小脳の機能不全により、協調運動障害が起きます。
腕や脚をうまく制御できず、歩幅が大きくなって歩行が不安定になります。
診断は症状、家族歴、脳のMRI検査の結果のほか、しばしば遺伝子検査の結果に基づいて下されます。
可能であれば原因を是正しますが、それができない場合の治療としては、症状の緩和に重点が置かれます。
(運動障害の概要 運動障害の概要 手を上げたりほほ笑んだりといった、体のあらゆる動作には、中枢神経系(脳と脊髄)と神経と筋肉の複雑な相互作用が関わっています。このいずれに損傷や機能不全が起こっても、運動障害の原因になります。 損傷や機能不全の性質と発生部位に応じて、次のような様々な運動障害が起こります。 随意(意図的な)運動を制御する脳領域や、脳と脊髄の接合部の損傷:随意... さらに読む も参照のこと。)
小脳は脳の一部で、主に一連の動作を協調させる機能のほか、バランスと姿勢を制御する役割も担っています。小脳が損傷を受けると、どのような損傷であれ、協調運動障害(運動失調)につながることがあります。しかし、他にも多くの病気が協調運動障害を引き起こします。
原因
協調運動障害の原因で最も多いのは以下のものです。
長期間にわたる過度の飲酒:小脳の永続的な損傷の発生につながります。
脳卒中と多発性硬化症も、協調運動障害の一般的な原因です。
頻度は下がりますが、 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症は、甲状腺の働きが低下し、甲状腺ホルモンの産生が不十分になる病気で、身体の重要な機能が働く速度が低下します。 顔の表情が乏しく、声がかすれ、話し方はゆっくりになり、まぶたは垂れて、眼と顔が腫れます。 通常は1回の血液検査で診断が確定されます。 甲状腺機能低下症の人は、生涯にわたって甲状腺ホルモンの投与を受ける必要があります。 甲状腺は、体内の化学反応が進行する速度(代謝率)を制御する甲状腺ホルモンを分泌します。甲状腺ホル... さらに読む (甲状腺の活動が不十分になった状態)、 ビタミンE欠乏症 ビタミンE欠乏症 ビタミンEの少ない食事を原因とするビタミンE欠乏症は、発展途上国でよくみられます。発展途上国における通常の原因は、吸収障害です。乳児がビタミンE欠乏症の状態で生まれてくることがあり、これは通常は加齢に伴って改善します。 ビタミンE欠乏症は、反射と協調運動の障害、歩行困難、筋力低下を引き起こします。 ビタミンE欠乏症の早産児は、深刻な種類の貧血を発症することがあります。 診断は、症状と身体診察の結果に基づいて下されます。... さらに読む 、 脳腫瘍 脳腫瘍の概要 脳腫瘍は、脳内にできた良性または悪性の増殖組織です。脳内で発生するものと、体の別の部位から脳に転移してきたものとがあります。 症状としては、頭痛、人格の変化(突然の抑うつ、不安、自制がきかなくなるなど)、平衡感覚の消失、集中力の低下、けいれん発作、協調運動障害などがみられます。 脳腫瘍の多くは画像検査で発見できますが、ときに腫瘍の生検が必要になる場合もあります。 治療法は手術、放射線療法、化学療法などで、これらを組み合わせることもありま... さらに読む などの病気が協調運動障害を引き起こす場合もあります。 フリードライヒ運動失調症 フリードライヒ運動失調症 協調運動障害は、多くの場合、随意運動を協調させてバランスの制御を行う脳領域である小脳の機能不全が原因で起こります。 小脳の機能不全により、協調運動障害が起きます。 腕や脚をうまく制御できず、歩幅が大きくなって歩行が不安定になります。 診断は症状、家族歴、脳のMRI検査の結果のほか、しばしば遺伝子検査の結果に基づいて下されます。 可能であれば原因を是正しますが、それができない場合の治療としては、症状の緩和に重点が置かれます。 さらに読む などの遺伝性疾患も協調運動障害の原因になります。
特定の薬剤(抗てんかん薬 抗てんかん薬 けいれん性疾患では、脳の電気的活動に周期的な異常が生じることで、一時的に脳の機能障害が引き起こされます。 多くの人では、けいれん発作が始まる直前に感覚の異常がみられます。 コントロールできないふるえや意識消失が起こる場合もありますが、単に動きが止まったり、何が起こっているか分からなくなったりするだけにとどまる場合もあります。... さらに読む など)は、特に高用量で使用した場合に、協調運動障害を引き起こすことがあります。その場合は、その薬剤の使用を中止すると症状はなくなるでしょう。
症状
協調運動障害になると、腕や脚の位置や姿勢を制御できなくなります。そのため、歩行時には歩幅が大きくなってよろめき、何かを手に取ろうとすると腕は大きくジグザグに動きます。
協調運動障害はほかに次のような異常を引き起こすこともあります。
運動失調:協調運動が障害されます。歩行が不安定になり、歩幅が大きくなることがあります。動き回るのに家具や壁で体を支えなければならなくなる場合もあります。
測定障害:体の動きの範囲をコントロールできなくなります。例えば、測定障害のある人が何かを手に取ろうとすると、手が対象物を通り越してしまうことがあります。
構音障害 構音障害 構音障害とは、言葉を正常にはっきり発音する能力が失われる障害です。 話し方がぎこちなくなる、ブツブツ途切れる、息の音が混じる、不規則になる、不明瞭になる、または単調になることがありますが、患者は言語を正しく理解し、正しく使用できます。 医療従事者は、口と舌を使う簡単な動作をしたり単語や文を復唱したりするよう患者に指示して、患者の筋力や筋肉の動きを評価します。 構音障害がある人には、言語療法が役立つ場合があります。... さらに読む :声を出す筋肉の運動が協調しなくなるために、話し方が不明瞭になり、抑揚を制御できなくなります。口の周囲の筋肉が通常より大きく動くこともあります。
断綴性(だんてつせい)言語:話し方が単調になり、語または音節の頭でためらう傾向がみられます。
眼振:何かを見つめようとしたときに視線が対象物を通過してしまったり、眼振が生じたりします。眼振では、眼球が一方向に急速に動いた後、より時間をかけて元の位置に戻るというパターンが繰り返し起こります。
振戦(ふるえ) 振戦 振戦とは、手、頭、声帯、体幹、脚などの体の一部に起こる、不随意でリズミカルなふるえです。振戦は、筋肉の収縮と弛緩が繰り返されたときに起こります。 ( 運動障害の概要も参照のこと。) 振戦には以下の種類があります。 正常(生理的)なもの 病気または薬剤によって引き起こされる異常(病的)なもの さらに読む :小脳の損傷が原因で振戦が起こることもあり、例えば物に手を伸ばそうとしたときなど、ある意図的な動作を試みたときの振戦(企図振戦)や、腕や脚を伸ばして一定の姿勢を保持しようとしたときの振戦(姿勢時振戦)がみられます。
筋肉の緊張が低下することもあります。
フリードライヒ運動失調症
フリードライヒ運動失調症は遺伝性疾患です。フリードライヒ運動失調症は劣性遺伝します。それはつまり、この病気を発症するには、原因になる異常遺伝子を両親からそれぞれ1つずつ受け継ぐ必要があるということです。
フリードライヒ運動失調症は進行性の病気で、5~15歳の間に歩行が不安定になります。その後、腕の協調運動が難しくなり、話し方が不明瞭になって発言を聞き取りにくくなります。
この病気の小児の多くは、生まれつき 内反足 内反足とその他の足の異常 内反足(内反尖足)は、足と足首の形や位置がねじれる先天異常です。 一般的な内反足は足の後ろ側と足首が下方へ内向きになり、足の前側が内側にねじれます。ときおり、子宮内で不自然な位置に足が押さえつけられていたために異常にみえているだけの場合もあります(胎位性内反足)。それに対し真の内反足は、足に構造的な異常があるもので、真の奇形です。真の内反足では、脚や足の骨あるいはふくらはぎの筋肉がしばしば未発達です。... さらに読む 、脊柱の弯曲(脊柱側弯症 脊柱側弯症 脊柱側弯症とは脊柱が異常に曲がった状態です。 脊柱側弯症は生まれつきみられることも、青年期に発生することもあります。 軽症であれば軽度の不快感しか起こらないこともありますが、重症では慢性的な痛みをおぼえたり、内臓に影響したりする場合があります。 診断は診察とX線検査の結果に基づいて下されます。 すべての脊柱側弯症が悪化するわけではありませんが、悪化がみられる場合は、重度の変形を防ぐためにできるだけ早く治療しなくてはなりません。 さらに読む
)、またはその両方があります。
フリードライヒ運動失調症の患者は、振動を感じることができず、自分の腕や脚がどこにあるのかが分からず(位置覚の消失)、反射もみられません。精神機能が低下することもあります。振戦は、あるとしてもわずかです。
しばしば心臓に異常が発生し、徐々に悪化することがあります。
フリードライヒ運動失調症の患者は、20代後半までに車いすでの生活を余儀なくされることもあります。中年期までに亡くなることが多く、多くの場合、死因は不整脈または心不全です。
脊髄小脳失調症
脊髄小脳失調症(SCA)の遺伝子は優性遺伝します。つまり、両親のどちらかから異常な遺伝子を1つ受け継ぐだけで、この病気を発症するということです。この病気には様々な種類(病型)があります。脊髄小脳失調症3型(以前はマシャド-ジョセフ病と呼ばれていました)は、世界的に最も多くみられる病型と考えられています。これらの病気はどれも進行性の変性疾患で、しばしば死に至ります。効果的な治療はありません。
脊髄小脳失調症の症状は病型によって異なりますが、協調運動障害のほか、たいていの場合、感覚の異常(例えば、痛覚、触覚、振動覚が低下しているまたはまったくない)、筋力低下、 レストレスレッグス症候群 周期性四肢運動障害(PLMD)とレストレスレッグス症候群(RLS) 周期性四肢運動障害では、睡眠中に腕、脚またはその両方が繰り返し動きます。レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群とも呼ばれます)では、静かに座っているときや横になっているときに、脚、腕またはその両方を動かしたいという抗いがたい衝動に駆られる病気で、通常はこれらの部位に異常な感覚も生じます。 周期性四肢運動障害の人では、脚、腕、またはその両方がピクピク動いたり、素早く跳ねたりし、それにより睡眠が妨げられますが、患者は通常、四肢の動きには... さらに読む がみられます。平衡感覚、発話、眼球運動にも異常が現れます。一般的に協調運動障害しかみられない病型もあります。
脊髄小脳失調症は、企図振戦(意図的な動作をきっかけに起こる振戦)の一般的な原因です。パーキンソン病に似た症状(振戦や筋強剛など)がみられることもあります(パーキンソニズム パーキンソン病 脳は、何百万もの神経細胞を含む灰白質と白質から構成されています。これらの細胞(ニューロン)は、神経伝達物質という化学信号を放出することによって情報のやりとりをしています。ニューロンが刺激されると、ニューロンから神経伝達物質が放出され、それがシナプスと呼ばれる隙間を渡って、別のニューロン上の受容体に結合することで信号が送られます。 パーキンソン病では、筋肉の動きに関与する脳の領域、特に中脳の黒質にある色素性ニューロンが変性しています。この... さらに読む と呼ばれます)。
脊髄小脳失調症3型の患者の中には、協調運動障害と振戦に加えて他の症状がみられる人もいます。例えば、眼球運動に障害が起きたり、筋肉や舌が勝手にぴくついたり、眼球が突き出たりすることがありします。長く続く(持続性の)、痛みを伴う不随意な筋収縮(ジストニア ジストニア ジストニアは、長時間続く(持続性の)不随意な筋収縮を特徴とし、患者は異常な姿勢を強いられます。例えば、体全体、体幹、四肢、または首がねじれたりします。 ジストニアの原因は、遺伝子の突然変異、病気、または薬剤です。 ジストニアが生じた部位の筋肉は収縮し、その体の部位がゆがみ、数分から数時間にわたり収縮したままになってしまいます。 診断は、症状と身体診察の結果に基づいて下されます。... さらに読む )が生じることもあります。
診断
医師による評価
通常はMRI検査
遺伝子検査
協調運動障害の診断は症状に基づいて下されます。医師は、近親者に似た症状のある人がいないか、また症状がどのような状況で起こるかについても質問します(家族歴)。医師はまた、 神経学的診察 神経学的診察 神経の病気が疑われる場合、医師は身体診察を行って、すべての器官系の評価を行いますが、特に神経系に重点が置かれます。神経系の診察(神経学的診察)では、以下の要素が評価されます。 精神状態 脳神経 運動神経 感覚神経 さらに読む をはじめとする身体診察を行い、症状を引き起こす可能性のある病気の有無を調べます。
通常は脳の MRI MRI(磁気共鳴画像)検査 MRI(磁気共鳴画像)検査は、強力な磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強力な磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一部で正の電荷をもちます)は特定の配列をとっていませんが、MRI装置内で生じるよう... さらに読む 検査を行います。
協調運動障害の家族歴が考えられる場合には、遺伝子検査が行われることが多くなっています。
治療
可能であれば、原因の治療
理学療法と作業療法
可能であれば、原因を取り除くか、治療します。例えば、協調運動障害の原因が飲酒である場合は、飲酒をやめます。高用量の薬剤(フェニトインなど)が原因の場合は、用量を減らします。甲状腺機能低下症やビタミンE欠乏症などの基礎疾患があれば治療します。脳腫瘍がある場合は、手術で症状が軽減することがあります。
遺伝性の協調運動障害に対する根治的な治療法はありません。このような場合の治療では、症状の緩和に重点が置かれます。
理学療法士 理学療法 (PT) 理学療法は、 リハビリテーションの中心となるもので、運動療法と整体を行います。関節や筋肉の機能を改善し、患者がより容易に立ち、バランスをとり、歩き、階段を昇れるようにします。理学療法では以下のような訓練が行われます。 関節可動域訓練 筋肉強化運動 協調・バランス運動訓練 歩行訓練 さらに読む の指導を受け、バランス、姿勢、協調運動の改善に役立つ運動を習得することもできます。このような運動を行うことにより、よりまともな歩き方ができるようになり、より自立した生活を送れるようになります。 作業療法士 作業療法 (OT) 作業療法は、 リハビリテーションの中心となるもので、基本的なセルフケア活動、有用な動作や作業、余暇活動を行う能力を高めることを目標としています。こうした活動には、基本的な日常活動(食べる、服を着る、入浴する、身だしなみを整える、トイレに行く、移乗する[いすからトイレやベッドに移る]など)や、より複雑な日常活動(食事の準備をする、電話やコンピュータを使う、お金や日々の投薬スケジュールを管理する、買い物をする、運転するなど)が含まれます。... さらに読む が、歩行や食事など日常生活の行為を補助する器具を勧めることもあります。 言語療法 発話障害のリハビリテーション リハビリテーションサービスは、外傷、脳卒中、感染症、腫瘍、手術、進行性の病気などによって正常に機能する能力を失った人に必要となります。 失語症は、会話や文字でものごとを表現したり、理解したりする能力が部分的または完全に失われる障害です。多くの場合、 脳卒中や脳の損傷が脳の言語中枢に影響を及ぼした結果として生じます( Home.see figure 脳の特定の領域が損傷すると...)。... さらに読む も役立つ場合があります。