急性心筋梗塞

執筆者:Ranya N. Sweis, MD, MS, Northwestern University Feinberg School of Medicine;
Arif Jivan, MD, PhD, Northwestern University Feinberg School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 7月
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急性心筋梗塞は,冠動脈の急性閉塞により心筋壊死が引き起こされる疾患である。症状としては胸部不快感がみられ,それに呼吸困難,悪心,発汗を伴う場合がある。診断は心電図検査と血清マーカーの有無による。治療法は抗血小板薬,抗凝固薬,硝酸薬,β遮断薬,スタチン系薬剤,および再灌流療法である。ST上昇型心筋梗塞に対しては,血栓溶解薬,経皮的冠動脈インターベンション,または(ときに)冠動脈バイパス術による緊急再灌流療法を施行する。非ST上昇型心筋梗塞に対しては,経皮的冠動脈インターベンションまたは冠動脈バイパス術による再灌流療法を施行する。

急性冠症候群の概要も参照のこと。)

米国では,年間約100万例の心筋梗塞が発生している。心筋梗塞による死亡数は300,000~400,000人に上る(心停止も参照)。

不安定狭心症を併発している急性心筋梗塞は,急性冠症候群とみなされる。急性心筋梗塞には,非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)とST上昇型心筋梗塞(STEMI)の両方がある。これらの疾患は治療法が異なるため,NSTEMIとSTEMIの鑑別は極めて重要である。

急性心筋梗塞の病態生理

心筋梗塞は,心筋虚血と一致する臨床状況で心筋壊死が生じた場合と定義される(1)。これらの条件は,心筋バイオマーカー(心筋トロポニン[cTn]が望ましい)が基準範囲上限値(URL)とする99パーセンタイルを超えて上昇し,かつ以下のうち少なくとも1つが認められた場合に満たされる可能性がある:

  • 虚血の症状

  • 新たな虚血を示唆する心電図変化(有意なST/T変化または左脚ブロック)

  • 異常Q波の発生

  • 新たな心筋の喪失または新たな局所壁運動異常を示す画像所見

  • 血管造影または剖検での冠動脈内血栓の所見

経皮的冠動脈インターベンションまたは冠動脈バイパス術の施行中および施行後の心筋梗塞の診断と,突然死の原因としての心筋梗塞の診断では,わずかに異なる基準が用いられる。

心筋梗塞は,病因と状況に基づいて5つの病型に分類することも可能である:

  • 1型:主要な冠動脈イベント(例,プラークの破裂,びらん,または亀裂;冠動脈解離)に起因する虚血により自然に生じた心筋梗塞

  • 2型:酸素需要の増加(例,高血圧)または酸素供給の低下(例,冠動脈攣縮,冠動脈塞栓症,不整脈,低血圧)に起因する虚血

  • 3型:予期せぬ突然心臓死に関連するもの

  • 4a型:経皮的冠動脈インターベンションに関連したもの(心筋梗塞の徴候および症状が認められ,cTn値が99パーセンタイルURL値の5倍を上回る)

  • 4b型:確認されたステント血栓症に関連したもの

  • 5型:冠動脈バイパス術に関連したもの(心筋梗塞の徴候および症状が認められ,cTn値が99パーセンタイルURL値の10倍を上回る)

梗塞部位

心筋梗塞では主に左室が侵されるが,心筋損傷が右室または心房に及ぶこともある。

右室梗塞は通常,右冠動脈または優位な左回旋枝の閉塞により生じ,右室充満圧の上昇を特徴とし,しばしば重度の三尖弁逆流および心拍出量の減少を伴う。

下後壁梗塞では,約半数の患者である程度の右室機能障害が生じ,10~15%で血行動態の異常が認められる。下後壁梗塞の患者で頸静脈圧の上昇と低血圧またはショックがみられる場合は,右室機能障害を考慮すべきである。左室梗塞を合併した右室梗塞では,死亡リスクが有意に上昇する。

前壁梗塞は下後壁梗塞に比べて広範となり,予後不良となりやすい傾向がある。通常は左冠動脈,特に前下行枝の閉塞によるもので,下後壁梗塞は右冠動脈または優位な左回旋枝の閉塞を反映する。

梗塞範囲

梗塞には以下のものがある:

  • 貫壁性

  • 非貫壁性

貫壁性梗塞は心外膜から心内膜までの心筋全層が侵されたもので,通常は心電図上の異常Q波を特徴とする。

非貫壁性(心内膜下を含む)梗塞は,心室壁全層までは及ばず,ST部分およびT波(ST-T)の異常のみを生じる。心内膜下梗塞は通常,壁張力が最も高く,心筋灌流が循環動態変化の影響を最も受けやすい心筋の内側3分の1に生じる。この種の梗塞は低血圧が遷延した後に生じることがある。

心室壁における壊死の深さは臨床的には正確に測定できないため,梗塞は通常,心電図上のST上昇またはQ波の有無によりSTEMIとNSTEMIに分類される。壊死心筋量は,CK値上昇の程度および持続時間,あるいはより一般的に測定される心筋トロポニンのピーク値から概算できる。

非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI,心内膜下心筋梗塞)は,急性のST上昇を伴わない心筋壊死である(血中心筋マーカーで証明され,トロポニンIまたはトロポニンおよびCKが上昇する)。ST低下,T波逆転,またはその両方などの心電図変化が現れることがある。

ST上昇型心筋梗塞(STEMI,貫壁性心筋梗塞)は,心電図変化としてニトログリセリンで速やかに解消されないST上昇を伴う心筋壊死である。トロポニンIまたはトロポニンTとCKが上昇する。

病態生理に関する参考文献

  1. 1.Thygesen K, Alpert JS, Jaffe AS, et al, the Writing Group on behalf of the Joint ESC/ACCF/AHA/WHF Task Force for the Universal Definition of Myocardial Infarction: ESC/ACCF/AHA/WHF Expert Consensus Document Third Universal Definition of Myocardial Infarction.Circulation 126:2020–2035, 2012. doi: 10.1161/CIR.0b013e31826e1058

急性心筋梗塞の症状と徴候

NSTEMIとSTEMIの症状は同じである。イベント発生の数日から数週間前には,約3分の2の患者が不安定ないし漸増性狭心症(crescendo angina)や息切れ,疲労などの前駆症状を経験する。

通常,心筋梗塞の最初の症状は疼痛または圧迫感として表現される胸骨下深部の内臓痛であり,しばしば背部,下顎,左腕,右腕,肩,またはこれら全ての領域に放散する。疼痛は狭心症と類似するが,通常はより重度で長時間持続し,しばしば呼吸困難,発汗,悪心,および嘔吐を伴い,安静やニトログリセリンでほとんどまたは一時的にしか軽快しない。しかしながら,不快感が軽度のこともあり,急性心筋梗塞の約20%は無症候性で(すなわち,無症状ないし患者に疾患として認識されない漠然とした症状のみ),この傾向は糖尿病患者でより多くみられる。しばしば患者が自身の不快感を消化不良と解釈することがあるが,これは特に,自然な軽快がげっぷや制酸薬の服用によるものと誤解されるためである。

一部の患者には失神がみられる。

女性では非典型的な胸部不快感を呈する可能性が高い。高齢患者では,虚血性胸痛よりも呼吸困難を訴えることが多い。

重度の虚血時には,患者はしばしば有意な疼痛を経験し,不穏や不安感を抱く。悪心および嘔吐を生じることもあり,特に下壁梗塞で多い。左室不全,肺水腫,ショック,または著明な不整脈による呼吸困難と脱力が支配的になることがある。

皮膚は蒼白で冷たく,発汗を伴う場合がある。末梢性または中枢性チアノーゼを呈することがある。脈は弱く,血圧は一定でないが,初期には多くの患者で疼痛発生時にいくらかの高血圧がみられる。

心音は通常やや弱く,ほぼ常にIV音を認める。心尖部に吹鳴様の弱い収縮期雑音を聴取することがある(乳頭筋機能不全を反映する)。初診時には,摩擦音またはさらに強い雑音から既存の心疾患や別の診断が示唆されることがある。心筋梗塞症状の発症後数時間以内に聴取される摩擦音は,心筋梗塞よりもむしろ急性心膜炎を示唆する。一方,STEMIの発症後2日目および3日目には,摩擦音がよく聴取され,通常は一過性である。触診では約15%の患者で胸壁に圧痛を認める。

右室梗塞では,徴候として右室充満圧の上昇,頸静脈怒張(しばしばクスマウル徴候を伴う),異常のない肺野,低血圧などが認められる。

急性心筋梗塞の診断

  • 一連の心電図検査

  • 一連の心筋マーカー検査

  • STEMI患者および合併症(例,胸痛の持続,低血圧,心筋マーカーの著明な上昇,不安定な不整脈)のある患者には(血栓溶解薬を投与しない限り)直ちに冠動脈造影

  • 合併症のないNSTEMI患者には待機後の冠動脈造影(24~48時間以内)

急性心筋梗塞へのアプローチも参照のこと。)

不安定狭心症,ST上昇型心筋梗塞(STEMI),非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)の鑑別に役立てるため,初回および一連の心電図検査と一連の心筋マーカー測定で評価を開始する。血栓溶解薬はSTEMI患者には有益であるが,NSTEMI患者ではリスクを増加させる可能性があるため,この鑑別が臨床判断の中心となる。また,急性STEMI患者は緊急心臓カテーテル検査の適応となるが,NSTEMI患者は一般に適応とならない。

心電図

心電図検査は最も重要な検査であり,受診から10分以内に施行すべきである。

STEMIの場合,初回の心電図検査により通常は診断可能であり,病変領域をカバーする2つ以上の隣接する誘導で 1mmのST上昇が認められる(急性左室側壁梗塞左室側壁梗塞左室側壁梗塞[数日後]急性左室下壁[横隔膜側]梗塞左室下壁[横隔膜側]梗塞,および左室下壁[横隔膜側]梗塞[数日後]の図を参照)。

急性左室側壁梗塞(発症後数時間以内に記録された波形)

I,aVL,V4,V6誘導で超急性期の著明なST上昇を認め,他の誘導では相反性の低下を認める。

左室側壁梗塞(発症から24時間後)

ST部分の上昇幅が小さくなっており,I,aVL,V4,V6誘導で有意なQ波が発生し,R波は消失している。

左室側壁梗塞(数日後)

有意なQ波とR波電位の消失が持続している。この時点でST部分はほぼ等電位となっている。以降数カ月間の心電図は,おそらく緩徐にしか変化しない。

急性左室下壁(横隔膜側)梗塞(発症後数時間以内に記録された波形)

II,III,aVF誘導で超急性期のST上昇を認め,他の誘導では相反性の低下を認める。

左室下壁(横隔膜側)梗塞(発症から24時間後)

II,III,aVF誘導でST部分の上昇幅の減少とともに有意なQ波がみられる。

左室下壁(横隔膜側)梗塞(数日後)

この時点でST部分はほぼ等電位となっている。II,III,aVF誘導に認められる異常Q波は,心筋瘢痕の残存を示唆している。

異常Q波は診断に必須ではない。ST上昇は(特に下方誘導[II,III,aVF]では)明確でないことがあるため,心電図の判読は慎重に行わなければならず,ときに判読者の注意がST低下を示す誘導に誤って向けられることもある。特徴的な症状がみられる場合,心電図上のST上昇は,心筋梗塞の診断に対して特異度90%および感度45%の所見となる。一連の記録(1日目は8時間毎,その後は1日1回)で徐々により正常な安定したパターンに変化していく場合,または数日間で異常Q波が発生してくる場合は,診断確定の傾向にある。

右室梗塞が疑われる場合は,15誘導心電図を記録するのが通常であり,追加の誘導はV4-6Rと後壁梗塞を検出するためにV8およびV9に配置する。

心筋梗塞の心電図診断は,左脚ブロックの波形がみられる場合,STEMIの変化と類似するため,より困難となる。QRS波と一致したST上昇は,2つ以上の胸部誘導での5mmを超えるST上昇と同様に,心筋梗塞を強く示唆する。しかし一般的には,示唆的な症状と新規発症(または陳旧性かどうか不明)の左脚ブロックがみられる患者は,STEMIと同様に治療される。

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心筋マーカー

心筋マーカー(心筋細胞傷害の血清マーカー)とは,心筋細胞の壊死後に血流中に放出される心筋逸脱酵素(例,クレアチンキナーゼ心筋型アイソザイム[CK-MB])および細胞内容物(例,トロポニンI,トロポニンT,ミオグロビン)のことである。心筋マーカーは損傷後のそれぞれ異なる時期に出現し,その濃度は異なる速度で低下する。心筋細胞傷害に対する感度および特異度は,これらのマーカー間で有意に異なるが,トロポニン(cTn)が感度および特異度とも最も高く,現時点で第1選択のマーカーとなっている。最近,心筋トロポニンを対象とする非常に精度の高い新規の高感度アッセイ(hs-cTn)がいくつか利用できるようになった。これらのアッセイにより,cTn値(TまたはI)を0.003~0.006ng/mL(3~6pg/mL)という低値でも信頼性をもって測定することが可能となり,研究段階のいくつかのアッセイでは0.001ng/mL(1pg/mL)という低値にまで達している。

以前の感度があまり高くないcTnの測定法では,急性の心障害を呈している患者を除けば,cTnを検出できる可能性は低かった。そのため,cTn「陽性」(すなわち,検出下限を上回る)は非常に特異的な所見であった。しかしながら,新しいhs-cTn検査では,多くの健常者で少量のcTnが検出される可能性がある。このため,hs-cTn値は正常範囲を参照する必要があり,参照集団の99%より高い値を示した場合のみが「上昇」と定義されている。さらに,cTn値の上昇は心筋細胞傷害を示唆するが,損傷の原因は示唆しない(ただし,cTn値の上昇は多くの疾患において望ましくない転帰のリスクを高める)。急性冠症候群(ACS)に加え,他の多くの心疾患と心臓以外の疾患によりhs-cTn測定値が上昇する可能性があるため(トロポニン高値の原因の表を参照),全てのhs-cTn測定値上昇が心筋梗塞を反映するわけではなく,またたとえ病因が虚血であったとしても,全ての心筋壊死が急性冠症候群に起因するわけでもない。しかしながら,hs-cTnアッセイはcTnをより低値で検出することにより,他のアッセイより早期に心筋梗塞を同定することが可能であり,多くの医療施設で他の心筋マーカーに取って代わっている。

心筋梗塞が疑われる患者では,受診時および3時間後にhs-cTn値を測定すべきである(標準のcTnアッセイを用いる場合は0時間および6時間後)。

全ての臨床検査は,疾患の検査前確率を考慮して解釈すべきである(医学的検査および検査結果の理解も参照)。非常に感度が高いhs-cTnアッセイにおいてこのことは特に重要であるが,全てのcTnアッセイについて言えることである。

cTn値は,以下の情報から臨床的に推定される疾患の検査前確率に基づいて解釈しなければならない:

  • ACSの危険因子

  • 症状

  • 心電図

検査前確率が高く,かつcTn値が高値の場合は心筋梗塞が強く示唆されるが,検査前確率が低く,かつcTn値が正常の場合は,心筋梗塞のある可能性は低くなる。検査結果が検査前確率と一致しない場合は,診断はより困難となるが,そのような場合は連続測定したcTn値がしばしば有用となる。検査前確率が低く,最初の検査でcTn値が軽度の高値を示し,かつ再検査で安定を維持している患者は,おそらくACS以外の心疾患(例,心不全,安定した冠動脈疾患)を有している。一方,再検査で有意な上昇(すなわち,20~50%の上昇)がみられた場合は,心筋梗塞の可能性がはるかに高くなる。検査前確率が高く,かつ正常であったcTn値が再検査では50%を超えて上昇した患者では,心筋梗塞の可能性が高く,正常値が持続(疑いが強い場合はしばしば6時間後以降も続く)する場合は,別の疾患を検索する必要性が示唆される。

冠動脈造影

冠動脈造影は,多くの場合,診断と経皮的冠動脈インターベンション(PCI,すなわち血管形成術,ステント留置術)を兼ねる。可能な場合は,緊急冠動脈造影およびPCIを急性心筋梗塞の発症後可及的速やかに施行する(プライマリーPCI)。多くの三次医療施設では,このアプローチにより合併症発生率および死亡率が有意に低下し,長期成績が改善している。疼痛発生からPCIまでの時間が短ければ(3~4時間未満),実際に梗塞を途中で解消できることも多い。

STEMI患者,最大限の薬物療法を行っても胸痛が持続する患者,合併症(例,心筋マーカーの著明な上昇,心原性ショック,急性僧帽弁逆流症,心室中隔欠損症,不安定な不整脈)を有する患者では,緊急血管造影を施行する。症状が消失した合併症のないNSTEMI患者では,典型的には入院後24~48時間以内に血管造影を施行して,治療を要する可能性のある病変を検出する。

冠動脈造影はまた,最初の評価と治療の終了後に,虚血の持続を示唆する所見(心電図所見や症状)がみられる場合や,不安定な血行動態や繰り返す心室性頻拍性不整脈など虚血イベントの再発を示唆する異常がみられる患者に施行されることがある。さらに一部の専門家は,負荷画像検査で誘発可能な虚血を認めるか駆出率が40%未満であるSTEMI患者には,退院前にも血管造影を施行することを推奨している。

急性心筋梗塞の予後

総合的なリスクは,正式な臨床リスクスコア(Thrombolysis in Myocardial Infarction[TIMI])または以下の高リスク所見の組合せに基づいて推定すべきである:

  • 安静時または低レベルの活動時に再発を繰り返す狭心症/心筋虚血

  • 心不全

  • 増悪する僧帽弁逆流症

  • 高リスクを示唆する負荷試験の結果(症状,著明な心電図異常,低血圧,または複雑心室性不整脈[complex ventricular arrhythmias]のために5分以内で検査中止)

  • 血行動態不安定

  • 持続性心室頻拍

  • 糖尿病

  • 過去6カ月間のPCI

  • 冠動脈バイパス術(CABG)の既往

  • 左室駆出率 < 0.40

血栓溶解薬およびPCIによる現代的な治療が普及する前の死亡率は全体では約30%で,これらの患者のうち25~30%は病院到着前に死亡していた(典型的には心室細動による)。院内死亡率は約10%であるが(典型的には心原性ショックによる),左室不全の重症度に応じて大きく変動する(急性心筋梗塞のKillip分類と死亡率の表を参照)。

再灌流療法(血栓溶解療法またはPCI)を受けた患者の院内死亡率は5~6%であり,これに対して,再灌流療法に適格でありながら受けなかった患者では15%である。プライマリーPCIのプログラムが確立された医療施設では,院内死亡率が5%未満と報告されている。

心原性ショックにより死亡する患者の大半では,左室心筋重量の50%以上に梗塞あるいは瘢痕と新たな梗塞の混在が認められる。次の5つの臨床所見から,STEMI患者の死亡の90%が予測される(STEMI患者における30日時点の死亡リスクおよびNSTEMI患者における14日時点での有害事象のリスクの表を参照):

  • 高齢(全死亡の31%)

  • 収縮期血圧低値(24%)

  • Killip分類クラス2以上(15%)

  • 心拍数高値(12%)

  • 前壁梗塞(6%)

女性および糖尿病患者では死亡率が高い傾向にある。

初回入院時に死亡しなかった患者における急性心筋梗塞後の1年死亡率は8~10%である。大半の死亡は最初の3~4カ月にみられる。心室性不整脈の持続,心不全,心室機能低下,および虚血の再発はリスクが高いことを示唆する。退院前または退院後6週間以内に負荷心電図検査を施行することを多くの専門家が推奨している。運動能力が良好で心電図異常を認めない患者では,予後良好となる傾向があり,それ以上の評価は通常は不要である。運動能力が不良な患者では,予後不良となる傾向がある。

回復後の心機能は,急性発作後に機能する心筋がどれだけ生き残ったかに大きく依存する。過去の梗塞に起因する瘢痕に急性の損傷が付加される。損傷が左室心筋重量の50%を上回る場合は,長期生存はまれとなる。

表&コラム
表&コラム
表&コラム

急性心筋梗塞の治療

  • プレホスピタルケア:酸素,アスピリン,硝酸薬,および適切な医療施設へのトリアージ

  • 薬物治療:抗血小板薬,狭心症治療薬,および抗凝固薬のほか,一部の例ではその他の薬剤

  • 再灌流療法:血栓溶解薬または血管造影と経皮的冠動脈インターベンションもしくは冠動脈バイパス手術

  • 退院後のリハビリテーションと冠動脈疾患の内科的な長期管理

薬物療法の選択と再灌流戦略の選択については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。

プレホスピタルケア

  • 酸素

  • アスピリン

  • 硝酸薬

  • 適切な医療施設へのトリアージ

確実な静脈ラインを確保し,酸素を投与(典型的には鼻カニューレで2L)するとともに,持続的な単一誘導の心電図モニタリングを開始する必要がある。救急救命士による病院到着前の介入(心電図検査,アスピリンの咀嚼服用[325mg],および硝酸薬による疼痛管理など)により,死亡および合併症のリスクが低下する可能性がある。早期の診断データと治療に対する反応は,血行再建術の必要性と施行時期を判断するのに役立つ可能性がある。

病院到着後

  • 患者のリスク層別化と再灌流戦略の選択

  • 再灌流戦略に応じた抗血小板薬および抗凝固薬やその他の薬剤を使用する薬物療法

患者が緊急処置室に到着したら,診断を確定する。薬物療法の内容と血行再建術の施行時期は,臨床像および診断に依存する。

STEMIでは,再灌流の戦略に血栓溶解療法または即時のPCIを含めることができる。NSTEMI患者には,臨床的に安定していれば,入院後24~48時間以内に血管造影を施行することがある。患者の状態が不安定な場合(例,持続する症状,低血圧,遷延する不整脈)は,直ちに血管造影を施行する必要がある(心筋梗塞へのアプローチの図を参照)。

心筋梗塞へのアプローチ

*モルヒネは慎重を期して使用すべきである(例,ニトログリセリンが禁忌である場合,または最大用量のニトログリセリンを投与しているにもかかわらず症状がある場合。)新しいデータからは,モルヒネが一部のP2Y12受容体阻害薬の活性を減弱させ,患者の転帰を悪化させる可能性があることが示唆される。

†合併症ありとは,狭心症再発もしくは心筋梗塞,心不全,または持続性心室性不整脈の合併を意味する。これらの事象がいずれもなければ,合併症なしと呼ばれる。

‡以下に該当する患者に対しては,一般にPCIよりもCABGが望ましい:

  • 左主幹部病変または左主幹部同等病変

  • 左室機能障害

  • 治療中の糖尿病

また,長い病変や分岐部に近い病変はPCIに適さないことが多い。

CABG = 冠動脈バイパス術;GP = 糖タンパク質;LDL = 低比重リポタンパク質;PCI = 経皮的冠動脈インターベンション。

急性心筋梗塞の薬物治療

抗血小板薬抗凝固薬を全例に投与すべきであり,胸痛がある場合は狭心症治療薬も投与すべきである。使用する個別の薬剤は再灌流戦略とその他の因子に依存し,その選択および用法については急性冠症候群に対する薬剤で考察されている。その他の薬剤(β遮断薬,アンジオテンシン変換酵素[ACE]阻害薬,スタチン系薬剤など)は,入院中に開始すべきである(冠動脈疾患に対する薬剤の表を参照)。

急性心筋梗塞の患者には(禁忌がない限り)以下を投与すべきである:

  • 抗血小板薬:アスピリン,クロピドグレル,またはその両方(クロピドグレルの代替薬はプラスグレルまたはチカグレロル)

  • 抗凝固薬:ヘパリン(未分画または低分子ヘパリン)またはビバリルジン(bivalirudin)

  • PCIを実施する際,糖タンパク質IIb/IIIa阻害薬

  • 通常はニトログリセリンによる狭心症治療

  • β遮断薬

  • ACE阻害薬

  • スタチン系薬剤

禁忌がなければ全例に対し,アスピリンを初診時に160~325mg(腸溶錠以外),その後は1日1回81mgで無期限に投与する。初回投与では,飲み込む前に噛み砕かせることで吸収が速まる。アスピリンは短期および長期の死亡リスクを低下させる。PCIを受ける患者では,負荷量のクロピドグレル(300~600mg,経口,1回),プラスグレル(60mg,経口,1回),またはチカグレロル(180mg,経口,1回)の投与で予後が改善し,特に24時間前に投与した場合に効果が高くなる。緊急PCIの場合は,作用の発現がより速やかなプラスグレルとチカグレロルが望ましいと考えられる。

低分子ヘパリン,未分画ヘパリン,ビバリルジン(bivalirudin)のいずれかを,禁忌(例,活動性出血)がない限りルーチンに投与する。未分画ヘパリンは,活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の目標値を達成するには頻繁(6時間毎)に用量調節が必要であることから,その使用はやや複雑である。低分子ヘパリンは,生物学的利用能がより良好であり,aPTTのモニタリングと用量の漸増を行うことなく単純に体重ベースの用量で投与され,ヘパリン起因性血小板減少症のリスクが低い。ビバリルジン(bivalirudin)は,ヘパリン起因性血小板減少症の既往があるか疑われる患者に推奨される。抗凝固療法を以下の期間にわたり継続する:

  • PCIを受ける患者には,この処置の実施中

  • 他の全ての症例では,入院期間(LMWHを投与されている患者)または48時間(未分画ヘパリンを投与されている患者)

高リスク病変(血栓量が多い,no reflow)に対するPCIの際には,糖タンパク質IIb/IIIa阻害薬を考慮する。アブシキシマブ,チロフィバン(tirofiban),エプチフィバチド(eptifibatide)の効力は同等とみられており,薬剤の選択は他の因子(例,費用,入手可能性,習熟度)に基づいて判断すべきである。この薬剤は6~24カ月継続する。

胸痛はニトログリセリンまたは,ときにモルヒネにより治療できる。モルヒネよりもニトログリセリンが望ましく,モルヒネは慎重を期して使用すべきである(例,ニトログリセリンが禁忌である場合,または最大用量のニトログリセリンを投与しているにもかかわらず痛みがある場合)。ニトログリセリンは,まず舌下投与した後,必要に応じて持続静注する。モルヒネ2~4mg静注を必要に応じて15分毎に反復投与するのが非常に効果的であるが,呼吸および心筋収縮性を低下させる可能性があり,強力な静脈拡張作用もある。エビデンスからは,モルヒネが一部のP2Y12受容体阻害薬を阻害することも示唆されている。ある大規模な後ろ向き試験からは,モルヒネが急性心筋梗塞患者の死亡率を高める可能性があることがわかっている(1, 2)。モルヒネによる二次性の低血圧および徐脈は,通常は下肢を速やかに挙上することで克服できる。

不安定狭心症の全患者に対する標準治療には,β遮断薬,ACE阻害薬,スタチン系薬剤などがある。β遮断薬は,禁忌(例,徐脈,心ブロック,低血圧,または喘息)がない限り推奨される(特に高リスク患者)。β遮断薬は心拍数,動脈圧,および心筋収縮性を低下させ,それにより心仕事量と酸素需要を減少させる。ACE阻害薬は,内皮機能を改善することによって,長期的な心保護作用をもたらす可能性がある。咳嗽または発疹(血管性浮腫または腎機能障害ではない)のために患者がACE阻害薬に耐えられない場合は,アンジオテンシンII受容体拮抗薬が代替薬となりうる。スタチン系薬剤も標準治療であり,脂質の値にかかわらず無期限に継続すべきである。

急性心筋梗塞における再灌流療法

  • STEMI患者:直ちに経皮的冠動脈インターベンションまたは血栓溶解療法を施行する

  • NSTEMI患者:不安定な患者に対しては直ちに,安定している患者に対しては24~48時間以内に経皮的冠動脈インターベンションを施行する

STEMI患者に対しては,十分早期(病院到着から初回バルーン拡張までの時間[door to balloon-inflation time]が90分未満)に経験豊富な術者による施行が可能であれば,緊急PCIがST上昇型心筋梗塞に対する望ましい治療法である。PCIの開始が著しく遅れる可能性が高い場合は,基準を満たすSTEMI患者には血栓溶解療法を施行すべきである(梗塞範囲を参照)。血栓溶解薬による再灌流療法は,心筋梗塞の発症後数分から数時間で施行された場合に最も効果的となる。血栓溶解薬の投与開始は早ければ早いほどよい。目標としては,病院到着から血栓溶解療法開始までの時間(door-to-needle time)を30~60分とする。3時間以内の場合に最も大きな効果が得られるが,最長12時間まで効果的となる可能性がある。血栓溶解薬の特徴および選択については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。

不安定なNSTEMI患者(すなわち,持続する症状,低血圧,または遷延する不整脈がみられる場合)は,心臓カテーテル室に直接搬送して,PCIまたは冠動脈バイパス術(CABG)を要する冠動脈病変を同定すべきである。

合併症のないNSTEMI患者では,受診時点での梗塞関連動脈の完全閉塞はまれであり,直ちに再灌流療法を施行する緊急性はない。このような患者には,典型的には入院後24~48時間以内に血管造影を施行して,PCIまたはCABGを要する冠動脈病変を同定する。

NSTEMIの患者はいかなる場合も血栓溶解薬の適応とならない。リスクの方が潜在的な有益性を上回る。

再灌流戦略の選択については,急性冠症候群の血行再建術でさらに考察されている。

リハビリテーションと退院後の治療

  • 機能評価

  • 生活習慣の改善:定期的な運動,食習慣の改善,減量,禁煙

  • 薬剤:抗血小板薬,β遮断薬,ACE阻害薬,およびスタチン系薬剤の継続

入院中に冠動脈造影が施行されなかった患者,高リスクの特徴(例,心不全,狭心症の再発,24時間後時点での心室頻拍または心室細動,新規の心雑音などの機械的合併症,ショック)がみられない患者,および駆出率が40%を上回る患者には,血栓溶解療法を受けたか否かにかかわらず,通常は退院前または退院直後に何らかの負荷試験を施行すべきである(心筋梗塞後の機能評価の表を参照)。

表&コラム

急性期の病状と心筋梗塞の治療を機会として,患者に危険因子の是正を強く促すべきである。患者の身体面および感情面の状態を評価し,それらについて患者と話し合い,生活習慣(例,喫煙,食事,仕事や趣味の習慣,運動)について助言するとともに,積極的に危険因子を管理していくことで,予後を改善できる可能性がある。

退院時には,全例で適切な抗血小板薬,スタチン系薬剤,および狭心症治療薬と,併存症に応じたその他の薬剤を継続すべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Meine TJ, Roe MT, Chen AY, et al: Association of intravenous morphine use and outcomes in acute coronary syndromes: results from the CRUSADE Quality Improvement Initiative.Am Heart J 149(6):1043–1049, 2005.doi 10.1016/j.ahj.2005.02.010

  2. 2.Kubica J, Adamski P, Ostrowska M, et al: Morphine delays and attenuates ticagrelor exposure and action in patients with myocardial infarction: the randomized, double-blind, placebo-controlled IMPRESSION trial.Eur Heart J 37(3):245–252, 2016.doi: 10.1093/eurheartj/ehv547

急性心筋梗塞の要点

  • 急性心筋梗塞は,冠動脈の急性閉塞により心筋壊死が引き起こされる疾患である。

  • 急性心筋梗塞の症状としては,胸痛または胸部不快感があり,これらに呼吸困難,悪心,発汗を伴う場合もある。

  • 女性および糖尿病患者では非定型の症状を呈する可能性が高く,急性心筋梗塞の20%は無症状である。

  • 診断は心電図検査と心筋マーカーによる。

  • 緊急の治療としては,酸素,抗血小板薬,抗血小板薬,抗凝固薬などがある。

  • ST上昇型心筋梗塞患者に対しては,血管造影と経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を直ちに施行するが,PCIを直ちに行えない場合は血栓溶解療法を施行する。

  • 状態が安定している非ST上昇型心筋梗塞患者には,24~48時間以内に血管造影を施行するが,不安定なNSTEMI患者には血管造影とPCIを直ちに施行する。

  • 回復後は,抗血小板薬,β遮断薬,ACE阻害薬,およびスタチン系薬剤を開始または継続する。

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