原因菌であるコレラ菌(V. cholerae)(血清型O1およびO139)は,運動性を有する弯曲した好気性小桿菌であり,エンテロトキシン(小腸粘膜からの等張性電解質液の過剰分泌を誘導する毒素タンパク)を産生する。これらの微生物は腸壁には侵入しないため,便中には白血球はほとんどまたは全く認められない。
コレラ菌(V. cholerae)O1のエルトール型と古典型の両生物型は,どちらも重度の疾患を引き起こす。しかしながら,生物型が現在優勢なエルトール型で,血清型はO1型でもO139型でもないコレラ菌(V. cholerae)による軽症ないし無症候性感染症の方が,はるかに頻度が高い。
コレラは感染者(症状の有無を問わない)の排泄物で汚染された水,魚介類,その他の食品を摂取することによって伝播する。患者との家庭内接触は,おそらくは汚染された食物や水の供給源を共用することで感染リスクを高める。感染が成立するには大量の菌を摂取する必要があるため,この疾患がヒトからヒトへの感染を起こす可能性は比較的低い。
コレラはアジアの一部,中東,アフリカ,中南米,および米国のメキシコ湾岸地域で流行している。欧州,日本,およびオーストラリアでは,輸入症例を発端として局地的なアウトブレイクが発生したことがある。流行地域では,アウトブレイクは通常温暖な時季に発生する。発生率は小児で最も高い。新たな感染地域では,どの季節でも流行が発生する可能性があり,全ての年齢層が等しく感受性を示す。
より軽度の胃腸炎がコレラ菌以外のビブリオ属細菌によって引き起こされる。
感染に対する感受性には個人差があり,血液型がO型の個人で高くなる。ビブリオは胃酸の影響を強く受けるため,低塩酸症や無酸症は感染の素因となる。
流行地域の居住者は徐々に自然免疫を獲得する。
症状と徴候
コレラの潜伏期間は1~3日である。コレラは,無症状あるいは合併症のない軽度の下痢のみのこともあれば,劇症化して死に至ることもある。
突然発症する無痛性の水様性下痢と嘔吐が通常の初期症状である。典型例では著しい悪心はみられない。成人での下痢による水分喪失量は1時間当たり1Lを超えることもあるが,通常はこれよりはるかに少ない。しばしば,便成分を含まない白い液体が排出される(米のとぎ汁様)。その結果生じる水および電解質の重度の喪失により,激しい口渇,乏尿,筋痙攣,筋力低下,および著明な組織ツルゴールの低下が起こり,眼窩がくぼみ,手指の皮膚のしわができる。循環血液量減少,血液濃縮,乏尿および無尿,ならびにK+欠乏(血清Na+濃度は正常)を伴う重度の代謝性アシドーシスが起こる。コレラを無治療で放置すると,チアノーゼおよび昏迷を伴う循環虚脱に陥ることがある。長時間の循環血液量減少は尿細管壊死を惹起する可能性がある。
大半の患者では下痢が止まってから2週間以内にコレラ(V. cholerae)をが認めなくなり,胆道の慢性保菌者となる患者はまれである。
診断
治療
補液
体液喪失の補充が必須である。軽症例は標準的な経口補水液で治療できる。重度の循環血液量減少の迅速な是正が救命につながる。代謝性アシドーシスおよび低カリウム血症の予防または補正が重要である。循環血液量減少および重度の脱水がある患者では,経静脈的な等張液の補給を行うべきである(急速輸液の詳細については 急速輸液および 経口補液)。経口補水も自由に行うべきである。カリウム喪失を是正するには,10~15mEq/LのKClを輸液に加えるか,100g/LKHCO3液を1mL/kg,経口,1日4回で投与することができる。小児は低カリウム血症に対する耐容性が低いため,カリウムの補充が特に重要となる。
一旦血管内容量が回復すれば(脱水是正期),持続的な水分喪失に対する補充量を下痢の測定量に等しくするべきである(維持期)。頻回の臨床的評価(脈拍数と脈の強さ,皮膚ツルゴール,尿量)により,水分補給が十分かどうかを確認する。血漿,血漿増量剤,昇圧薬を水分や電解質の代わりに使用してはならない。
ブドウ糖電解質液の経口投与は下痢による水分喪失の補充に効果的で,輸液による初期の水分補給の後に使用することができるほか,経静脈的な水分補給の手段が限られる流行地域では,水分補給の唯一の手段となる。経口摂取が可能な軽度または中等度の脱水患者は,経口補液での水分補給としてもよい(4時間で約75mL/kg)。重度の脱水患者では,さらに多くの水分補給が必要であり,経鼻胃管による補液が必要になることもある。
WHOが奨励する経口補水液(ORS)は,飲料水1L当たりにブドウ糖13.5g,NaCl 2.6g,クエン酸三ナトリウム二水和物2.9g(またはNaHCO3 2.5g),およびKCl 1.5gを含有するものである。この溶液は,広く入手可能なブドウ糖と塩の秤量済み密封パックを用いて調製するのが最善であり,1包を清潔な水1Lと混合して使用する。そのような調製済みのORS製剤を使用することにより,訓練を受けていない者が溶液を調製する際に発生しやすいエラーを最小限に抑えることができる。ORS製剤を入手できない場合は,清潔な水1Lに小さじ半杯の塩と小さじ6杯の砂糖を混ぜて調製するのが妥当な代替法である。ORSの投与は,脱水の是正後も,持続する下痢および嘔吐による喪失量を下回らない量で適宜継続するべきである。固形食物は,嘔吐が治まり食欲が回復して初めて与えるべきである。
抗菌薬
予防
コレラの感染を制御するには,ヒトの排泄物を適正に処理し,給水を浄化する必要がある。流行地域では,飲料水は煮沸するか塩素処理し,野菜や魚は十分に加熱調理するべきである。
小児および成人に対し,2種類の不活化全細胞経口ワクチンが世界的に利用可能になっているが,米国では使用できない。
いずれのワクチンも最長5年間,60~85%の予防効果を発揮する。いずれも2回の投与を必要とするが,現在コレラのリスクがある人への追加投与は2年後とすることが推奨されている。
注射用ワクチンは予防率で劣り,効果の持続時間も短い上,有害作用がより多いため,経口ワクチンが使用できる場合は推奨されない。
コレラ患者の家庭内接触者に対する抗菌薬の予防投与は,この方法を支持するデータがないことから,推奨されない。
要点
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O1およびO139血清型のコレラ菌(V. cholerae)は,エンテロトキシンを分泌して重症でときに致死的な下痢症を引き起こし,汚染された水または食物への集団曝露により,しばしば大規模なアウトブレイクが発生する。
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その他の血清型のコレラ菌(V. cholerae)は,より軽症で流行を起こさないことがある。
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便培養および血清型別検査により診断するが,遠隔地では迅速試験紙検査がアウトブレイクの同定に有用である。
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水分補給が極めて重要であり,ほとんどの症例では経口補水液で十分であるが,重度の体液量減少を来した患者には輸液が必要である。
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感染した成人には,感受性試験の結果が出るまでドキシサイクリンまたはアジスロマイシン(小児にはTMP/SMX)を投与する。