サラセミア

(地中海貧血;サラセミアメジャーおよびマイナー)

執筆者:Evan M. Braunstein, MD, PhD, Johns Hopkins University School of Medicine
レビュー/改訂 2020年 9月
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サラセミアは,ヘモグロビン合成障害を特徴とする先天性小球性溶血性貧血の一群である。αサラセミアは,アフリカ,地中海沿岸,または東南アジアに祖先をもつ人々に特に多くみられる。βサラセミアは,地中海沿岸,中東,東南アジア,またはインドに祖先をもつ人々に多くみられる。症状および徴候は,貧血,溶血,脾腫,骨髄過形成の加え,輸血を複数回経験している場合は鉄過剰に起因する。診断は遺伝子検査およびヘモグロビンの定量分析に基づく。重症型に対する治療として,輸血,脾臓摘出,キレート療法,および幹細胞移植がある。

溶血性貧血の概要も参照のこと。)

サラセミアの病態生理

サラセミアは,異常ヘモグロビン症であり,最も一般的な先天性ヘモグロビン産生障害の1つである。正常な成人型ヘモグロビン分子(ヘモグロビンA)は,α鎖およびβ鎖と命名された2組の分子鎖から構成される。正常な成人の血液には,2.5%以下の割合でヘモグロビンA2(α鎖とδ鎖から成る)も,また2%未満の割合でヘモグロビンF(胎児型ヘモグロビン,β鎖の部位をγ鎖が占めている)も含まれている。サラセミアは,グロビンのポリペプチド鎖(β,α,γ,δ)のうち1つ以上の産生低下に起因するヘモグロビン合成の不均衡によりもたらされる。

αサラセミア

αサラセミアは,α遺伝子の欠失によりαポリペプチド鎖の産生が低下することで発生する。α遺伝子は複製されているため,健常者は4つのα遺伝子をもっている(1対の染色体のそれぞれに2つずつ)。疾患の分類は欠失の数および位置に基づく:

  • α+サラセミア:1つの染色体上の1つの遺伝子が欠失(α/--)

  • α0サラセミア:同じ染色体上の両方の遺伝子が欠失(--/--)

βサラセミア

βサラセミアは,βグロビン遺伝子の変異または欠失によりヘモグロビンβポリペプチド鎖の産生が低下することで発生し,結果としてヘモグロビンAの産生障害が生じる。変異または欠失により,βグロビンの部分的な機能喪失(β+アレル)または完全な機能喪失(β0アレル)が生じる。βグロビン遺伝子は2つあり,患者の変異はヘテロ接合性,ホモ接合性,複合ヘテロ接合性の場合がある。加えて,2つの異なるグロビン遺伝子(例,βとδ)の異常についてのヘテロ接合体またはホモ接合体である可能性もある。

βδサラセミアは,βサラセミアの比較的まれな亜型であり,δ鎖とβ鎖の両方の産生が障害される。これらの変異はヘテロ接合性の場合もホモ接合性の場合もある。

サラセミアの症状と徴候

サラセミアの臨床的特徴はいずれも類似しているが,正常ヘモグロビンの量に応じて重症度が異なる。

αサラセミア

α+アレルを1つだけ有する(α/α;α/--)患者は,臨床的に正常であり,サイレント保因者と呼ばれる。

α+アレルが2つ(α/--;α/--)またはα0アレルが1つ(α/α;--/--)など,4つの遺伝子のうち2つに欠損があるヘテロ接合体の患者は,自覚症状のない軽度から中等度の小球性貧血を引き起こす傾向がある。このような患者はαサラセミアトレイト(形質)の保有者である。

α+とα0の共遺伝により4遺伝子中3つの欠陥(α/--;--/--)が生じると,α鎖の産生が重度に阻害される。α鎖の産生が阻害された結果,ヘモグロビンHと呼ばれるβ鎖の四量体か,乳児の場合はヘモグロビンBartと呼ばれるγ鎖の四量体が過剰に形成される。ヘモグロビンH症の患者では,症候性の溶血性貧血および脾腫がしばしばみられる。

α鎖を欠いたヘモグロビンは酸素を輸送しないため,α0アレル2つ(--/--;--/--)により4つの遺伝子が全て欠損すると,子宮内で死に至る(胎児水腫)。

βサラセミア

βサラセミアでは,βグロビンの産生障害の程度によって臨床的な表現型が3つのグループに分類される:

  • マイナー(またはトレイト)

  • 中間型

  • メジャー

βサラセミアマイナー(トレイト)は,ヘテロ接合体(β/β+またはβ/β0)の患者に生じ,通常は自覚症状がなく,軽度から中等度の小球性貧血がみられる。この表現型は,β+/β+の軽度の症例でみられることもある。

βサラセミア中間型は,サラセミアメジャーとマイナーの中間の様々な臨床像を生じ,これは2つのβサラセミアアレル(β+/β0またはβ+/β+重症例)の遺伝により引き起こされる。

βサラセミアメジャー(またはCooley貧血)は,ホモ接合体(β0/β0)または重度の複合ヘテロ接合体(β0/β+)の患者に生じ,重度のβグロビンの欠乏に起因する。そのような患者では,重度の貧血および骨髄の造血亢進が生じる。βサラセミアメジャーは,1~2歳までに発症し,重度の貧血に加え,輸血および吸収増加による鉄過剰症を呈する。黄疸がみられ,下肢潰瘍および胆石症が生じる(鎌状赤血球症と同様)。脾腫が多くみられ,しばしば巨大となる。Splenic sequestrationが生じ,輸血した正常赤血球の破壊が促進されることがある。骨髄の造血亢進は,頭蓋骨の肥厚および頬骨の隆起を引き起こす。長管骨の障害は,病的骨折および成長障害に加え,場合により思春期の遅延または欠如の素因となる。

鉄過剰により,心筋に鉄が沈着して心不全を引き起こすことがある。肝鉄症が典型的で,機能障害および肝硬変を来す。通常は鉄キレート療法が必要である。

サラセミアの診断

  • 溶血性貧血が疑われる場合に,その評価

  • 末梢血塗抹標本

  • ヘモグロビン電気泳動

  • DNA検査(出生前診断)

サラセミアトレイトは,ルーチンの末梢血塗抹標本および血算で小球性貧血および赤血球数増加で発見されることが多い。希望がある場合は,ヘモグロビンの定量分析によりβサラセミアトレイトの診断を確定できる。介入は必要ないが,女性では妊娠により貧血が悪化する可能性がある。

より重度のサラセミアは,家族歴を有する患者,示唆的な症状もしくは徴候がみられる患者,または小球性溶血性貧血の患者で疑われる。サラセミアが疑われる場合,小球性貧血および溶血性貧血に関する臨床検査およびヘモグロビンの定量分析を行う。血清ビリルビン,鉄,およびフェリチンは高値となる。

αサラセミアでは,ヘモグロビンFおよびヘモグロビンA2の割合が概ね正常で,遺伝子欠損が1つまたは2つのサラセミアの診断は,比較的新しい遺伝子検査を用いて行われることがある。診断は小球性貧血の他の原因を除外することによる場合が多い。

βサラセミアメジャーでは,貧血が重度で,しばしばヘモグロビンが6g/dL(60g/L)以下である。赤血球が極めて小球性であるため,赤血球数はヘモグロビン値と比べて相対的に上昇する。血液塗抹標本でほぼ診断可能であり,多数の有核赤芽球,標的赤血球,小型蒼白赤血球,および点状でびまん性の好塩基性亢進がみられる。

ヘモグロビンの定量分析では,ヘモグロビンA2の増加によりβサラセミアマイナーが診断可能である。βサラセミアメジャーでは,通常ヘモグロビンFが増加して,ときに90%に達することもあり,ヘモグロビンA2も通常は3%を超える増加を示す。

ヘモグロビンH症は,ヘモグロビン電気泳動で移動の速いヘモグロビンHまたはヘモグロビンBartの分画を証明することにより診断可能である。特異的な分子生物学的異常の特徴を明らかにできるが,それによって臨床的アプローチが変わることはない。

出生前診断および遺伝カウンセリングでは,遺伝子マッピングによる組換えDNAを用いるアプローチ(特にポリメラーゼ連鎖反応法[PCR法])が標準となっている。

貧血に対して骨髄検査を行った場合(例,他の原因を除外するため),著明な赤血球過形成がみられる。

βサラセミアメジャー患者において他の理由で画像検査を行った場合,慢性的な骨髄機能亢進による変化がみられる。頭蓋骨では,骨皮質の菲薄化,板間層の拡大,太陽光線様の骨梁形成,および顆粒状またはスリガラス状の外観を呈することがある。長管骨では,骨皮質の菲薄化,骨髄腔の拡大,および骨粗鬆症の領域がみられることがある。椎体では,顆粒状またはスリガラス状の外観を呈することがある。指節骨では,長方形または両凸形を呈することがある。胸部画像検査で傍脊椎部における髄外造血の所見が明らかになることがある。

サラセミアの予後

βサラセミアマイナーまたはαサラセミアマイナーの患者では,期待余命は正常である。ヘモグロビンH症およびβサラセミア中間型の予後は様々である。

βサラセミアメジャー患者の期待余命は短く,その主な理由は長期的な輸血の合併症である。

サラセミアの治療

  • しばしば赤血球輸血,場合により鉄キレート療法を併用

  • 脾腫がある場合は脾臓摘出

  • 可能な場合,同種造血幹細胞移植

  • 輸血依存性βサラセミアの治療を目的としたルスパテルセプト(luspatercept)

αサラセミアトレイトまたはβサラセミアトレイトの患者では,治療は必要ない。

ヘモグロビンH症では,貧血が重度の場合または脾腫がある場合に脾臓摘出が役立つことがある。

βサラセミア中間型の患者では,鉄過剰を避けるため,輸血をできるだけ少なくすべきである。ただし,重症患者では,定期的な赤血球輸血による異常造血の抑制が有益となる場合がある。βサラセミアメジャーでは,必要に応じて輸血を行うことで,ヘモグロビン値を9~10g/dL(90~100g/L)程度に維持し,重度の臨床症状を回避する。

鉄過剰による合併症の予防または遅延のため,過剰の(輸血による)鉄は除去しなければならない(例,長期的な鉄キレート療法)。キレート療法は,一般的に血清フェリチン値が1000ng/mL(1000μg/L)を上回ったときか,または約1~2年にわたる定期的な輸血の後に開始する。脾臓摘出は,有意な脾腫がみられる患者で輸血の必要性を減らすのに役立つ場合がある。

ルスパテルセプト(luspatercept)は,形質転換増殖因子β経路のシグナル伝達を阻害する注射剤の遺伝子組換え融合タンパク質である。βサラセミア患者を対象としたランダム化プラセボ対照試験において,21%の患者で輸血の必要性を33%減少させた(対して対照群では4.5%)。ルスパテルセプト(luspatercept)は,輸血依存患者における治療選択肢の1つである(1)。

同種造血幹細胞移植が唯一の根治的な選択肢であり,全ての患者で考慮すべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Cappellini MD, Viprakasat V, Taher A, et al: A phase 3 trial of luspatercept in patients with transfusion-dependent β-thalassemia.N Engl J Med 382(13):1219–1231, 2020.doi: 10.1056/NEJMoa1910182

サラセミアの要点

  • サラセミアは,グロビンの1種類以上のポリペプチド鎖(β,α,γ,δ)の産生低下に起因する;その結果生じた異常赤血球は小球性で,しばしば異常な形状を有し,溶血を生じやすい(貧血を引き起こす)。

  • 脾腫(しばしば巨大)がよくみられ,それによりsplenic sequestrationが生じて赤血球(輸血された赤血球を含む)の破壊が加速することがある。

  • 吸収亢進(赤血球産生障害による)と頻回の輸血のために,鉄過剰が多くみられる。

  • ヘモグロビン電気泳動を用いて診断する。

  • 必要に応じて輸血を行うが,鉄過剰をモニタリングしながらキレート療法を行う。

  • 脾臓摘出は,脾腫がみられる患者で輸血の必要性を減らすのに役立つ場合がある。

  • 同種造血幹細胞移植により治癒が得られる。

サラセミアについてのより詳細な情報

以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. Cooley's Anemia Foundation: provides comprehensive patient education and support and advocacy to patients with thalassemia

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