脂肪の概要

脂肪は健康的な食事に必要不可欠な要素です。脂肪は,ワカモレの滑らかさやクロワッサンのパリパリ感など,食物の味や食感に貢献しています。また,脂肪は主要なエネルギー源であり,細胞および組織の極めて重要な構成要素でもあります。さらに,必須ビタミンの吸収を助けるほか,プロスタグランジン(細胞間の情報伝達を助ける)などの他の分子に変換されることもあります。脂肪は,グリセロールと呼ばれる炭素数3の骨格と,脂肪酸の鎖で構成されています。脂肪酸の鎖は基本的に,炭素原子と水素原子でできた紐です。グリセロール分子のOH基と脂肪酸の水素が結合するとき,H2O(水分子)が放出されて,2つの分子がつながります。これが1回起こると,結果としてモノグリセリドができます。2回起こるとジグリセリド,3回起こるとトリグリセリドになります。

脂肪酸の鎖には様々な種類があり,その分類法の1つとして長さ(すなわち炭素の数)による分類があります。炭素数が2~5の場合は短鎖脂肪酸,炭素数が6~12の場合は中鎖脂肪酸,炭素数が13以上の場合は長鎖脂肪酸といわれます。脂肪酸の鎖は,炭素同士のつながり方によっても分類されます。炭素原子が一ヵ所だけで結合している状態を単結合といいます。脂肪酸の鎖に単結合しかない場合は飽和脂肪酸と呼ばれますが,これは可能な限り多くの水素原子をもっている,すなわち水素原子で「飽和」していることに由来します。飽和脂肪酸を含むトリグリセリドは非常に直線的な構造であることから,密に詰まった状態になることができるため,通常は室温で固体として存在します。また,飽和脂肪酸の鎖が長ければ長いほど,室温で個体である可能性が高くなります。

炭素同士が二か所で結合している場合もあり,これを二重結合といいます。脂肪酸に二重結合が1つ以上あれば,水素原子で飽和していないため,不飽和脂肪酸と呼ばれます。二重結合1つにつき,水素原子が2つ少なくなります。また,二重結合によって分子にねじれが生じるため,不飽和脂肪は飽和脂肪ほど密に詰まることができません。その結果,不飽和脂肪は通常,室温では液体として存在します。不飽和脂肪酸は二重結合の数によってさらに分類できます。一価不飽和脂肪酸は二重結合を1つだけもつ不飽和脂肪酸です。多価不飽和脂肪酸は二重結合を2つ以上もつものです。

また,二重結合の位置によっても分類が可能です。これだけ水素をたくさん表示すると見にくくなるため,今は表示しないでおきましょう。メチル末端はω末端とも呼ばれますが,そこから最初の二重結合までの炭素の数を数えてみます。これは3なので,ω-3脂肪酸です。末端からの炭素数が6の位置に二重結合がある場合は,ω-6になります。末端からの炭素数が9の場合は,ω-9と呼ばれます。

ここからは,これらの分子をさらに見やすくするために,結合だけを示します。さて,ω-3脂肪酸は通常は多価不飽和脂肪酸であり,αリノレン酸(ALA),エイコサペンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA)などがあります。EPAおよびDHAは魚に含まれているω-3脂肪酸です。微細藻類によってつくられ,最終的にアンチョビ,サバ,サケ,イワシなどの魚の組織に取り込まれます。ALAは亜麻仁,クルミ,キャノーラ油,大豆油などの植物に含まれています。私たちの身体はALAをEPAやDHAに変換することができますが,その変換処理は非効率なもので,少しの量しか得ることができないため,EPAやDHAを含む食品を摂取することが推奨されています。ω-6脂肪酸も通常は多価不飽和脂肪酸であり,リノール酸やアラキドン酸などがあります。リノール酸は,ベニバナ油,コーン油,大豆油などの油に含まれています。アラキドン酸は魚,肉,卵などの動物性食品に含まれています。身体はリノール酸をアラキドン酸に変換することができますが,この処理もまた非効率なものです。ALAおよびリノール酸は食事からしか得られないため,必須脂肪酸とみなされています。ω-9脂肪酸は典型的には一価不飽和脂肪酸です。1つの例としてオレイン酸があり,私たちの身体でつくることができます。キャノーラ油,オリーブ油のほか,アーモンドなどの食品にω-9が含まれています。

さて,この不飽和脂肪酸の二重結合を見てみましょう。大半の不飽和脂肪と同様に,シス型といわれる配置をとっています。シス型の配置では,二重結合した炭素の同じ側に2つの官能基が位置します。こうなると,脂肪酸の鎖が自然に弯曲します。弯曲した分子は密に詰まらないため,はるかに流動性が高くなります。調理用の油は室温では液体になっていますね。一方で,トランス型といわれる配置をとる脂肪もあります。トランス型の配置では,二重結合した炭素の反対側にそれぞれ官能基が位置するため,鎖がまっすぐに保たれて,密に詰まりやすくなっています。

トランス脂肪は,部分水素化と呼ばれる過程から生じます。単純な水素化では,シス型の脂肪に水素が付加されて,全ての二重結合が除去されます。例えば全部で2つの二重結合をもつトリグリセリドがあるとします。それぞれの二重結合に2個ずつ,合計4個の水素を付加してみます。すると,このシス型の二重結合をもつ不飽和脂肪酸が飽和脂肪酸になります。一方で,大半の(しかし全てではない)二重結合に水素が付加されることを部分水素化といいます。例えばここで,水素を2個だけ付加してみます。そうすると,一部の二重結合が水素によって単結合に変わりますが,その後に形が変化することがあります。そして,最終的には不飽和脂肪ができあがります。しかし,このような脂肪ではトランス型の二重結合になることがあります。部分水素化はウシやブタなどの一部の動物の消化管で自然に起こる過程であり,トランス脂肪酸が肉や乳製品に天然に含まれるのはこのためです。部分水素化はまた,食品産業において液状の油をより固体に近づけるための加工で用いられることもあります。これによって実際にトランス脂肪酸の生成へとつながることがあります。部分水素添加油脂は,北米および欧州では食品から大部分が除去されています。これはトランス脂肪酸と冠動脈疾患との関連が報告されていることによるものです。

ある種の脂肪が他の脂肪より多く含まれている食品も一部にはありますが,実際には,どのような食品も色々な脂肪酸が混ざり合って構成されています。例えば,ピーナッツバターを食べるとしましょう。ピーナッツバターのカロリーの約75%は脂肪由来で,身体は一連の段階を経て脂肪酸を消化し吸収します。まず,トリグリセリドは疎水性であるため,水に油を注いだときにみられるような大きな脂肪球ができます。唾液や胃に存在し膵臓から分泌されるリパーゼという酵素が,トリグリセリドを遊離脂肪酸とモノグリセリドに分解します。しかし,球体の表面で作用しても効率が良くありません。そこで効率を上げるために,肝臓で作られる胆汁酸塩が大きな脂肪滴を小さな脂肪滴に分解し,リパーゼが作用する表面積を増やします。トリグリセリドがモノグリセリドと遊離脂肪酸に分解されると,これらは自己集合して混合ミセルといわれるものになります。この内側は疎水性ですが,外側は親水性,すなわち水を好む性質をもっています。ミセルは腸管内腔の水の多い環境をすべるように通過し,腸壁の腸上皮細胞に到達します。

腸上皮細胞に到達すると,ミセルは脂肪酸とモノグリセリドを放出し,これが腸上皮細胞内に拡散します。脂肪酸とモノグリセリドは腸上皮細胞内で再びトリグリセリドとなり,カイロミクロンと呼ばれる大きな構造の中に詰め込まれます。カイロミクロンは脂質とタンパク質が含まれているリポタンパク質です。リン脂質とタンパク質からなる外膜と,トリグリセリド,コレステロール,ならびに脂溶性ビタミンであるビタミンA,D,E,およびKを含む疎水性の中心部で構成されています。カイロミクロンはその後,腸上皮細胞を離れますが,大きすぎるために内皮細胞には到達できません。そのため,代わりに乳糜管と呼ばれる近くの毛細リンパ管に入ります。そこからリンパ液を浮遊しつつカイロミクロンは胸管に流れ込み,その後,血液中に放出されます。このとき,基本的には門脈を迂回します。血液中に入ったカイロミクロンは,例えば筋肉などの末梢組織に脂肪酸やモノグリセリドを放出します。筋肉はこれをエネルギーとして利用し,脂肪組織はこれを蓄えます。カイロミクロンはトリグリセリドを運搬した後に縮小し,最終的には肝臓に取り込まれます。

脂肪は全身で非常に重要な役割を果たしています。非常に多くの健康上の便益があり,その便益は摂取する脂肪の種類によって異なります。例えば,多価不飽和脂肪は,プロスタグランジンと呼ばれるホルモン様分子の前駆体ですが,これは血管の内側を覆う内皮細胞を刺激して一酸化窒素を放出させます。一酸化窒素は血管拡張物質であるため,血流に対する抵抗が低下し,その結果として血圧が下がります。多価不飽和脂肪酸は総コレステロール値およびLDLコレステロール値の低下にも役立つ可能性があり,これは心臓発作や脳卒中などの心血管疾患の発生率低下と関連しています。DHAやEPAなどの長鎖ω-3脂肪酸はいずれも血漿トリグリセリド値の低下に役立つ可能性があり,これもまた心血管疾患の予防につながります。最後に,DHAは幼若乳児の眼および脳の発達において重要なものです。

飽和脂肪が心血管系の健康に及ぼす影響は,もう少し複雑です。一般的には飽和脂肪の摂取量を低く抑えることが推奨されていますが,不飽和脂肪と同様に,飽和脂肪にも様々な種類があります。様々な種類の飽和脂肪酸が心血管系の健康に様々な影響を及ぼす可能性があることがエビデンスから示唆されています。また,食事に含まれる飽和脂肪を減らすか置き換えることによる健康への影響は,置き換えた代わりの栄養素に依存することも,エビデンスから示唆されています。例えば,飽和脂肪を多価不飽和脂肪に置き換えることは心血管系の健康に有益であることが示されていますが,飽和脂肪を精製炭水化物に置き換えることについてはそのようなことは示されていません。これに基づき,全米医学アカデミー(National Academies of Medicine)は1日のカロリー摂取量が2000キロカロリーの場合,1日のカロリーの20~35%を脂肪として摂取することを推奨しています。これは400~700キロカロリー,すなわち脂肪で約44~78グラムを摂取することに相当します。また,重要な点は脂肪の摂取量だけではありません。その種類も重要です。世界保健機関(World Health Organization:WHO)および米国人のための食生活指針(US dietary guidelines)の推奨は,1日のカロリーのうち飽和脂肪に由来する量を10%未満にし,トランス脂肪の摂取量を可能な限り低く抑えるべきとしています。

簡単にまとめてみましょう。脂肪は私たちの食事と健康に不可欠な要素です。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があり,脂肪を含む食品には常に複数の種類の脂肪酸が混合して含まれています。健康的な食事では,飽和脂肪酸よりも一価および多価不飽和脂肪酸が重視されます。そしてトランス脂肪は心血管疾患のリスク増加と関連しています。摂取する脂肪の量はあまり重視せず,その種類をより重視することで,食事と健康を改善できます。

Video credit: Osmosis (https://osmosis.org/)

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