最近の出来事を忘れるのが初期の徴候で、続いて錯乱が強くなっていき、記憶以外の精神機能も障害され、言語の使用と理解や日常生活行為にも問題が生じるようになります。
症状が進行すると普段の生活が送れなくなり、他者に完全に依存するようになります。
診断は症状と身体診察、精神状態検査、血液検査および画像検査の結果に基づいて下されます。
治療の基本方針は、日常生活を送れる状態をできるだけ維持することです。病状の進行を遅らせる薬剤を使用することもあります。
患者の余命を予想することはできませんが、診断後の平均的な生存期間は7年間です。
( せん妄と認知症の概要 せん妄と認知症の概要 せん妄と認知症は、認知機能障害(正常に知識を獲得、保持、使用できなくなる状態)の最も一般的な原因です。 せん妄と認知症は同時に発生することもありますが、この2つはまったく別の病態です。 せん妄は、突然発生して精神機能の変動をもたらしますが、通常は回復します。 認知症は、徐々に発生して、ゆっくり進行し、通常は不可逆的です。... さらに読む と 認知症 認知症 認知症とは、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能が、ゆっくりと進行性に低下していく病気です。 典型的な症状は、記憶障害、言語や動作の障害、人格の変化、見当識障害、破壊的または不適切な行動などです。 症状が進行すると普段の生活が送れなくなり、他者に完全に依存するようになります。 診断は症状と身体診察および精神状態検査の結果に基づいて下されます。 原因を特定するために血液検査と画像検査が行われます。 さらに読む も参照のこと。)
アルツハイマー病は 認知症 認知症 認知症とは、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能が、ゆっくりと進行性に低下していく病気です。 典型的な症状は、記憶障害、言語や動作の障害、人格の変化、見当識障害、破壊的または不適切な行動などです。 症状が進行すると普段の生活が送れなくなり、他者に完全に依存するようになります。 診断は症状と身体診察および精神状態検査の結果に基づいて下されます。 原因を特定するために血液検査と画像検査が行われます。 さらに読む の一種であり、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能が、ゆっくりと進行性に低下します。
認知症高齢者の60~80%では、アルツハイマー病が原因です。65歳以下の人にはまれですが、年齢が上がるにつれて有病率が上昇します。米国では、65歳以上の人口の10%がアルツハイマー病であると推定されています。アルツハイマー病の人が占める割合は、年齢とともに上がっていきます。
65~74歳:3%
75~84歳:17%
85歳以上:32%
アルツハイマー病は、男性より女性に多くみられますが、その理由の1つに女性の方が長生きすることが挙げられます。アルツハイマー病の患者数は、高齢人口の増加に伴って、大幅に増加すると予想されます。
原因
アルツハイマー病の原因は分かっていませんが、遺伝的な要因が関与していて、約5~15%の症例で家族内での遺伝が認められます。いくつかの特定の遺伝子の異常が関与している可能性があります。両親の片方が異常遺伝子を保有しているだけで遺伝する異常もあり、このような異常遺伝子を優性と呼びます。この場合、発症した親から1人の子どもに異常遺伝子が受け継がれる可能性は50%です。子どもの約半数が、65歳以前にアルツハイマー病を発症します。
ある遺伝子異常は、アポリポタンパクE(apoE)に影響を及ぼします。apoEとは、血流を介してコレステロールを全身に輸送しているリポタンパクのタンパク部分のことです。apoEには、以下の3種類が存在します。
イプシロン4:イプシロン4の遺伝子を保有している人は、それ以外の人に比べてアルツハイマー病を発症しやすく、より若い年齢で発症します。
イプシロン2:対照的に、イプシロン2の遺伝子を保有している人は、アルツハイマー病になりにくいようです。
イプシロン3:イプシロン3の遺伝子を保有している人は、アルツハイマー病を発症しやすいとも発症しにくいともいえません。
ただし、ある人が保有するapoEの種類を調べる遺伝子検査を行っても、その人が将来的にアルツハイマー病を発症するか否かを判定することはできません。したがって、この検査を日常的に実施することは推奨されていません。
脳の変化
アルツハイマー病では、脳の複数の領域が変性して、神経細胞が破壊されます。そして破壊されなかった神経細胞も、脳内にある多くの神経伝達物質(神経細胞間で情報伝達を担っている物質)に対する反応性が低下します。また、記憶、学習、集中などの機能に関与する神経伝達物質であるアセチルコリンの濃度が低下します。
アルツハイマー病患者の脳組織には、以下のような異常がみられます。
ベータアミロイドの沈着:細胞がベータアミロイド(不溶性の異常なタンパク)を処理して除去することができなくなったため、組織にベータアミロイドが蓄積したもの
老人斑:死滅した神経細胞がベータアミロイドの周囲に蓄積したもの
神経原線維変化:神経細胞の内部で不溶性のタンパクがひも状にねじれたもの
タウタンパクの増加:神経原線維変化の構成要素である異常なタンパクとベータアミロイド
これらの異常は、誰でも高齢になればいくらかは出現するものですが、アルツハイマー病では大量に発生します。脳組織の異常がアルツハイマー病を引き起こすのか、それとも別の問題が認知症と脳組織の異常を同時に引き起こしているのかはよく分かっていません。
研究によると、アルツハイマー病でみられる異常タンパク(ベータアミロイドやタウ)が、 プリオン病 プリオン病の概要 プリオン病は、現在のところ治療法がなく、最終的には死に至る、まれな進行性の脳(およびまれに他の臓器)の変性疾患であり、プリオンと呼ばれるタンパクが異常な形態に変化することで発生します。 プリオンが発見されるまでは、クロイツフェルト-ヤコブ病などの海綿状脳症はウイルスが原因と考えられていました。プリオンはウイルスよりはるかに小さく、また、遺... さらに読む でみられる異常タンパクに類似していることも分かっています。すなわち、いずれのタンパクも異常な形に折りたたまれていて(ミスフォールディング)、それが原因で他の正常なタンパクも異常な形に折りたたまれ、その結果病気が進行します。
症状
アルツハイマー病は、以下のように、他の認知症と同じ多くの症状を引き起こします。
言語使用に関わる問題
人格の変化
見当識障害
日常生活行為の問題
破壊的または不適切な行動
しかし、アルツハイマー病にはその他の認知症と異なる点もあります。例えば、典型例では、最近の記憶は他の精神機能に比べてはるかに大きな影響を受けます。
各症状がどの時点で起こるかは様々ですが、症状を初期、中期、後期に分類すると、患者、家族、その他の介護者が経過のおおまかな見通しを得る上で役立ちます。人格の変化と破壊的行動(行動障害)はアルツハイマー病の初期にも後期にも出現することがあります。
アルツハイマー病の初期
症状は徐々に進行するため、多くの患者は、しばらくの間、発症前に楽しんでいたことの大半を変わらず楽しめます。
症状は通常、微妙な変化で始まります。働いている人がアルツハイマー病を発症した場合は、仕事がうまくできなくなることがあります。退職してそれほど活動的でない人では、あまり顕著な変化はみられないこともあります。
最初の最も顕著な症状は以下のものです。
新しい記憶の形成が困難になるため、最近の出来事を忘れる
ときに、人格の変化(感情的な反応が乏しくなったり、抑うつ状態になったり、異常な恐怖や不安を覚えたりする)
初期には、適切な判断をしたり抽象的に考えたりする能力が低下します。話し方が少し変わることもあります。具体的な単語ではなく、単純な単語や一般性の高い単語を使ったり、たくさんの単語を使ったりするようになります。単語の使い方を間違ったり、正しい単語を見つけられなくなったりする場合もあります。
アルツハイマー病がある人は、視覚や聴覚からの情報を解釈することが難しくなります。そのため、見当識を失って錯乱することがあります。このようにして見当識障害が起こると、車の運転が難しくなったり、買い物に出かけて道に迷ったりすることもあります。社会生活が可能でも、普通ではない振る舞いがみられることがあります。例えば、最近訪ねて来た人の名前を忘れたり、感情がめまぐるしく変化したりします。
アルツハイマー病の人には不眠が多くみられ、寝つきが悪かったり、寝てもすぐに目覚めてしまったりします。昼夜の区別がつかなくなる場合もあります。
アルツハイマー病の人の約半数に、どこかの時点で精神病症状(幻覚、妄想、またはパラノイア)が生じます。
アルツハイマー病の後期
アルツハイマー病が進行すると、過去の出来事を思い出しにくくなります。友人や親族の名前を忘れ始めます。食事、着替え、入浴、トイレなどに介助が必要になることもあります。時間と場所の感覚がすべて失われるため、アルツハイマー病の人は自宅のトイレに行くのに迷うことすらあります。こうした混乱がひどくなると、徘徊や転倒のリスクも高まります。
徘徊、興奮、易怒性、敵意、身体的な攻撃などの破壊的または不適切な行動も多くみられます。
最終的には、歩行や身の回りのことも1人ではできなくなります。失禁するようになったり、飲み込む、食べる、しゃべるなどの行為ができなくなったりします。こうした変化により、低栄養、肺炎、褥瘡(床ずれ)のリスクが高くなります。記憶は完全に失われます。
最後には、(多くの場合、感染症により)昏睡と死に至ります。
アルツハイマー病の行動障害
認知症の人は、自分の行動をうまくコントロールできないために、不適切または破壊的な行動(怒鳴る、物を投げる、人や物をたたく、徘徊するなど)をとることもあります。このような行動面の異常は行動障害と呼ばれます。
この行動障害には、以下に示すようなアルツハイマー病によるいくつかの影響が関与しています。
適切な行動のルールを忘れてしまっているために、社会的に不適切な振る舞いをしてしまうことがあります。例えば、暑いときに人前で服を脱いでしまうことがあります。あるいは、性的な衝動を覚えたときに、人前でマスターベーションをしたり、わいせつな言葉を使ったり、他者に性的な要求をしたりすることもあります。
アルツハイマー病の人は見たことや聞いたことを理解するのが困難になるため、他者からの手助けの申し出を脅迫と勘違いして、その人に殴りかかったりすることがあります。例えば、服を脱いでいるのを手伝おうとすると、それを攻撃と解釈して自分の身を守ろうとし、ときには相手に殴りかかることもあります。
短期記憶が障害されるため、他者から聞いたことや自分がとった行動を思い出すことができなくなります。同じ質問や会話を何度も繰り返したり、相手の注意を常に自分に向けさせようとしたり、すでに受け取ったもの(食事など)を再び要求したりします。要求したものが与えられないと、興奮して動揺することもあります。
他者に自分の要求を明確に(あるいはまったく)伝えることができなくなるため、痛みのために大声で叫んだり、孤独感や恐怖感のために徘徊したりすることがあります。
何が破壊的行動とみなされるかは、介護者の忍耐、患者の生活環境など、多くの要因によって決まります。
アルツハイマー病患者は、よく眠れないと、周囲を徘徊したり、大声で叫んだり、誰かを呼んだりすることがあります。
アルツハイマー病の進行
進行の予測は不可能です。診断後の平均的な生存期間は7年間ですが、アルツハイマー病があり、歩けない患者は、ほとんどの場合6カ月以内に死に至ります。しかし、生存期間には大きな個人差があります。
診断
医師による評価
精神状態検査
通常、他の原因を否定するため、血液検査と画像検査
アルツハイマー病の診断は、他の認知症の診断と同様です。
医師は、患者に認知症があるかどうかを判定し、認知症があればそれがアルツハイマー病であるかどうかを判定しなければなりません。
医師は通常、以下に基づいてアルツハイマー病を診断できます。
症状(本人、家族、その他の介護者に質問することで特定する)
身体診察の結果
血液検査、CT検査、MRI検査などの追加検査の結果
認知症の診断
精神状態検査 精神状態 神経の病気が疑われる場合、医師は身体診察を行って、すべての器官系の評価を行いますが、特に神経系に重点が置かれます。神経系の診察(神経学的診察)では、以下の要素が評価されます。 精神状態 脳神経 運動神経 感覚神経 さらに読む は、簡単な質問と課題から成り、患者が認知症を有するかどうかを判定する上で役立ちます。
ときに、より詳細な検査(神経心理学的検査)が必要になります。この検査は気分を含めた重要な精神機能をすべて網羅していて、通常は終了までに1~3時間かかります。この検査は、 加齢に伴う記憶障害 認知症 、 軽度認知障害 認知症 、 うつ病 認知症 などの類似の症状を引き起こす病気から認知症を鑑別する上で役立ちます。
上記の検査や情報は、症状の原因としてせん妄を除外する上でも役立ちます( せん妄と認知症の比較 せん妄と認知症の比較 )。認知症と異なり、せん妄は迅速な治療によって回復を望めるため、せん妄を除外することは極めて重要です。両者は以下のような点で異なります。
認知症では主に記憶力が障害され、せん妄では主に注意力が障害されます。
認知症は一般にゆっくり発生し、いつ始まったのかをはっきり特定できません。せん妄は突然発生し、たいていいつ始まったのかをはっきり特定できます。
アルツハイマー病の診断
以下に該当する場合、アルツハイマー病が疑われます。
認知症の診断が確定した場合
通常、最も顕著な症状(特に初期のもの)が、最近の出来事を忘れることや、新しい記憶を形成できないことである場合
記憶やその他の精神機能が、徐々にかつ進行性に悪化している場合
認知症が40歳以降(通常は65歳以降)に始まった場合
アルツハイマー病とその他の認知症を見分けるのに役立つ症状もあります。例えば、幻視(実際にはない物や人が見えること)は、アルツハイマー病よりも レビー小体型認知症 レビー小体型認知症とパーキンソン病認知症 レビー小体型認知症とは、精神機能が進行性に失われていく病気で、神経細胞の中にレビー小体が認められることを特徴とします。パーキンソン病認知症は、パーキンソン病患者において精神機能が失われていく病気で、神経細胞の中にレビー小体が認められることを特徴とします。 レビー小体型認知症の患者は目覚めた状態とうとうとした状態との間で大きく変動するほか、絵を描くのが困難になったり、幻覚が起こったり、パーキンソン病と同様の動作困難が生じたりします。... さらに読む でより一般的で、より早くみられます。また、アルツハイマー病患者は、他の認知症患者と比べて身だしなみがよく、きちんとしています。
追加検査から得られる情報は、アルツハイマー病の診断を確定し、他の種類の認知症の可能性を否定するのに役立ちます。
腰椎穿刺 腰椎穿刺 病歴聴取と神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 神経系の病気(神経疾患)の診断に一般的に用いられる画像検査としては、以下のものがあります。 CT(コンピュータ断層撮影)検査 MRI(磁気共鳴画像)検査 血管造影検査 さらに読む で採取した髄液の分析やPET( 陽電子放出断層撮影 PET(陽電子放出断層撮影)検査 PET(陽電子放出断層撮影)検査は核医学検査の一種です。 PET検査では、体内で使用(代謝)されるグルコース(ブドウ糖)や酸素などの物質を放射性核種で標識します。この場合の放射性核種とは、正の電荷をもつ放射性粒子を放出する原子のことで、陽電子と呼ばれます。体内で使用される物質と放射性核種の複合体を放射性トレーサーといいます。トレーサーは体の特定の領域に集まります。この際、組織の活動が活発であればあるほど(例えば、より多くのグルコースまた... さらに読む
)検査が、アルツハイマー病の診断に役立つこともあります。髄液の分析でベータアミロイドの濃度が低かったり、PET検査で脳内にアミロイドの沈着を認めたりした場合、アルツハイマー病である可能性が高くなります。しかし、このような検査は常に利用できるとは限りません。
(死後の解剖時に)脳組織から採取したサンプルを顕微鏡で調べて、初めてアルツハイマー病の診断を確定できることもあります。脳組織を調べると、特徴的な神経細胞の消失、神経原線維変化、ベータアミロイドを含む老人斑が脳のいたるところに認められ、特に新しい記憶の形成に関与している側頭葉領域で顕著にみられます。
予防
以下のような、アルツハイマー病の予防に役立つ可能性のある対策を試験的に提案している研究もあります。
コレステロール値の管理:コレステロール値の上昇がアルツハイマー病の発生に関与していること示唆するいくつかの科学的証拠があります。ゆえに、飽和脂肪の少ない食事をとり、必要に応じてコレステロールやその他の脂肪(脂質)を減らす薬剤(スタチン系薬剤など)を使用することが有益な可能性があります。
高血圧の管理:血圧が高いと、脳に血液を送っている血管が損傷して、脳への酸素供給量が減少することがあります。すると、神経細胞同士の接続が遮断される可能性があります。
運動:運動は心臓の機能の改善につながるほか、理由は不明ですが、脳の働きをよくする可能性があります。
精神的活動性の維持:新しい技術を学ぶ、クロスワードパズルをする、新聞を読むなど、頭を使う活動を続けることが推奨されます。こうした活動は、神経細胞の間で新しい接続(シナプス)が形成されるのを促し、それにより認知症の進行を遅らせる可能性があります。
適量の飲酒:適量(1日3ドリンク以下)であれば、アルコールはコレステロールを減らし、血流を維持するのに役立つ可能性があります。アルコールはまた、アセチルコリンの放出を促進するなどの影響を脳の神経細胞に及ぼすことにより、思考力と記憶力の維持に役立つ可能性もあります。しかし、普段飲酒をしない人がアルツハイマー病の予防を目的として飲酒を始めるべきかどうかについては、説得力のある科学的証拠は得られていません。いったん認知症が発生すると、アルコールは症状を悪化させる可能性があるため、通常は禁酒するのが最善です。
治療
安全対策と患者の支援
精神機能を改善しうる薬
アルツハイマー病の治療では、すべての認知症の場合と同様に、安全と支援を提供するための一般的な対策が講じられます。また、しばらくの間であれば、有用な薬剤もあります。アルツハイマー病の患者本人、家族、その他の介護者および医療従事者が話し合って、その人に合った最善の治療方針を決定すべきです。
痛みや、その他の病気や健康上の問題(尿路感染症や便秘など)がある場合は、認知症との関連性があってもなくても、治療を行います。このような治療は、認知症患者が日常生活を維持する上で役立ちます。
安全対策と患者の支援
患者の支えとなる安全な環境を整えることは非常に役立ちます。
一般に、明るく楽しげで、落ち着いた安全な環境が望ましく、また見当識を保つ工夫をするとよいでしょう。ラジオやテレビなどの適度な刺激も有用ですが、過度の刺激は避けるべきです。
物の配置や1日のスケジュールを定型化することは、アルツハイマー病患者が見当識を保つのに役立ち、安心感や安定感を与えます。周囲の環境や日課が変わる場合や、介護者が交代する場合は、明確かつ簡潔に説明します。
入浴、食事、睡眠など日常生活のスケジュールを一定に保つことは、アルツハイマー病患者の記憶の助けになります。就寝前の手順を一定に保つと、睡眠の質を改善できる可能性があります。
その他の活動を定期的なスケジュールで組み込むと、楽しい活動や生産的な行為に注意が向き、自立して他者から必要とされているという感覚をもつのに役立ちます。こういった活動には身体的活動と精神的活動を両方含めるべきです。認知症が悪化してきた場合には、活動を細かく分けたり単純化したりする必要があります。
薬剤
コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなど)は、神経伝達物質であるアセチルコリンの脳内濃度を上昇させます。アルツハイマー病では、脳内のアセチルコリンの濃度が低下していることがあります。これらの薬剤を使用すると、記憶などの精神機能を一時的に改善できる可能性がありますが、病気の進行が遅くなるわけではありません。これらの薬剤が有効なのはアルツハイマー病患者の一部に過ぎません。これらの薬剤が有効であれば、6~9カ月前の状態まで状態が回復します。これらの薬剤は、病気が軽度から中等度の患者に最も効果的です。主な副作用は、吐き気、嘔吐、体重減少、腹痛、腹部けいれんなどです。
メマンチンはアルツハイマー病の進行を遅らせると考えられています。コリンエステラーゼ阻害薬と一緒に使用することも可能です。
アルツハイマー病の進行を予防したり遅らせたりするための薬剤の研究が続けられていて、例えば、アミロイドの沈着量を減らす物質などが検討されています。ほかにも、エストロゲン療法(女性用)、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID、イブプロフェンやナプロキセンなど)、イチョウなどの研究が進められていますが、いずれも、効果があるという一貫した科学的証拠は得られていません。エストロゲンは、ベネフィット(有益な効果)よりリスクの方が大きいようです。
ビタミンEは抗酸化物質の一種であり、理論的には神経細胞の損傷を防ぎ、神経細胞の機能を助ける働きがあります。しかし、ビタミンEが有用であるかどうかは不明です。
どのような栄養補助食品であれ、使用する際はリスクとベネフィット(有益な効果)について事前に医師に相談してください。
介護者に対するケア
アルツハイマー病患者の介護は多くのストレスがかかる重労働であり、介護者は自分自身の精神的・肉体的健康に無頓着になりがちで、抑うつ状態になったり疲弊困憊したりすることがあります。以下のような対策が介護者の助けになります。
アルツハイマー病患者のニーズを効果的に満たす方法を学び、認知症患者に何が期待できるかを知る:介護者は、このような情報を、看護師、ソーシャルワーカー、関係団体、雑誌やインターネットから得ることができます。
必要な場合は支援を求める:介護者は、ソーシャルワーカー(地域病院にいる人を含みます)に相談し、デイケアプログラム、訪問看護、パートまたはフルタイムのホームヘルパー、住み込みでの介護サービスなどの適切な支援について検討することもできます。また、家族支援団体に相談することも有用です。
介護者自身に対するケア:介護者は自分自身にも気を配る必要があります。友人との交流、趣味、種々の活動を諦めてはいけません。
長期療養
アルツハイマー病は進行性であるため、 将来の計画 患者の支援 を立てることが非常に重要です。より体制の整った環境に移る必要が生じるかなり前から、家族内で移転の計画を立て、長期療養の選択肢も検討しておきます。通常、こうした計画には医師、ソーシャルワーカー、看護師、弁護士も関与しますが、責任の大半を負うのは家族です。
より介護体制の整った環境への移転を決定する場合は、安全を確保したいという要望と自立心をできるだけ保ちたいという要望との間でバランスをとる必要があります。
長期療養施設の中には、アルツハイマー病の介護に特化しているものもあります。そうした施設のスタッフは、アルツハイマー病患者の思考や行動を理解する方法や認知症患者への接し方について特別な訓練を受けています。このような施設では、居住者が安心できるようなスケジュールが決められていて、生産的で有意義な人生を送っていると感じられる適切な活動が行われます。ほとんどの施設では、適切な安全策が講じられています。そのため、このような施設を見つけることが重要です。
終末期の問題
アルツハイマー病の人は、意思決定能力が大きく損なわれる前に、医療方針についての様々な決定を行っておくとともに、金銭上および法律上の手続きも済ませておくべきです。こうした取り決めを記載した書類は 事前指示書 事前指示書 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場合に、医療についての本人の希望を伝達する法的文書です。事前指示書には、基本的にリビングウィルと医療判断代理委任状の2種類があります。(医療における法的問題と倫理的問題の概要も参照のこと。) リビングウィルは、終末期ケアに代表されるような、個人が医療に関する決定能力を喪失する事態に備え、将来の医学的治療に関する指示や要望を事前に表明するものです。... さらに読む と呼ばれます。患者は自分の代わりに治療に関する決定を行う人(医療代理人)を法律に基づいて指名し、 治療に関する希望 終末期の治療選択肢 治療の選択肢には多くの場合、余命が短くなるおそれがあるが快適な状態を保つ治療を受けるか、わずかでも余命を延ばすために不快で自由が損なわれる積極的な治療を試みるか、という決断が含まれます。例えば、重度の肺疾患で死期が近づいている場合は、人工呼吸器(呼吸を補助する装置)を使用することで余命を延ばすことができます。しかし、ほとんどの人は人工呼吸器の装着を非常に不快に感じ、たびたび強い鎮静を望みます。... さらに読む について、その代理人や医師と話し合っておくべきです( 終末期の法的または倫理的な課題 終末期の法的または倫理的な課題 事前指示書は、医療ケアに関する患者の決定事項を家族や医療従事者に指示する文書で、そうした決定が必要な場面で患者にその能力がない場合に使用されます。 死期にある人の中には、自殺を考える人もいますが、実際に自分の死につながるような行為に及ぶ人はごく少数です。 一部の地域では、特定の条件が満たされ、特定の手順に従う場合、医師による死の幇助が法律で認められています。 医療に関する事前指示書は、ある人が医療に関する決断を下すことができなくなった場... さらに読む )。こうした問題は、実際に意思決定が必要になる前に、できるだけ早く関係者全員で話し合っておく必要があります。
アルツハイマー病が悪化するに従って、治療の重点は、余命を延ばすことから快適さを保つことに移されていきます。