高齢者の歩行障害

執筆者:James O. Judge, MD, University of Connecticut School of Medicine
レビュー/改訂 2021年 6月
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歩行障害とは、歩行速度の低下、滑らかさ、対称性、平衡感覚の喪失など、歩き方の異常のことをいいます。

1人で動き回るためには、歩いたり、椅子から立ち上がったり、方向を転換したり、寄りかかったりする動作が重要になります。歩行速度、椅子から立ち上がるまでの時間、片足をもう片方の前に置いて立つ能力(継ぎ足位)は、高齢者が買い物、旅行、料理などの日常的な活動やその他の活動を行う能力を予測するのに役立ちます。

歩行の正常な加齢変化

歩行の要素には、歳をとるにつれて通常変化するものもあれば、変化しないものもあります。

歩行速度(歩行のスピード)は70歳頃まで変わりませんが、その後は低下します。歩行速度は、死亡の強力な予測因子であり、患者の慢性疾患数や入院回数と同じくらい強力です。75歳で歩行の遅い人は、歩行速度の正常な人よりも6年以上早く死亡し、歩行速度の速い人よりも10年以上早く死亡します。

歩行速度が遅くなる理由は、高齢者では歩幅が短くなるためです。歩幅(一方のかかとが接地してから次のかかとが接地するまでの距離)が短くなる理由として最も可能性が高いものは、ふくらはぎの筋力低下です。ふくらはぎの筋肉は体を前進させますが、ふくらはぎの筋力は年齢とともに低下します。しかし高齢者は、股関節の屈筋と伸筋を若年成人よりも多く使用することによって、ふくらはぎの筋力低下を補っているようです。

ケイデンス(cadence)とは1分間当たりの歩数で、年齢とともに低下することはありません。人それぞれに好みのケイデンスがあり、それは脚の長さに関連しています。背の高い人は歩幅が長く、ケイデンスが低くなり、背の低い人は歩幅が短く、ケイデンスが高くなります。

両脚支持とは、足を踏み出す過程で両足が地面に着いている状態を指します。この段階の姿勢は、片足だけが地面に着いているときと比べて、安定して重心を前方に移動させることができます。両脚支持時間の割合は、年齢とともに上がっていきます。高齢者が平坦でない場所や滑りやすい場所を歩く場合や、バランスの崩れを感じたり、転倒を恐れている場合には、両脚支持時間がさらに長くなることがあります。滑りやすい氷の上を歩いているように見えることがあります。

歩行姿勢の加齢に伴う変化はごくわずかです。高齢者はまっすぐ立って歩き、前かがみになることはありません。しかし、高齢者では、骨盤の下方回旋と腰の反り(腰椎前弯)が強くなります。通常、このような姿勢の変化には、腹筋の筋力低下、股関節の屈筋の硬直、腹部脂肪の増加が関与しています。高齢者はまた、脚が約5度外旋します(つま先が外側に向きます)が、おそらく股関節の内旋が制限されるためか、安定性を高めるために、このような姿勢をとると考えられています。遊脚期のフットクリアランスは年齢によって変化しません。

歩行の異常な変化

いくつかの病気が歩行機能障害や危険な歩行につながります。歩行の異常には様々な種類があり、特定の種類の異常は、歩行障害の原因を医師が判断するのに役立ちます。

非対称性:健康であれば、体は歩行中、左右対称に動きます(つまり左右の動きは同じです)。歩行中に常に対称性がみられなければ、多くの場合、神経または骨や関節の問題が体の片側に起きていることが原因です(例えば、足首の痛みが原因で足を引きずる)。対称性が欠如している理由が明らかでない場合は、脳の問題または特定の薬の使用が原因である可能性があります。

歩行開始困難または歩行継続困難:高齢者は、歩き始めたり、歩き続けたりするのが困難になることがあります。歩き出すとき、両足が床に張りついたように見えることがありますが、これは一般に、片方の足に体重を移動させて、もう片方の足を前方に動かすことができないために生じます。医師は、この歩行障害の原因を特定するために、パーキンソン病などの運動障害がないか調べます。歩行が始まると、一歩一歩のタイミングはほとんど変動せず、連続的な足の運び方になります。すくみ足は、止まってしまうこと、またはほぼ止まってしまうことですが、通常、用心深い歩行、転倒への恐怖感、または脳の前頭葉に問題があることが疑われます。すり足は正常ではありません(また、つまずきの危険因子です)。

後方突進:後方突進とは、歩き出そうとしたときに意図せず後退したり、歩行中に後方へ転倒したりすることです。医師は、考えられる原因として、脳の前頭葉の問題、パーキンソニズム梅毒、小さな脳卒中、または進行性核上性麻痺がないか調べます。

下垂足:下垂足とは、関係する筋肉の筋力低下や麻痺のために、足のつま先をもち上げるのが困難になることです。足を踏み出すときに、足のつま先を引きずります。下垂足の人は、つま先が引っかからないようにするために、歩行中、脚を通常より高くもち上げることがあります。

歩幅の減少:歩幅の減少は、転倒への恐怖感や、神経や筋肉の問題が原因である可能性があります。歩幅が短くなるのは通常は健康な方の脚で、通常は反対側の(問題のある)脚の立脚期の問題のせいで歩幅が短くなります。

歩隔の拡大:歩行速度が低下するにつれて、歩隔はやや拡大します。開脚歩行は、膝や股関節、または小脳の病気が原因で起こることがあります。歩隔の変動(片側または両側への傾き)は、脳の問題により筋肉をうまくコントロールできないことが原因である可能性があります。

分回し歩行:骨盤底筋の筋力が低下している人や膝を曲げるのが難しい人は、前進するときに直線ではなく弧を描くように足を動かすことがあります。この弧を描く動作のことを分回し歩行と呼びます。

前傾姿勢:歩行中の前傾姿勢は、脊柱後弯症パーキンソン病、または特定の種類の認知症(特に血管性認知症レビー小体型認知症)のある人にみられることがあります。

加速歩行:加速歩行とは(通常、前傾姿勢になりながら)足の運びが徐々に速くなることであり、前方への転倒を防ぐために急に走り出すことがあります。加速歩行はパーキンソン病の人に起こることがあり、まれにドパミン遮断薬の副作用として起こることもあります。

体幹傾斜:体幹が側方に傾く人は、関節炎による関節痛や下垂足を補っている場合があります。

腕振りの変化:パーキンソン病血管性認知症の人では、歩行中に腕をあまり振らなかったり、まったく振らなかったりすることがあります。ドパミン遮断薬の副作用によって、腕振りが変化することもあります。

歩行の評価

医師は、以下のことを行って、歩行障害につながる可能性のある要因をできるだけ多く特定しようとします。

  • 患者の訴え、恐怖感、移動性に関連する目標について話し合う

  • 杖や歩行器などの補助器具を使用した場合と(安全であれば)使用しない場合の歩行を観察する

  • 歩行のすべての構成要素を評価する(歩行開始、右の歩幅と足の高さ、左の歩幅と足の高さ、対称性)

  • 患者の歩行の構成要素について知識を得た上で、再度歩行を観察する

医師は身体診察を行うとともに、転倒(または転倒への恐怖感)の有無を含め、歩行、平衡感覚、またはその両方について困難がないか、自由回答式の質問を行います。また、階段を昇り降りできるかどうか、椅子への腰掛けと椅子からの立ち上がり、またはシャワーや浴槽の出入りができるかどうか、食事の買い物や準備、家事をするために必要に応じて歩行できるかどうかなど、具体的な能力についても質問します。筋力(特にふくらはぎと太ももの筋力)を評価します。

ときに、脳、脊椎または体の他の部位の病気が原因で歩行異常が生じているかどうかを調べるために、CT検査MRI検査などの検査を行うこともあります。

歩行障害の予防

高水準の身体活動は、病気がある場合でさえも、高齢者が移動性を維持するのに役立ちます。定期的なウォーキングや活動的なライフスタイルの維持は、健康的な歩行を維持する上で不可欠です。運動不足の悪影響はいくら強調してもしすぎることはありません。毎日30分の定期的なウォーキングプログラムは、移動性の維持に最も適した活動です。しかし、ウォーキングによって、虚弱な人の強さが増すわけではありません。ウォーキングに起伏のある場所を含めると、脚の筋力を維持するのに役立ちます。杖や長さが調節できる歩行用ステッキを利用することで、高齢者に自信と安全を与えることができます。

予防には、筋力トレーニングバランストレーニングなどもあります。

歩行障害の治療

歩行障害の治療や改善は必ずしも必要ではありません。高齢者は、ゆっくりとした異常な歩き方をすることで、安全にかつ介助なしで歩行できている場合があります。しかし、生活の質を改善するために、医師は歩行の治療を提案する場合があります。治療法としては、運動、バランストレーニング、補助器具などがあります。

筋力トレーニング

移動性に問題があるフレイルな高齢者は、運動プログラムで改善することがあります。ウォーキングや筋力(レジスタンス)トレーニングにより、関節炎のある人で膝の痛みが軽減し、歩行が改善することがあります。レジスタンス運動により筋力が改善することがあり、特に歩行速度が低下したフレイルな人においてはなおさらです。目標の筋力に達するまで、通常、週に2~3回のトレーニングが必要です。筋肉痛やけがを減らすためには、それぞれの運動中に正しい姿勢をとることが重要です。歩行に関係するすべての大きな筋肉群を強化するために、レッグプレスマシン(または、ウェイトベストを着用するか、ウエストにウェイトを付けた状態での椅子からの立ち上がり運動)、段差昇降、階段上り、ニーエクステンションマシンを組み合わせることが推奨されることがあります。

ノルディックウォーキング

ノルディックウォーキングは、長さを調節できるウォーキングポールを使った全身歩行運動です。従来のウォーキングと比べて、ノルディックウォーキングの動作では肩と腕の筋肉を使い、骨盤を大きく回転させる必要があるため、歩幅が大きくなり歩行速度が速くなります。フレイルな人がノルディックウォーキングプログラムを開始する際には、歩行用ステッキを安全に使用するための指導と訓練を受ける必要があります。

バランストレーニング

平衡感覚に問題がある人の多くは、バランストレーニングで改善します。まず、医療従事者は、立っているときのよい姿勢とバランスを教えます。次に、足のどの部分に圧力がかかっているかを把握する方法と、体をゆっくり傾けたり、回転させて左右を向いたりすることによって、圧力がかかっている位置がどのように移動するかを把握する方法を指導します。また、体を前(壁やカウンターを支えにして)、後ろ(壁を背にして)、および左右に傾ける練習をします。目標は、片脚で10秒間立てるようになることです。

より動的なバランストレーニングを行うこともできます。動的バランストレーニングには、片脚立ちでのゆっくりとした動作、単純な太極拳の動作、継ぎ足歩行(片足の親指の先にもう片方の足のかかとをつけて歩くこと)、歩行中の方向転換、後方への歩行、仮想オブジェクト(床の上の縞など)上の歩行、ゆっくりとしたフォワードランジ、ゆっくりとしたダンスの動作などがあります。

補助器具

杖や歩行器などの補助器具は、移動能力と生活の質の維持に役立ちます。理学療法士は、適切な器具を選ぶのを助け、その使い方を教えます。

杖は、地面または床の種類に関する情報を杖を持つ手に伝達するため、膝関節や股関節の関節炎による痛みがある人や、両足の末梢神経障害がある人に特に役立ちます。「4点杖」は安定しますが、通常、歩行速度が低下します。通常、杖は、痛みがある脚または筋力が低下した脚と反対側で使用します。市販の杖の多くは長すぎますが、正しい高さに調整できます(図「正しい寸法に調整する」を参照)。

歩行器は、腕と肩に十分な筋力があれば、関節炎の患部にかかる力と患部の痛みを杖の場合よりも軽減できます。歩行器は安定性が高く、前方への転倒を適度に予防しますが、平衡感覚に問題がある場合の後方への転倒は、ほとんどまたはまったく予防できません。理学療法士は、歩行器を処方する場合には、歩行の安定性の確保と効率の最大化という、ときに矛盾するニーズを考慮します。大きな車輪とブレーキを備えた4輪歩行器は、効率を最大化しますが、安定性は低下します。

正しい寸法に調整する

正しい寸法の杖を使うことは大切です。杖が長すぎたり短すぎたりすると、腰痛、姿勢の悪化、転倒の原因となります。杖は、筋力が低下した脚と反対側の手で持つようにしましょう。

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