神経線維腫症は、特定の遺伝子の突然変異によって引き起こされます。
皮膚の下にできる腫瘍とカフェオレ斑に加え、骨の異常、協調運動障害、脱力、感覚異常、聴覚障害、視覚障害がみられることもあります。
医師は身体診察を行い、腫瘤や腫瘍を調べるために、頭部の画像検査を行うこともあります。
この病気を根治させる治療法はありませんが、腫瘍は手術で切除することができるほか、悪性の場合は放射線療法や化学療法で治療する場合もあります。
神経線維腫症は神経皮膚症候群の1つです。神経皮膚症候群は神経系(脳、脊髄、末梢神経)と皮膚が侵される病気です。
神経線維腫は、シュワン細胞(末梢神経線維の周りを覆う細胞)や 末梢神経 末梢神経系の概要 末梢神経系とは、中枢神経系以外の神経系、すなわち脳と脊髄以外の神経のことを指します。 末梢神経系には以下のものが含まれます。 脳と頭部、顔面、眼、鼻、筋肉、耳をつなぐ神経( 脳神経) 脊髄と体の他の部位をつなぐ神経(31対の脊髄神経を含む) 体中に分布している1000億個以上の神経細胞 さらに読む (脳と脊髄以外の神経)を支持するその他の細胞が増殖した良性の腫瘍で、肌色をしています。
神経細胞の典型的な構造
神経細胞(ニューロン)は、大きな細胞本体と複数の神経線維でできていて、神経線維としては、信号を送るための長くのびた1本の突起(軸索)と、信号を受け取るための多数の枝(樹状突起)があります。軸索から送られて来た信号は、シナプス(2つの神経細胞同士の接合部のこと)を通過して別の細胞の樹状突起に伝わります。 大きな軸索は、脳と脊髄では乏突起膠細胞に、末梢神経系ではシュワン細胞にそれぞれ包まれています。これらの細胞の膜はミエリンと呼ばれる脂肪(リポタンパク質)でできていて、この膜が軸索に何層にもしっかりと巻きついて、髄鞘と呼ばれる構造物を作っています。髄鞘は、ちょうど電気ケーブルを包んでいる絶縁体のようなものです。髄鞘がある神経では、髄鞘がない神経より神経信号がずっと速く伝わります。 |
神経線維腫は皮膚の下の小さなかたまりのように感じられ、通常は思春期を過ぎてから現れます。
神経線維腫症の種類
神経線維腫症には3つの種類(病型)があります。
神経線維腫症1型(別名NF1またはフォン・レックリングハウゼン病)は、約2500~3000人に1人の割合で発生します。 神経線維腫は末梢神経(例えば、皮膚の下や皮膚の内側にある神経や、脊髄のすぐ外側にある神経など)に沿って生じます。ときに、脳と眼をつないでいる神経(視神経)に腫瘍ができることもあります。骨と軟部組織(筋肉など)に異常がみられることもあります。
神経線維腫症2型(別名NF2)は、約35,000人に1人の割合で発生します。聴神経(内耳と脳をつなぐ神経)に 聴神経腫瘍 前庭神経鞘腫 前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍とも呼ばれます)は、前庭神経を包んでいる細胞(シュワン細胞)から発生する、がんではない(良性の)腫瘍です。 この腫瘍は内耳神経(第8 脳神経)の分枝の1つである前庭(平衡感覚)神経から発生します。もう1つの分枝の内耳神経(聴神経)は、音の信号を脳に送ります。腫瘍が増殖し聴神経を圧迫するにつれて起こる初期症状としては... さらに読む と呼ばれる腫瘍ができるほか、ときに脳や髄膜(脳と脊髄を覆っている組織)に腫瘍ができることもあります。髄膜の腫瘍は髄膜腫と呼ばれます。それらは悪性ではありません。
神経鞘腫症は、他の2つよりまれな病型です。神経鞘腫は主にシュワン細胞で構成される腫瘍です。この腫瘍は脊髄神経、脳神経、および末梢神経の周囲に発生しますが、聴神経腫瘍は発生しません。
神経線維腫症の原因
神経線維腫症の人の約半数は、親からの遺伝により発症します。神経線維腫症の発症に必要な遺伝子は1つだけで、片方の親から受け継ぐだけで発症するため(優性遺伝 単一遺伝子疾患の遺伝 遺伝子とは、DNA(デオキシリボ核酸)のうち、細胞の種類に応じて機能する特定のタンパク質の設計情報が記録された領域のことです。 染色体は非常に長いDNA鎖からできており、そこには多く(数百~数千)の 遺伝子があります。特定の細胞(例えば、精子と卵子)を除き、人間の正常な細胞には23対の染色体があります。22対の常染色体と1対の性染色体があ... さらに読む )、父親と母親のどちらかが罹患している場合、その子どもに神経線維腫症が遺伝する可能性は50%になります。神経線維腫症に関与する遺伝子は、そのほとんどが特定されています。
これ以外の人は、遺伝子変異が(遺伝したものではなく)自然に起きた結果として神経線維腫症を発症します。このため、このような人々には神経線維腫症の家族歴がありません。
遺伝であれ自然発生的であれ、様々な種類の変異がありえます。この病気の重症度は、変異の種類によって異なります。
神経線維腫症の症状
神経線維腫症1型
神経線維腫症1型の症状は、特徴的なカフェオレ斑と皮膚の下にできるしこり(神経線維腫)のみであるのが通常です。それらの斑やしこりは、本人が気づいていない場合もあります。しかし、神経線維腫によって神経が圧迫されると、しこりの周辺でピリピリ感や脱力が起きているのに気づくようになります。
カフェオレ斑は全患児の約90%にみられます。カフェオレに似た淡い褐色をしていて、胸部、背中、腰、殿部の皮膚と肘や膝の内側部分にみられます。この平坦な斑は一般的に、出生時にすでに存在しているか、乳児期に現れます。神経線維腫症でない小児にも2~3個のカフェオレ斑がみられることがありますが、神経線維腫症1型の小児には6つ以上のカフェオレ斑がみられます。
皮膚の中にできる神経線維腫がよくみられます。10~15歳で様々な大きさと形の神経線維腫が現れ始めることがあります。このような腫瘍は10個未満のこともあれば、数千個に及ぶこともあります。それらは通常、他の症状を引き起こしません。
皮膚の下にできる神経線維腫によって構造的な異常が生じることがあり、例えば、脊椎の異常な弯曲(脊柱後側弯症)、肋骨の変形、腕や脚の長管骨の伸張、脚の骨や頭蓋骨の骨欠損などが起こります。眼球周囲の骨が侵されると、両眼が突出します。皮膚の下にできる神経線維腫は、 脳神経 脳神経の概要 脳神経は12対の神経で構成され、脳から直接出て頭部、頸部、体幹の様々な部位へと伸びています。脳神経には、特殊な感覚(視覚、聴覚、味覚など)を担うものと、顔の筋肉を制御したり腺を調節したりするものがあります。脳神経は、それぞれの位置に応じて、脳の前から後ろに向かって番号と名前が付けられています。... さらに読む (脳から出て頭部、頸部、体幹の様々な部位に伸びている神経)にも影響を及ぼす可能性があります。
神経の中にできる神経線維腫は、全身のあらゆる神経に影響を及ぼす可能性がありますが、脊髄神経根(脊髄から脊椎を通って出てきた脊髄神経の一部)でよくみられます。この部位にできたものの多くは、症状をほとんど引き起こしません。しかし、腫瘍が脊髄を圧迫すると、圧迫されている脊髄の部位に応じて、体の様々な部分で麻痺や感覚障害が生じます。神経線維腫が末梢神経を圧迫すると、神経が正常に機能しなくなり、痛みやピリピリ感、しびれ、脱力が生じることがあります。腫瘍によって頭部の神経が侵された場合は、失明、めまい、協調運動障害、または脱力が起こります。
その他の異常が起きることもあり、具体的には以下のものがあります。
視神経の腫瘍(視神経膠腫と呼ばれる)
虹彩小結節(虹彩[眼の色が付いた部分]にできる良性腫瘍)
やや大きな頭部
悪性腫瘍(ときに脳の中や末梢神経の周囲)
視神経膠腫は何の症状も引き起こさない場合もありますが、視神経を圧迫するほど大きくなって、視覚障害、さらには失明につながる場合もあります。この種の腫瘍は、5歳になるまでに特定されるのが通常ですが、まれに10歳以降で発生します。
通常、神経線維腫症の進行は緩徐です。神経線維腫の数が増えるにつれて、現れる神経症状も増える可能性があります。
神経線維腫症2型
神経線維腫症2型では、 聴神経腫瘍 前庭神経鞘腫 前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍とも呼ばれます)は、前庭神経を包んでいる細胞(シュワン細胞)から発生する、がんではない(良性の)腫瘍です。 この腫瘍は内耳神経(第8 脳神経)の分枝の1つである前庭(平衡感覚)神経から発生します。もう1つの分枝の内耳神経(聴神経)は、音の信号を脳に送ります。腫瘍が増殖し聴神経を圧迫するにつれて起こる初期症状としては... さらに読む が片方または両方の聴神経に発生します。腫瘍が神経を圧迫することで、 難聴 難聴 世界中で約5億人(世界人口のほぼ8%)が難聴を抱えています。米国では、人口の15%以上に日常のコミュニケーションに影響を及ぼすある程度の難聴があり、最も一般的な感覚障害となっています。発生率は年齢とともに上昇します。永続的な難聴がある18歳以下の小児は2%未満ですが、 乳児期と幼児期の難聴は、言語と社会性の発達に支障をきたすことがあります... さらに読む 、 耳鳴り 耳鳴り 耳鳴り(耳鳴[じめい])とは、周囲の音ではなく、耳の中で発生している雑音です。耳鳴りは症状であり、特定の病気ではありません。非常によくみられ、程度の差はありますが、10~15%の人が経験します。 耳鳴りの人に聞こえる雑音には、ジー、キーン、ザー、ヒュー、シューなどがあり、 難聴を伴うことがよくあります。その都度異なることがある複雑な音が聞... さらに読む 、ふらつき、めまいのほか、ときに頭痛や顔面の一部の筋力低下が現れます。症状が最初に現れるのは、小児期または成人期早期です。
神経膠腫や髄膜腫(神経系の腫瘍の概要 神経系の腫瘍の概要 腫瘍とは、それががんであるか(悪性)がんではないか(良性)にかかわらず、組織が異常に増殖する病変です。良性の腫瘍は、体の多くの部位では、ほとんど問題を引き起こさないのが通常ですが、脳または脊髄の腫瘍( 脳腫瘍または 脊髄腫瘍)が大きくなると、脳と脊髄を含む構造物(頭蓋骨と脊椎)はその分膨張できないため、大きな損傷をもたらす可能性があります... さらに読む )といった他の種類の腫瘍がみられることもあり、早期に白内障になる患者もいます。
神経鞘腫症
神経鞘腫症では、神経鞘腫と呼ばれる良性腫瘍が、聴神経を除く全身のほぼあらゆる神経に発生する可能性があります。多数の神経鞘腫がみられる場合もあれば、数個しかみられない場合もあります。
神経鞘腫症の最初の症状は痛みであるのが通常で、全身のあらゆる部位で起きる可能性があり、慢性かつ重度の痛みになる場合もあります。人によっては、手足の指にしびれ、ピリピリ感、または脱力がみられます。神経鞘腫ができた部位に応じて、ほかの症状が現れる場合もあります。症状は頭部、脊椎、または体幹にある神経が神経鞘腫により圧迫されることで発生します。
神経線維腫症の診断
医師による評価
MRIまたはCT検査
神経線維腫症はほとんどの場合、通常の診察を受けた際、整容上の問題のために医師の診察を受けた際、または神経線維腫症の家族歴があるために評価が必要になった際に特定されます。
3つの病型の神経線維腫症の診断は、カフェオレ斑や皮膚の下または神経の周囲のしこりなど、診察中に認められた所見に基づいて下されます。
神経症状がみられる場合は、通常は MRI検査 MRI検査 MRI検査は、強い磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強い磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一... さらに読む または CT検査 CT検査 CT検査(以前はCAT検査とよばれていました)では、X線源とX線検出器が患者の周りを回転します。最近の装置では、X線検出器は4~64列あるいはそれ以上配置されていて、それらが体を通過したX線を記録します。検出器によって記録されたデータは、患者の全周の様々な角度からX線により計測されたものであり、直接見ることはできませんが、検出器からコンピ... さらに読む を行って、頭部や脊髄周辺に腫瘍がないかを確認します。
遺伝子検査を行うことは通常ありませんが、神経線維腫症1型の親で遺伝子変異が特定された場合には、その子どもに同じ遺伝子変異がないか調べる検査を行うことがあります。
神経線維腫症の治療
症状を引き起こしている神経線維腫には、ときに手術、もしくはレーザーまたは電気焼灼による腫瘍の除去
悪性腫瘍には、化学療法
神経線維腫症の進行を止められる治療法や、この病気を根治させる治療法はありません。
通常は、重度の症状を引き起こしている神経線維腫を個別に手術で切除できるほか、小さいものはレーザーや電流(電気焼灼術)で除去することができます。ときに神経線維腫を切除するのに、近くの神経ごと切除しなければならないこともあります。
悪性腫瘍が発生した場合は、化学療法を行います。
神経線維腫症は遺伝するため、神経線維腫症の人が子どもをもつことを考える際には、 遺伝カウンセリング 遺伝性疾患の概要 遺伝性疾患は1つ以上の 遺伝子または染色体の異常が原因で起こる病気です。遺伝性疾患には遺伝するものと、自然に発生するものがあります。 遺伝性疾患のうち遺伝するものは、次の世代へ受け継がれます。 自然発生的な遺伝性疾患は次の世代へ受け継がれるものではありませんが、父親の精子や母親の卵子の細胞、発育中の胚の細胞に含まれる遺伝物質が偶然に損傷を... さらに読む を受けることが推奨されます。神経線維腫症の人の子どもがこの病気になる可能性は50%です。生まれてきた子どものうち神経線維腫症の子どもが1人いても、両親とも神経線維腫症でない場合には、次に生まれてくる子どもが神経線維腫症になるリスクはごくわずかです。