揮発性溶剤は、接着剤、塗料、クリーニング液など、一般の家庭用品の多くに使用されています。したがって、小児や青年は容易にそれらを入手します。米国では、青年の約10%が有機溶剤を吸入した経験があります(青年期の物質使用および物質乱用 青年の物質使用 青年の物質使用は、試してみただけのものから重度の 物質使用障害まで様々です。物質使用は、試してみただけの使用も含め、いずれも青年を事故、けんか、望んでいない性行為、 過剰摂取などの短期的な問題のリスクにさらします。物質使用はまた、青年の脳の発達を妨げます。青年は物質使用の影響を受けやすく、青年期に定期的な飲酒や、大麻(マリファナ)、ニコチン、その他の薬物の使用がある場合、 精神障害、学業の不振、物質使用障害、高い依存症発生率などの長期的... さらに読む も参照)。
溶剤をビニール袋の中にスプレーしてそれを吸い込んだり(バギング、スニッフィング、スノーティング)、溶剤を浸した布を鼻に近づけたり口に含んだり(ハッフィング)します。
(薬物使用と薬物乱用 物質関連障害の概要 薬剤やその他の物質は、それが合法な医療上の用途で使用されるものか、習慣的に使用されるものか(例えば、カフェイン)、娯楽目的で使用されるものか(レクリエーショナルドラッグ)にかかわらず、多くの人々にとって日々の生活に不可欠なものとなっています(表「 医療上の用途と娯楽的な用途が両方ある薬物」を参照)。... さらに読む も参照のこと。)
揮発性溶剤使用の症状
揮発性溶剤のガスを吸入することにより、すぐに現れる症状やときに長期的な症状が現れることがあります。
即時作用
揮発性溶剤を使用すると、すぐに中毒状態になります。めまいがし、眠気と錯乱が生じます。話し方が不明瞭になることもあります。起立や歩行が困難になり、その結果、不安定な足取りになります。興奮したり、衝動的になったり、いらだちやすくなったりすることもあります。
その後、知覚や現実感がゆがみ、錯覚、幻覚、妄想に陥ります。使用者は多幸的で夢幻様の高揚感を体験し、最後には短い眠りが訪れます。気分変動を伴うせん妄および錯乱状態になることがあります。思考力と運動協調が損なわれることがあります。中毒症状はどれも数分から1時間以上続きます。
過剰摂取
揮発性溶剤の中には、代謝されると有害物質になるものがあります。例えば、塩化メチレン(ジクロロメタン、一部の塗料除去剤に含まれる成分)は、体内で一酸化炭素に変換され、吸入すると 一酸化炭素中毒 一酸化炭素中毒 一酸化炭素は無色無臭の気体で、多くの物質が燃焼する際に産生され、大量に吸入すると中毒となる可能性があります。 一酸化炭素中毒はよく起こります。 症状としては、頭痛、吐き気、眠気、錯乱などがあります。 血液検査の結果に基づいて診断されます。 一酸化炭素検出器の設置や、暖炉など室内で燃焼しているものがあれば十分に換気すること、閉め切った空間(閉め切った車庫など)で車を動かさないことが、一酸化炭素中毒の予防に役立ちます。 さらに読む が生じることがあります。メタノール(木精)の吸入により、血液の酸性化や眼の障害の原因となる、有害な副産物が生じることがあります。
直接吸入すると、呼吸が非常に遅く浅くなるか、心拍リズムが乱れる(不整脈 不整脈の概要 不整脈とは、一連の心拍が不規則、速すぎる(頻脈)、遅すぎる(徐脈)、あるいは心臓内で電気刺激が異常な経路で伝わるなど、心拍リズムの異常のことをいいます。 不整脈の最も一般的な原因は心臓の病気(心疾患)です。 自分で心拍リズムの異常に気づくこともありますが、ほとんどの人は、脱力感や失神などの症状が起きるまで不整脈を自覚しません。... さらに読む )ため、初めて吸入した人でも突然死亡することがあります。
長期的な影響
溶剤の長期使用や長期曝露(職場での曝露など)により、脳、末梢神経、心臓、腎臓、肝臓、肺に重度の損傷が生じることがあります。また、骨髄が損傷することがあり、それによって赤血球産生機能が損なわれて 貧血 貧血の概要 貧血とは、赤血球の数が少ない状態をいいます。 赤血球には、肺から酸素を運び、全身の組織に届けることを可能にしているヘモグロビンというタンパク質が含まれています。赤血球数が減少すると、血液は酸素を十分に供給できなくなります。組織に酸素が十分に供給されないと、貧血の症状が現れます。... さらに読む になったり、 白血病 白血病の概要 白血病は、白血球または成熟して白血球になる細胞のがんです。 白血球は骨髄の幹細胞から成長した細胞です。ときには成長がうまくいかずに、染色体の一部の並びが変化してしまうことがあります。こうして異常となった染色体により正常な細胞分裂の制御が失われ、この染色体異常がある細胞が無制限に増殖するようになったり、細胞がアポトーシス(不要になった細胞が... さらに読む が生じたりすることもあります。口や鼻の周りの皮膚が刺激されることがあります(huffer's eczema)。妊娠中の使用は、 早産 早産児 早産児とは、在胎37週未満で生まれた新生児のことです。生まれた時期によっては、早産児の臓器は発達が不十分で、子宮外で機能する準備がまだできていないことがあります。 早産の既往、多胎妊娠、妊娠中の栄養不良、出生前ケアの遅れ、感染症、生殖補助医療(体外受精など)、高血圧などがある場合、早産のリスクが高くなります。 多くの臓器の発達が不十分であるため、早産児では呼吸したり哺乳したりすることが難しく、脳内出血、感染症や他の異常が起こりやすくなり... さらに読む およびfetal solvent syndrome(胎児性アルコール症候群 妊娠中のアルコール 妊婦の50%以上が、妊娠中に処方薬や市販薬(処方なしで購入できる薬剤)を服用したり、社会的薬物(タバコやアルコール)または違法薬物を使用しており、妊娠中の薬の使用は増えてきています。一般に、薬の多くは胎児に害を及ぼす可能性があるため、妊娠中は、必要な場合を除いて、薬剤を使用すべきではありません。病気や症状の治療に使用された薬剤が原因で発生... さらに読む と同様の症状を引き起こす)につながる可能性があります。
離脱症状
慢性的に使用すると、溶剤の作用に対していくらか耐性が生じます。溶剤に対して精神依存が生じ、使用を続けたいという強い衝動が現れることがあります。しかし身体依存は生じません。すなわち、薬をやめることで不快な症状(離脱症状)が起こることはありません。
揮発性溶剤使用の診断
医師による評価
溶剤への曝露歴
医師は通常、本人や友人が医師に話したことに基づいて診断を下します。揮発性溶剤は通常の薬物スクリーニングでは検出できませんが、必要な場合には、特殊な検査で検出できます。
揮発性溶剤使用の治療
臓器の損傷があれば、その治療
薬物カウンセリング
溶剤を吸う小児や青年を治療する際には、内臓器官に損傷がないか調べ、治療します。
溶剤の吸入は、気分に作用する物質の中で回復率が最も低いものの1つです。溶剤依存のある青年の治療は困難であり、しばしば再発します。しかし、ほとんどの使用者は青年期の終わりまでに使用をやめます。精神的な健康状態を改善し、社会的技能を向上させ、社会問題に対処する教育とカウンセリングが有用です。
さらなる情報
以下の英語の資料が役に立つかもしれません。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
米国国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse:NIDA):薬物使用とその影響に関する科学的調査研究を支援し、よく使用されている薬物、研究の優先度と進行状況、臨床情報源、助成金と資金提供の機会に関する情報を提供する米国連邦機関です。
米国薬物乱用・精神衛生サービス局(Substance Abuse and Mental Health Services Administration:SAMHSA):行動面の健康を促進する公衆衛生活動を主導し、治療を提供する場所の情報、フリーダイヤルの相談窓口、医療従事者訓練ツール、統計、物質関連の様々な話題に関する出版物などの情報を提供する米国保健福祉省の機関です。