肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae)(肺炎球菌)は,莢膜を有するα溶血性のグラム陽性好気性双球菌である。肺炎球菌感染は,米国における中耳炎,肺炎,敗血症,髄膜炎,および死亡の主な原因である。診断はグラム染色と培養による。治療法は耐性プロファイルに依存し,β-ラクタム系,マクロライド系,レスピラトリーキノロン系,プレウロムチリン系薬剤のいずれかのほか,ときにバンコマイシンが使用される。
肺炎球菌は,寒天平板上での増殖にカタラーゼを要する選好性細菌である。検査室では,肺炎球菌は以下によって同定される:
ランセット型のグラム陽性双球菌
カタラーゼ陰性
血液寒天培地上のα溶血
オプトヒンへの感受性
胆汁酸塩による溶解
肺炎球菌は一般的にヒトの気道に定着し,特に冬期と春の初めによくみられる。拡大は空気中の飛沫による。
肺炎球菌感染症の流行はまれであるが,特定集団内(例,軍隊,施設,ホームレス),特に密集した環境でのアウトブレイクといくつかの血清型には関連があるとみられている。
血清型
肺炎球菌の莢膜は複合多糖体で構成されており,血清型を規定するとともに,毒性および病原性に寄与している。遺伝的多様性のため,同じ血清型の中でも毒性に若干の相違がみられる。
型特異抗血清による反応に基づき,現時点で90を超える肺炎球菌の血清型が同定されている。肺炎球菌の多糖体でできた莢膜が,食作用を回避するために極めて重要である。血清型3型の菌株は,より厚い莢膜を有し,他の血清型よりムコイド型集落を形成する傾向が強く,成人の侵襲性肺炎球菌感染症の一般的な原因である。最も重篤な感染症は少数の血清型(3,4,6B,9V,14,18C,19F,および23F)によって引き起こされており,それらは13価肺炎球菌結合型ワクチンでカバーされている。これらの血清型は小児では侵襲性感染症の約90%,成人では60%の起因菌となっている。しかしながら,一部には多価ワクチンの広範な使用により,こうしたパターンは徐々に変化してきている。強毒性で多剤耐性を獲得した血清型19Aが出現したが,これは気道感染症および侵襲性感染症の重要な原因となっていることから,現在では13価肺炎球菌結合型ワクチンの対象に含められている。
危険因子
重篤な侵襲性肺炎球菌感染症に最も罹患しやすいのは以下の集団である:
慢性疾患(例,慢性心肺系疾患,糖尿病,肝疾患,アルコール依存症)のある患者
免疫不全または免疫抑制(例,HIV)のある患者
機能的または解剖学的無脾症の患者
鎌状赤血球症の患者
長期療養施設の入居者
喫煙者
アボリジニー,アラスカ先住民のほか,アメリカンインディアンの特定の集団
高齢者では,たとえ他の疾患がなくても,肺炎球菌感染症の予後が不良となる傾向がある。
慢性気管支炎や一般的な呼吸器ウイルス感染症(特にインフルエンザ)によって気道上皮が損傷すると,肺炎球菌の侵襲が起きやすくなる可能性がある。
肺炎球菌による疾患
肺炎球菌感染症としては以下のものがある:
通常,肺炎球菌の一次感染は中耳または肺で発生する。
以下に挙げる疾患については,本マニュアルの別の箇所で詳細に考察されている。
肺炎球菌菌血症
肺炎球菌菌血症は,免疫能が正常な患者にも免疫抑制状態の患者にも発生するが,脾摘患者では特にリスクが高い。
菌血症は一次感染症のこともあれば,局所の肺炎球菌感染症の急性期に併発することもある。肺炎球菌菌血症は敗血症および敗血症性ショックを合併する可能性がある。菌血症が生じると,二次性の播種により,化膿性関節炎,髄膜炎,心内膜炎などの遠隔部位の感染症が発生することがある。
治療を行った場合でも,菌血症の全体的な致死率は以下の通りである:
小児(主に髄膜炎の患児,易感染状態の患児,または脾臓摘出を受けて重症菌血症を発症した患児)および成人で15~20%
高齢者で30~40%
最初の3日間で最も死亡リスクが高くなる。
肺炎球菌性肺炎
肺炎は肺炎球菌による重篤な疾患で最も頻度の高いものであり,大葉性肺炎の場合と比較的まれながら気管支肺炎の場合がある。米国では毎年数百万例の市中肺炎が発生しており,そのうち入院を要する症例では,全ての年齢層を通じて肺炎球菌が最も頻度の高い起因細菌である。
最大40%の患者で胸水がみられるが,そのほとんどは薬物治療中に消失する。膿胸を発症する患者はわずかに約2%であるが,その場合は被包化を伴う濃厚な線維素膿性となることがある;膿胸は肺炎球菌(S. pneumoniae)血清型1型と関連する頻度が最も高い。肺炎球菌(S. pneumoniae)に起因する肺膿瘍は,成人ではまれであるが小児ではより頻度が高い;血清型3型が通常の病原菌であるが,他の肺炎球菌血清型が関与する場合もある。
肺炎球菌性急性中耳炎
乳児(新生児期の後)および小児における急性中耳炎症例の30~40%は肺炎球菌に起因する。ほとんどの集団で3分の1以上の小児が2歳になるまでに肺炎球菌急性中耳炎を発症するが,肺炎球菌性中耳炎は一般的に再発する。比較的少数の血清型の肺炎球菌(S. pneumoniae)がほとんどの症例の起因菌となっている。米国で2000年に全乳児を対象とした予防接種が開始されてからは,ワクチンに含まれない血清型の肺炎球菌(S. pneumoniae)血清型(特に血清型19A―当初のタンパク質結合型肺炎球菌ワクチンには含まれていなかった)が肺炎球菌急性中耳炎の起因菌として最も頻度が高くなった。
合併症としては以下のものがある:
軽度の伝音難聴
前庭平衡障害
鼓膜穿孔
乳様突起炎
錐体炎
内耳炎
先進国では頭蓋内合併症はまれであるが,具体的には髄膜炎,硬膜外膿瘍,脳膿瘍,横静脈洞血栓症,海綿静脈洞血栓症,硬膜下膿瘍,頸動脈血栓症などがある。
肺炎球菌による副鼻腔炎
副鼻腔炎は肺炎球菌が原因のことがあり,慢性化して複数菌感染となりうる。
ほとんどの場合,上顎洞および篩骨洞が侵される。副鼻腔の感染症は疼痛および膿性鼻汁を引き起こし,頭蓋骨に到達して以下の合併症をもたらすことがある:
海綿静脈洞血栓症
脳,硬膜外,または硬膜下の膿瘍
敗血症による皮質の血栓性静脈炎(septic cortical thrombophlebitis)
髄膜炎
肺炎球菌性髄膜炎
急性化膿性髄膜炎は,しばしば肺炎球菌に起因するが,他の感染巣(主に肺炎)からの菌血症,耳,乳様突起,または副鼻腔からの直接の感染拡大,もしくはこれらの部位のいずれかまたは篩板を巻き込んだ頭蓋底骨折(通常は髄液漏を伴い,これにより副鼻腔,上咽頭,または中耳の細菌が中枢神経系に侵入できるようになる)に続いて,二次的に発生することがある。
典型的な髄膜炎の症状(例,頭痛,項部硬直,発熱)がみられる。
肺炎球菌性髄膜炎後の合併症としては以下のものがある:
聴力障害(最大50%の患者で)
痙攣発作
学習障害
精神機能障害
麻痺
肺炎球菌による心内膜炎
肺炎球菌菌血症に続発して,たとえ心臓弁膜症のない患者でも急性細菌性心内膜炎が発生しうるが,肺炎球菌による心内膜炎はまれである。
肺炎球菌による心内膜炎では,心臓弁に腐食性の病変が生じることがあり,突然の破裂や穿孔が生じて,急速に進行する心不全を来し弁置換が必要となることがある。オーストリアン(Austrian)症候群は,肺炎球菌による髄膜炎,肺炎,および肺炎球菌(S. pneumoniae)に起因する心内膜炎の3つを特徴とするまれな疾患であり,致死率が高い。自己大動脈弁の閉鎖不全が,患者の心不全の原因として最も頻度が高い。
肺炎球菌による化膿性関節炎
化膿性関節炎は,他のグラム陽性球菌によるものと同様に,通常は別の部位の感染巣からの肺炎球菌菌血症の合併症として生じる。
肺炎球菌による特発性細菌性腹膜炎
肺炎球菌による特発性細菌性腹膜炎は,肝硬変と腹水を有する患者で最も多くみられ,他の原因による特発性細菌性腹膜炎と鑑別できる特徴はない。
肺炎球菌感染症の診断
グラム染色および培養
肺炎球菌は,グラム染色でランセット型双球菌の典型的な外見を示すことから,容易に同定される。
特徴的な莢膜をもち,莢膜膨化試験で最もよく検出できる。この試験では,抗血清を添加した後に墨汁で染色すると,微生物の周りに莢膜が暈のように観察される。莢膜はメチレンブルー染色した塗抹標本においても確認できる。
培養により同定を確定し,抗菌薬感受性試験を施行すべきである。分離株の血清型および遺伝子型分析は,疫学的な理由(例,特定クローンの拡大や抗菌薬耐性パターンの追跡)で役立つことがある。パルスフィールドゲル電気泳動やmultilocus sequence typing(MLST)法などの分析技術によって,1つの血清型の中での毒性の差異を鑑別できる場合がある。
尿抗原検査は特異度は高いものの(> 90%)感度は低く(50~80%),併発する菌血症から大きな影響を受ける。陽性適中率(検査で陽性の患者のうち実際に疾患を有する患者の割合)は高い(> 95%)。しかしながら,陰性適中率(検査が陰性の患者のうち実際に疾患がない患者の割合)は低いため,尿中抗原検査が陰性であっても肺炎球菌感染症を除外すべきではない。
肺炎球菌感染症の治療
β-ラクタム系,マクロライド系,レスピラトリーキノロン系(例,レボフロキサシン,モキシフロキサシン,ゲミフロキサシン[gemifloxacin]),テトラサイクリン系(例,オマダサイクリン[omadacycline]),またはプレウロムチリン系(レファムリン[lefamulin])薬剤
肺炎球菌感染が疑われる場合,感受性試験の結果が出るまでの初期治療は地域の耐性パターンにより決定すべきである。
肺炎球菌感染症に対してよく選択される治療薬は,β-ラクタム系またはマクロライド系抗菌薬であるが,耐性株が出現したことから,治療はより困難になってきている。ペニシリン,アンピシリン,その他のβ-ラクタム系薬剤に対して高度耐性を示す菌株が世界中でよくみられる。β-ラクタム耐性出現の素因で最も頻度が高いのは,過去数カ月以内の同クラス薬剤の使用である。マクロライド系抗菌薬に対する耐性もかなり増加してきており,市中肺炎の入院患者に対する単剤療法としてはもはや推奨されない。
中等度耐性菌は,常用量もしくは高用量のベンジルペニシリン,または他のβ-ラクタム系薬剤で治療できる。
ペニシリン耐性菌による髄膜以外の感染症で重篤な状態にある患者は,しばしばセフトリアキソン,セフォタキシム,またはセフタロリン(ceftaroline)で治療できる。分離株の最小発育阻止濃度が非常に高い(薬剤耐性があることを示す)のでない限り,非常に高用量のベンジルペニシリンの注射剤(成人で1日当たり2千万~4千万単位を静注)も有効である。フルオロキノロン系薬剤(例,モキシフロキサシン,レボフロキサシン,ゲミフロキサシン[gemifloxacin])オマダサイクリン(omadacycline),およびレファムリン(lefamulin)は,ペニシリン高度耐性肺炎球菌による成人の呼吸器感染症の治療に効果的である。多剤用療法(例,マクロライド系 + β-ラクタム系)を用いると菌血症を伴う肺炎球菌性肺炎の死亡率がより低くなることを示唆したエビデンスがある。
これまでのところ,全てのペニシリン耐性分離株がバンコマイシンに対して感受であるが,バンコマイシンを注射剤で投与しても髄膜炎治療に十分な髄液中濃度が得られるとは限らない(特にコルチコステロイドも使用している場合)。したがって,髄膜炎患者ではバンコマイシンとともにセフトリアキソンもしくはセフォタキシム,リファンピシン,またはその両方を使用する。
肺炎球菌感染症の予防
感染により血清型特異的な免疫が誘導されるが,これは別の血清型には有効ではない。予防として以下を行う:
予防接種
予防的抗菌薬投与
肺炎球菌ワクチン
適応,禁忌および注意事項,用法・用量,有害作用などのより詳細な情報については,肺炎球菌ワクチンを参照のこと。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の小児および成人に対する予防接種スケジュール,ならびにAdvisory Committee on Immunization Practices(ACIP)の肺炎球菌ワクチンに関する推奨も参照のこと。
2つの肺炎球菌ワクチンが利用できる:
肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13):13の血清型(1,3,4,5,6A,6B,7F,9V,14,18C,19A,19F,23F)に対する結合型ワクチン
肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV23):成人および小児における重篤な肺炎球菌感染症の90%以上の原因となる23の血清型(1,2,3,4,5,6B,7F,8,9N,9 V,10A,11A,12F,14,15B,17F,18C,19F,19A,20,22F,23F,33F)に対する多価多糖体ワクチン
ワクチン接種のスケジュールは,年齢および患者のもつ疾患によって異なる。生後2カ月から6歳までの全ての小児に対し,ルーチンの小児予防接種の一環としてPCV13を接種すべきであり,65歳以上の全ての個人と特定の高リスク疾患を有する他の年齢層の個人にも同様に接種すべきである。
予防的抗菌薬投与
機能的または解剖学的無脾症の5歳未満の小児に対しては,ペニシリンV 125mg,経口,1日2回の予防投与が推奨される。化学予防の継続期間は経験的に決定するが,一部の専門家は無脾症の高リスク患者に対して小児期から成人期まで予防投与を継続している。児童または青年では,脾臓摘出後少なくとも1年間にわたるペニシリン250mg,経口,1日2回の投与が推奨される。
肺炎球菌感染症の要点
肺炎球菌は中耳炎および肺炎症例の多くの起因菌となっており,また髄膜炎,副鼻腔炎,心内膜炎,および化膿性関節炎も引き起こしうる。
慢性気道疾患または無脾症のある患者は,易感染性患者と同様に,重篤な侵襲性肺炎球菌感染症のリスクが高くなる。
単純性または軽度の感染症はβ-ラクタム系またはマクロライド系抗菌薬で治療する。
β-ラクタム系およびマクロライド系抗菌薬に対する耐性が増加していることから,重篤患者の治療には新世代のセファロスポリン系(例,セフトリアキソン,セフォタキシム,セフタロリン[ceftaroline]),レスピラトリーキノロン系(例,モキシフロキサシン,レボフロキサシン,ゲミフロキサシン[gemifloxacin]),テトラサイクリン系(例,オマダサイクリン[omadacycline]),またはプレウロムチリン系(レファムリン[lefamulin])薬剤を使用してもよい。
重症または菌血症を伴う肺炎球菌性肺炎の治療は多剤用療法(例,マクロライド系 + β-ラクタム系)による。
生後2カ月から6歳までの全ての小児,それ以外の年齢層で特定の危険因子を有する個人,および共同臨床意思決定に基づき選択した65歳以上の成人を対象として,ルーチンにPCV13を接種することが推奨される。
65歳以上の全ての成人および特定の臨床状況にある19~64歳の個人には,PPSV23によるルーチンの予防接種が推奨される。
肺炎球菌感染症についてのより詳細な情報
以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。