急性腹痛

執筆者:Parswa Ansari, MD, Hofstra Northwell-Lenox Hill Hospital, New York
レビュー/改訂 2020年 4月
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腹痛はよくみられる症状であり,重要ではない場合も多い。しかしながら,急性および重度の腹痛はほぼ常に腹腔内疾患の症状である。手術の必要性に関する唯一の指標である場合もあり,迅速な対処が必要である:特定の疾患では,症状出現から6時間未満で腸管の壊疽および穿孔が起こる可能性がある(例,絞扼性閉塞または動脈塞栓による腸管への血液供給阻害)。腹痛は,非常に若年の患者,非常に高齢の患者,HIV感染患者,免疫抑制薬(コルチコステロイドを含む)使用患者で特に懸念される。

疼痛に対する反応は個人差があるため,腹痛に関する教科書的な説明には限界がある。一部の人,特に高齢者は冷静であるが,症状を誇張する人もいる。乳児と幼児,それに一部の高齢者では,疼痛部位の同定が困難なことがある。

急性腹症という用語は,外科手術を必要とする疾患を考慮すべき重症度や懸念を呈する症候が腹部にみられる状態を指す。

急性腹痛の病態生理

内臓痛は,腹部臓器に由来する疼痛であるが,腹部臓器は自律神経線維に支配されており,主に拡張や筋収縮の感覚に反応し,切傷,断裂,局所刺激には反応しない。内臓痛は典型的には漠然とした鈍痛で,悪心をもたらす。限局が不明瞭な痛みで,罹患臓器の原基に対応する領域に放散する傾向がある。前腸由来の臓器(胃,十二指腸,肝臓,膵臓)は上腹部痛を引き起こす。中腸由来の臓器(小腸,近位大腸,虫垂)は臍部痛を引き起こす。後腸由来の臓器(遠位大腸および泌尿生殖器)は下腹部痛を引き起こす。

体性痛は壁側腹膜に由来する疼痛で,壁側腹膜は体性神経に支配されており,炎症を生じる感染過程,化学的過程,他の過程による刺激に反応する。体性痛は鋭く,痛みの局在が明確である。

関連痛は,原因のある部位から離れたところに感じられる疼痛で,脊髄における神経線維の収束に起因する。関連痛の一般的な例として,胆道仙痛による肩甲骨痛,腎仙痛による鼠径部痛,横隔膜を刺激する血液または感染による肩関節痛がある。

腹膜炎

腹膜炎は腹腔の炎症である。最も重篤な原因は消化管穿孔であり,直ちに化学的炎症を引き起こし,直後に腸内細菌による感染が生じる。腹膜炎はまた著明な炎症を引き起こすあらゆる腹症(例,虫垂炎憩室炎,絞扼性腸閉塞膵炎骨盤内炎症性疾患腸間膜虚血)によってもたらされる可能性がある。腹腔内血液は発生源(例,動脈瘤破裂,外傷,手術,異所性妊娠)を問わず刺激性で,腹膜炎を引き起こす。バリウムは重度の固化および腹膜炎を引き起こすため,消化管穿孔の疑いがある患者には決して使用してはならない。一方,水溶性造影剤は安全に使用できる。腹腔内の腹腔体循環シャント,排液管,透析カテーテルは,腹水と同様に感染性腹膜炎の素因である。

まれに,腹腔に血行性の細菌感染が生じて,特発性細菌性腹膜炎が発生することがある。特発性細菌性腹膜炎は主に肝硬変および腹水のある患者で生じる。

腹膜炎は腹腔および腸管内への体液の移動を引き起こし,重度の脱水および電解質平衡異常をもたらす。急性呼吸窮迫症候群が急速に発生する可能性がある。続いて腎不全,肝不全,および播種性血管内凝固症候群が発生する。無治療の場合,数日以内に死に至る。

急性腹痛の病因

多くの腹腔内疾患が腹痛を引き起こし(腹痛の部位と考えられる原因の図を参照),特に問題にならないものもある一方,直ちに生命を脅かし,迅速な診断と手術を要するものがある。具体的には,腹部大動脈瘤(AAA)破裂,内臓穿孔,腸間膜虚血異所性妊娠の破裂などがある。ほかにも重篤で同様に緊急を要する疾患がある(例,腸閉塞虫垂炎,重症急性膵炎)。いくつかの腹腔外疾患も腹痛を引き起こす(腹痛の腹腔外の原因の表を参照)。

腹痛の部位と考えられる原因

表&コラム

新生児,乳児,幼児の腹痛には,成人の腹痛にはない多数の原因がある。これらの腹痛の原因としては,壊死性腸炎,胎便性腹膜炎,幽門狭窄腸回転異常を伴う腸捻転,鎖肛腸重積症閉鎖症による腸閉塞などがある。

急性腹痛の評価

軽度および重度の疼痛の評価は同じプロセスに従うが,重度の腹痛では,ときに治療が同時に進められ,外科医のコンサルテーションを早期に受ける。通常は病歴聴取と身体診察により,少数の候補以外は全て除外され,臨床検査および画像検査を賢明に行うことで最終診断が確定される。生命を脅かす疾患を常にまず除外してから,それほど重篤でない疾患の診断に焦点を置くべきである。重度の腹痛を訴える重篤な患者では,最も重要な診断法は迅速な外科的検索であると考えられる。軽症患者については,慎重な経過観察および診断的評価が最善であると考えられる。

病歴

通常,徹底的な病歴聴取によって診断が示唆される(急性腹痛患者の病歴の表を参照)。特に重要なのは疼痛の部位(腹痛の部位と考えられる原因の図を参照)および特徴,類似した症状の既往,関連症状である。胸やけ,悪心,嘔吐,下痢,便秘,黄疸,黒色便,血尿,吐血,体重減少,粘液便,血便などの随伴症状は,その後の評価の方向づけに有用である。薬歴には,処方薬および違法薬物の使用に加え,飲酒に関する詳細も含めるべきである。多くの薬物が消化管障害を引き起こす。プレドニゾンや免疫抑制薬は穿孔または腹膜炎に対する炎症反応を阻害するため,疼痛,圧痛,白血球増多が,これらの薬剤を使用しない場合に予測される程度と比較して軽減される。抗凝固薬により出血および血腫形成の可能性が増大しうる。アルコールは膵炎の素因である。

表&コラム

既知の医学所見および腹部手術の既往歴を確認することが重要である。女性では妊娠の有無を尋ねるべきである。

身体診察

全般的な外観が重要である。不安を抱いた,顔色の悪い,発汗した,または明らかな痛みのある患者と異なり,幸せで快適に見える患者にはめったに深刻な問題はない。血圧,脈拍数,意識状態,末梢循環の他の徴候を評価しなければならない。ただし,診察では腹部に焦点を置き,視診および聴診から始め,次いで触診および打診を行う。圧痛,腫瘤,血液を調べるための直腸診および内診(女性の場合)は必須である。

触診は痛みが最も激しい部位から離れたところから愛護的に始め,特に圧痛を示す部位を同定するとともに筋性防御,筋硬直,反跳痛(いずれも腹膜刺激を示唆)および何らかの腫瘤の有無を特定する。筋性防御は腹筋の不随意収縮で,神経過敏または不安な患者でみられる急速な随意収縮と比較してわずかに遅く持続的である。反跳痛は,検者が手を急激に離した際に生じる明確な収縮である。鼠径部および全ての手術瘢痕を触診して,ヘルニアがないか確認すべきである。

警戒すべき事項(Red Flag)

特定の所見を認める場合には,病因としてより重篤な病態の疑いが高まる:

  • 重度の疼痛

  • ショックの徴候(例,頻脈,低血圧,発汗,錯乱)

  • 腹膜炎の徴候

  • 腹部膨隆

所見の解釈

腹部膨隆は,特に手術瘢痕,打診における鼓音,および高ピッチの蠕動または急速かつ強い腹鳴が認められる場合,腸閉塞を強く示唆する。

腸雑音消失を伴う重度の疼痛を呈し,患者ができるだけ動かないよう横になっている場合は腹膜炎を示唆する;圧痛の部位は病因を示唆するが(例,右上腹部では胆嚢炎,右下腹部では虫垂炎を示唆),診断に有用ではないことがある。

ショックを伴う背部痛は,特に圧痛のある拍動性腫瘤が存在する場合には腹部大動脈瘤破裂を示唆する。

妊婦におけるショックと性器出血は異所性妊娠の破裂を示唆する。

肋骨脊柱角の斑状出血(グレイ・ターナー徴候)または臍周囲の斑状出血(カレン徴候)は出血性膵炎を示唆するが,本疾患に対する感度はそれほど高くない。

しばしば病歴から診断が示唆される(急性腹痛患者の病歴の表を参照)。正常なピッチの蠕動が活発にみられる状態での軽度から中等度の疼痛は,手術を必要としない疾患(例,胃腸炎)を示唆するが,より重篤な疾患の初期症状の可能性もある。楽になろうとして身もだえする患者は,閉塞性の機序(例,腎仙痛または胆道仙痛)を有している可能性が高い。

腹部手術の既往がある場合は,癒着による閉塞の可能性が高い。全身性動脈硬化症は,心筋梗塞,腹部大動脈瘤,および腸間膜虚血の可能性を増大させる。HIV感染症により,感染性の原因の可能性が高まる。

検査

検査は臨床での疑いに基づいて選択される:

  • 妊娠可能年齢の全ての女性に対して尿妊娠検査

  • 疑われる診断に基づいて選択された画像検査

標準検査(例,血算,生化学検査,尿検査)は,しばしば施行されるが,特異度が低いためほとんど価値がなく,重大な疾患を有する患者が正常な結果を示すことがある。結果が異常でも特異的な診断は得られず(特に尿検査は多様な疾患で膿尿または血尿を示す可能性がある),また重大な疾患がなくても結果が異常を示すことがある。ただし血清リパーゼは例外で,急性膵炎の診断を強く示唆する。尿妊娠検査が陰性であれば異所性妊娠の破裂を効果的に除外できるため,妊娠可能年齢の全ての女性に対してベッドサイドで同検査を施行すべきである。

穿孔または閉塞が疑われる場合は,臥位および立位腹部X線と立位胸部X線から成る一連の腹部X線検査(立位をとれない患者では,左側臥位の腹部X線および前後胸部X線)を行うべきである。しかしながら,これらの単純X線検査が他の病態の診断に有用となることはめったにないため,上記に該当しなければ,単純X線検査を機械的に行う必要はない。超音波検査は,胆道疾患または異所性妊娠(経腟プローブ)が疑われる場合,および小児の虫垂炎が疑われる場合に行うべきである。超音波検査で腹部大動脈瘤も検出できるが,破裂を確実に同定することはできない。腎結石の疑いがある患者に対しては,単純ヘリカルCTが第1選択の検査である。有意な腹痛を呈する患者の約95%で経口および静注造影剤を用いたCTが診断に有用であり,この検査によってnegative laparotomyの頻度が著明に低下している。しかしながら,決定的な症状と徴候がある患者では高度な画像検査のために手術を遅らせることがあってはならない。

急性腹痛の治療

一部の臨床医は,診断前の疼痛緩和によって評価が妨げられると感じている。しかしながら,中等量の鎮痛薬の静脈内投与(例,フェンタニル50~100μg,モルヒネ4~6mg)では,腹膜刺激徴候が隠されることはなく,一方で不安および不快感が軽減されるため,しばしば診察を容易に進められる。

急性腹痛の要点

  • まずは生命を脅かす原因を検索する。

  • 妊娠可能年齢の女性では妊娠を除外する。

  • 腹膜炎,ショック,および閉塞の徴候を検索する。

  • 血液検査はほとんど役に立たない。

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