アミノグリコシド系薬剤(アミノグリコシド系薬剤 アミノグリコシド系 の表を参照)は, 濃度依存的な 理論上の抗菌薬を単回投与としたときの時間と濃度の関係 殺菌作用を示す。これらの 抗菌薬 抗菌薬の概要 抗菌薬には,細菌または真菌に由来するものと,人工的に合成されるものがある。厳密には,「抗生物質(antibiotics)」は細菌または真菌に由来する抗微生物薬のみを指す用語であるが,しばしば(本マニュアルも含めて)「抗菌薬(antibacterial drug)」の同義語として使用される。 ( 新生児における抗菌薬も参照のこと。) 抗菌薬には以下をはじめとする数多くの作用機序がある:... さらに読む は,細菌の30Sリボソームに結合することによって,細菌のタンパク質合成を阻害する。 スペクチノマイシン スペクチノマイシン スペクチノマイシンは静菌性 抗菌薬であり, アミノグリコシド系薬剤と化学的に近縁である。スペクチノマイシンは細菌のリボソーム30Sサブユニットに結合することによってタンパク質合成を阻害する。活性を示す対象は淋菌に限定される。スペクチノマイシンは糸球体濾過により排泄される。 適応としては以下のものがある: 淋菌性尿道炎 子宮頸管炎 直腸炎 さらに読む は静菌性抗菌薬であり,アミノグリコシド系薬剤と化学的に近縁である。
薬物動態
アミノグリコシド系薬剤は経口投与では吸収されにくいが,腹膜,胸腔,関節,および剥離した皮膚からはよく吸収される。
アミノグリコシド系薬剤は通常,静注で投与するが,静脈路が確保できない場合は筋注で投与してもよい。アミノグリコシド系薬剤の細胞外液への分布は良好であるが,硝子体液,髄液,気道分泌物,胆汁(特に胆道閉塞がある場合)は例外である。眼内炎の治療には硝子体内への注射が必要である。髄膜炎の治療では,脳室内で十分な髄液中濃度を得るために,しばしば脳室内注射が必要となる。
アミノグリコシド系薬剤は糸球体濾過により排泄され,血清中半減期は2~3時間であるが,糸球体濾過量の低下(例,腎機能不全,高齢)とともに指数関数的に延長する。
アミノグリコシド系薬剤の適応
アミノグリコシド系薬剤は以下に対して使用される:
重篤な グラム陰性桿菌感染症 グラム陰性桿菌に関する序論 グラム陰性桿菌は数多くの感染症の原因となる。一部は共生微生物で腸内常在菌叢中に存在する。これらの共生微生物に加えて,動物または環境病原巣に存在する他の微生物が疾患を引き起こす場合もある。 尿路感染症, 下痢, 腹膜炎,および 血流感染症は,一般的にグラム陰性桿菌によって引き起こされる。... さらに読む (特に 緑膿菌 シュードモナス(Pseudomonas)および関連感染症 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)とこの群のグラム陰性桿菌に属する他の菌種は日和見病原体であり,しばしば院内感染を引き起こす(特に人工呼吸器使用患者,熱傷患者,および好中球減少症または慢性衰弱のある患者において)。多くの部位に感染が起こり,通常は重症である。診断は培養による。抗菌薬の選択は起因菌により様々で,耐性がよくみられるため,感受性試験の結果に基づいて選択しなければならない。... さらに読む [Pseudomonas aeruginosa]によるもの)
アミノグリコシド系薬剤は,ほとんどの好気性および通性嫌気性グラム陰性桿菌に対して活性を示すが,嫌気性菌とほとんどのグラム陽性細菌(大半の ブドウ球菌 ブドウ球菌感染症 ブドウ球菌はグラム陽性好気性細菌である。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は最も病原性が強く,典型的には皮膚感染症を引き起こすほか,ときに肺炎,心内膜炎,骨髄炎を引き起こすこともある。一般的には膿瘍形成につながる。一部の菌株は,胃腸炎,熱傷様皮膚症候群,および毒素性ショック症候群を引き起こす毒素を産生する。診断はグラム染色と培養による。治療には通常,ペニシリナーゼ抵抗性β-ラクタム系薬剤を使用する... さらに読む を除く)には活性を示さず,一部のグラム陰性桿菌およびブドウ球菌は耐性を示す。
緑膿菌(P. aeruginosa)に活性を示すアミノグリコシド系薬剤には,トブラマイシン(特に),ゲンタマイシン,アミカシンなどがある。ストレプトマイシン,フラジオマイシン,およびカナマイシンは緑膿菌(P. aeruginosa)には無効である。ゲンタマイシンとトブラマイシンは,グラム陰性桿菌に対して同様の抗菌スペクトルを示すが,緑膿菌(P. aeruginosa)に対する活性はトブラマイシンの方が高く,セラチア菌(Serratia marcescens)に対する活性はゲンタマイシンの方が高い。アミカシンは,ゲンタマイシンおよびトブラマイシンに耐性を示す病原体に対してしばしば活性を示す。
ペスト ペストおよびその他のエルシニア(Yersinia)感染症 ペストはグラム陰性細菌であるペスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされる。症状は重症肺炎または巨大なリンパ節腫脹であり,高熱を伴い,しばしば敗血症へと進行する。診断は疫学的および臨床的に行い,培養および血清学的検査により確定する。治療はストレプトマイシンまたはゲンタマイシンにより行い,代替薬はフルオロキノロン系薬剤またはドキシサイクリンである。... さらに読む や 野兎病 野兎病 野兎病は,グラム陰性細菌である野兎病菌(Francisella tularensis)により引き起こされる熱性疾患で, 腸チフスに類似することがある。症状は初期の限局性潰瘍性病変,所属リンパ節腫脹,著明な全身症状,ときに非定型肺炎である。診断は主として疫学的および臨床的に行い,血清学的検査によって裏付けを得る。治療はストレプトマイシン,ゲンタマイシン,クロラムフェニコール,シプロフロキサシン,またはドキシサイクリンによる。... さらに読む に使用する場合を除き,アミノグリコシド系薬剤を単独で使用することはまれである。通常は,起因菌としてグラム陰性桿菌が疑われる重症感染症に対して広域スペクトルのβ-ラクタム系薬剤との併用で使用される。しかしながら,アミノグリコシド耐性菌が増加していることから,治療開始時の経験的投与ではアミノグリコシド系薬剤の代わりにフルオロキノロン系薬剤を使用できる。起因菌が併用している抗菌薬に感性であることが判明した場合には,アミノグリコシド感受性の緑膿菌(P. aeruginosa)が同定されない限り,2~3日後にアミノグリコシド系薬剤を中止することができる。
ゲンタマイシンまたは(やや頻度は低いが)ストレプトマイシンは,レンサ球菌または腸球菌による 心内膜炎 感染性心内膜炎 感染性心内膜炎は,心内膜の感染症であり,通常は細菌(一般的にはレンサ球菌またはブドウ球菌)または真菌による。発熱,心雑音,点状出血,貧血,塞栓現象,および心内膜の疣贅を引き起こすことがある。疣贅の発生は,弁の閉鎖不全または閉塞,心筋膿瘍,感染性動脈瘤につながる可能性がある。診断には血液中の微生物の証明と通常は心エコー検査が必要である。治療... さらに読む の治療として他の抗菌薬と併用されることがある。アミノグリコシド系薬剤に対する腸球菌の耐性がよくみられる問題になっている。腸球菌による心内膜炎の治療には,腎毒性および聴器毒性の可能性があるアミノグリコシド系薬剤と細胞壁合成阻害薬(例,ペニシリン,バンコマイシン)を長期投与することで相乗的な殺菌作用を得る必要があることから,アミノグリコシド系薬剤の選択は,それ専用のin vitro感受性試験の結果に基づくべきである。In vitroで高濃度のアミノグリコシド系薬剤でのみ感受性が認められる場合には,低用量のアミノグリコシド系薬剤を細胞壁合成阻害薬と併用することで相乗効果が得られると予測される。菌株が高濃度のゲンタマイシンおよびストレプトマイシンに感受性を示す場合は,血清中濃度を容易に決定でき,毒性が少ないことから,ゲンタマイシンの方が望ましい。In vitroで腸球菌がゲンタマイシンに対して高度の耐性を示したとしても,それらの菌株が高濃度のストレプトマイシンに感受性を示す可能性が否定されるわけではなく,そのような場合,その菌株が高濃度のストレプトマイシンに感受性を示すのであれば,ストレプトマイシンを使用すべきである。
高濃度のゲンタマイシンおよびストレプトマイシンに耐性を示す腸球菌による心内膜炎には,利用できる治療選択肢はほとんどなく,そのような菌株による心内膜炎に対して細胞壁合成阻害薬とアミノグリコシド系薬剤の併用は相乗効果を示さないが,最近になって,細胞壁合成阻害薬であるアンピシリンとセフトリアキソンの併用が効果的で,かつ腎毒性のリスクを最小限に抑えられることが示された。Enterococcus faecalisによる心内膜炎に対して,多くの臨床医がアンピシリン + ゲンタマイシンの代わりにアンピシリン + セフトリアキソンを使用するようになっており,効力は同程度であるが,毒性が少ないことから,アミノグリコシド耐性のない菌株にも使用される。
ストレプトマイシンは,耐性および毒性のために用途が限られている。 野兎病 野兎病 野兎病は,グラム陰性細菌である野兎病菌(Francisella tularensis)により引き起こされる熱性疾患で, 腸チフスに類似することがある。症状は初期の限局性潰瘍性病変,所属リンパ節腫脹,著明な全身症状,ときに非定型肺炎である。診断は主として疫学的および臨床的に行い,血清学的検査によって裏付けを得る。治療はストレプトマイシン,ゲンタマイシン,クロラムフェニコール,シプロフロキサシン,またはドキシサイクリンによる。... さらに読む および ペスト ペストおよびその他のエルシニア(Yersinia)感染症 ペストはグラム陰性細菌であるペスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされる。症状は重症肺炎または巨大なリンパ節腫脹であり,高熱を伴い,しばしば敗血症へと進行する。診断は疫学的および臨床的に行い,培養および血清学的検査により確定する。治療はストレプトマイシンまたはゲンタマイシンにより行い,代替薬はフルオロキノロン系薬剤またはドキシサイクリンである。... さらに読む の治療のほか,他の抗菌薬との併用で 結核 結核 結核は,しばしば初感染から一定期間の潜伏期を経て発症する慢性進行性の抗酸菌感染症である。結核は肺を侵すことが最も多い。症状としては,湿性咳嗽,発熱,体重減少,倦怠感などがある。診断は喀痰の塗抹および培養によることが最も多いが,分子生物学に基づく迅速診断検査の利用も増えてきている。治療では複数の抗菌薬を少なくとも6カ月間投与する。... さらに読む の治療に使用される。
フラジオマイシンとカナマイシンは,その毒性のため,少量での外用に限られる。フラジオマイシンは点眼剤,点耳剤,経口剤,および座剤があるほか,膀胱洗浄にも使用できる。フラジオマイシンの経口剤は,術前の腸管前処置や肝性昏睡の治療を目的に腸内細菌叢に対して局所的に使用される。
アミノグリコシド系薬剤の禁忌
アミノグリコシド系薬剤は,同クラスの薬剤に対するアレルギーがある患者では禁忌である。
妊娠中および授乳中の使用
アミノグリコシド系薬剤には,胎児へのリスク(例,聴覚毒性)を示すエビデンスがあるが,臨床的なベネフィットがリスクを上回る可能性がある。妊娠中にアミノグリコシド系薬剤が使用される場合,またはアミノグリコシド系薬剤の使用中に患者が妊娠した場合は,胎児に危害が及ぶ可能性を患者に伝えておくべきである。
アミノグリコシド系薬剤は母乳中に移行するが,経口投与では吸収されにくい。したがって,授乳期間中も使用可能と考えられる。
アミノグリコシド系薬剤の有害作用
全てのアミノグリコシド系薬剤は以下を引き起こす:
腎毒性(しばしば可逆的)
前庭および聴覚毒性(しばしば不可逆的)
神経筋遮断薬の作用の遷延
前庭障害の症状および徴候は回転性めまいと運動失調である。
腎,前庭,および聴覚毒性の危険因子としては以下のものがある:
頻回または非常に高用量での投与
非常に高い血中薬物濃度
長い治療期間(特に3日を超える場合)
高齢
既存の腎疾患
バンコマイシン,シクロスポリン,またはアムホテリシンB,ヨード造影剤,またはその他の腎毒性物質の同時投与
聴覚毒性については,遺伝的素因,既存の聴覚障害,およびループ利尿薬の同時投与
高用量の長期投与では,典型的には腎毒性の懸念が高まるが,低用量の短期投与であっても腎機能を悪化させる可能性がある。
2週間を超えてアミノグリコシド系薬剤を使用している患者と前庭および聴覚毒性のリスクがある患者には,定期的な聴力検査によるモニタリングを行うべきである。毒性の徴候が最初に出現した時点で,問題の薬剤を中止(可能であれば)するか,用量を調節するべきである。
アミノグリコシド系薬剤は,神経筋遮断薬(例,スキサメトニウム,クラーレ様薬物)の作用時間を延長させ,神経筋伝達を障害する疾患(例,重症筋無力症)では筋力低下を悪化させる。これらの作用は,あまりに急速に投与した場合や血清中濃度が過度に上昇した場合に起こる可能性が特に高い。これらの作用はときに,ネオスチグミンの投与またはカルシウムの静注によって解消を早めることができる。その他の神経学的影響としては,錯感覚や末梢神経障害などがある。
過敏反応は,フラジオマイシンの外用薬による接触皮膚炎を除けば,まれである。フラジオマイシンの大量経口投与は吸収不良を引き起こす可能性がある。
アミノグリコシド系薬剤の投与に関する留意事項
毒性はピーク濃度よりも治療濃度の持続時間に依存し,効力は時間依存的ではなく 濃度依存 理論上の抗菌薬を単回投与としたときの時間と濃度の関係 的であるため,頻回の投与は避ける。腸球菌による心内膜炎を除き,ほとんどの適応では,1日1回の静脈内投与が望ましい。アミノグリコシド系薬剤の静脈内投与はゆっくり行う(1日量を分割して1回30分かけるか,1日1回の投与で30~45分かける)。
腎機能が正常な患者では,以下の通り1日1回の投与を行う:
ゲンタマイシンまたはトブラマイシン:5mg/kg(患者が重症[critically ill]の場合は7mg/kg),24時間毎
アミカシン:15mg/kg,24時間毎
患者がゲンタマイシン7mg/kgの用量に臨床的に反応しかつ腎機能が正常のまま推移した場合には,治療開始から数日後には1日1回用量を5mg/kgに減量できる。
重症例では,初回投与後に血清中ピーク濃度を測定すべきである。全ての患者において,2回目もしくは3回目の投与後(1日量を分割した場合)または治療日数が3日を超えたときのほか,用量変更後には,ピークおよびトラフ濃度を測定する。血清クレアチニン値を2~3日毎に測定し,その値が安定していれば,アミノグリコシド系薬剤の血清中濃度を再度測定する必要はない。ピーク濃度は,筋肉内注射から60分後,または30分間の点滴静注終了から30分後の濃度である。トラフ濃度は次回投与前の30分以内に測定する。
血清中ピーク濃度は,最低でも最小発育阻止濃度(MIC)の10倍以上が望ましい。用量を調節して,血清中ピーク濃度が確実に治療域に入り(濃度依存的な活性を促進するため),トラフ濃度が確実に毒性量を下回るようにする(成人におけるアミノグリコシド系薬剤の用量 成人におけるアミノグリコシド系薬剤の用量 の表を参照)。分布容積が拡大している可能性が高く,初期に高用量が投与される重症例においては,目標血清中ピーク濃度はゲンタマイシンおよびトブラマイシンで16~24μg/mL,アミカシンで56~64μg/mLである。ゲンタマイシンおよびトブラマイシンの初回投与後18~24時間でのトラフ濃度は,1日1回投与の場合は1μg/mL未満,1日用量を分割する場合は1~2μg/mLとするべきである。
腎機能不全がある患者の負荷量は,腎機能が正常な患者のそれと同じであり,減量ではなく,投与間隔を延長するのが通常である。維持量については,血清クレアチニン値またはクレアチニンクリアランス値に基づくガイドラインがあるが(成人におけるアミノグリコシド系薬剤の用量 成人におけるアミノグリコシド系薬剤の用量 の表を参照),その値は精度が高くなく,血中濃度を測定するのが望ましい。
高用量のβ-ラクタム系(例,ピペラシリン,チカルシリン)およびアミノグリコシド系薬剤が投与されている患者において,薬物濃度の測定用に採取された血清検体が迅速に検査または凍結されないと,血清中に高濃度で含まれるβ-ラクタム系薬により試験管内でアミノグリコシド系薬が不活化される可能性がある。また腎不全患者にアミノグリコシド系薬剤と高用量のβ-ラクタム系薬剤を同時に投与すると,体内で相互作用が生じる時間が通常より長くなるため,アミノグリコシド系薬剤の血清中濃度が低下することがある。