抗原により)生じる。診断は出生前の母親の抗原および抗体スクリーニングから始まり,父親のスクリーニング,母親の抗体価の連続測定,および胎児の検査が必要となることがある。治療には,子宮内胎児輸血や新生児交換輸血がある。予防は,Rh... さらに読む を投与すべきである。
治療に関する参考文献
1.Gyamfi-Bannerman C, Thom EA, Blackwell SC, et al: Antenatal betamethasone for women at risk for late preterm delivery.N Engl J Med 374 (14):1311–1320, 2016.doi: 10.1056/NEJMoa1516783
2.Spong CY, Mercer BM, D'alton M, et al: Timing of indicated late-preterm and early-term birth.Obstet Gynecol 118 (2 Pt 1):323–333, 2011.doi: 10.1097/AOG.0b013e3182255999
要点
前置胎盤では,常位胎盤早期剥離と比べて多量で痛みを伴わない鮮紅色の出血が起こる可能性が高くなるが,臨床的な鑑別はいまだ不可能である。
20週以降に性器出血を認める全ての妊婦で前置胎盤を考慮する。
大部分の36週前の初めての出血エピソードに対しては,入院,安静(modified activity),および性交の回避が勧められる。
分娩が約34週前に必要になる可能性がある場合,または34週前にコルチコステロイドを必要としなかった患者において34~36週の間に出血が生じた場合,胎児の肺成熟を促進するためにコルチコステロイドを考慮する。
出血が重度である場合,または母体もしくは胎児が不安定な場合は分娩の適応となる。