旋毛虫症

(トリヒナ症;旋毛虫感染症)

執筆者:Richard D. Pearson, MD, University of Virginia School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 9月
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旋毛虫症は,Trichinella spiralisまたは旋毛虫属(Trichinella属)の近縁種による感染症である。症状としては,最初にみられる消化管の刺激感や,それに続く眼窩周囲浮腫,筋肉痛,発熱,好酸球増多などがある。診断は臨床的に行い,後に血清学的検査により確定する。筋生検が診断に有用となることはあるが,必要になることはめったにない。治療はメベンダゾールまたはアルベンダゾールにより,症状が重度であればプレドニゾンを追加する。

寄生虫感染症へのアプローチも参照のこと。)

旋毛虫症は世界中で発生する。古典的病原体であるTrichinella spiralisに加えて,T. pseudospiralis,T. nativa,T. nelsoni,およびT. britoviも旋毛虫症の原因となり,それぞれ地理的に異なる分布を有する。世界中で毎年1万例の旋毛虫症が発生していると推定されている。米国で報告される症例は毎年20例未満である。

旋毛虫症の病態生理

被嚢化した感染性幼虫を横紋筋に有する動物(例,齧歯類)を餌とする動物(例,ブタ,ウマ),または捕食する動物(例,クマ,キツネ,イノシシ)により,旋毛虫(Trichinella)の生活環が維持される。ヒトへの感染は,感染動物(ブタ,イノシシ,クマが最も多い)の生肉,加熱調理不十分な肉,または未加工肉を摂食することによって起こる。幼虫は小腸内で脱嚢し,粘膜を通過して6~8日で成虫となる。雌虫は体長約2.2mm,雄虫は体長約1.2mmである。

成熟雌虫は活動性の幼虫を4~6週間放出し,その後死ぬか排虫される。新生幼虫は血中およびリンパ液中を移行するが,最終的には横紋筋である骨格筋細胞内でのみ生存する。幼虫は1~2カ月で完全に被嚢化し,細胞内寄生虫として数年間生き続ける。死んだ幼虫は最終的に吸収されるか,石灰化する。このサイクルは,被嚢幼虫が別の肉食動物によって摂取された場合に限り継続する。

旋毛虫症の症状と徴候

旋毛虫(Trichinella)感染症の多くは無症候性または軽症で経過する。

1週目に,悪心,腹部痙攣,および下痢が起こることがある。

感染後1~2週間で全身的な症状および徴候が出現し始める:すなわち顔面または眼窩周囲の浮腫,筋肉痛,長く続く発熱,頭痛,ならびに結膜下出血および点状出血である。しばしば眼痛および羞明が筋肉痛に先行する。

筋肉への侵入に起因する症状は,多発性筋炎に類似しうる。呼吸,発声,咀嚼,および嚥下の筋肉に疼痛が生じることがある。多数寄生では,重度の呼吸困難が生じうる。

発熱は一般に弛張熱で,39℃以上に上昇し,そのまま数日間続き,その後徐々に解熱する。好酸球増多は通常新生幼虫が組織に侵入すると始まり,感染後2~4週でピークに達し,幼虫の被嚢化に伴い徐々に減少する。

多数寄生では,炎症により心臓の合併症(心筋炎,心不全,不整脈),神経系合併症(脳炎,髄膜炎,視覚もしくは聴覚障害,痙攣),または肺の合併症(肺炎,胸膜炎)が生じうる。心筋炎または脳炎が原因で死亡することがある。

症状および徴候は徐々に軽快し,幼虫が筋細胞内で完全に被嚢化して他の臓器および組織から排除される3カ月目頃までにはほとんどが消失する。漠然とした筋肉痛および疲労が何カ月も続くことがある。

北半球でのT. nativaによる繰り返す感染症は慢性下痢の原因となりうる。

旋毛虫症の診断

  • 酵素免疫測定法

  • まれに筋生検

旋毛虫(Trichinella)の腸管への寄生段階で旋毛虫症を診断できる特異的検査はない。感染から2週目以降は,筋生検により幼虫およびシストを検出できることがあるが,必要になることはほとんどない。筋組織のびまん性炎症は,最近の感染を意味する。

いくつかの血清学的検査が用いられているが,T. spiralis排泄分泌(ES)抗原を用いた酵素免疫測定法(EIA)が,感染を検出する最も迅速な方法であると考えられており,米国内で使用されている。感染後最初の2~8週間は抗体がしばしば検出不能であるため,初回結果が陰性であった場合,検査を週1回の頻度で繰り返すべきである。抗体は何年も持続しうるため,血清学的検査で初回は陰性でもその後陽性になった場合,大いに価値がある。血清学的検査および筋生検は相補的検査法である:ある旋毛虫症患者において,いずれか一方が陰性になる可能性もある。幼虫抗原による皮膚テストは信頼できない。

筋酵素(クレアチンキナーゼおよび乳酸脱水素酵素[LDH])が50%の患者で上昇し,筋電図異常と相関する。

旋毛虫症は以下と鑑別しなければならない:

旋毛虫症の治療

  • 成虫駆除のためのアルベンダゾールまたはメベンダゾール

  • 対症療法

駆虫薬は消化管から旋毛虫(Trichinella)の成虫を排除するが,一旦幼虫が骨格筋内で被嚢化すると,被嚢幼虫やそれに関連する症状を治療で根絶できなくなる場合がある。

アルベンダゾールを400mg,経口,1日2回,8~14日間で,またはメベンダゾールを200~400mg,経口,1日3回,3日間に続いて400~500mg,1日3回,10日間で使用することができる。より高用量で長期投与した場合の被嚢幼虫に対する殺虫効果は不確実であり,有害作用が発生する可能性の方が高い。

鎮痛薬が筋肉痛の緩和に役立つことがある。重度のアレルギー症候または心筋もしくは中枢神経系病変に対しては,プレドニゾンを20~60mg,経口,1日1回,3~4日間で投与し,その後10~14日かけて漸減する。

旋毛虫症の予防

旋毛虫症は,豚肉や野生動物の肉を褐色(肉全体が71℃[160° F])になるまで調理することにより予防される。15cm未満の厚みの豚肉であれば,-15℃(-5° F)で20日間冷凍することにより,内部の幼虫は死滅する。野生動物の場合は,低温に耐性のある旋毛虫(Trichinella)に感染している可能性があるため,冷凍は推奨されない。

肉の燻製,電子レンジ加熱,または塩漬けでは,幼虫を確実に死滅させられない。

ミートグラインダーなどの生肉を扱う器具は徹底して洗浄すべきである。石鹸と水で手を洗うことも重要である。

養豚に非加熱調理の肉を給餌してはならない。

旋毛虫症の要点

  • ヒトへの旋毛虫(Trichinella)の感染は,感染動物(ブタ,イノシシ,クマが最も多い)の生肉,加熱調理不十分な肉,または未加工肉を摂食することによって起こる。

  • 幼虫は小腸内で脱嚢し,粘膜を通過して成虫となり,活動性の幼虫を放出する;幼虫は血流およびリンパ液を介して移行し,横紋筋である骨格筋細胞の中で被嚢化する。

  • 症状は消化管の刺激感から始まり,続いて眼窩周囲浮腫,筋肉痛,発熱,および好酸球増多が生じる。

  • 症状は徐々に軽快し,幼虫が完全に被嚢化する約3カ月後にはほぼ消失するが,漠然とした筋肉痛および疲労は続くことがある。

  • 酵素免疫測定法を用いて診断する。

  • 症状に対する治療を行う(例,疼痛には鎮痛薬,アレルギー症状,中枢神経系症状,または心筋障害にはプレドニゾン);駆虫薬は成虫を死滅させるが,一旦幼虫が骨格筋内で被嚢化すると,被嚢幼虫やそれに関連する症状を治療で根絶できなくなる場合がある。

  • 豚肉および野生動物の肉は完全に加熱調理することで旋毛虫症を予防できる。

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