心血管系の診察

執筆者:Jessica I. Gupta, MD, University of Michigan Health;
Michael J. Shea, MD, Michigan Medicine at the University of Michigan
レビュー/改訂 2019年 6月
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心疾患が末梢および全身に及ぼす影響と心臓に影響を及ぼしうる心臓以外の疾患の所見を検出するため,全ての器官系をくまなく診察することが不可欠である。診察には以下を含める:

  • バイタルサインの測定

  • 脈拍の触診および聴診

  • 静脈の視診

  • 胸部の視診および触診

  • 心臓部の打診,触診,聴診

  • 打診,触診,聴診を含む肺の診察

  • 四肢および腹部の診察

心臓の聴診については,別のトピックの中で考察されている。心臓画像検査の利用が増え続けているが,いつでも行えて,費用をかけずに必要なだけ繰り返せるベッドサイドでの聴診が有用であることに変わりはない。

バイタルサイン

バイタルサインには以下が含まれる:

  • 血圧

  • 心拍数と心拍リズム

  • 呼吸数

  • 体温

血圧は両上肢で測定し,先天性心疾患や末梢血管疾患が疑われる場合には両下肢でも測定する。カフのサイズは,ゴム嚢の長さが測定肢の周囲長の80%に,ゴム嚢の幅が測定肢の周囲長の40%に相当するものが適切である。水銀柱の下降とともに音が聞こえ始めた時点が収縮期血圧を,音が聞こえなくなった時点(コロトコフ音の第5相)が拡張期血圧を示す。左右上肢間の血圧差は15mmHgまでが正常であり,これより大きい血圧差は血管の異常(例,胸部大動脈解離)または末梢血管疾患を示唆する。通常,下肢の血圧は上肢の血圧より20mmHg高い。血圧を正確に測定するため,患者は以下の通りにすべきである:

  • 床に足を付け,背中が支えられている状態で5分以上(診察台ではなく)椅子に座る

  • 腕を心臓の高さで支え,カフの位置を衣服で覆わない

  • 測定前少なくとも30分間は運動,カフェインの摂取,喫煙を控える

心拍数と心拍リズムは,頸動脈または橈骨動脈の拍動を触知するか,不整脈が疑われる場合は心臓の聴診を行うことにより評価する;不整脈の発生中は,一部の心拍を聴取できることもあるが,触知可能な脈拍は生じない。

呼吸数の異常は,心臓の代償不全または原発性肺疾患を示唆している可能性がある。呼吸数は,心不全または不安を有する患者では増加し,瀕死の患者では減少するか間欠的となる。浅く速い呼吸は,胸膜痛を示唆している可能性がある。

体温は,急性リウマチ熱や心臓感染症(例,心内膜炎)で上昇することがある。心筋梗塞後には,微熱が非常に多くみられる。発熱が72時間以上持続する場合に限り,他の原因を検索する。

足関節上腕血圧比(ABI)

足関節上腕血圧比(ABI)とは,上腕で測定した収縮期血圧に対する足関節で測定した収縮期血圧の比である。患者を仰臥位にした状態で,足首の血圧を足背動脈および後脛骨動脈の両方で測定し,腕の血圧を両腕の上腕動脈で測定する。各下肢につき,足背動脈圧または後脛骨動脈圧のうち高い方を左右の上腕動脈収縮期圧のうち高い方で割ることによってABIを計算する。正常であれば1より大きくなる。足部での脈拍の触知が困難な場合は,ドプラ超音波検査用のプローブを用いて足関節血圧を測定することができる。

足関節上腕血圧比の低値(0.90以下)は末梢動脈疾患を示唆し,軽度(0.71~0.90),中等度(0.41~0.70),重度(0.40以下)に分類できる。ABIが高ければ(> 1.30),下肢血管の圧縮力低下(noncompressible leg vessel)を示す可能性があり,これは糖尿病末期腎臓病メンケベルグ型動脈硬化症など,血管の石灰化を伴う病態でみられる。高いABIは,血管のさらなる検査(足趾上腕血圧比またはduplex法による動脈の超音波検査)が必要であることを示唆している可能性がある。

体位変換に伴う変化

血圧および心拍数は仰臥位,座位,および立位で測定するが,体位を変えるごとに1分間の間隔を設ける必要がある。血圧の差が10mmHg以下かつ心拍数の変化が20拍/分以下は正常である;高齢者では血管弾性の低下により,血圧の差がやや大きくなる傾向がある。

奇脈

正常な状態での吸気時には,収縮期動脈圧が最大で10mmHg低下し,これを代償するべく脈拍数が増加する。吸気時の収縮期血圧の低下幅がこの正常な反応より大きくなるか,あるいは脈が弱まる場合,奇脈とみなされる。奇脈は次の病態でみられる:

吸気時に血圧が低下する機序は,胸腔内の陰圧により静脈還流量,ひいては右室充満量が増加し,その結果,心室中隔が左室流出路側にわずかに膨らむため,心拍出量が減少して血圧が低下するというものである。この機序(および収縮期血圧の低下)は,胸腔内の陰圧を高める疾患(例,喘息),右室充満を制限する疾患(例,心タンポナーデ,心筋症),右室流出を制限する疾患(例,肺塞栓症)において増強される。

奇脈は,血圧計のカフを,収縮期血圧をわずかに上回るまで膨らませた後,非常にゆっくりと(例,1心拍当たり2mmHg以下)空気を抜いていくことによって測定できる。コロトコフ音が聞こえ始めた時点(最初は呼気時のみ)とコロトコフ音が継続的に聴取される時点で血圧を記録する。それらの血圧値の差が奇脈の「量」である。

脈拍

末梢脈拍

上肢および下肢の主な末梢動脈の拍動を触診して,その対称性と量(強度)について評価する。動脈壁の弾性にも注目する。脈拍の消失は,動脈疾患(例,動脈硬化)または全身性の塞栓症を示唆している可能性がある。しかしながら,末梢動脈の拍動は肥満または筋肉質の患者では触知困難となりやすい。動脈血の流出が急速になる疾患(例,動静脈吻合,大動脈弁逆流症)では,脈が急峻に立ち上がり,次いで虚脱する。脈拍は甲状腺機能亢進症や代謝亢進状態では速く強くなり(反跳脈),甲状腺機能低下症では遅く鈍くなる。脈拍に左右差がある場合には,末梢血管の聴診で狭窄による血管雑音が聴取されることがある。

頸動脈拍動

両側の頸動脈拍動を視診,触診,聴診することにより,特定の疾患を示唆する所見が得られることがある(頸動脈拍動と関連疾患の表を参照)。加齢と動脈硬化により血管は硬化していくが,それに伴い特徴的所見が認められなくなる傾向がある。非常に年少の小児では,たとえ高度の大動脈弁狭窄がある場合でさえ,頸動脈拍動は正常となることがある。

頸動脈の聴診では,2種類の雑音(bruitとmurmur)を区別することが可能である。murmurは心臓または大血管で発生したもので,通常は上前胸部でより大きく聴取され,頸部に向かうほど減弱していく。bruitはより高調な雑音で,動脈上でのみ聴取され,より浅い位置に感じられる。動脈雑音(bruit)は静脈コマ音(hum)と区別する必要がある。動脈雑音とは異なり,静脈コマ音は通常は連続性で,座位または立位で最もよく聴取でき,同側の内頸静脈を圧迫することで消失する。

表&コラム

静脈

末梢静脈

末梢静脈を視診して,静脈瘤,動静脈奇形(AVM),動静脈シャント,血栓性静脈炎による炎症や圧痛がないか確認する。動静脈奇形またはシャントがあると,連続性の雑音が(聴診で)聴取され,振戦が触知される(収縮期と拡張期を通じて静脈の血管抵抗が動脈のそれより低いため)。

頸静脈

頸静脈を診察して,静脈波の高さと波形を推測する。頸静脈波の高さは右房圧と比例し,波形は心周期のイベントを反映するが,どちらも内頸静脈で最も良好に観察できる。

頸静脈は通常,仰臥位から上体を45°起こした状態で観察する。頸静脈の拍動部位の上端は,正常時には鎖骨直上の位置にある(正常上限:鉛直面上では胸骨切痕の4cm上方)。頸静脈の怒張は心不全容量負荷心タンポナーデ収縮性心膜炎三尖弁狭窄,上大静脈閉塞,右室のコンプライアンス低下があるときにみられる。これらの状態が重度の場合には,頸静脈の拍動部位が下顎レベルに及ぶことがあり,その上端は座位または立位でしか認められなくなる。循環血液量減少状態では,頸静脈の拍動部位は低くなる。

正常では,腹部を手で強く圧迫することにより頸静脈の拍動部位が短時間のうちに上昇するが(肝頸静脈逆流または腹部頸静脈逆流),腹部の圧迫を維持しても数秒(最長で呼吸3回または15秒)で元に戻る(Frank-Starling機序により,コンプライアンスの高い右室が一回拍出量を増大させるため)。しかしながら,右室の拡張とコンプライアンス低下を引き起こす疾患や,三尖弁狭窄または右房腫瘍により右室充満が障害された状態では,腹部への圧迫が持続されている間,頸静脈の拍動部位が高い位置(> 3cm)にとどまる。

正常な状態の吸気時には,胸腔内圧が低下することで末梢静脈の血液が大静脈に引き寄せられるため,頸静脈の拍動部位はわずかに下降する。吸気時の頸静脈怒張(クスマウル徴候)は,典型的には慢性収縮性心膜炎,右室梗塞,および慢性閉塞性肺疾患(COPD)でみられ,心不全および三尖弁狭窄症でも通常みられる。

頸静脈波(正常な頸静脈波の図を参照)は通常,臨床的に識別可能であるが,中心静脈圧のモニタリング時に画面上で確認する方がよい。

正常な頸静脈波

a波は右房の収縮(収縮期)により発生し,その後には,心房の弛緩によって引き起こされたx谷が続く。c波はx谷を中断する波で,頸動脈の拍動の伝達によって生じるが,臨床的に識別できることはめったにない。v波は,心室収縮期(三尖弁は閉鎖している)の右房充満によって生じる。y谷は,心房収縮前の心室拡張期に右室の急速な充満によって生じる。

a波は肺高血圧症および三尖弁狭窄症で増高する。巨大なa波(キャノン波)は,房室解離で三尖弁が閉鎖している間に心房が収縮するときに認められる。a波は心房細動では消失し,右室コンプライアンスが低下する状態(例,肺高血圧症または肺動脈弁狭窄症)では強くなる。v波は三尖弁逆流症で非常に著明となる。心タンポナーデではx谷が急峻となる。右室コンプライアンスが低下した状態では,y谷が極めて急峻となるが,これは,上昇した頸静脈拍動部位の血液が三尖弁開放時に急激に右室内に流入するが,硬直した右室壁(拘束型心筋症の場合)または心膜(収縮性心膜炎の場合)により,その血流が突然阻止されるためである。

胸部の視診および触診

視診では胸部の輪郭と視認可能な心拍動を観察する。前胸部を触診して,拍動を探し(心尖拍動ひいては心臓の位置を同定する),振戦がないか確認する。

視診

胸郭の変形はいくつかの疾患に伴い発生することがある。

楯状胸や鳩胸(胸骨が鳥のように突出)には,マルファン症候群(大動脈基部または僧帽弁の疾患を合併することがある)またはヌーナン症候群(肺動脈弁狭窄症心房中隔欠損症,または肥大型心筋症を合併することがある)が関連している可能性がある。まれに,上胸部に限局した膨隆から梅毒性大動脈瘤が示唆されることがある。

胸郭の前後径が短く,胸椎が異常に直線化する漏斗胸(胸骨の陥没)には,先天性心疾患を合併する遺伝性疾患(例,ターナー症候群ヌーナン症候群)やときにマルファン症候群が関連していることがある。

触診

患者を約30~45度の角度で寝かせた状態で,患者の右側に立ち前胸部を全体的に触診する。

健常者の心尖拍動は,第4肋間と第5肋間の間,鎖骨中線のすぐ内側の直径2~3cm未満の領域で触知できるはずである。

前胸部中央の隆起は胸骨下および前胸壁胸骨左縁の挙上感として触知され,重度の右室肥大を示唆する。重度の右室肥大を引き起こす先天性疾患の患者では,前胸部が非対称に胸骨左方に膨隆しているのがときに視認できる。

心尖部の持続的な突出(右室肥大の前胸部隆起はあまり限局性でなく,ややびまん性であるため,容易に鑑別できる)は,左室肥大を示唆する。

壁運動障害を伴う心室瘤の患者では,ときに前胸部に限局性の異常な収縮期拍動が触知される。重度の僧帽弁逆流症患者では,びまん性の異常な収縮期拍動により前胸部が挙上する。これは,左房が拡大することで,心臓が前方に偏位するためである。左室が拡大および肥大している場合(例,僧帽弁逆流),外側下方に偏位したびまん性の心尖拍動が認められる。

振戦は,特に大きな雑音を伴う触知可能な微振動の感覚である。振戦の位置から原因が示唆される(振戦の位置と関連疾患の表を参照)。

表&コラム

第2肋間胸骨左縁の鋭い拍動は,肺高血圧症で増強された肺動脈弁閉鎖により生じることがある。収縮早期に心尖部で生じる同様の拍動は,狭窄した僧帽弁の閉鎖を反映していることがあり,ときに狭窄した弁の開放を拡張期開始時に触知できる。これらの所見は,聴診におけるI音の亢進と僧帽弁狭窄の開放音と一致する。

肺の診察

心不全などの心疾患で生じる胸水肺水腫の徴候について肺を診察する。肺の診察には,打診,触診,聴診が含まれる。

打診は,身体診察において胸水の有無および程度を調べる上で最も重要な手技である。打診での濁音界は,その下に液体または(より頻度は低くなるが)硬化があることを意味する。

触診所見としては触覚振盪音(患者が話しているときに胸壁で触知される振動)などがある;振盪音は胸水や気胸があると減弱し,肺の硬化(例,大葉性肺炎)があると増強する。

肺の聴診は,心疾患が疑われる患者の診察では重要な要素となる。

呼吸音の特徴と音量の確認は,心疾患を肺疾患と鑑別するのに有用である。副雑音とは,断続性ラ音,類鼾音,笛音,吸気性喘鳴などの異常音である。断続性ラ音(crackleー以前はraleと呼ばれていた)と笛音は,心不全においても心疾患以外でも生じる肺の異常音である。

  • 断続性ラ音は断続的な副雑音である。捻髪音(fine crackle)は短く高調な音であり,水泡音(coarse crackle)はより長く続く低調な音である。断続性ラ音は,ラップをしわくちゃにするときの音に例えられ,耳の近くで2本の指で髪の毛の束をこすると似た音を作ることができる。断続性ラ音は,無気肺,肺胞が液体で満たされる病態(例,心不全における肺水腫),および間質性肺疾患(例,肺線維症)で聴取される場合が最も多く,虚脱した気道または肺胞が開放されることを意味する。

  • 笛音(wheeze)は,吸気時より呼気時に悪化する笛声様の楽音的な呼吸音である。呼気性喘鳴(wheezing)は,身体所見または症状としてみられ,通常は呼吸困難を伴う。笛音は喘息で生じる場合が最も多いが,心不全などの心疾患でも生じることがある。

オーディオ
オーディオ

腹部および四肢の診察

腹部および四肢を診察して,心不全や心臓以外の疾患(例,腎疾患,肝疾患,リンパ系疾患)で発生する体液過剰の徴候がないか確認する。

腹部

腹部では,有意な体液過剰が腹水として現れる。著明な腹水は視認可能な腹部膨隆をもたらすが,これは触診では緊満し,圧痛は認めず,腹部の打診では濁音界の移動,さらに波動感を認める。肝臓は腫大して軽度の圧痛を認めることがあり,その場合は肝頸静脈逆流もみられる。

四肢

四肢(主に下肢)においては,体液過剰は浮腫として現れるが,これは間質液の増加に起因した軟部組織の腫脹である。浮腫は視診時から視認できる場合もあるが,重度の肥満または筋肉質の患者では軽度の浮腫は視認困難となりやすい。そのため,四肢を触診して,圧痕(指で押すと間質液が移動することで視認および触知可能な陥凹が生じる)の有無とその程度を確認する。浮腫の領域を診察して,その程度,対称性(すなわち,左右での比較),熱感,紅斑,圧痛について確認する。顕著な体液過剰がある場合には,仙骨部,性器,またはその両方で浮腫を認めることもある。

圧痛,紅斑,またはその両方が(特に片側性に)みられる場合は,原因として炎症が示唆される(例,蜂窩織炎,血栓性静脈炎)。非圧痕性浮腫は,体液過剰よりリンパ管または血管閉塞を示唆する。

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