胎児の娩出後は子宮からの出血過多に注意が必要です。
経腟分娩の場合、通常は分娩中と分娩後で約500ミリリットルの出血があります。子宮から胎盤が剥がれるときに一部の血管が開いた状態になり、出血が起こります。血管がふさがるまで、子宮の収縮が血管を閉じるのを助けます。一般的に帝王切開では経腟分娩の約2倍の出血が生じますが、その理由として、分娩に子宮の切開を要することが挙げられます(妊娠中は大量の血液が子宮に送られます)。
分娩から24時間以内に以下のいずれかが起こった場合、出血過多であるとみなされます。
約1000ミリリットル以上の失血
低血圧、心拍数の増加、めまい、ふらつき、疲労、脱力などの多量の失血の症状
大量の出血が起こるのはたいてい分娩直後ですが、産後1カ月も経過してから起こることもあります。
原因
分娩時の出血過多の最も一般的な原因は以下のものです。
分娩後に収縮し始めず、緩んで伸びたままの子宮(子宮弛緩と呼ばれる状態)
分娩後に子宮が収縮し始めないと、胎盤が剥がれるときに開いた血管からの出血が止まりません。
以下のような状況では、子宮の収縮が妨げられます。
子宮の羊水量の過多 羊水量が多すぎる 羊水とは、子宮内の胎児の周囲を満たしている液体のことです。羊水と胎児は羊膜腔と呼ばれる膜の中に入っています。羊水の問題には、以下のものがあります。 羊水量が多すぎる 羊水量が少なすぎる 羊水、羊膜腔、または胎盤の感染( 羊膜内感染と呼ばれる)。 羊水過多や羊水過少などの妊娠合併症は、妊娠中だけに発生する問題です。母体に影響を及ぼすもの、胎... さらに読む 、 多胎妊娠 多胎出産 多胎出産とは、子宮に複数の胎児がいる状態での出産を意味します。 20年ほど前から双子、三つ子などの多胎出産が増えています。多胎出産は、30件の出産につき1件にも上ります。 以下のような場合に多胎妊娠になりやすくなります。 排卵誘発薬を使用している 生殖補助医療(体外受精など)を受けている さらに読む 、 非常に大きい胎児 在胎不当過大(LGA:Large for Gestational Age)の新生児 同じ在胎期間で生まれた新生児の90%が占める体重分布よりも体重が重い(90パーセンタイル以上)新生児は、在胎期間に比べて大きい(在胎不当過大)とみなされます。 両親が大柄である、あるいは母親が糖尿病や肥満であることが原因で、新生児が正常より大きい場合があります。 母親の腹部を測定し、超音波検査を利用して胎児を測定して、胎児の体重の推定に役立てます。 糖尿病の母親から生まれた在胎不当過大の子どもは、成人になっても過体重になる可能性が高くな... さらに読む などにより、子宮が過度に拡張していた場合
分娩が長引いた場合や異常分娩であった場合、あるいは急速に進んだ場合
出産経験が5回以上の場合
陣痛および分娩時に筋弛緩作用のある麻酔薬を使用した場合
以下が起こった場合にも出血過多が生じやすくなります。
分娩後も胎盤の一部が子宮に残っている場合
まれに、 子宮破裂 子宮破裂 子宮破裂とは、子宮が自然に裂けて開くことです。このため、胎児が腹部に移動することがあります。 子宮破裂はめったに起こりません。子宮破裂は迅速な治療を要する緊急事態です。 子宮破裂は分娩前や分娩中に生じます。 以下により子宮破裂のリスクが上昇します。 過去に帝王切開の経験があり、特に自然に陣痛が起こったのではなく、陣痛が人工的に開始( 陣痛誘発)された場合。 さらに読む または 子宮内反 子宮内反 ごくまれに、子宮が裏返しになり(子宮内反)、子宮体部が子宮頸部を通って腟内または腟の外へ出てくることがあります。 子宮内反は、子宮に強固に付着している胎盤を引き剥がすため、医師が強く引っ張ったときに生じることがあります。 子宮内反は迅速な治療を要する医学的な緊急事態です。通常、医師は手で子宮を正常の位置に戻します。鎮痛薬や鎮静薬、ときには全身麻酔が必要になることもあります。必要があれば、子宮を弛緩させるための薬剤(テルブタリンなど)を静... さらに読む (子宮が裏返しになる)が起こった場合
分娩後に出血過多を1度でも起こしたことがある場合は、それ以降の分娩でも産後に出血過多が起きるリスクが上昇します。 子宮筋腫 子宮筋腫 子宮筋腫は、筋肉組織と線維組織から構成される良性(がんではない)腫瘍で、子宮内に発生します。 子宮筋腫は痛み、異常な性器出血、便秘、繰り返す流産、頻尿や尿意切迫などの症状を引き起こします。 診断は内診のほか、通常は超音波検査によって確定されます。 筋腫により問題が起きている場合にのみ、治療が必要になります。... さらに読む も出血過多のリスクを高めることがあります。
診断
医師による評価
分娩後出血の診断は、出血量の注意深い観察に基づきます。腟と会陰部を診察し、修復の必要がある裂傷がないかどうか確認します。医師は母親の腹部をそっと押して子宮に触れ、子宮が硬いかどうか調べます。柔らかい子宮は、子宮が正常に収縮しておらず、子宮内に血液がたまっていることを示唆している可能性があります。
母体の血圧や心拍数などのバイタルサインのモニタリングは、出血過多であるかどうかを医師が判断するのに役立ちます。血圧の低下や心拍数の増加は、出血過多を示唆している可能性があります。
予防
陣痛が始まる前に、分娩後の出血過多に対する予防策や対応策を取ります。例えば、出血のリスクを高める状態(羊水過多や出血性疾患など)の有無を確認します。可能であれば、その状態を治療します。
母親がまれな血液型の場合は、その型の血液を確実に入手できるように手配します。
分娩はできるだけ時間をかけて、損傷が生じないように努めます。医師は通常、オキシトシンを静脈内投与するか、筋肉内に注射します。この薬剤は子宮の収縮を助けます。オキシトシンは出血量を減らすのに役立ちます。
胎盤が娩出されれば、胎盤が完全かどうか確認します。不完全な場合は、子宮内に残った断片(出血を引き起こす可能性がある)を手で取り除きます。
胎盤の娩出後は、子宮の収縮を確認し出血量を調べるため、少なくとも1時間はモニタリングします。
治療
子宮のマッサージ
子宮の収縮を促す剤
輸液(静脈からの水分補給)
ときに輸血
ときに子宮の動脈を圧迫する処置
出血過多の場合は下腹部圧迫による子宮のマッサージを行い、オキシトシンを静脈内に持続的に投与します。これらの処置により子宮の収縮が促されます。血流内の水分量の回復を助けるために輸液も行います。出血が続くようであれば、子宮収縮を促進する別の薬剤も投与します。これらの薬剤は筋肉内に注射することや直腸に錠剤を入れたりすることがあり、帝王切開中の場合には子宮内に注入します。
輸血が必要になることもあります。
医師は出血過多が起きた原因を探します。胎盤の断片が残っていないか子宮を調べることもあります。まれに、胎盤の断片を取り除くために 頸管拡張・内膜掻爬 頸管拡張・内膜掻爬 医師は、 スクリーニング検査を勧めることがあります。スクリーニング検査とは、症状がない人に対して病気の有無を調べるために行われる検査です。女性に生殖器系に関連する症状(婦人科疾患の症状)がある場合、症状を引き起こしている病気を特定するための検査(診断目的の検査)が必要になることがあります。 婦人科領域では以下の2つのスクリーニング検査が重要です。 子宮頸がん(子宮の下部のがん)の有無を調べるためのパパニコロウ検査のような細胞診... さらに読む が必要な場合があります。この処置を行う際には、鋭利な小型の器具(キュレット)を子宮頸部(通常は分娩により開いたままです)から入れます。キュレットを使って残っている胎盤の断片を取り除きます。この処置は麻酔下で行います。子宮頸部や腟を診察して、裂傷がないか確認します。
子宮を刺激しても収縮が起こらず出血が続く場合は、子宮に血液を送る動脈を圧迫して血流を遮断しなければならない場合もあります。この処置には以下のものがあります。
子宮内にバルーンを入れ、膨らませる。
パッキングを子宮内に挿入する。
医師が子宮底部の周囲を縫合する(腹部手術を必要とする処置)。
これらの処置を行っても、不妊症や月経異常、その他の長期的な問題は通常生じません。
ときに、手術または動脈塞栓術(カテーテルから動脈に特殊な物質を注入して動脈を詰まらせる処置)によって、子宮に血液を送る動脈をふさぐ治療が必要になる場合もあります。
まれに、出血を止めるために子宮摘出術が必要になることがあります。