呼吸困難とは,不快または苦しさを感じる呼吸である。患者による呼吸困難の感じ方および訴え方は原因によって異なる。
病態生理
呼吸困難は比較的頻度の高い症状であるが,呼吸に伴う不快感の病態生理はほとんど解明されていない。他の種類の有害な刺激に対する受容器とは異なり,呼吸困難に特化した受容器は存在しない(ただし,MRIを用いた最近の研究では,呼吸困難の知覚を仲介している可能性のある特定の領域が中脳でいくつか同定されている)。
呼吸困難の感覚は,化学受容器への刺激,呼吸運動の機械的異常,そして中枢神経系によるこれらの異常についての知覚の間で起こる複雑な相互作用の結果である可能性が高い。神経学的な刺激と肺および胸壁の機械的運動との間の不均衡をneuromechanical uncoupling(神経機械的解離)と記載している著者もいる。
病因
呼吸困難には,多くの肺,心,およびその他の原因(1)があり,発症の急性度に応じて様々である( 急性* 呼吸困難の原因, 亜急性*の呼吸困難の原因,および 慢性* 呼吸困難の原因)。
最も一般的な原因は以下のものである:
慢性肺疾患または慢性心疾患の患者における呼吸困難で最も一般的な原因は以下のものである:
しかし,このような患者で急性に他の病態が発生することもある(例,喘息の長期罹患患者では心筋梗塞が,慢性心不全の患者では肺炎が発生することがある)。
急性* 呼吸困難の原因
原因 |
示唆する所見 |
診断アプローチ† |
肺由来の原因 |
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突然発症する鋭い胸痛,頻呼吸,呼吸音の減弱,および打診に対する過共鳴音 外傷後に起こることもあれば,自然に生じることもある(特に長身でやせている患者およびCOPDの患者において) |
胸部X線 |
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突然発症する鋭い胸痛,頻呼吸,および頻脈 しばしば肺塞栓症の危険因子(例,癌,不動状態,DVT,妊娠,経口避妊薬またはエストロゲンを含む他の薬剤の使用,最近の手術または入院,家族歴) |
CT血管造影 より頻度は低いがV/Qシンチグラフィーおよびおそらく肺動脈造影 |
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喘息,気管支攣縮,または反応性気道疾患 |
自然に,あるいは特定の刺激への曝露後(例,アレルゲン,URI,寒さ,運動)に生じる呼気性喘鳴および不十分な換気 おそらく奇脈 しばしば反応性気道疾患の既往歴 |
臨床的評価 ときに肺機能検査またはピークフローの測定 |
異物誤嚥 |
URI症状または全身症状のない患者(典型的には乳児または幼児)で突然発症する咳嗽または吸気性喘鳴 |
吸気相および呼気相の胸部X線 ときに気管支鏡検査 |
毒素による気道損傷(例,塩素または硫化水素の吸入による) |
職業曝露または洗浄剤の不適切な使用の後に突然発症 |
誤嚥は通常病歴聴取で明らかになる 胸部X線 ときに動脈血ガス分析および観察による重症度の判定 |
心臓由来の原因 |
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腕または顎に放散することもしないこともある,胸骨下の胸部圧迫感または胸痛(特にCADの危険因子をもつ患者にみられる場合) |
心電図 心筋酵素の検査 |
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乳頭筋の機能不全または断裂 |
突然発症する胸痛,新たにまたは大きく聴取される全収縮期雑音,および心不全徴候(特に最近心筋梗塞を起こした患者にみられる場合) |
聴診 心エコー検査 |
断続性ラ音,III音奔馬調律,および中枢または末梢の容量負荷を示唆する徴候(例,頸静脈怒張,末梢浮腫) 臥位での呼吸困難(起座呼吸)または入眠から1~2時間後に起こる呼吸困難(発作性夜間呼吸困難) |
聴診 胸部X線 BNP測定 心エコー検査 |
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その他の原因 |
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横隔膜麻痺 |
横隔神経に影響を及ぼす外傷後に突然発症 頻繁な起座呼吸 |
胸部X線 X線透視下のsniff test |
不安症による過換気 |
状況に応じて起こる呼吸困難であり,しばしば精神運動焦燥および指または口周囲の錯感覚を伴う 診察所見およびパルスオキシメトリー値は正常である |
臨床的評価 除外診断 |
*急性呼吸困難は誘因となるイベント発生後数分以内に起こる。 |
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†ほとんどの患者でパルスオキシメトリーおよび,症状が明らかに既知の慢性疾患の軽度増悪である場合を除き,胸部X線を実施すべきである。 |
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BNP = 脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド;CAD = 冠動脈疾患;DVT = 深部静脈血栓症;S3= III音; V/Q = 換気血流比。 |
亜急性*の呼吸困難の原因
原因 |
示唆する所見 |
診断アプローチ† |
肺由来の原因 |
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発熱,湿性咳嗽,呼吸困難,ときに胸膜性胸痛 断続性ラ音,呼吸音の減弱,およびやぎ声などの肺の局所所見 |
胸部X線 ときに血液および喀痰の培養 白血球数 |
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COPDの増悪 |
咳嗽(湿性または乾性) 不十分な空気の動き 呼吸補助筋の使用または口すぼめ呼吸 |
臨床的評価 ときに胸部X線および動脈血ガス分析 |
心臓由来の原因 |
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しばしば労作によって誘発される,腕または肩に放散することもしないこともある胸骨下の胸部圧迫感(特にCADの危険因子をもつ患者にみられる場合) |
心電図 心臓負荷試験 心臓カテーテル検査 |
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心嚢液貯留の危険因子(例,癌,心膜炎,SLE)をもつ患者における,心音減弱または心陰影の拡大 おそらく奇脈 |
心エコー検査 |
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*亜急性の呼吸困難は数時間から数日以内に起こる。 |
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†ほとんどの患者でパルスオキシメトリーおよび,症状が明らかに既知の慢性疾患の軽度増悪である場合を除き,胸部X線を実施すべきである。 |
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CAD = 冠動脈疾患。 |
慢性* 呼吸困難の原因
病因論に関する参考文献
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1.Pratter MR, Curley FJ, Dubois J, Irwin RS: Cause and evaluation of chronic dyspnea in a pulmonary disease clinic.Arch Intern Med 149 (10): 2277–2282, 1989.
評価
病歴
現病歴の聴取では,呼吸困難の持続時間,発症の時間的要素(例,突発性,潜行性),および誘発または増悪因子(例,アレルゲンへの曝露,寒さ,労作,仰臥位)を対象に含めるべきである。呼吸困難を引き起こすために必要な活動レベルを評価することで重症度を決定しうる(例,安静時呼吸困難は階段を昇る時のみの呼吸困難より重症である)。呼吸困難の状態が患者の普段の状態からどれだけ変化しているかに注意すべきである。
系統的症状把握(review of systems)では,胸痛または胸部圧迫感(肺塞栓症,心筋虚血,肺炎);下方になった部分の浮腫,起座呼吸,および発作性夜間呼吸困難(心不全);発熱,悪寒,咳嗽,および痰の産生(肺炎);黒いタール便または重度の月経(貧血を引き起こしうる潜在性の出血);ならびに体重減少または盗汗(癌または慢性肺感染症)などの,可能性のある原因を示唆する症状がないか検討すべきである。
既往歴の聴取では,呼吸困難を引き起こすことが知られている,喘息,COPD,および心疾患などの疾患に加え,他の病因の危険因子についても対象に含めるべきである:
職業曝露(例,ガス,煙,アスベスト)がないか調べるべきである。
身体診察
バイタルサインを評価して,発熱,頻脈,および頻呼吸がないか確認する。
診察では心血管系および肺に焦点を当てる。
肺の完全な診察を行い,特に空気の出入りは十分か,呼吸音は左右対称か,ならびに断続性ラ音,類鼾音,吸気性喘鳴,および呼気性喘鳴がないかを調べる。肺の硬化徴候(例,やぎ声,打診時の濁音)がないか検討すべきである。頸部,鎖骨上部,ならびに鼠径部の視診および触診を行い,リンパ節腫脹がないか調べるべきである。
視診で頸静脈怒張がないか,触診で下肢および仙骨前部に圧痕性浮腫がないか確認すべきである(ともに心不全を示唆する)。
過剰心音,心音減弱,または心雑音に注意しながら心音を聴取すべきである。奇脈(吸気時の収縮期血圧の低下が12mmHgを超える)を検査するには,まず血圧計のカフを収縮期血圧より20mmHg高くなるまで加圧した後,第1相のコロトコフ音が呼気時にのみ聴取できるようになるまでゆっくりと圧を下げる。カフをさらに減圧し,吸気時および呼気時ともに最初のコロトコフ音が聴こえる点を記録する。最初の点と2つ目の点との間に12mmHgを超える差があれば,奇脈が存在する。
結膜の蒼白がないかを確認すべきである。直腸診およびグアヤック法による便検査を行うべきである。
警戒すべき事項(Red Flag)
所見の解釈
病歴聴取および身体診察によって,しばしば原因が示唆され,さらなる検査の指針が得られる。( 急性* 呼吸困難の原因, 亜急性*の呼吸困難の原因,および 慢性* 呼吸困難の原因)。重要な所見がいくつか存在する。呼気性喘鳴は,喘息またはCOPDを示唆する。吸気性喘鳴は,胸郭外の気道閉塞(例,異物,喉頭蓋炎,声帯機能不全)を示唆する。断続性ラ音は,左心不全,間質性肺疾患,また硬化徴候を伴う場合は肺炎を示唆する。
しかしながら,心筋虚血および肺塞栓症などの生命を脅かす疾患の症状および徴候は非特異的なことがある。さらに,症状の重症度は原因の重症度に常に比例しているとは限らない(例,体調良好な健常者における肺塞栓症の症状は軽度の呼吸困難のみのことがある)。したがって,このような一般的な病態に対し強い疑いをもつことが賢明である。呼吸困難をより重症度の低い原因に帰する前に,これらの病態を除外することが,多くの場合適切である。
臨床予測ルール(clinical prediction ruleー 肺塞栓症の診断のための臨床予測ルール(Clinical Prediction Rule))が肺塞栓症のリスク評価に役立つ可能性がある。酸素飽和度が正常であっても肺塞栓症が除外されるわけではない。
過換気症候群は除外診断となる。低酸素症が頻呼吸および興奮を引き起こすことがあるため,呼吸が速く不安の強い若者が全て単なる過換気症候群であると考えるのは賢明ではない。
検査
全ての患者でパルスオキシメトリーを実施すべきであり,症状が明らかに既知の疾患の軽度または中等度の増悪である場合を除き,胸部X線も同様に実施すべきである。例えば,喘息または心不全の患者では,臨床所見が他の原因または著しく重症の発作を示唆しない限り,急性増悪(flare-up)が起こるたびに毎回胸部X線を撮る必要はない。心筋虚血が臨床的に除外できる場合を除き,ほとんどの成人で心筋虚血を検出するために心電図検査(および疑いが強い場合は血清心筋マーカー検査)を行うべきである。
呼吸状態が重症または悪化している患者では,動脈血ガス分析を行い,より正確な低酸素血症の数値化,Paco2の測定,過呼吸を誘発する酸塩基平衡障害の診断,および肺胞気-動脈血酸素分圧較差を算出すべきである。
胸部X線および心電図検査を行っても診断が明らかにならず,肺塞栓症のリスクが中等度または高い(臨床予測ルール 肺塞栓症の診断のための臨床予測ルール(Clinical Prediction Rule)より)患者では,CT血管造影または換気・血流比シンチグラフィーを施行すべきである。肺塞栓症のリスクが低い患者にはDダイマー検査を施行してもよい(低リスク患者でDダイマーの値が正常であれば,効果的に肺塞栓症を除外できる)。
慢性呼吸困難では,CT,肺機能検査,心エコー検査および気管支鏡検査などの追加検査が必要となる場合がある。
治療
治療は基礎疾患の改善である。
低酸素血症は酸素補給により酸素飽和度 > 88%またはPaO2> 55mmHgを維持する必要があるが,この閾値以上であれば組織に十分な酸素が供給される。この閾値を下回るレベルは,酸素解離曲線の急勾配の部分に位置し,そこではわずかな動脈血酸素分圧の低下でも,Hbの酸素飽和度が大幅に低下しうる。酸素飽和度は,心筋または脳の虚血が懸念される場合,93%より高く維持すべきである。
モルヒネ0.5~5mgの静注は,心筋梗塞,肺塞栓症などの様々な病態における呼吸困難および末期疾患に伴うことが多い呼吸困難の不安や不快感の軽減に役立つ。しかしながら,オピオイドは換気運動を抑制し,呼吸性アシデミアを悪化させうるため,急性の気流制限(例,喘息,COPD)を呈する患者には悪影響を及ぼしうる。