ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)に属するハンタウイルス属(Hantavirus)には,少なくとも4つの血清群で構成される9種のウイルスが含まれ,それらのウイルスは2種類の主要な(ときに重複する)臨床症候群を引き起こす:
(アルボウイルス,アレナウイルス,およびフィロウイルス感染症の概要も参照のこと。)
HFRSを引き起こすウイルスは,ハンターン,ソウル,ドブラバ(ベオグラード),およびプーマラウイルスである。HPSを引き起こしているのは,北米ではシンノンブレ,ブラッククリークカナル,バヨウ,パナマではChoclo,アルゼンチン,チリ,東ボリビアではアンデス,ボリビアではLaguna Negraである(1)。
ハンタウイルスは世界中の野生の齧歯類にみられ,その生涯にわたり尿中および糞中に排出される。伝播は齧歯類間で起こる。ヒトへの伝播は,齧歯類の排泄物のエアロゾルを吸入したり,まれに齧歯類に咬まれたりすることによって起こる。最近のエビデンスからは,アンデスウイルスでヒトからヒトへの伝播が起こりうることが示唆されている。自然感染および検査室での感染が以前より多くなってきている。
検査によるハンタウイルス感染症の診断は,血清学的検査および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)検査により確定される。血清学的検査には,酵素結合免疫吸着測定法(ELISA),ウェスタンブロット法とストリップイムノブロット法(strip immunoblot assay)などがある。北米における血清学的診断は,交差反応の可能性があるため,ソウルウイルス感染症とシンノンブレウイルス感染症を鑑別できなければならない。ウイルスの培養は技術的には困難であり,バイオセーフティレベル3の検査室が必要である。
総論の参考文献
1.Milholland MT, Castro-Arellano I, Suzán G, et al: Global diversity and distribution of hantaviruses and their hosts.EcoHealth 15 (1):163-208, 2018.doi:10.1007/s10393-017-1305-2.
腎症候性出血熱
腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome:HFRS)は,インフルエンザ様疾患として始まり,ショック,出血,および腎不全へと進行することがある。診断は血清学的検査およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査による。死亡率は6~15%である。治療法にはリバビリン静注などがある。
腎症候性出血熱の一部の病型は軽症である(例,スカンジナビア,旧ソビエト連邦西部,および欧州でみられるプーマラウイルスによる流行性腎症)。別の一部は通常軽症であるがときに重症化することがある(例,野生のドブネズミおよび家畜化されたラットを宿主として世界中に分布するソウルウイルス)。さらに別の一部は重症化する(例,朝鮮半島,中国,ロシアなどでみられるハンターンウイルスによる疾患またはバルカン半島などでみられるドブラバウイルスによる疾患)。
感染症は,齧歯類の排泄物吸入によりヒトへ伝播される。
症状と徴候
潜伏期間は約2週間である。
軽症型では,感染してもしばしば無症状である。
HFRSが症状を伴う場合,高熱,頭痛,背部痛,および腹痛といった症状が突然発生する。
相対的徐脈がみられ,患者の約半数で一過性の軽度の低血圧が起こり,少数の患者ではショックを伴う。4日目以降に腎不全が発生する。
約20%の患者で意識障害がみられる。痙攣発作または重度の局所神経症状が1%に発生する。発疹は消失する;多尿がみられ,数週間で回復する。タンパク尿,血尿,および膿尿が発生することがあり,腎不全になることもある。
診断
血清学的検査またはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査
曝露の可能性がある患者で発熱,出血傾向,および腎不全がみられた場合は,腎症候性出血熱を疑う。
続いて,血算,電解質レベル,腎機能検査,凝固検査,および尿検査を行う。低血圧期の間はHctが上昇し,白血球増多および血小板減少がみられる。アルブミン尿,血尿,ならびに赤血球および白血球円柱が,通常は2日目から5日目までに生じる場合がある。利尿期には,電解質異常がよくみられる。
HFRSの診断は,最終的には血清学的検査またはPCRに基づいて行う。
予後
利尿期の間は,体液量減少,電解質異常,または二次感染のために死に至ることもある。回復には通常3~6週間かかるが最長で6カ月要することもある。
全体での死亡率は6~15%であり,死亡例は全て比較的重症型の患者で発生している。後遺症の腎機能障害は,バルカン半島で起こる重症型を除きまれである。
治療
リバビリン
ときに腎透析
腎症候性出血熱の治療はリバビリン静注による:リバビリン33mg/kg(最大2.64g)の負荷投与に続いて,16mg/kgを6時間毎(最大1.28g,6時間毎)に4日間,さらに8mg/kgを8時間毎(最大0.64g,8時間毎)に3日間投与する。
利尿期は特に支持療法(腎透析を含めることもある)が重要である。
ハンタウイルス肺症候群
ハンタウイルス肺症候群(HPS)は米国(主に南西部の州),カナダ(主に西部の州),南米およびパナマで発生している。インフルエンザ様疾患として始まり,数日以内に非心原性肺水腫を引き起こす。診断は血清学的検査および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)検査による。比較的重症例の致死率は最大50%である。治療は支持療法による。
HPSのほとんどの症例は,以下によって引き起こされる:
シンノンブレ(Four Cornersウイルス,Muerto Canyonウイルス),アンデス,およびChocloハンタウイルス
それ以外は,以下によって引き起こされる:
米国南東部およびメキシコのブラッククリークカナルウイルス,Muleshoeウイルス,およびバヨウウイルス
米国東海岸のニューヨークウイルス(シンノンブレウイルスの変異種)
北米の西海岸のConvict CreekウイルスおよびIsla Vistaウイルス
南米のLaguna Negra(およびそのRio Mamore変異種),アンデス様ウイルス(Hu39694,Lechiguanas,Oran),Central Plata,Buenos Aires,Rio Mearim,Juquitiba,Juquitiba-like,Ape Aime Itapua,Araucaria,Jabora,Neembucu,Anajatuba,Castelo dos Sonhos,Maripo,およびBermejoハンタウイルス
感染症は,アメリカネズミ亜科の齧歯類(特にシンノンブレウイルスを伝播するシカネズミ)の排泄物吸入によりヒトへ伝播される。ほとんどの症例は,ミシシッピ川の西側で春または夏に起こり,豪雨の後が典型的であるが,これはこのような季節の豪雨が植物の成長を促し,それを食物とする齧歯類の個体数増加につながるためである。
ハンタウイルス肺症候群の症状と徴候
ハンタウイルス肺症候群は,非特異的なインフルエンザ様疾患として始まり,急性の発熱,筋肉痛,頭痛,および消化管症状を伴う。2~15日後(中央値は4日後),急激に非心原性肺水腫および低血圧が生じる。
HFRSおよびHPSの合併例が数件報告されている。軽症のHPSが起こる可能性がある。
ハンタウイルス肺症候群の診断
血清学的検査またはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査
曝露の可能性がある患者で臨床所見またはX線所見により原因不明の肺水腫が認められた場合は,ハンタウイルス肺症候群を疑う。胸部X線像で血管陰影の増強,Kerley B line,両側性の浸潤,または胸水を認めることがある。
HPSが疑われる場合は,心原性肺水腫を除外するために心エコー検査を施行すべきである。
血算,肝機能検査,および尿検査も通常行われる。HPSは好中球優位の軽度の白血球増多,血液濃縮,および血小板減少を引き起こす。血清アルブミンの低下を伴う乳酸脱水素酵素,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ,およびアラニンアミノトランスフェラーゼの軽度上昇は典型的である。尿検査ではごく軽微な異常を認める。
HPSの診断は血清学的検査または逆転写PCR検査による。
ハンタウイルス肺症候群の予後
最初の数日間を生き延びたHPS患者は急速に改善し,2~3週間でしばしば後遺症もなく完全に回復する。比較的重症例の致死率は最大50%である。
ハンタウイルス肺症候群の治療
支持療法
ハンタウイルス肺症候群の治療は支持療法である。機械的人工換気,綿密な循環血漿量調節,および昇圧薬が必要となることがある。重度の心肺機能不全では,体外循環式の人工心肺装置で救命可能となることがある(Centers for Disease Control and Prevention: Hantavirus Virus: Treatmentも参照)。
リバビリン静注は腎症候性出血熱への有効性があるにもかかわらず,HPSの治療に効果的であることは示されていない。