肺の症状を呈する患者の評価では,病歴,身体診察,および,ほとんどの症例において胸部X線が重要な判断材料となる。これらを行うことにより,肺機能検査および動脈血ガス分析,CTをはじめとする胸部の画像検査,ならびに気管支鏡検査などのさらなる検査の必要性が確定する。
病歴
病歴を聴取することで,呼吸困難,胸痛,呼気性喘鳴(wheezing),吸気性喘鳴(stridor),喀血,咳嗽といった症状が肺に起因する可能性が高いかどうかを判断できる場合が多い。同時に複数の症状が生じている場合,病歴の聴取では,何が主症状であるかということ,ならびに熱,体重減少,および盗汗などの全身症状も存在するかどうかに焦点を置くべきである。その他の重要な情報としては以下のものがある:
身体診察
身体診察は患者の全般的な外観の評価から始める。不快感および不安感,体型,ならびに会話または動作が症状に及ぼす影響(例,息継ぎなしに一文を言い切ることができない)は,患者と挨拶を交わして病歴を聴取する間に全て評価することが可能であり,肺の状態に関連する有用な情報を提供しうる。次に視診,聴診,ならびに胸部の打診および触診を行う。
視診
視診では以下の点に焦点を置くべきである:
低酸素血症の徴候には,チアノーゼ(口唇,顔面,または爪床の青みがかった変色)などがあり,これは動脈血酸素飽和度の低下(< 85%)を意味するが,チアノーゼがみられないからといって低酸素血症が除外されるわけではない。
呼吸困難の徴候には,頻呼吸および呼吸時の呼吸補助筋(胸鎖乳突筋,肋間筋,斜角筋)の使用,肋間陥凹,および奇異呼吸などがある。COPDの患者は,座っているときに両腕を自分の両脚または診察台の上について体を支えることがあるが(すなわち,前のめりの姿勢[tripod position]),これはさらに呼吸補助筋を働かせ,それにより呼吸を増強しようという無意識の努力の表れである。肋間陥凹(肋間部の内側への動き)は重度の気流制限を有する乳児・高齢患者でよくみられる。奇異呼吸(吸気時の腹部の内側への動き)は呼吸筋の疲労や筋力低下を示す。
慢性肺疾患を疑わせる徴候には,ばち状指,樽状胸(肺気腫の患者でときにみられる胸郭の前後径の増大),および口すぼめ呼吸などがある。ばち状指は,爪と骨との間の結合組織の増殖による手の指先(または足指)の腫大である。診断は,爪が指から出る箇所での側面から見た爪の角度の増加(176°を超える)または末節骨の前後径比の増加(1を超える)(訳注:爪床部の厚みを末節骨基部の厚みで除した値の 増加)に基づく( ばち状指の測定)。爪上皮下の爪床部が「スポンジ様」であることも,ばち状指を示唆する。ばち状指は,肺癌で最も多くみられるが,嚢胞性線維症および}特発性肺線維症などの慢性肺疾患の重要な徴候でもあり,より頻度は低いが,チアノーゼ性心疾患,慢性感染症(例,感染性心内膜炎),脳卒中,炎症性腸疾患,および肝硬変でも生じる。ばち状指は,骨関節症および骨膜炎(原発性または遺伝性の肥大性骨関節症)でも生じることがあり,その場合には手背の皮膚肥厚(肥厚性皮膚骨膜症),脂漏,顔貌粗造などの皮膚の変化を伴う。ばち状指は,良性の遺伝性異常として生じる場合もあるが,良性のばち状指は,肺の症状および疾患が存在しないこと,および幼いころからばち状指であったという患者の報告により,病的なばち状指と区別できる。
漏斗胸(通常は胸骨柄の中点付近から始まり,剣状突起を経て内側に進む胸骨の陥没)および脊柱後側弯症などの胸壁の変形は,呼吸を制限し,すでに存在する肺疾患の症状を悪化させることがある。これらの異常は患者が脱衣した後の注意深い診察にて通常観察できる。視診では、腹部の評価、および腹部のコンプライアンス(硬さ)に影響を及ぼす可能性のある、肥満の程度、腹水、その他の異常の評価も行うべきである 。
異常な呼吸パターンにより呼吸数が変動するため,1分間の呼吸数を数え,評価すべきである。
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ビオー呼吸は,チェーン-ストークス呼吸のまれな異型であり,不規則な無呼吸期と4回または5回の深く一様な呼吸が行われる期間が交互に現れる。突如始まり突如終わること,および周期性の欠如を特徴とする点でチェーン-ストークス呼吸と異なる。ビオー呼吸は中枢神経系の損傷に起因し,髄膜炎などの疾患でみられる。
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クスマウル呼吸は,代謝性アシドーシスによって引き起こされる深く規則的な呼吸である。
聴診
聴診は,身体診察のうち,おそらく最も重要な要素である。各肺葉に関連する異常を検出するため,側腹部および前胸部を含む全ての胸部領域を聴取すべきである。聴取すべきものには以下が含まれる:
呼吸音の特徴と音量の確認は肺疾患を同定するのに有用である。肺胞呼吸音は,肺野のほとんどの範囲で聴取される正常な音である。気管支呼吸音は,やや大きく,粗く,高調であり,通常は気管の領域および肺の硬化した領域(肺炎などでみられる)で聴取される。
副雑音とは,断続性ラ音,類鼾音,笛音,吸気性喘鳴などの異常音である。
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類鼾音(rhonchi)は,吸気時または呼気時に聴取される低調な呼吸音である。慢性気管支炎など様々な疾患で生じる。その機序には,気道が吸気時に拡張して呼気時に狭小化する,気道閉塞の程度の変動が関連している可能性がある。
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笛音(wheeze)は,吸気時より呼気時に悪化する笛声様の楽音的な呼吸音である。呼気性喘鳴(wheezing)は,身体所見または症状としてみられ,通常は呼吸困難を伴う。
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吸気性喘鳴(stridor)は,胸腔外の上気道閉塞により生じる吸気時優位の高調な音である。通常は聴診器なしで聴取できる。吸気性喘鳴は通常,呼気性喘鳴より大きく,吸気時優位で,喉頭上で強く聴取される。これが聴取されれば,生命を脅かす上気道閉塞を懸念すべきである。
声音は患者が発声している間に聴診で聴取する。
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気管支声(bronchophony)および囁音胸声(whispered pectoriloquy)は患者の話し声や囁き声が明らかに胸壁を介して伝播している際に生じる 。声音の伝播は,肺炎などで肺胞が硬化することにより生じる。
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患者が「いー」と発声すると,聴診で医師には「えー」と聴こえることをやぎ声(「いー」から「えー」への音の変化)と言い,これも肺炎の際に生じる。
摩擦音は,呼吸サイクルによって変化するギーギーまたはギシギシという音であり,皮膚を濡れた革にこすりつけたような音である。これは胸膜の炎症の徴候であり,胸膜炎または膿胸,および開胸手術後の患者で聴取される。
I:E比は正常では1:2であるが,喘息およびCOPDなどにおいて気流制限がある場合は,呼気性喘鳴がなくともこの比が1:3以上になる。