植物状態の原因として最も多いのは、頭部外傷による重度の脳損傷と、心停止や呼吸停止などの脳への酸素供給が絶たれる病態です。
植物状態の人は目を開けることができますが、話すことや、思考や意図を必要とする行為を行うことができず、自分の状態や周囲の環境を認識していません。
医師は、一定期間、複数回にわたり観察しても意識がある証拠が見つからない場合に限り、植物状態の診断を下します。
植物状態の人には、十分な栄養補給と動けないことで生じる問題(床ずれなど)を防止するための対策を含めた、包括的なケアが必要になります。
植物状態になることはまれです。
1カ月以上続く植物状態は、遷延性植物状態とみなされます。遷延性植物状態の人のほとんどは、精神機能を回復したり、周囲の環境と意味のあるやりとりをできるようになったりすることはありません。しかし、遷延性植物状態の患者の少数は、 最小意識状態 最小意識状態 最小意識状態とは、認識能力が重度に障害されているものの、完全にはなくなっていない状態のことをいいます。これは大脳(思考と行動を制御する脳の部位)の広範囲の損傷に起因します。 この状態は、脳の損傷によって生じる場合もあれば、植物状態から一部の機能が回復するときに生じる場合もあります。 最小意識状態の人では、自己と周囲の環境をある程度認識していることを示す動作(アイコンタクトなど)がみられます。... さらに読む に診断が変わる程度には改善します。最小意識状態の人は、認識能力が重度に障害されているものの、完全にはなくなっていません。
少しでも回復がみられれば、原因は通常、頭部外傷による脳損傷(外傷性脳損傷 頭部外傷の概要 頭部外傷の一般的な原因には、転倒や転落、自動車事故、暴行、スポーツやレクリエーション活動中の事故などがあります。 軽症の頭部外傷では頭痛やめまいが起こることがあります。 重症の頭部外傷では、意識を失ったり、脳機能障害の症状が現れたりすることがあります。 重症の頭部外傷かどうかを調べるには、CT(コンピュータ断層撮影)検査を行います。... さらに読む )であり、脳への酸素供給を断つ病気ではありません。また、多くの場合、回復は非常に限定的なものです。例えば、何らかの物または手当たり次第の物をつかもうとしたり、同じ単語を繰り返し発音したりすることがあります。まれに、頭部外傷が原因で遷延性植物状態になった人の状態が、数カ月から数年をかけて徐々に改善することがあります。
植物状態にある人の数はよく分かっていませんが、米国では約2万5000人の成人患者と1万人近くの小児患者がいると考えられています。
原因
植物状態になるのは、 大脳 大脳 脳の機能は神秘的であり、驚異的です。思考、信念、記憶、行動、気分は、すべて脳から起こります。脳は思考と知能の場所であり、体全体をコントロールしている司令塔です。脳はまた、運動、触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚の統合も行っています。人は脳の働きによって、言葉を話して他者とコミュニケーションをとる、数字を理解して計算する、作曲や音楽鑑賞をする、幾何学的な形を認識したり判別したりする、将来の計画を立てる、さらには想像して空想を楽しむことなどを可能... さらに読む (脳の最大の部位)に重度の損傷が起きたために神機能が働かなくなっているものの、網様体賦活系はまだ機能していて覚醒が可能なときです。 網様体賦活系 脳幹
は、覚醒レベル(目を覚ましているかどうか)を制御しています。網様体賦活系は、脳幹(大脳と脊髄をつなぐ脳の部位)上部の深くに位置する神経細胞と線維で構成されています。
植物状態の最も一般的な原因は、以下のものによる重度の脳損傷です。
しかし、脳内への出血(脳内出血 脳内出血 脳内出血は、脳の中で起こる出血です。 脳内出血は通常、慢性高血圧によって起こります。 多くの場合、最初の症状は重度の頭痛です。 診断は、主に症状と画像検査の結果に基づいて下されます。 治療としては、出血に寄与した可能性のある病態の管理(血圧が非常に高ければ、降圧するなど)のほか、まれに、貯まった血液を手術で除去することがあります。 さらに読む )や 脳感染症 脳の感染症の概要 脳の感染症は、ウイルス、細菌、真菌のほか、ときに原虫や寄生虫によって引き起こされます。別の種類の脳疾患として、 プリオンと呼ばれる異常なタンパク質によって引き起こされる海綿状脳症という病気もあります。 脳の感染症が起こると、しばしば中枢神経系のほかの部位(脊髄など)も侵されます。通常、脳や脊髄は感染から保護されていますが、いったん感染が起... さらに読む など、脳をひどく損傷する病気であればどのようなものでも、植物状態の原因になりえます。
症状
植物状態の患者は、脳の一部が機能しているため、以下に挙げるようないくつかのことができます。
眼を開くことができます。
比較的規則的な睡眠と覚醒のパターンがみられます(昼と夜のサイクルに対応しているとは限りません)。
呼吸をしたり、吸ったり、かんだり、せきをしたり、むせたり、飲み込んだり、喉音を発声したりできます。
大きな音に驚いたり、笑ったり顔をしかめたりするように見えることさえあります。
こういった反応があるため、患者は周囲の様子に気づいているように見えることがあります。しかし、実際には自己や周囲の環境をまったく認識していません。外界に対するそのような反応は、ひとりでに起こる(不随意の)基礎的な反射によるものであり、意識的な動作によるものではありません。例えば、何かが手に当たったとき、乳児がするようにその物を本能的につかむことがあります。
植物状態にある人は、思考や意図を要する活動ができません。話すこと、指示に従うこと、意図的に腕や脚を動かすこと、痛みの刺激から逃れようと動くことなどはできません。
植物状態にあるほとんどの人では、認識、思考、意識的な行動をする能力はすべて失われています。しかし、少数の患者では、 機能的MRI検査 機能的MRI MRI(磁気共鳴画像)検査は、強力な磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強力な磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一部で正の電荷をもちます)は特定の配列をとっていませんが、MRI装置内で生じるよう... さらに読む (fMRI検査)や 脳波検査 脳波検査 病歴聴取と 神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 脳波検査は、脳の電気的な活動を波形として計測して、紙に印刷したりコンピュータに記録したりする検査法で、痛みを伴わずに容易に行えます。脳波検査は以下の特定に役立つ可能性があります。 けいれん性疾患 睡眠障害 一部の代謝性疾患や脳の構造的異常 さらに読む
によって、認識能力を示唆すると思われる脳活動の証拠が検出されています。そのような患者では、植物状態の原因は通常は頭部外傷であり、脳への酸素供給を断つ病気ではありません。そのような患者に体の一部を動かすことを想像するように指示すると、(たとえそのような動きを実際にしなくても)そのような動きに対応する脳の活動が検査で検出されます。しかし、これらの検査により、患者がどの程度外界を認識しているのかを判定することはできません。これらの検査でしか検出できない意識は、隠された意識(covert consciousness)と呼ばれます。
植物状態にある人は、排尿や排便を制御できません(失禁状態にあります)。
診断
医師による評価
MRIや脳波などの検査
医師は症状に基づいて植物状態を疑います。しかし、植物状態と診断する前に、一定期間、複数回にわたって患者を観察しなければなりません。十分な観察期間をおかないと、患者に認識能力がある証拠が見逃されてしまうことがあります。ある程度の認識能力がある患者は、植物状態ではなく 最小意識状態 最小意識状態 最小意識状態とは、認識能力が重度に障害されているものの、完全にはなくなっていない状態のことをいいます。これは大脳(思考と行動を制御する脳の部位)の広範囲の損傷に起因します。 この状態は、脳の損傷によって生じる場合もあれば、植物状態から一部の機能が回復するときに生じる場合もあります。 最小意識状態の人では、自己と周囲の環境をある程度認識していることを示す動作(アイコンタクトなど)がみられます。... さらに読む である可能性があります。
MRI(磁気共鳴画像)検査やCT(コンピュータ断層撮影)検査などの画像検査を行い、問題の原因になっている病気(特に治療できるもの)がないかを確認します。診断が疑わしい場合は、他の画像検査(PET[陽電子放出断層撮影]検査 PET(陽電子放出断層撮影)検査 PET(陽電子放出断層撮影)検査は 核医学検査の一種です。放射性核種とは放射線を出す元素のことで、エネルギーを放射線の形で放出することで、安定した状態になろうとする原子です。放射性核種の多くは高いエネルギーの光子をガンマ線の形で放出しますが、PET検査では陽電子と呼ばれる粒子を放出する放射性核種を使用します。 PET検査では、体内で使用(代謝)されるグルコース(ブドウ糖)や酸素などの物質を... さらに読む または SPECT[単一光子放出型コンピュータ断層撮影]検査 SPECT(単一光子放出型コンピュータ断層撮影) 核医学検査では、放射性核種を用いて画像を描出します。放射性核種とは放射線を出す元素のことで、エネルギーを放射線の形で放出することで、安定した状態になろうとする原子です。放射性核種の多くは高いエネルギーをガンマ線(人の手によらない、自然環境で発生するX線)または粒子( 陽電子放出断層撮影で使用される陽電子など)の形で放出します。( 放射線障害も参照。) 放射性核種は、甲状腺などの特定の臓器の病気を治療するのにも使用されます。... さらに読む )が行われることもあります。これらの検査により、脳がどの程度機能しているかが分かります。
脳波検査 脳波検査 病歴聴取と 神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 脳波検査は、脳の電気的な活動を波形として計測して、紙に印刷したりコンピュータに記録したりする検査法で、痛みを伴わずに容易に行えます。脳波検査は以下の特定に役立つ可能性があります。 けいれん性疾患 睡眠障害 一部の代謝性疾患や脳の構造的異常 さらに読む を行い、けいれん発作(意識を障害する可能性がある)を示唆する脳の異常な電気的活動がないか確認することがあります。
機能MRI 機能的MRI MRI(磁気共鳴画像)検査は、強力な磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強力な磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一部で正の電荷をもちます)は特定の配列をとっていませんが、MRI装置内で生じるよう... さらに読む (fMRI)検査を行って、脳の活動を確認し、認識能力が完全に損なわれているかどうかを判断します。この検査を使うと、患者がいつ質問や指示に反応したかが、その反応がはっきりしないとき(つまり、患者が話したり動いたりしないとき)でさえ分かります(隠された意識[covert consciousness])。脳波検査でもこの脳の活動を検出できます。これらの検査の結果は、長期的なケアに関する決定に影響を与える可能性があります。
予後(経過の見通し)
植物状態から自然に回復する人もいますが、通常は不完全な回復にとどまります。回復する可能性は、以下のように、脳の損傷の原因や程度、患者の年齢によって異なります。
原因が重大な脳卒中や心停止ではなく、頭部外傷、可逆的な代謝異常(低血糖など)、または薬の過剰摂取であれば、ある程度回復する可能性が高くなります。
若い人は高齢者に比べて筋肉を使う能力がより多く回復することがあるものの、精神機能、行動、発話に関しては年齢間で有意な差はありません。
数カ月以上植物状態が続いた場合、意識が回復する見込みは高くありません。回復したとしても、高い確率で重度の身体障害が残ります。
頭部外傷以外の原因で植物状態になった場合、1カ月以上経過した後に少しでも回復する可能性は低いです。原因が頭部外傷である場合、12カ月以上経過した後に回復する可能性はほとんどありません。しかし、少数ながら数カ月から数年かけて改善する人もいます。まれに、改善が後期にみられることもあります。5年経過した時点で、約3%の人が意思疎通と理解の能力を回復しますが、自立して生活できることはほとんどなく、正常な機能を取り戻せる人はいません。
植物状態になった人の大半は、当初の脳外傷から6カ月以内に死亡します。残りの人の大半は2~5年ほど生存します。死因は多くの場合、呼吸器感染症、尿路感染症、または複数の臓器の重度の機能不全(臓器不全)です。しかし、突然死亡して原因が分からないままのこともあります。少数の人は数年間生存します。
植物状態または昏睡に見えた状態で数年過ごした後、目覚めた患者がいるということも報告されています。そのような報告の多くは、(通常は頭部外傷後に)最小意識状態になった人に関するものです。最小意識状態からの回復の可能性は予測できませんが、植物状態からの回復よりは高くなります。
治療
体を動かせないことで生じる問題の予防策
十分な栄養を与える
音楽療法は、植物状態や他の種類の意識障害の人において反応を刺激することで、わずかに有益な効果をもたらすことがあります。しかし、この治療法の有用性はまだ不明です。
長期的なケア
昏睡 昏迷と昏睡 昏迷とは、反応がなく、激しい物理的な刺激によってのみ覚醒させることができる状態です。昏睡とは、反応がなく、覚醒させることができず、刺激を受けても眼は閉じたままになっている状態です。 昏迷や昏睡の原因は通常、脳の左右両側の広い領域または意識の維持に特化した領域に影響を及ぼす病気、薬、またはけがです。 身体診察、血液検査、脳の画像検査、家族や友人への問診は、原因を特定する上での助けになります。... さらに読む 状態にある人と同様、植物状態にある人にも包括的なケアが必要になります。
十分な栄養を与えること(栄養補給 栄養補給の概要 低栄養( 低栄養)や重症患者の多くには、栄養補給が必要です。食品ではなく栄養素を配合した市販のものを使用する人工栄養が、栄養補給の一般的な方法です。栄養補給は、筋肉の組織の量(筋肉量)を増やすことを目的としています。栄養補給では通常、カロリーとともにビタミンとミネラルを供給します。... さらに読む )が重要です。栄養は鼻から胃に挿入したチューブを介して与えられます(経管栄養と呼ばれます)。腹部を切開して直接胃にチューブを挿入し、そのチューブから栄養を胃または小腸に送り込むこともあります。これらのチューブから薬を投与することもあります。
体を動かせないこと(不動状態)によって様々な問題が起こるため、これらの問題を予防するための対策が不可欠です(床上安静による問題 床上安静による問題 入院中のように長期間にわたって安静にしている患者は定期的に体を動かすことがないため、様々な問題が起きるおそれがあります。( 入院による問題も参照のこと。) 脚にけがをしたり脚の手術を受けたりした患者や、安静にしている患者は脚を使わなくなることがありますが、こうなると、脚の静脈から心臓に戻る血液の流れが遅くなり、血管の中に血栓(血液の固まり)ができることがあります。この脚にできた血栓が血流に乗って肺に運ばれると肺の血管に詰まることがありま... さらに読む を参照)。例えば、以下のようなことが起こりえます。
床ずれ 床ずれ 床ずれ(褥瘡[じょくそう]とも呼ばれます)とは、長時間の圧迫によって皮膚に十分な血液が流れなくなることで、その部分に損傷が生じた状態です。 床ずれは、圧迫に加えて、皮膚を引っ張る力、摩擦、湿気などの要因が組み合わさって発生する場合が多く、特に骨のある部分の皮膚でその傾向が強くみられます。... さらに読む
:同じ姿勢で寝ていると、体の一部分への血液供給が遮断され、その部分の皮膚が破れて、床ずれ(褥瘡)が発生する可能性があります。
拘縮:体を動かさずにいると、筋肉が永久的に硬直して短縮し(拘縮)、関節が曲がったまま元に戻らなくなることがあります。
床ずれは、頻繁に体位を変えるとともに、ベッドの表面に接する部分(かかとなど)の下に保護パッドを置いて保護することで、予防することができます。
拘縮を予防するため、患者の関節をすべての方向に優しく動かしたり(他動的関節可動域訓練)、関節を特定の姿勢で固定したりするケアを理学療法士が行います。
血栓の予防策として、 薬剤 抗凝固薬 深部静脈血栓症は、深部静脈に血栓(血液のかたまり)が形成される病気で、通常は脚で発生します。 血栓は、静脈の損傷や血液の凝固を引き起こす病気により形成される場合や、何らかの原因で心臓に戻る血流が遅くなることで形成される場合があります。 血栓によって、脚や腕の腫れが生じることがあります。 血栓が剥がれて血流に乗り、肺に到達すると、 肺塞栓症を引き起こします。 深部静脈血栓症を発見するために、ドプラ超音波検査や血液検査を行います。 さらに読む の使用や脚の圧迫または挙上などが行われます。他動的関節可動域訓練で行うように、四肢を動かすことも血栓の予防に役立つ可能性があります。
失禁があるため、皮膚を清潔で乾燥した状態に保つためのケアが必要です。膀胱が機能せず、尿がたまってしまう場合は、膀胱にチューブ(カテーテル)を留置して排尿させます。尿路感染症を予防するため、カテーテルは丁寧に洗浄し、定期的に点検を行います。
その他の問題
回復の見込みが低い場合、医師と家族が、ときに病院の倫理委員会も含めて、将来医療をどの程度積極的に続けるか、生命を維持する治療を中止するかどうか、中止する場合はそれをいつ行うかについて話し合う必要があります。そのような治療に対する患者の希望が分かっている場合、例えば、事前指示書(リビングウィル リビングウィル 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場合に、医療についての本人の希望を伝達する法的文書です。事前指示書には、基本的にリビングウィルと医療判断代理委任状の2種類があります。( 医療における法的問題と倫理的問題の概要も参照のこと。) リビングウィルは、終末期ケアに代表されるような、個人が医療に関する決定能力を喪失する事態に備え、将来の医学的治療に関する指示や要望を事前に表明するものです。... さらに読む )で患者の希望が述べられている場合は、それを考慮する必要があります。