核酸法を用いる同定法(分子生物学的同定法)は臨床現場に広く普及しており,結果として可能になった迅速同定により,現在では特異的な抗菌薬療法を行うことができ,ときに不適切な薬剤を使用する経験的な長期管理を回避することが可能になっている。
核酸検出法では,微生物から抽出した特異的なDNAまたはRNA配列を検出する。配列をin vitroで増幅する場合と増幅しない場合がある。
核酸検出法は通常,特異的で感度が高く,あらゆる分類の微生物に利用できる。結果は迅速に得られる。典型的には1回の検査は1種類の微生物に特異的であることから,臨床医は診断の可能性を認識して,然るべき検査を依頼しなければならない。例えば,インフルエンザを示唆する症状がみられるものの,インフルエンザシーズンは終わっている場合には,他のウイルス(例,パラインフルエンザ,アデノウイルス)が原因である可能性があるため,特異的なインフルエンザ検査よりも,より範囲の広いウイルス診断検査(例,ウイルス培養)を施行する方がよい。
近年の進歩により,1回の核酸検査で複数の原因微生物を同定・鑑別できる複合検査法が開発された。複合検査法は通常,対象を1つに絞った定性的検査法より感度が低い。特異度も低い場合があり,患者の臨床像と一致しない予想外の陽性結果には注意を払うべきである。現在では,生物兵器に使用される病原体を対象とする複合検査法が利用可能になっている。
核酸検査は定性検査であるが,限られた数(現在も増えてはいる)の感染症(例, B型肝炎 B型肝炎,急性 B型肝炎は,しばしば血液感染するDNAウイルスによって引き起こされる。食欲不振,倦怠感,黄疸など,ウイルス性肝炎の典型症状がみられる。劇症肝炎や死に至ることがある。慢性肝炎は肝硬変および/または肝細胞癌につながる可能性がある。診断は血清学的検査による。治療は支持療法である。ワクチン接種で予防可能であり,曝露後もB型肝炎免疫グロブリンを使用することで発症を予防できるか,臨床症状を軽減することができる。... さらに読む , C型肝炎 C型肝炎,急性 C型肝炎は,しばしば血液感染するRNAウイルスによって引き起こされる。ときに食欲不振や倦怠感,黄疸などのウイルス性肝炎の典型症状を引き起こすが,無症状のこともある。まれに劇症肝炎や死に至る。約75%で慢性肝炎となり,肝硬変やまれに肝細胞癌に至ることもある。診断は血清学的検査による。治療は抗ウイルス薬による。利用可能なワクチンはない。 ( 肝炎の原因, 急性肝炎の概要,および C型慢性肝炎も参照のこと。)... さらに読む , HIV 診断 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れ... さらに読む , サイトメガロウイルス 診断 サイトメガロウイルス(CMV,ヒトヘルペスウイルス5型)は,重症度に大きな幅のある感染症を引き起こす。伝染性単核球症に類似するが重度の咽頭炎を欠いた症候群がよくみられる。HIV感染患者,臓器移植レシピエント,およびその他の易感染性患者において,網膜炎など重度の局所疾患が生じうる。新生児および易感染性患者では,重度の全身性疾患が発生することがある。臨床検査による診断は重症例において役に立ち,培養,血清学的検査,生検,抗原または核酸の検出な... さらに読む ,ヒトT細胞白血病ウイルス[ヒトTリンパ球向性ウイルス])に対しては定量的な方法があり,それらの方法は診断のほか,治療効果のモニタリングにも有用となりうる。
増幅を必要としない検査法
核酸配列を標的とするが増幅を必要としない方法は,微生物があらかじめ培養されている状況と検体中に微生物が高濃度で存在する場合(例,A群レンサ球菌[Streptococcus]による 咽頭炎 検査 咽頭痛は,咽頭後部の疼痛であり,嚥下に伴って生じる場合も,伴わずに生じる場合もある。疼痛は重度である場合がある;多くの患者が経口摂取を拒絶する。 咽頭痛は感染に起因する;最も一般的な原因は以下のものである: 扁桃咽頭炎 まれに,膿瘍または喉頭蓋炎を伴う;まれではあるが,これらは気道を障害する場合があるため,特に憂慮される。 扁桃咽頭炎は主にウイルス感染症である;細菌により引き起こされる症例は比較的少ない。 さらに読む , Chlamydia trachomatis クラミジア,マイコプラズマ,およびウレアプラズマによる粘膜感染症 非淋菌性STDとしての尿道炎,子宮頸管炎,直腸炎,および咽頭炎は,主にクラミジアが原因であるが,まれにマイコプラズマまたはUreaplasma属細菌によることもある。クラミジアは,卵管炎,精巣上体炎,肝周囲炎,新生児結膜炎,および乳児肺炎も引き起こすことがある。未治療のクラミジア卵管炎は慢性化し,引き起こす症状は最小限であるが,重篤な転帰を招く。診断は培養,抗原の免疫測定法,または核酸検査による。治療はアジスロマイシンの単... さらに読む または 淋菌 淋菌感染症 淋菌感染症は,淋菌(Neisseria gonorrhoeae)と呼ばれる細菌によって引き起こされる。典型的には,尿道,子宮頸部,直腸,咽頭の上皮,または結膜に感染し,刺激感または疼痛および膿性分泌物を生じさせる。皮膚および関節への播種はまれであるが,皮膚のただれ,発熱,および移動性の多関節炎または少関節型の化膿性関節炎を引き起こす。診断は鏡検,培養,または核酸増幅検査による。いくつかの経口または注射用抗菌薬が使用できるが... さらに読む による性器感染症)に限定されるのが通常である。
核酸増幅法
核酸増幅法は微量のDNAまたはRNAを補足して何度も複製する技術であり,培養を要することなく検体中の微量の微生物を検出することができる。この手法は特に,培養や他の方法による同定が困難である微生物(例,ウイルス,偏性細胞内寄生病原体,真菌,抗酸菌,その他の細菌)や,存在量の少ない微生物に有用である。
これらの検査では以下を行う:
標的の増幅(例,ポリメラーゼ連鎖反応[PCR],逆転写PCR[RT-PCR],SDA[strand displacement amplification]法,転写増幅法)
シグナルの増幅(例,branched DNA assay,ハイブリッドキャプチャー法)
プローブの増幅(例,リガーゼ連鎖反応法,cleavaseを用いるインベーダー法,サイクリンプローブ法)
増幅後の分析(例,増幅産物の配列決定,マイクロアレイ解析,リアルタイムPCRで行われる融解曲線解析)
分子生物学的検査を行う検査室に到着するまでの検体の採取と保存が適切になされることが重要である。増幅法はあまりに感度が高いため,検体や機器の微量の汚染によって容易に偽陽性が生じうる。
高感度にもかかわらず,ときに偽陰性となることもあり,患者に症状がみられる場合にも起こりうる(例, ウエストナイルウイルス感染症 ウエストナイルウイルス感染症 ウエストナイルウイルスは,現在米国における アルボウイルス脳炎の主因となっているフラビウイルスの一種である。ほとんどの患者は軽症または無症状である。約150人に1人の患者で中枢神経系を侵す重症感染症が起こる。診断は血清学的検査による。治療は支持療法であり,重症感染症に対しては綿密なモニタリングを行う。 ウエストナイルウイルスは1999年に米国で初めてニューヨーク市に出現した。現在では,隣接する48州全て(アラスカには存在しない),カナダ... さらに読む )。偽陰性は以下の対策で最小限に抑えることができる:
軸が木製または先端が綿のスワブは使用しない(増幅検査用として妥当性が確認されたスワブを使用しなければならない)
検体を迅速に輸送する
輸送時間が2時間を超える可能性が高い場合は,検体を凍結または冷蔵する
核酸増幅検査では凍結が一般的な保存方法である。ただし,不安定なウイルス(例,水痘帯状疱疹ウイルス,インフルエンザウイルス,HIV-2)が疑われる場合またはウイルス培養も行う予定がある場合(標準の培養には凍結検体を使用できないことがある)には,検体は冷凍ではなく冷蔵するべきである。