甲状腺の病気 甲状腺の概要 甲状腺は幅約5センチメートルの小さな腺で、首ののどぼとけの下方の皮膚のすぐ下にあります。甲状腺は2つの部分(葉)に分かれ、中央で結合し(峡部と呼ばれます)、蝶ネクタイのような形をしています。正常な甲状腺は外見では分からず、かろうじて触れることができる程度ですが、甲状腺が腫れて大きくなると、医師が触診すれば容易に分かるようになり、のどぼとけ... さらに読む は、妊娠前から存在している場合もあれば、妊娠中に発症する場合もあります。妊娠しても甲状腺の病気の症状に変化はありません。胎児への影響は、甲状腺の病気の種類と治療薬の種類によって異なります。しかし一般に、以下のようなリスクがあります。
治療しない場合、 甲状腺機能亢進症 甲状腺機能亢進症 甲状腺機能亢進症は甲状腺が働きすぎている状態で、甲状腺ホルモンの値が高く、身体の重要な機能が働く速度が上昇します。 バセドウ病は甲状腺機能亢進症の原因として最もよくみられます。 心拍数と血圧の上昇、不整脈、過剰な発汗、神経質や不安、睡眠障害、意図しない体重減少などの症状がみられます。 診断は血液検査により確定されます。 甲状腺機能亢進症の管理には、チアマゾールまたはプロピルチオウラシルが用いられます。 さらに読む
(甲状腺の活動が過剰になった状態): 胎児の成長が遅い、在胎期間の割に成長しない 在胎不当過小(SGA:Small for Gestational Age)の新生児 同じ在胎期間で生まれた新生児の90%が占める体重分布よりも体重が軽い(10パーセンタイル未満)新生児は、在胎期間に比べて小さい(在胎不当過小)とみなされます。 両親が小柄である、胎盤が正常に機能しなかった、母親に病気がある、母親が薬を飲んでいる、母親が妊娠中に喫煙した、飲酒したなどの場合に、新生児の体重が小さくなります。 感染症や遺伝性疾患がない限り、在胎不当過小の新生児のほとんどは、ほかには症状がみられず健康です。... さらに読む 、 妊娠高血圧腎症 妊娠高血圧腎症および子癇 妊娠高血圧腎症は、妊娠20週以降に新たに発症する高血圧または既存の高血圧の悪化で、過剰な尿タンパク質を伴うものです。子癇(しかん)は妊娠高血圧腎症の女性に起こるけいれん発作で、ほかに原因がないものをいいます。 妊娠高血圧腎症によって胎盤剥離や早産が起こりやすくなり、出生直後の新生児に問題が生じるリスクが高まります。 妊婦の手、手指、首、足がむくむことがあり、重度の妊娠高血圧腎症を治療しないと、けいれん発作(子癇)や臓器損傷が起こることが... さらに読む (妊娠中に起こる高血圧の一種)、 死産 死産 死産とは妊娠20週以降に胎児が死亡することです。 妊娠合併症は、妊娠中だけに発生する問題です。母体に影響を及ぼすもの、胎児に影響を及ぼすもの、または母子ともに影響を及ぼすものがあり、妊娠中の様々な時期に発生する可能性があります。しかし、ほとんどの妊娠合併症は効果的に治療できます。死産は次回以降の妊娠における胎児の死亡リスクを上昇させます。 妊娠後半または満期近くに胎児が死亡し、何週間も子宮内にとどまっていると、重度の出血を引き起こす凝固... さらに読む
治療しない場合、 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症は、甲状腺の働きが低下し、甲状腺ホルモンの産生が不十分になる病気で、身体の重要な機能が働く速度が低下します。 顔の表情が乏しく、声がかすれ、話し方はゆっくりになり、まぶたは垂れて、眼と顔が腫れます。 通常は1回の血液検査で診断が確定されます。 甲状腺機能低下症の人は、生涯にわたって甲状腺ホルモンの投与を受ける必要があります。 甲状腺は、体内の化学反応が進行する速度(代謝率)を制御する甲状腺ホルモンを分泌します。甲状腺ホル... さらに読む
(甲状腺の活動が不十分になった状態):子どもの知能発達障害、 流産 流産 流産とは、妊娠20週までに人為的でない原因によって胎児が失われることです。 胎児側の問題(遺伝性疾患や先天異常など)によっても母体側の問題(生殖器の構造的異常、感染症、コカインの使用、飲酒、喫煙、けがなど)によっても流産が起こりますが、多くの場合、原因は不明です。 出血や筋けいれんが起こることがありますが、特に妊娠して週数が経過している場合にはよく起こります。 医師は子宮頸部を診察し、通常は超音波検査も行います。... さらに読む
妊婦の甲状腺機能低下症の最も一般的な原因は以下のものです。
バセドウ病の治療
妊婦に甲状腺の病気がある場合や甲状腺の病気にかかったことがある場合は、妊娠中および分娩後に母体と子どもを注意深くモニタリングします。医師は症状に変化がないかどうかを定期的に確認し、血液検査を行って甲状腺ホルモンの濃度を測定します。
バセドウ病(グレーブス病)
バセドウ病 原因 (自己免疫疾患の1つ 主な自己免疫疾患
)では、異常な抗体が甲状腺を刺激するため、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されます。こうした抗体は胎盤を通過し、胎児の甲状腺の活動を刺激することがあります。その結果、ときに胎児の心拍数が上昇したり、胎児の成長が在胎期間の割に遅くなることがあります。胎児の甲状腺が大きくなって、甲状腺腫になることがあります。まれに、甲状腺腫が大きくなって胎児の嚥下が困難になったり、胎児を包む膜内に液体が過剰にたまったり(羊水過多 羊水の問題 羊水とは、子宮内の胎児の周囲を満たしている液体のことです。羊水と胎児は羊膜腔と呼ばれる膜の中に入っています。羊水の問題には、以下のものがあります。 羊水量が多すぎる 羊水量が少なすぎる 羊水、羊膜腔、または胎盤の感染( 羊膜内感染と呼ばれる)。 羊水過多や羊水過少などの妊娠合併症は、妊娠中だけに発生する問題です。母体に影響を及ぼすもの、胎... さらに読む )、分娩の開始が早くなったりすることがあります。
バセドウ病の場合、妊娠中は通常、できるだけ低用量のプロピルチオウラシルを内服して治療します。プロピルチオウラシルは胎盤を通過するため、身体診察や甲状腺ホルモンの血中濃度の測定を定期的に行います。プロピルチオウラシルは甲状腺機能を抑制する働きがあるため、胎児が十分に甲状腺ホルモンを作れないことがあります。胎児に甲状腺腫ができることもあります。バセドウ病の治療には通常、合成甲状腺ホルモンも使用されますが、妊娠中はプロピルチオウラシルとの併用は行いません。合成甲状腺ホルモンを併用すると、プロピルチオウラシルの用量が過剰で問題が生じてもそれが症状として現れず、胎児に甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。プロピルチオウラシルの代わりにチアマゾールを使用することがあります。
バセドウ病は第3トリメスター(訳注:日本の妊娠後期にほぼ相当)に入ると軽快することが多いため、薬剤の減量や中止が可能なこともあります。
放射性ヨードはバセドウ病の診断や治療に用いられますが、胎児の甲状腺に損傷を与えかねないため、妊娠中は使用しません。
甲状腺クリーゼ(甲状腺の活動が突然、極度に過剰になること)が生じた場合や、症状が重度になった場合には、ベータ遮断薬(一般的に高血圧の治療に使用される)を投与することがあります。
必要であれば、妊婦の甲状腺を第2トリメスター(訳注:日本の妊娠中期にほぼ相当)に切除することがあります。この治療を受けた場合は、手術の24時間後から合成甲状腺ホルモンの服用を開始しなければなりません。こうした場合、ホルモン製剤が胎児に問題を引き起こすことはありません。
甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症は、甲状腺の働きが低下し、甲状腺ホルモンの産生が不十分になる病気で、身体の重要な機能が働く速度が低下します。 顔の表情が乏しく、声がかすれ、話し方はゆっくりになり、まぶたは垂れて、眼と顔が腫れます。 通常は1回の血液検査で診断が確定されます。 甲状腺機能低下症の人は、生涯にわたって甲状腺ホルモンの投与を受ける必要があります。 甲状腺は、体内の化学反応が進行する速度(代謝率)を制御する甲状腺ホルモンを分泌します。甲状腺ホル... さらに読む により、ときに月経が止まることがあります。しかし、軽度から中等度の甲状腺機能低下症の女性の多くでは正常な月経があり、妊娠が可能です。妊娠中は、合成甲状腺ホルモンのサイロキシン(T4)は普段の用量で継続することができます。妊娠の経過とともに、用量の調整が必要な場合があります。
妊娠中に初めて甲状腺機能低下症と診断された場合、サイロキシンで治療します。
橋本甲状腺炎
橋本甲状腺炎 橋本甲状腺炎 橋本甲状腺炎は、甲状腺に慢性的な自己免疫性の炎症が生じる病気です。 橋本甲状腺炎は、体が自身の甲状腺の細胞を攻撃すること(自己免疫反応)で発生します。 最初、甲状腺は正常に機能していることもあれば、活動が不十分なこともあり(甲状腺機能低下症)、まれですが活動が過剰になっていること(甲状腺機能亢進症)もあります。 ほとんどの人が最終的に甲状腺機能低下症になります。 甲状腺機能低下症では通常、疲労を感じ、寒さに耐えられなくなります。 さらに読む では自己免疫反応により慢性の甲状腺の炎症が生じます。自己免疫反応とは、免疫系が機能不全に陥って自己の組織を攻撃してしまうことをいいます。妊娠すると免疫系が抑制されるため、橋本甲状腺炎の症状が目立たなくなることがあります。しかし、妊婦に治療を要する甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症が発生することがあります。
亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎 亜急性甲状腺炎 亜急性甲状腺炎は、甲状腺に起こる急性の炎症で、原因はおそらくウイルスと考えられます。 ( 甲状腺の概要も参照のこと。) 亜急性甲状腺炎は突然発生します。この病気では、炎症によって甲状腺が過剰な甲状腺ホルモンを分泌して 甲状腺機能亢進症が起こり、ほとんどの場合、続いて一時的な 甲状腺機能低下症が発生しますが、最終的に甲状腺機能は正常に回復します。 亜急性甲状腺炎はウイルス性の病気に続いて発生し、多くの人が初めに「のどの痛み」を感じますが、... さらに読む (突然生じる甲状腺の炎症)は、妊娠中によく起こります。甲状腺が腫れ、圧痛がみられる甲状腺腫ができることがあります。通常、甲状腺腫は呼吸器感染症にかかっている間やその後に生じます。甲状腺機能亢進症を発症して症状が出ることがありますが、一時的なものです。
通常、亜急性甲状腺炎に治療の必要はありません。
出産後の甲状腺疾患
出産後の最初の6カ月間は、甲状腺の活動が不十分になること(甲状腺機能低下症)や、過剰になること(甲状腺機能亢進症)があります。
出産後の甲状腺疾患は、以下の女性により多くみられます。
甲状腺腫がある
自己免疫反応によって引き起こされた甲状腺機能亢進症または甲状腺機能低下症の近親者がいる
橋本甲状腺炎である
1型糖尿病である
女性に上記の危険因子のいずれかがある場合、第1トリメスター(訳注:日本の妊娠初期にほぼ相当)中と分娩後に甲状腺ホルモンを測定します。分娩後に発生する甲状腺疾患は通常一時的なものですが、治療が必要な場合もあります。
一過性の甲状腺機能亢進症を伴う無痛甲状腺炎と呼ばれる病気は、分娩後数週間以内に突然発生します。これは、おそらく自己免疫反応により生じるものです。この病気は長引いたり周期的に再発を繰り返したりすることもあれば、悪化の一途をたどることもあります。