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科学としての医学

執筆者:

Oren Traub

, MD, PhD, Pacific Medical Centers

最終査読/改訂年月 2018年 9月
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医師たちは、何千年にもわたって人々の治療を行ってきました。医学的治療の最も古い記録は、3500年以上前の古代エジプトのものです。それ以前にも、ヒーラーやシャーマンが病人やけが人に対して薬草などの治療を行っていたようです。一部の単純な骨折や軽いけがに用いられたものなど、いくつかの治療法は実際に効果があるものでした。しかし、ごく最近になるまで、有効ではない医学的治療が多く行われ、なかには有害なものもありました。

200年前には、幅広い病気に対する共通の治療法として、静脈を切開して500ミリリットル以上の血液を抜き取る治療や、様々な有害物質を投与して嘔吐や下痢を引き起こす治療など、病人やけが人にとって危険な治療法が広く行われていました。120年余り前のMSDマニュアルには、アスピリンやジギタリスなどの有用な薬とともに、コカインがアルコール依存症の治療薬として、ヒ素やタバコの煙が喘息の治療薬として、硫酸の鼻腔スプレーがかぜの治療薬として記載されていました。これらが患者の役に立つと医師たちが考えていたのです。もちろん、当時の医師たちに現在私たちが知っている知識を期待するのは公平ではありませんが、なぜ医師たちはタバコの煙が喘息の人に有益だと考えたのでしょうか。

なぜ医師たちは効果のない(ときに有害な)治療法を勧め、患者はそれを受け入れたのか、それには以下のような多くの理由がありました。

  • 一般的には、代わりとなる効果的な治療法がなかったため。

  • 医師と患者は多くの場合、何もしないことよりも何かをすることを好むため。

  • 患者は問題をその道の権威に委ねることで安心できるため。

  • 医師は多くの場合、切望される支援と安心感を患者に与えようとするため。

しかし、最も重要なことに、医師たちはどの治療法に効果があるのか見分けることができませんでした。

治療と回復:原因と結果

ある出来事が別の出来事の直前に起こった場合、人は普通、最初の出来事が次の出来事の原因であると考えます。例えば、壁にある表示のないボタンを押したときに、そばにあるエレベータのドアが開けば、その人は普通、そのボタンでエレベータを操作できると考えてしまいます。このように複数の出来事を関連づける能力は、人間の知能の重要な部分であり、私たちの世界観の大部分に関わっています。しかし、人は何もないところに因果関係を見出すことがしばしばあります。これは、運動選手が大きな試合で勝ったときに着用していた「幸運の」ソックスを何度も履き続けたり、学生が試験で同じ「幸運の」鉛筆を使い続けるのにこだわったりすることの理由です。

この考え方は、効果のない治療法が効くと考えられていた理由でもあります。例えば、医師が500ミリリットルほど血液を抜き取った後やシャーマンが呪文を唱えた後に病人の熱が下がれば、人々はそれらの行為によって熱が下がったに違いないと自然に考えました。必死に救いを求めている人にとっては、良くなったという事実だけで完全な証明になっていたのです。残念なことに、初期の医術で観察された見かけ上の因果関係が正しいことはまれでしたが、そこにあった信念は、効果のない治療法を数世紀にわたって永続させるには十分でした。なぜこのようなことが起こりえたのでしょうか。

人の体は自然に回復に向かうものです。壊れた斧や破れたシャツなど「病める」無生物は誰かが修理しなければ壊れたままですが、これとは異なり、病人は体の自己治癒力や病気の自然経過により、しばしば自然に(医師のケアに関係なく)回復に向かいます。かぜは1週間で、片頭痛は典型的には1~2日間で、食中毒の症状は12時間で治まります。また、たとえ心臓発作や肺炎など生命を脅かす病気であっても、治療を受けることなく回復する人も多くいます。慢性疾患(喘息や鎌状赤血球症など)の症状は出現と消失を繰り返します。そのため、十分な時間さえ与えられれば、多くの治療法が有効にみえる可能性があり、自然治癒の直前に行われれば、どのような治療法も劇的な効果があるようにみえます。

プラセボ効果が関与する場合もあります。治療の効果を信じるだけで、体調が良くなったように感じることがしばしばあります。効果を信じることで骨折や糖尿病などの基礎疾患を消滅させることはできませんが、強力で効果的な治療を受けていると信じている人は、体調が良くなったと感じることが非常に多くなります。砂糖の錠剤のように、有効成分を含まず有益である可能性のない錠剤(このようなものをプラセボといいます)であっても、薬と思って飲むと、痛み、吐き気、脱力など多くの症状が軽減することがあります。信じることの影響は大きいということです。

効果のない(または有害ですらある)治療でも、自信に満ちた医師が信頼と希望に満ちた患者に対して行えば、しばしば顕著な症状改善につながります。この改善をプラセボ効果と呼びます。このように、疾患そのものに対する効果がない治療によって、実際に(誤認ではなく)有益な結果が認められる場合があります。

なぜそれが問題なのでしょうか。なかには、重要なことは治療を受けた人が体調が良くなったと感じるかどうかだけだと主張する人もいます。治療が実際に「効いている」かどうか、すなわち根底にある病気(基礎疾患)に作用しているかどうかは問題ではないという主張です。確かに、問題が日々生じる痛みのような症状であったり、かぜのように常に自然に治る病気であったりするのであれば、この主張も妥当かもしれません。そのような状況では、ときに、プラセボ効果を期待した治療が処方されることがあります。しかし、危険な病気や重篤化する可能性のある病気がみられる場合や、その治療自体が副作用を引き起こす可能性がある場合には、本当に効果のある治療を施す機会を逃さないようにすることが重要になります。

有効な治療法を明らかにする方法

はるか昔のこと、多くの病気は自然に回復に向かうということに一部の医師たちが気づき、同じ病気の経過が治療の有無でどう変わってくるか比較しようとしました。しかし、19世紀の中頃になるまでは、このような比較は非常に困難なことでした。病気というものがよく理解されていなかったため、どのような状況であれば複数の人に同じ病気があるといえるのか、その判断が難しかったのです。

医師たちは、しばしば1つの用語をまったく異なる複数の病気に使用していました。例えば、18~19世紀には、脚に腫れがみられる人には画一的に「dropsy」という病名が付けられていました。しかし現在では、脚の腫れ(浮腫)は心不全腎不全重度の肝疾患など、様々な病気によって発生し、それぞれの場合で効果的な治療法が異なることが知られています。同様に、発熱と同時に嘔吐がみられる多くの人が「bilious fever」という病名で画一的に診断されていましたが、現在では、腸チフス、マラリア、肝炎など、様々な病気で発熱と嘔吐が同時にみられることが知られています。

20世紀初頭あたりから、科学に基づく正確な診断法が普及するようになり、その頃になって初めて、医師たちは治療法を効果的に評価するようになりました。しかし、この時点でも、治療法を最も適切に評価する方法を明らかにする必要がありました。

症例数

医師たちはまず、治療に対する反応を複数の患者で検討する必要があることに気づきました。1人の患者が良くなっても(または悪くなっても)、それは偶然の結果かもしれないからです。一方、多くの患者で良好な結果が得られれば、それが偶然の結果である可能性は低くなります。患者の数(症例数)が多いほど、観察される効果が真実である可能性が高まります。

対照群

たとえ多数の患者で新しい治療法に対する良好な反応が認められたとしても、同じ数(またはそれ以上)の患者が治療を受けない場合に自然に良くなるかどうかや、別の治療法を受けて良くなるかどうかは、依然として分かりません。そのため、研究対象の治療を受けるグループ(治療群)と以下のようなグループ(対照群)との間で結果を比較するのが通例となっています。

  • 既存の治療

  • にせの治療(砂糖の錠剤のようなプラセボ

  • 何の治療も受けない

対照群を設ける研究を対照研究と呼びます。

期間

まず、特定の病気をもつ患者全員に一律に新しい治療を施し、それらの結果を、以前(同じ医師や他の医師により)別の治療を受けた患者から成る対照群の結果と比較します。以前に治療を受けた患者は既存対照群とみなされます。例えば、マラリア患者の生存率がそれまで70%であったのに対して、新しい治療を受けた患者の生存率が80%であることが分かれば、新しい治療薬の方がより効果的と結論づけるでしょう。

以前の結果との比較を行う場合の問題点は、治療成績の改善が観察されたとしても、それぞれの治療が導入された時期の間に達成された全般的な医療の進歩がその原因である可能性を否定できないということです。2015年に治療を受けた人たちの結果を1985年に治療を受けた人たちの結果と比較するのは、公平ではありません。

既存対照群を用いる場合のこうした問題を回避するため、現在では治療群と対照群で同時に治療を行い、結果が明らかになってから、それらを観察するようにしています。このような研究を前向き研究と呼びます。

リンゴをリンゴと比較する

後向き研究を含めたあらゆる種類の医学研究における最大の関心事は、全体として類似した患者のグループ同士で比較を行う必要があるということです。

前述の例で考えると、マラリアに対する新しい治療を受けたグループ(治療群)が軽症の若者ばかりで構成され、一方で過去に既存の治療を受けたグループ(対照群)が重症の高齢者で構成されていたとすれば、治療群でより良い結果が得られたとしても、単に治療群の方が患者が若く、症状が軽かったことが理由とみるのが妥当でしょう。このように、新しい治療の方が有効であるかのようにみえる不正確な結果が得られる場合もあります。

年齢や病気の重症度のほかにも、以下のような多くの要因を考慮に入れる必要があります。

  • 研究対象者(被験者)の全体的な健康状態(糖尿病や腎不全などの慢性疾患をもつ人は健康な人より悪くなりやすい傾向があります)

  • 実際に医療を提供する医師や病院(より熟練した医師もいれば、より設備が整った病院もあります)

  • それぞれの試験群の男女比(男女で治療に対する反応が異なる場合があります)

  • 参加する人の社会経済的な状況(より多くの支援を受けられる人の方が良くなりやすい傾向があります)

医師たちは、比較する患者群ができるだけ同じ条件であることを保証するために多くの方法を試してきましたが、大きく分けて2つのアプローチがあります。

  • 症例対照研究:できるだけ多くの要因(年齢、性別、健康など)に基づき綿密な検討を行い、新しい治療を受ける患者(症例)とその治療を受けない患者(対照)でペアを作ります。

  • ランダム化試験:それぞれの試験群に被験者をランダムに割り当てます

症例対照研究は、理にかなった方法と思えます。例えば、高血圧に対する新しい治療法を研究する場合、治療群の1人が42歳で糖尿病を患っていれば、対照群にも高血圧と糖尿病のある40歳前後の人を配置するようにします。しかし、医師が考えもしない違いを含めて、個々の患者には極めて多くの違いがあるため、研究の各被験者について意図的に完全な一致を作り出すのはほぼ不可能です。

ランダム化試験では、まったく異なるアプローチでこの問題に対処します。驚かれるかもしれませんが、試験群間のバランスを確実にとる最善の方法は、あえてそうしないことなのです。その代わり、確率の法則を利用して同じ病気をもつ人を複数の群に(一般的にはコンピュータプログラムを利用して)ランダムに割り当てます。十分な数の被験者をランダムに振り分ければ、各試験群の被験者が全体として類似した集団になる可能性が高くなります。

確実に同等の試験群間で治療法や検査法の比較を行うためには、前向きのランダム化試験が最善の方法になります。

その他の要因を排除する

いったん同等の試験群ができたら、唯一の違いが治療内容のみであることを確認する必要があります。そうすることで、いかなる結果の相違も治療法の違いによるものであり、治療後のケアの質や実施頻度など、その他の要因の違いによるものではないことを確信できます。

プラセボ効果は、もう1つの重要な要因です。実際に新しい治療を受けていることを知っている人は、何の治療も受けない(または効果が小さいと考えられる既存の治療を受けている)人と比べて、しばしば状態が良くなることを予想します。一方で、新しい実験的な治療は副作用が起こりやすいと予想する人もいます。いずれの場合も、これらの予想によって治療の効果が誇張され、実際より大きな効果があるようにみえたり、合併症が多いようにみえたりする可能性があります。

盲検化は、プラセボ効果の問題を回避するために用いられる方法です。研究に参加する患者に、新しい治療を受けるかどうかを知らせないというものです。つまり、被験者はこの情報について「盲検化」されます。盲検化は通常、対照群の被験者に見た目がまったく同じ物質(通常はプラセボ)を投与することによって達成されます。

対象の病気に対してすでに有効な治療薬が存在する場合、対照群にプラセボを投与することは倫理的に問題があります。そのような状況では、対照群には確立された治療薬(その病気を治療するのに有効であることがすでに知られている治療薬)を投与します。しかし、プラセボと確立された治療薬のどちらを使用するとしても、その薬剤は見た目を試験薬と同じにしますので、被験者は自分が試験薬を使用しているかどうかを判断することができません。治療群の被験者に赤くて苦い液体を服用してもらう場合には、対照群の被験者にも赤くて苦い液体を服用してもらう必要があります。また、治療群の被験者が透明の液体の注射を受ける場合には、対照群の被験者にも同様の注射を行う必要があります。

二重盲検は、さらに一歩進んだ対応です。医師や看護師がうっかり治療内容を被験者に教えてしまい、それにより盲検化が損なわれる可能性がありますので、各被験者が受ける治療の内容は試験に関与する医療従事者全員にも知らせないのが得策です。二重盲検では、通常はその試験と独立したスタッフ(薬剤師など)が、特別なコード番号でのみ識別される見た目の同じ薬剤を準備する必要があります。コード番号が示す内容は、試験が完了するまで明らかにされません。

二重盲検にするもう1つの理由は、プラセボ効果が医師の判断にも影響を及ぼす可能性があり、治療を受けている被験者は治療を受けていない被験者より良くなっていると(たとえ両方の被験者の状態がまったく同じであっても)無意識に思うことがあるためです。ただし、すべての医学研究で二重盲検を採用できるわけではありません。例えば、ある手術の2つの方法(術式)を比較する場合、実際に手術を行う医師は当然ながらどちらの術式を用いるかを知っています(手術を受ける被験者に知らせないことは可能です)。このようなケースでは、手術の結果を評価する人についてはどちらの術式を用いたかを盲検化して、結果に対する無意識の先入観が働かないようにします。

臨床試験のデザインを選択する

最良の臨床試験は以下の要素をすべて採用したものです。

  • 前向き

  • ランダム化

  • プラセボ対照

  • 二重盲検

このデザインを採用すれば、治療法の有効性を最も明確に判断することができます。しかし、状況によっては、この試験デザインを採用できないことがあります。例えば、非常にまれな病気では、ランダム化試験を実施するのに十分な数の患者を見つけるのが困難なことがよくあります。そのような状況では、後ろ向きの症例対照研究がしばしば実施されます。

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