前立腺肥大症(benign prostatic hyperplasia:BPH)は,前立腺尿道周囲部が良性腺腫として増大した状態である。症状は下部尿路閉塞の症状である(尿勢低下,排尿遅延,頻尿,尿意切迫,夜間頻尿,残尿,終末時滴下,溢流性または切迫性尿失禁,完全尿閉)。診断は主に直腸指診と症状に基づき,膀胱鏡検査,経直腸的超音波検査,尿流動態検査,その他の画像検査が必要になることもある。治療選択肢としては,5α還元酵素阻害薬,α遮断薬,タダラフィル,手術などがある。
前立腺体積30mL超およびAmerican Urological Association Symptom Score(前立腺肥大症に関するAmerican Urological Association Symptom Scoreの表を参照)の中等度または重度の基準を用いた場合,前立腺肥大症の有病率は,前立腺癌のない55~74歳の男性で19%である。しかしながら,排尿基準の最大尿流速度10mL/秒未満と排尿後残尿量50mL超を加えた場合には,有病率はわずか4%となる。剖検研究によると,前立腺肥大症の有病率は31~40歳の8%から51~60歳には40~50%に上昇し,80歳以上では80%を超える。
病因は不明であるが,おそらく加齢に関連したホルモン変化が関与している。
前立腺肥大症の病態生理
前立腺肥大症の症状と徴候
下部尿路症状
前立腺肥大症(BPH)の症状には,しばしば進行性を示す一連の症状が含まれ,それらは下部尿路症状(LUTS)と総称される:
頻尿
尿意切迫
夜間頻尿
排尿遅延
排尿中断
頻尿,尿意切迫,および夜間頻尿は,残尿と膀胱の急速な充満に起因する。尿線の狭小化や尿勢の低下は,排尿遅延および排尿中断をもたらす。
疼痛および排尿困難は通常認められない。その後に残尿感,終末時滴下,溢流性尿失禁,完全な尿閉が発生することがある。排尿のためにいきむことで前立腺部尿道および膀胱三角部の表在静脈にうっ血が起きる可能性があり,破裂して血尿を生じることがある。いきむことで急性の血管迷走神経性失神が誘発される場合もあり,長期的には痔静脈の怒張や鼠径ヘルニアにつながる可能性もある。
尿閉
一部の患者は完全尿閉を突然発症し,著明な腹部不快感および膀胱拡張がみられる。尿閉は以下のいずれかにより誘発される可能性がある:
排尿を長期間我慢する
不動状態
寒冷への曝露
麻酔薬,抗コリン薬,交感神経刺激薬,オピオイド,アルコールの使用
症状スコア
7つの質問で構成されるAmerican Urological Association Symptom Scoreなどの症状スコアによって症状を定量化することができる(前立腺肥大症に関するAmerican Urological Association Symptom Scoreの表を参照)。このスコアによって症状の進行をモニタリングすることも可能である;
軽度の症状:1~7点
中等度の症状:8~19点
重度の症状:20~35点
直腸指診
直腸指診では,前立腺は通常腫大して圧痛は認められず,ゴム様の硬さを呈し,多くの症例では中心溝が消失している。しかしながら,直腸指診で検出された前立腺の大きさは判断の誤りにつながる場合があり,小さく思える前立腺が閉塞を引き起こすこともある。拡張した膀胱は,腹部の触診または打診で検出できることがある。前立腺内の密または硬い領域は前立腺癌を示唆している可能性がある。
前立腺肥大症の診断
直腸指診
尿検査および尿培養
前立腺特異抗原濃度
ときに尿流測定および膀胱超音波検査
前立腺肥大症の下部尿路症状は,感染症,前立腺癌,過活動膀胱などの他の疾患によっても生じることがある。さらに,前立腺肥大症と前立腺癌が並存する場合もある。触知可能な前立腺の圧痛は感染症を示唆するが,直腸指診での前立腺肥大症と前立腺癌の所見にはしばしば重複がみられる。がんは石のように硬い結節性で不規則に腫大した前立腺をもたらす可能性があるが,大半のがん患者,前立腺肥大症患者,あるいは併発患者は良性を思わせる前立腺の腫大を呈する。このため,症状または触知可能な前立腺異常を呈する患者では検査を考慮すべきである。
典型的には,尿検査および尿培養を行い,血清前立腺特異抗原(PSA)濃度を測定する。中等度から重度の閉塞症状を呈する男性では,尿流測定(尿量および尿流速度の客観的検査)を膀胱超音波検査による排尿後残尿量の測定とともに行うことがある。尿流速度15mL/秒未満は閉塞を示唆し,排尿後の残尿量100mL超は尿閉を示唆する。
前立腺特異抗原(PSA)値
前立腺特異抗原(PSA)の測定値の解釈は複雑になる可能性がある。PSA値は,前立腺肥大症患者の30~50%で(前立腺の大きさと閉塞の程度に依存して)中等度に上昇し,前立腺癌患者の25~92%で腫瘍体積に依存して上昇する。
がんのない患者では,血清PSA値1.5ng/mL(1.5μg/L)超は通常,前立腺体積が30mL以上であることを示唆する。PSA値が4ng/mL(4μg/L)超となった場合は,他の検査や生検に関するさらなる話合いや共同での意思決定が推奨される。
50歳未満または前立腺癌のリスクが高い男性では,より低いカットオフ値(PSA値2.5ng/mL[2.5 µg/L]超)が採用される場合がある。PSAの上昇率,結合型PSAに対する遊離型PSAの比,その他のマーカーなどの他の測定指標も有用となる場合がある。(前立腺癌のスクリーニングおよび診断に関する詳細な考察については,本マニュアルの他の箇所に掲載されている。)
その他の検査
経直腸的生検は通常,超音波ガイド下で施行され,通常は前立腺癌が疑われる場合にのみ適応となる。経直腸的超音波検査は前立腺体積を正確に測定する方法である。
さらなる検査の必要性は,臨床判断により評価しなければならない。造影剤を使用する画像検査(例,CT,排泄性尿路造影)は,発熱を伴う尿路感染症(UTI)がある場合と重度の閉塞症状が持続している場合を除いて,必要になることはまれである。下部尿路閉塞によって通常もたらされる上部尿路異常には,尿管端部の上方転置(釣り針状),尿管拡張,水腎症などがある。疼痛または血清クレアチニン高値により上部尿路の画像検査が必要になった場合には,放射線または静注造影剤への曝露を回避できることから,超音波検査が望ましい場合がある。
あるいは,PSA値から検査が必要と判断された男性には,経直腸的生検よりも感度が高い(ただし,特異度は低い)マルチパラメトリックMRIを施行できる。生検の対象範囲をマルチパラメトリックMRIで疑わしいと判定された領域に限定することで,前立腺生検の回数と臨床的に重要ではない前立腺癌の診断数が減少し,臨床的に重大な前立腺癌の診断数が増加する可能性がある(1)。
膀胱鏡検査は,至適な外科的アプローチを決定し,狭窄など他の閉塞性の原因を除外するのに役立つことがある。
診断に関する参考文献
1.Ahmed HU, El-Shater Bosaily A, Brown LC, et al: Diagnostic accuracy of multi-parametric MRI and TRUS biopsy in prostate cancer (PROMIS): A paired validating confirmatory study.Lancet 389(10071):815-822, 2017.doi: 10.1016/S0140-6736(16)32401-1
前立腺肥大症の治療
抗コリン薬,交感神経刺激薬,オピオイドの回避
αアドレナリン遮断薬(例,テラゾシン,ドキサゾシン,タムスロシン,アルフゾシン,シロドシン),5α還元酵素阻害薬(フィナステリド,デュタステリド),また特に勃起障害を併発している場合はホスホジエステラーゼ5阻害薬タダラフィルの使用
経尿道的前立腺切除術または代替手技
尿閉
有意な尿閉は直ちに減圧処置を要する。標準尿道カテーテルの導入を最初に試み,標準カテーテルが導入できない場合は,チップ付きのチーマンカテーテルが効果的な場合がある。このカテーテルが通過しない場合は,軟性膀胱鏡または糸状ブジーおよび後続物の挿入(ガイドおよび拡張器で徐々に尿道を開く)による手技が必要になることがある。(本手技は通常は泌尿器科医が施行すべきである。)経尿道的アプローチが無効である場合には,恥骨上経皮的膀胱減圧術が用いられることがある。
薬物療法
煩わしい症状を伴う部分閉塞に対しては,全ての抗コリン薬および交感神経刺激薬(多くはOTC医薬品として入手可能),ならびにオピオイドは中止すべきで,感染症はいずれも抗菌薬で治療すべきである。
軽度から中等度の閉塞症状を呈する患者では,αアドレナリン遮断薬(例,テラゾシン,ドキサゾシン,タムスロシン,アルフゾシン)により排尿問題が軽減する可能性がある。5α還元酵素阻害薬(フィナステリド,デュタステリド)は,前立腺の大きさを縮小し,排尿問題を数カ月にわたり改善する可能性があり,特に前立腺が大きい患者(30mL超)でその可能性がある。両クラスの薬剤の併用は単剤療法より優れている。勃起障害を併発した男性では,タダラフィルの連日投与が両病態を軽減する上で有用となることがある。多くのOTC医薬品の補完代替薬が前立腺肥大症の治療用として宣伝されているが,徹底的に研究されたノコギリヤシも含めて,これまでにプラセボと比較して効力があることが示されたものはない。
手術
患者が薬物療法に反応しないか,再発性尿路感染症,尿路結石,重度の膀胱機能障害,上部尿路拡張などの合併症を発症する場合は,手術を施行する。経尿道的前立腺切除術(TURP)が標準手技である(1)。勃起機能および尿禁制は通常は維持されるが,約5~10%の患者では術後に何らかの問題が発生し,そのうち最も頻度が高いのは逆行性射精である。TURP後の勃起障害の発生率は1~35%,尿失禁の発生率は約1~3%である。しかしながら,生理食塩水での灌流を可能にするバイポーラレゼクトスコープの使用などの技術的進歩により,溶血および低ナトリウム血症が回避されることで,TURPの安全性は大幅に改善されている。
TURPを受ける男性の約10%では,前立腺が持続的に増大するため,10年以内に再手術が必要となる。TURPの代替として,様々なレーザー焼灼手技が用いられている。大きな前立腺(通常は75g以上)には,従来から恥骨上または恥骨後式アプローチによる開腹手術が必要であるが,ホルミウムレーザー前立腺核出術(holmium laser enucleation of the prostate:HoLEP)などの新しい手技の中には,経尿道的に施行できるものもある。いずれの外科的手法にも,術後1~7日間にわたるカテーテルドレナージが必要である。
その他の手技
TURPの代替法としては,マイクロ波高温度療法,電気蒸散術,様々なレーザー療法,高密度焦点式超音波療法,経尿道的ニードルアブレーション,ラジオ波蒸散術,高圧熱水注入療法(pressurized heated water injection therapy),尿道吊り上げ術(urethral lift),steam injection therapy,尿道内ステントなどがある。これらの手技を選択すべき条件はまだ十分に確立されていないが,診察室で施行できる手技(マイクロ波高温度療法とラジオ波療法)が頻用されるようになってきており,これらは全身麻酔も区域麻酔も必要ない。これらの治療が前立腺肥大症の自然経過を変化させる長期的な効果については,現在研究中である。
治療に関する参考文献
1.Parsons JK, Barry MJ, Dahm P, et al: Benign prostatic hyperplasia: Surgical management of benign prostatic hyperplasia/lower urinary tract symptoms (2018, amended 2019, 2020).American Urological Association.
前立腺肥大症の要点
前立腺肥大症は加齢に伴って極めてよくみられるようになるが,症状を伴うことはあまり多くない。
急性尿閉は,寒冷への曝露,長期にわたる排尿の我慢,不動状態,または麻酔薬,抗コリン薬,交感神経刺激薬,オピオイド,またはアルコールの使用により発生する可能性がある。
患者を直腸指診,および通常は尿検査,尿培養,PSA値で評価する。
前立腺肥大症患者では,抗コリン薬,交感神経刺激薬,およびオピオイドの使用を避ける。
煩わしい閉塞症状には,軽減するためのαアドレナリン遮断薬(例,テラゾシン,ドキサゾシン,タムスロシン,アルフゾシン),5α還元酵素阻害薬(フィナステリド,デュタステリド),またはタダラフィル(特に勃起障害を併発している場合)の投与を考慮する。
前立腺肥大症が合併症(例,再発性結石,膀胱機能障害,上部尿路拡張)を引き起こしているか,煩わしい症状が薬物療法で解消されない場合は,TURPまたはその他のレーザー焼灼手技を考慮する。