精子異常には,作られた精子の質または量の障害および射精障害が含まれる。診断は,精液検査および遺伝子検査による。最も効果的な治療法は通常,卵細胞質内精子注入法による体外受精である。
(不妊症の概要も参照のこと。)
病態生理
精子形成は絶え間なく起きている。個々の生殖細胞は,完全に成熟するのに約72~74日を必要とする。精子形成は34℃で最も効率的に行われる。精細管内で,セルトリ細胞が成熟を制御し,ライディッヒ細胞が必要なテストステロンを産生する。正常ではフルクトースが精嚢で産生され,射精管を通って分泌される。
精子異常によって,以下が引き起こされることがある:
精子数が少ない(過少[精子減少症]または完全な欠如[無精子症])
精子の質的異常(運動性や形態の異常など)
病因
精子形成の障害
精子形成は以下により損なわれることがあり,その結果精子の減少や質的異常が生じる(精子形成障害の原因の表を参照):
熱
疾患(内分泌性,遺伝性,泌尿生殖器系)
薬物(例,タンパク質同化ステロイド)
毒素
射精障害
膀胱への逆行性射精のために射精障害が起こることがある。
逆行性射精はしばしば以下により生じる:
射精障害は以下によっても起こる可能性がある:
精管の閉塞
CFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)遺伝子の変異を有する男性にしばしば生じる両側精管または精巣上体の先天的欠損
両側精嚢の欠損
症候性の嚢胞性線維症である男性のほぼ全てで両側精管の先天的欠損がみられるが,症候性の嚢胞性線維症を引き起こさないCTFR変異をもつ男性においても精管の欠損がみられることがある。
その他の原因
Y染色体(特にAZF[azoospermia factor c]領域における)に微小欠失を有する男性は,その欠失に応じて,様々な機序により精子減少症を発症することがある。
他の不妊症のまれな機序には,通常,男性本人により形成される精子抗体による精子の破壊や不活化がある。
診断
精液検査
ときに遺伝子検査
(Practice Committee of the American Society for Reproductive MedicineのDiagnostic evaluation of the infertile male: A committee opinionも参照のこと。)
カップルが不妊である場合は,精子異常がないか常に男性を評価すべきである。病歴聴取および身体診察では,考えられる原因(例,泌尿生殖器疾患)に焦点を置く。各精巣の体積を同定すべきである;正常は20~25mLである。精液検査を行うべきである。
精液検査
精液検査の前には,一般的には2~3日間射精を控えるよう男性に伝える。しかしながらデータでは,問題がない場合には,毎日の射精により男性の精子数は減少しないことが示唆されている。精子数は変化するため,検査には1週間以上間隔を空けて得られた2つ以上の検体を必要とする;それぞれの検体を自慰によって清潔な容器に採取するが,これは院内で行うのが望ましい。精子を保存する場合は,その容器は無菌とすべきである。この方法が困難な場合には,男性がコンドームを使用して自宅で行ってもよいが,コンドームは潤滑剤および化学薬品未使用のものを使用しなければならない。
20~30分室温においてから,射精液を評価する(精液検査の表を参照)。
さらに,コンピュータを用いた精子の運動性(例,精子の直線速度など)の測定が利用可能である;しかしながら,運動性と妊孕性の相関は明らかではない。
性腺機能低下症や先天性の両側精管欠損のない男性で,精液量が1mL未満の場合には,射精後に尿中の精子を検査する。精液中の精子数に対して尿中の精子数が不均衡に多い場合,逆行性射精が示唆される。
遺伝子検査
精子減少症や無精子症が同定された場合には,遺伝子検査を行うべきである。こういった検査には以下ものが含まれる:
標準的な核型分析
標識された染色体部位のPCR(Y染色体の微小欠失を検出することを目的とする)
CFTR遺伝子変異の評価
CFTR遺伝子変異を有する男性とそのパートナーが妊娠を試みる前に,パートナーも嚢胞性線維症のキャリア状態を除外するための検査を受けるべきである。
その他の検査
精液検査の結果が異常で,特に精子濃度が1000万/mL未満の場合には,内分泌評価が必要である。最低限の初期検査には,以下を含めるべきである:
血清卵胞刺激ホルモン(FSH)値
テストステロン値
テストステロンが低値の場合,血清黄体形成ホルモン(LH)およびプロラクチンも測定すべきである。精子形成異常を認める男性ではしばしばFSH値が正常な場合があるが,FSHの上昇はいかなる場合でも精子形成異常を明確に示唆する。プロラクチンの上昇は下垂体前葉を侵すか,または影響を与える腫瘍に対する評価を必要とするが,様々な処方薬やレクリエーショナルドラッグの摂取を意味することもある。
精液中の白血球数が1,000,000/mL以上の場合は,微生物学的検査を含む感染症の評価(例,淋菌感染症,クラミジア感染症)を行う。
パートナー両者に対するルーチン検査で不妊症の説明がつかず,体外受精や配偶子卵管内移植が検討されている場合には,一部の不妊症センターで行われている特別な精液検査を考慮してもよい。具体的には以下のものがある:
精子抗体検査,最も一般的には直接イムノビーズテスト
精子生存試験(例,低浸透圧膨化試験,精子の超生体染色による色素排除試験)
単細胞ゲル電気泳動法(Cometアッセイ)およびterminal deoxynucleotidyl transferase-mediated deoxyuridine triphosphate(dUTP)nick-end labeling assay(TUNEL法)などの精子DNA断片化検査
これらの特別な検査の有用性については議論があり,証明もされていない。一部の臨床医は,これらの検査の1つまたは複数が体外受精の成功を予測する上で有用である可能性があると考えている。
必要な場合には,精巣生検により閉塞性と非閉塞性無精子症とを鑑別しうる。
治療
クロミフェン
クロミフェンが効果的でない場合,生殖補助医療
基礎にある泌尿生殖器疾患を治療する。
感染症が検出された場合は,適切な抗菌薬を投与する。
精子数が1000万~2000万/mLで内分泌疾患のない男性には,クエン酸クロミフェン(25~50mg,経口,1日1回,月に25日間を3~4カ月間)を試みてもよい。抗エストロゲン薬であるクロミフェンは,精子の産生を刺激し精子数を増加させうる。しかしながら,精子の運動性や形態が改善するか否かは不明であり,妊孕性の改善は証明されていない。
精子の運動性が正常な男性において,精子の数が1000万/mL未満またはクロミフェンが奏効しない場合,最も効果的な治療法は通常,1個の精子を1個の卵子へ注入(卵細胞質内精子注入法)する体外受精である。(この手技が広く用いられているため,現在では精子通過能試験[sperm penetration assay]はまれにしか行われない。)
あるいは,洗浄した精液検体を用いて,排卵時期と一致するよう時機を合わせて行う子宮内精子注入がときに試みられる。妊娠が起こる場合には,通常6回目の治療周期までに起こるが,この治療にはある程度の効果しかない。
精子の数および生存能力の低下が,妊娠を妨げていないことがある。このような場合,女性に卵巣刺激法に加えて人工授精または生殖補助医療(例,体外受精,卵細胞質内精子注入法)を用いることにより妊孕性が増すことがある。男性生殖の専門家は,射精液中に精子がほとんどまたは全くない男性であっても,しばしば単純な外科的手技を用いて卵細胞質内精子注入法のための精子を回収できる。
男性パートナーが十分な受精能を有する精子を産生できない場合,カップルは提供精子を用いる精液注入を考慮する場合がある。AIDSおよび他の性感染症のリスクは,提供精子を6カ月以上凍結し,その後,精液注入前に提供者に感染症の再検査を行うことにより,最小限に抑えられる。米国において,米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)はドナーがジカウイルス感染症と診断された場合や,ジカウイルスの活発な伝播がある地域に居住または旅行していた場合,精液の採取を6カ月間延期することを推奨している。
要点
精子形成障害または射精障害により,精子の数や質が損なわれることがある。
精子異常の診断は精液検査から始め,ときに遺伝子検査を行う。
泌尿生殖器疾患が基礎にあれば是正し,クエン酸クロミフェンまたは体外受精および卵細胞質内精子注入法により治療する。