この状態は、脳の損傷によって生じる場合もあれば、植物状態から一部の機能が回復するときに生じる場合もあります。
最小意識状態の人では、自己と周囲の環境をある程度認識していることを示す動作(アイコンタクトなど)がみられます。
最小意識状態の診断は、医師が重度の意識障害がある人を一定期間、複数回にわたり観察し、意識がある証拠が見つかった場合に初めて下されます。
最小意識状態の人には、十分な栄養補給と動けないことで生じる問題(床ずれなど)を防止するための対策を含めた、包括的なケアが必要になります。
この状態は、脳の損傷によって直接生じる場合もあれば、 植物状態 植物状態 植物状態とは、大脳(思考と行動を制御する脳の部位)が機能しなくなったものの、視床下部と脳幹(睡眠サイクル、体温、呼吸、血圧、心拍、意識などの生命維持に必要な機能を制御している脳の部位)はまだ機能し続けている状態のことをいいます。そのため、患者は眼を開けていて起きているように見えますが、刺激に対して意味のある反応をすることはありません。 植物状態の原因として最も多いのは、頭部外傷による重度の脳損傷と、心停止や呼吸停止などの脳への酸素供給が... さらに読む から一部の機能が回復するときに生じる場合もあります。植物状態と最小意識状態の間を行き来することもあり、ときに、このような状況が最初の脳損傷から数年にわたり続くこともあります。
最小意識状態の症状
最小意識状態の人では、植物状態の人と異なり、自己と周囲の環境をある程度認識していることを示す動作がみられます。患者は以下のような動作をすることがあります。
目を合わせる
物を目で追う
物に手を伸ばす
質問に反応する(ただし多くの場合、適切な回答であるかどうかにかかわらず同じ単語で答える)
すべての指示に決まった方法で反応するが、通常とは異なる方法(例えば、まばたき)による
最小意識状態の診断
医師による評価
MRI検査などの画像検査
最小意識状態は症状に基づいて疑われます。しかし、最小意識状態と診断する前に、一定期間、複数回にわたって患者を観察しなければなりません。
MRI検査やCT検査などの画像検査を行い、問題の原因になっている病気(特に治療できるもの)がないかを確認します。
診断が疑わしい場合は、他の画像検査(PET検査 PET検査 PET(陽電子放出断層撮影)検査は 核医学検査の一種です。放射性核種とは放射線を出す元素のことで、エネルギーを放射線の形で放出することで、安定した状態になろうとする原子です。放射性核種の多くは高いエネルギーの光子をガンマ線の形で放出しますが、PET検査では陽電子と呼ばれる粒子を放出する放射性核種を使用します。 PET検査では、体内で使用(代謝)されるグルコース(ブドウ糖)や酸素などの物質を... さらに読む または SPECT検査 SPECT(単一光子放出型コンピュータ断層撮影) 核医学検査では、放射性核種を用いて画像を描出します。放射性核種とは放射線を出す元素のことで、エネルギーを放射線の形で放出することで、安定した状態になろうとする原子です。放射性核種の多くは高いエネルギーをガンマ線(人の手によらない、自然環境で発生するX線)または粒子( PET検査で使用される陽電子など)の形で放出します。( 放射線障害と 画像検査の概要も参照のこと。) 放射性核種は、甲状腺などの特定の臓器の病気を治療するのにも使用されます... さらに読む )が行われることもあります。これらの検査により、脳がどの程度機能しているかが分かります。
脳波検査 脳波検査 病歴聴取と 神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 脳波検査は、脳の電気的な活動を波形として計測して、紙に印刷したりコンピュータに記録したりする検査法で、痛みを伴わずに容易に行えます。脳波検査は以下の特定に役立つ可能性があります。 けいれん性疾患 睡眠障害 一部の代謝性疾患や脳の構造的異常 さらに読む を行い、けいれん発作(意識障害が起きる可能性もあります)を示唆する脳の異常な電気的活動がないか確認することがあります。
最小意識状態の予後(経過の見通し)
最小意識状態の人は、継続的に改善する傾向がありますが、改善の程度は限られています。少数の人は、意思疎通と理解の能力を取り戻します。ときに何年も経過してからこのような回復がみられることもあります。しかし、自立した生活を送り、社会的な役割を果たせるようになるほど回復する人はほとんどいません。最小意識状態が長く続くほど、取り戻せる可能性の高い機能は少なくなります。しかし、高度な看護が行われれば、何年も生存できます。原因が頭部外傷である場合、より高度な回復が見込めます。
昏睡のような状態で数年過ごした後、目覚めた患者がいるということも報告されています。そのような報告の多くは、頭部外傷後に最小意識状態になった人に関するものです。
最小意識状態の治療
体を動かせないことで生じる問題の予防策
十分な栄養を与える
特定の薬を使用する可能性がある
長期的なケア
昏睡 昏迷と昏睡 昏迷とは、反応がなく、激しい物理的な刺激によってのみ覚醒させることができる状態です。昏睡とは、反応がなく、覚醒させることができず、刺激を受けても眼は閉じたままになっている状態です。 昏迷や昏睡の原因は通常、脳の左右両側の広い領域または意識の維持に特化した領域に影響を及ぼす病気、薬、またはけがです。 身体診察、血液検査、脳の画像検査、家族や友人への問診は、原因を特定する上での助けになります。... さらに読む 状態の人と同様に、最小意識状態にある人にも包括的なケアが必要になります。
十分な栄養を与えること(栄養補給 栄養補給の概要 低栄養( Home.see chapter 低栄養)や重症患者の多くには、栄養補給が必要です。食品ではなく栄養素を配合した市販のものを使用する人工栄養が、栄養補給の一般的な方法です。栄養補給は、筋肉の組織の量(筋肉量)を増やすことを目的としています。栄養補給では通常、カロリーとともにビタミンとミネラルを供給します。... さらに読む )が重要です。栄養は鼻から胃に挿入したチューブを介して与えられます(経管栄養と呼ばれます)。腹部を切開して直接胃にチューブを挿入し、そのチューブから栄養を胃または小腸に送り込むこともあります。これらのチューブから薬を投与することもあります。
体を動かせないことによって様々な 問題 床上安静による問題 入院中のように長期間にわたって安静にしている患者は定期的に体を動かすことがないため、様々な問題が起きるおそれがあります。( 入院による問題も参照のこと。) 脚にけがをしたり脚の手術を受けたりした患者や、安静にしている患者は脚を使わなくなることがあります。こうなると、脚の静脈から心臓に戻る血液の流れが遅くなります。そして、血管の中に血栓(血液の固まり)ができることがあります。脚にできた血栓(... さらに読む が起こるため、それらの問題を予防するための対策が不可欠です。例えば、以下のようなことが起こりえます。
床ずれ 床ずれ 床ずれ(褥瘡[じょくそう]とも呼ばれます)とは、長時間の圧迫により皮膚に十分な血液が流れなくなることで生じる皮膚の損傷です。 床ずれは、圧迫に加えて、皮膚を引っ張る力、摩擦、湿気などの要因が組み合わさって発生する場合が多く、特に骨のある部分の皮膚でその傾向が強くみられます。 診断は通常、身体診察の結果に基づいて下されます。... さらに読む :同じ姿勢で寝ていると、体の一部分への血液供給が遮断され、その部分の皮膚が破れて、床ずれ(褥瘡)が発生する可能性があります。
拘縮:体を動かさずにいると、筋肉が永久的に硬直し(拘縮)、関節が曲がったまま元に戻らなくなることがあります。
腕や脚の筋肉や神経の損傷:長時間動かずに同じ姿勢で横になっていると、肘、肩、手首、膝などの突出した骨の近くで体表付近を走る神経に圧力がかかることがあります。そのように圧力がかかると、神経が損傷されることがあります。その結果、その神経が制御している筋肉の機能も低下します。
床ずれは、頻繁に体位を変えるとともに、ベッドの表面に接する部分(かかとなど)の下に保護パッドを置いて保護することで、予防することができます。
拘縮を予防するため、患者の関節をすべての方向に優しく動かしたり(他動的関節可動域訓練)、関節を特定の姿勢で固定したりするケアを理学療法士が行います。
血栓の予防策として、薬剤の使用や脚の圧迫または挙上などが行われます。他動的関節可動域訓練で行うように、四肢を動かすことも血栓の予防に役立つ可能性があります。
失禁がある場合は、皮膚を清潔で乾燥した状態に保つためのケアが必要です。膀胱が機能せず、尿がたまってしまう場合は、膀胱にチューブ(カテーテル)を留置して排尿させます。尿路感染症を予防するため、カテーテルは丁寧に洗浄し、定期的に点検を行います。
その他の治療
特定の薬剤を処方された後に改善がみられた人もごくわずかにいますが、そうした改善もその薬剤の服用中に限られていました。そのような薬剤としては、ゾルピデム(睡眠補助薬)、アポモルヒネ(パーキンソン病の治療薬)、アマンタジン(ウイルス感染症の治療薬)などがあります。ただし、長期的に効果があることが証明された治療法はありません。
音楽療法は、最小意識状態の人においてある程度の反応を刺激することで、若干の有益な効果をもたらすことがあります。しかし、この治療法の有用性はまだ不明です。