肥大型心筋症

執筆者:Tisha Suboc, MD, Rush University
レビュー/改訂 2021年 3月
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肥大型心筋症は,拡張機能障害を伴うが後負荷の増大(例,大動脈弁狭窄,大動脈縮窄,全身性高血圧などによるもの)を伴わない著明な心室肥大を特徴とする先天性または後天性の疾患である。症状としては,呼吸困難,胸痛,失神などがあり,突然死を来すこともある。閉塞性肥大型心筋症では,典型的には収縮期雑音が聴取され,バルサルバ手技により増強する。診断は心エコー検査または心臓MRIによる。治療は,β遮断薬,ベラパミル,ジソピラミドのほか,ときに流出路閉塞の薬剤での緩和または外科的な解除による。

心筋症は心筋の原発性疾患である(心筋症の概要も参照。)

肥大型心筋症は若年アスリートにおける突然死の一般的な原因の1つである。原因不明の失神を引き起こすことがあり,剖検で初めて診断される場合もある。

肥大型心筋症の病因

肥大型心筋症のほとんどの症例は遺伝性である。常染色体優性の突然変異が少なくとも1500以上同定されており,自然突然変異も生じる可能性がある。少なくとも500人当たり1人の頻度でみられ,表現型は非常に多彩である。

まれに,後天性の肥大型心筋症がある。先端巨大症褐色細胞腫,および神経線維腫症の患者で発生することがある。

肥大型心筋症の病態生理

心筋には細胞および筋原線維の錯綜配列を伴う異常が認められるが,この所見は肥大型心筋症に特異的なものではない。

最も頻度の高い病型では,大動脈弁下の前中隔とそれに連続する前自由壁が著明に肥大・肥厚し,左室後壁の肥大はほとんどないか全くみられない。ときに孤立性の心尖部肥大がみられるが,実質的には左室肥大のあらゆる非対称パターンが観察される可能性があり,ごく少数の患者では対称性肥大すら認められる。

約3分の2の患者で安静時または運動中に閉塞性の生理がみられる。閉塞は,僧帽弁の収縮期前方運動(SAM)によって,収縮期に左室流出に対する機械的インピーダンスが生じることで発生する。その過程(SAM)では,速い血流速度によるVenturi効果によって僧帽弁とその弁機構が左室流出路に引き寄せられ,その結果として血流の閉塞が生じ,心拍出量が減少する。僧帽弁のSAMにより弁尖運動に歪みが生じる結果,僧帽弁逆流も発生する可能性がある。この閉塞と弁逆流が心不全に関連した症状の発生につながる。比較的頻度は低いが,心室中部の肥大から乳頭筋レベルに心腔内圧較差が生じることがある。

収縮性は全般的には正常であり,そのため駆出率は正常である。その後,心室の容量が小さく,心拍出量を維持するためにほぼ完全な排出が起きるようになるため,駆出率は上昇する。

肥大の結果,心腔(通常は左室)が硬くなってコンプライアンスが低下し,拡張期充満に抵抗するようになるため,拡張末期圧が上昇し,それにより肺静脈圧も上昇する。充満抵抗が増大するとともに心拍出量は低下していき,この作用は流出路圧較差が存在することで悪化する。頻拍が生じると充満時間が短縮するため,症状は主に労作時や頻拍性不整脈の発生中に現れる傾向がある。(駆出率が保持された心不全も参照のこと。)

冠血流が障害されることもあり,心外膜冠動脈疾患(CAD)がない状態で狭心症失神,または不整脈が発生する。筋細胞の大きさに対して毛細血管密度が不十分(毛細血管/筋細胞不均衡)であるため,または心筋内冠動脈の内膜および中膜の過形成や肥大による狭小化のため,血流が障害されることがある。肥大と負荷条件の悪化により酸素需要が増加するため,酸素需給のミスマッチが生じることもある。

一部の症例では,おそらく毛細血管/筋細胞不均衡によりびまん性の慢性虚血が引き起こされるため,心筋細胞は徐々に壊死していく。心筋細胞が壊死すると,これらの細胞はびまん性の線維化により置換される。その後は,肥大して拡張機能障害を起こした心室が徐々に拡張していき,収縮機能障害が生じる。

肥大型心筋症の症状と徴候

典型的には,症状は20~40歳で出現し,労作性であるが,しばしば非常に多様である。症状としては,呼吸困難,胸痛(通常は典型的な狭心症に似る),動悸,失神などがある。収縮機能は維持されるため,易疲労性が報告されることはまれである。大半の症状の原因は拡張機能の異常にある。流出路閉塞がある患者では,閉塞による症状と拡張機能異常による症状の鑑別が困難になる可能性がある。

失神が労作時に発生することがあるが,これは流出路閉塞が収縮性の増大により悪化するためか,あるいは心室性または心房性不整脈が生じるためである。失神は突然死リスク増加のマーカーである。

血圧および心拍数は通常正常であり,静脈圧上昇の徴候はまれである。流出路が閉塞した際には,頸動脈波形に急峻な立ち上がり,二峰性ピーク,および急速な下降を認める。左室肥大により心尖拍動は持続的に抬起性となることがある。IV音がしばしば聴取されるが,これはコンプライアンスが低下した左室に対して拡張後期に強力な心房収縮が生じることが関係する。

閉塞性肥大型心筋症の患者では,収縮期駆出性雑音が聴取されるが,頸部には放散しない。この雑音は第3または第4肋間胸骨左縁で最もよく聴取される。僧帽弁装置の変形による僧帽弁逆流雑音が心尖部で聴取されることがある。肥大型心筋症における左室流出路の駆出性雑音は,バルサルバ手技(静脈還流量と左室拡張期容積を減少させる),大動脈圧を低下させる処置(例,ニトログリセリン),または期外収縮後の収縮(流出路圧較差を拡大させる)により増強することがある。ハンドグリップでは,大動脈圧が上昇するため,雑音の強度が低下する。

肥大型心筋症の診断

  • 臨床的な疑い(失神または雑音)

  • 心エコー検査および/またはMRI

診断は典型的な雑音および症状から疑われる。患者に原因不明の失神の既往または原因不明の突然死の家族歴がみられれば,疑いが高まる。若年アスリートの原因不明の失神では常に疑うべきである。肥大型心筋症は,大動脈弁狭窄症や冠動脈疾患など同様の症状を呈する疾患と鑑別しなければならない。あまり頻度は高くないが,Anderson-Fabry病やアミロイド心筋症などの浸潤性心疾患が肥大型心筋症の所見に類似することがある。

心電図および2次元心エコー検査および/またはMRI(最良の非侵襲的な確定診断検査)を施行する。胸部X線はしばしば施行されるが,心室が拡張しないため通常は正常である(ただし,左房は拡大することがある)。失神または持続性不整脈がみられる患者は,入院させて評価を行うべきである。運動負荷試験と24時間自由行動下モニタリングは,高リスクと考えられる患者の診断では参考になるが,そのような患者を正確に同定することは困難である。

心電図検査は通常,左室肥大の電位基準(例,V1誘導のS波とV5またはV6 誘導のR波の和が35mmを超える)を満たす。I,aVL,V5,およびV6誘導では,非常に深い中隔性Q波が非対称性中隔肥大に伴ってしばしば認められる;肥大型心筋症ではときに,V1およびV2誘導で陳旧性中隔梗塞に類似したQRS波が認められる。T波は通常,異常である;最も一般的な所見は,I,aVL,V5,およびV6誘導における対称性の深いT波逆転である。同誘導ではST低下もよくみられる(特に非閉塞性の心尖部肥大型)。II,III,およびaVF誘導ではP波がしばしば幅広く,ノッチがみられ,さらにV1およびV2誘導で二相性P波を認め,左房肥大が示唆される。WPW症候群型の期外収縮現象の発生頻度が高まり,この現象により動悸が引き起こされることがある。脚ブロックがよくみられる。

2次元ドプラ心エコー検査では,心筋症の病型(心筋症の病型の図を参照)の鑑別と,心筋肥大の重症度および流出路閉塞の程度の定量化が可能である。これらの測定は,内科的または外科的治療の効果のモニタリングに特に有用である。流出路閉塞が重度の場合,ときに収縮中期の大動脈弁閉鎖が起こる。

心臓カテーテル検査は通常,侵襲的治療が考慮される場合にのみ施行される。通常,冠動脈に有意な狭窄は認められないが,高齢患者ではCADが併存している場合もある。

遺伝子マーカーは,治療方針に影響を及ぼさず,高リスク患者を同定することもない。しかしながら,遺伝子検査は家族のスクリーニングに有益となる場合がある。

肥大型心筋症の予後

全体として,年間死亡率は成人で約1%であるが,小児ではより高い。死亡は通常突然死であり,これが最も頻度の高い続発症である;慢性心不全の発生はそれよりも少ない。以下の危険因子がある場合,心臓突然死のリスクが高いと予想される:

  • 肥大型心筋症,心停止,または持続性の心室性不整脈による心臓突然死の家族歴

  • 本人の原因不明の失神,心停止,または持続性の心室性不整脈の既往歴

  • 何度も繰り返し発生する非持続性心室頻拍(携帯型心電計で認められるもの)

  • 大幅な左室肥大(壁厚30mm以上),左室機能障害(EF < 50%),左室心尖部動脈瘤

  • MRIでのガドリニウムによる広範かつびまん性の遅延造影

肥大型心筋症の治療

  • β遮断薬

  • 心拍数低下作用および陰性変力作用のあるカルシウム拮抗薬

  • 硝酸薬,利尿薬,およびアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の回避

  • おそらく抗不整脈薬(例,ジソピラミド,アミオダロン)

  • おそらく植込み型除細動器およびときに外科手術またはアブレーション手技

肥大型心筋症の治療は病型に応じて行う。閉塞のない患者は一般に,拡張機能障害による心不全症状がいくらかみられるものの,重大な症状のない安定した臨床経過をたどる。β遮断薬と心拍数低下作用があり動脈拡張作用は弱いカルシウム拮抗薬(通常はベラパミル)の単独または併用投与が治療の中心となる。また,心拍数を低下させることで拡張充満期を延長させる効果もあり,これにより拡張機能障害のある患者で左室充満を増大させることができる。しかしながら,このような治療法の長期的な効力は証明されていない。

閉塞性の肥大型心筋症患者では,拡張機能を改善させるべく,流出路圧較差の減少を治療目標とする。非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬,β遮断薬,およびジソピラミドは,陰性変力作用を介して流出路圧較差を減少させる。圧較差が安定している患者にはジソピラミドが最も効果的とみられる一方,運動時の圧較差の変動を抑えるにはβ遮断薬が最善である。

内科的治療にもかかわらず有意な流出路圧較差(50mmHg以上)に関連した症状が持続する患者は,侵襲的治療の適応となる。外科的な心筋切除術は,経験豊富な施設で施行されれば,手術死亡率は低く,成績も非常に良好であることから,このような患者に望ましい治療法である。高齢患者と手術リスクが高い患者では,経皮的中隔心筋焼灼術が外科手術の代替となる。

前負荷を軽減する薬剤(例,硝酸薬,利尿薬,ACE阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬)は心腔を縮小させ,症状および徴候を悪化させる。血管拡張薬は流出路圧較差を増大させるとともに,反射性頻脈を惹起するため,心室拡張機能をさらに悪化させる。強心薬(例,ジギタリス配糖体,カテコールアミン類)は流出路閉塞を悪化させ,拡張末期圧上昇を改善させず,不整脈を誘発しうる。最近では,アクチンとミオシンの架橋形成を抑制する経口心筋ミオシン阻害薬であるマバカムテン(mavacamtem)が,早期試験で有望な成績を示している。この薬剤は,肥大型心筋症患者において症状を緩和し,左室流出路(LVOT)閉塞を軽減し,運動耐容能を増大させる効果が認められている(1)。

失神または突然の心停止が起きた場合や,心電図検査または24時間自由行動下モニタリングで持続性の心室性不整脈が確認された場合には,通常は植込み型除細動器(ICD)の植込みを行うべきである。失神,突然の心停止,心室性不整脈がいずれもみられない患者に対する除細動器植込みの必要性については議論がある。高リスクの特徴がみられる患者に対しては,一般にICDの植込みを考慮すべきと考えられている(2)。高リスクの特徴として以下のものがある:

  • 若年での突然の心停止の家族歴

  • 3cmを超える左室壁肥厚

  • 心臓MRIでの遅延造影

  • 原因不明の失神

  • 心室性不整脈による心停止後の生存

  • 非持続性心室頻拍(NSVT)の繰り返す群発

  • 左室駆出率(LVEF)50%未満(末期)

  • 左室瘤

突然死は強い労作中に起こる可能性があるため,以前は競技スポーツの回避が推奨されていた。現在のガイドラインでは,肥大型心筋症(HCM)のあるアスリートは包括的な評価を受け,潜在的なリスクについてHCMの専門医と話し合うことが推奨されている。

うっ血を来す拡張相肥大型心筋症の治療は,収縮機能障害が主である拡張型心筋症のそれと同様である。

非対称性中隔肥大がみられる患者には遺伝カウンセリングの実施が適切である。

治療に関する参考文献

  1. 1.Olivotto I, Oreziak A, Barriales-Villa R, et al: Mavacamten for treatment of symptomatic obstructive hypertrophic cardiomyopathy (EXPLORER-HCM): a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial.Lancet 396:759–769, 2020.

  2. 2.Maron MS, Rowin EJ, Wessler BS, et al: Enhanced American College of Cardiology/American Heart Association Strategy for Prevention of Sudden Cardiac Death in High-Risk Patients With Hypertrophic Cardiomyopathy.JAMA Cardiol 4(7):644–657, 2019.doi: 10.1001/jamacardio.2019.1.391

肥大型心筋症の要点

  • 肥大型心筋症は通常,様々な心室肥大を惹起する多数の遺伝子変異の1つに起因し,それにより充満が制限され(すなわち拡張機能障害を来し),ときに左室流出路閉塞が引き起こされる。

  • 毛細血管密度が不十分になるため,また心筋内の冠動脈が内膜および中膜の過形成や肥大により狭小化するため,冠動脈硬化がなくても冠動脈血流が障害されることがある。

  • 若年では,患者は胸痛,呼吸困難,動悸,失神を呈し,ときに突然死が(典型的には労作により)起きることもある。

  • 心エコー検査を施行するが,可能な場合にはMRIが異常心筋を示す上で最善である。

  • β遮断薬および/または心拍数低下作用のあるカルシウム拮抗薬(通常ベラパミル)を用いて,心筋収縮性を低下させ,心拍数を減少させることで,拡張充満期を延長し,流出路閉塞を軽減する。

  • 硝酸薬をはじめとする前負荷を低下させる薬剤(例,利尿薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬)は,左室の縮小と左室機能の増悪をもたらすため,これらの薬剤は使用を避ける。

  • 失神または突然の心停止がみられた患者には,除細動器の植込みを行う。

  • 内科的治療を受けても症状が持続する患者には,外科的な心筋切除術または経皮的中隔心筋焼灼術を施行する。

より詳細な情報

以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. American Heart Association Guidelines on Hypertrophic Cardiomyopathy: Ommen SR, Mital S, Burke MA, et al: 2020 AHA/ACC Guideline for the Diagnosis and Treatment of Patients With Hypertrophic Cardiomyopathy A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 20 November 2020.doi: 10.1161/CIR.0000000000000937

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