患者は息切れを起こし、呼吸は通常速く浅くなり、皮膚に斑点ができたり、色が青っぽくなったりすること(チアノーゼ)や、心臓や脳などの他の臓器が機能不全に陥ることがあります。
指先のセンサー(パルスオキシメーター)または動脈から血液サンプルを採取する方法で血液中の酸素レベルが測定され、胸部X線検査も行われます。
酸素が投与され、呼吸不全の原因が治療されます。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は緊急の治療を要する事態です。この病気は、すでに肺疾患にかかっている患者に発生することもあれば、今まで肺に異常がなかった患者に発生することもあります。以前は成人呼吸窮迫症候群と呼ばれていましたが、小児に発生することもあります。
ARDSは、軽度、中等度、重度の3つのカテゴリーに分類されます。このカテゴリーは、血液中の酸素レベルと、そのレベルを達成するために投与する必要がある酸素の量とを比較することによって決定されます。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の原因
肺を損傷するあらゆる病気や状態が、急性呼吸窮迫症候群の原因になりえます。急性呼吸窮迫症候群の半数以上の患者は、重度の全身性感染症(敗血症 敗血症と敗血症性ショック 敗血症は、 菌血症やほかの感染症に対する重篤な全身性の反応に加えて、体の重要な臓器に機能不全が起きている状態です。敗血症性ショックは、敗血症のために生命を脅かすほどの血圧の低下( ショック)と臓器不全が起きている病態です。 通常、敗血症は特定の細菌に感染することで起こり、病院内での感染が多くみられます。 免疫系の機能低下、特定の慢性疾患、人工関節や人工心臓弁の使用、特定の心臓弁の異常といった特定の条件に当てはまると、リスクが高くなります... さらに読む )または 肺炎 肺炎の概要 肺炎は、肺にある小さな空気の袋(肺胞)やその周辺組織に起きる感染症です。 肺炎は、世界で最も一般的な死因の1つです。 重篤な慢性の病気がほかにある患者において、肺炎はしばしば最終的な死因となります。 肺炎の種類によっては、ワクチンの接種によって予防できます。 米国では、毎年約400~500万人が肺炎を発症し(... さらに読む が原因でこの病気を発症します。その他の原因としては以下のものがあります。
酸性の胃内容物の肺への誤嚥(吸入)
妊娠中の特定の合併症(羊水塞栓症 羊水塞栓症 羊水塞栓症では、胎児の細胞や組織が含まれる羊水が母体の血流に入り、母体に重篤な反応を引き起こします。(羊水とは、子宮内の胎児の周囲を満たしている液体のことです。)この反応は肺や心臓に損傷を与え、過度の出血を引き起こすことがあります。 羊水塞栓症は極めてまれです。通常、妊娠後半に起こりますが、第1または第2トリメスター【訳注:第1トリメスターは日本でいう妊娠初期に、第2トリメスターは妊娠中期にほぼ相当】に妊娠が中絶された際に起こることもあ... さらに読む 、 妊娠高血圧腎症 妊娠高血圧腎症および子癇 妊娠高血圧腎症は、妊娠20週以降に新たに発症する高血圧または既存の高血圧の悪化で、過剰な尿タンパク質を伴うものです。子癇(しかん)は妊娠高血圧腎症の女性に起こるけいれん発作で、ほかに原因がないものをいいます。 妊娠高血圧腎症によって胎盤剥離や早産が起こりやすくなり、出生直後の新生児に問題が生じるリスクが高まります。 妊婦の手、手指、首、足がむくむことがあり、重度の妊娠高血圧腎症を治療しないと、けいれん発作(子癇)や臓器損傷が起こることが... さらに読む 、流産の前、その最中、またはその後の子宮内組織感染[ 敗血症性流産 症状 流産とは、妊娠20週未満で胎児が失われることです。 胎児側の問題(遺伝性疾患や先天異常など)によっても母体側の問題(生殖器の構造的異常、感染症、コカインの使用、飲酒、喫煙、けがなど)によっても流産が起こりますが、多くの場合、原因は不明です。 出血や筋けいれんが起こることがありますが、特に妊娠して週数が経過している場合にはよく起こります。 医師は子宮頸部を診察し、通常は超音波検査も行います。... さらに読む ]など)
煙の大量吸入
その他の有毒ガスの吸入
高濃度の酸素吸入による肺の損傷
生命を脅かすまたは重度のけが
特定の薬物の過剰摂取(ヘロイン、メサドン、プロポキシフェン[propoxyphene]、アスピリンなど)
肺炎 肺炎の概要 肺炎は、肺にある小さな空気の袋(肺胞)やその周辺組織に起きる感染症です。 肺炎は、世界で最も一般的な死因の1つです。 重篤な慢性の病気がほかにある患者において、肺炎はしばしば最終的な死因となります。 肺炎の種類によっては、ワクチンの接種によって予防できます。 米国では、毎年約400~500万人が肺炎を発症し(... さらに読む (COVID-19 COVID-19 新型コロナウイルス感染症、すなわちCOVID-19(コビット・ナインティーン)は、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)と命名されたコロナウイルスの一種によって引き起こされ、重症化する可能性がある急性呼吸器疾患です。 COVID-19の症状はかなり多彩です。 COVID-19の診断には2種類の検査法が用いられます。... さらに読む などによる)
脳卒中 脳卒中の概要 脳卒中は、脳に向かう動脈が詰まったり破裂したりして、血流の途絶により脳組織の一部が壊死し(脳梗塞)、突然症状が現れる病気です。 脳卒中のほとんどは虚血性(通常は動脈の閉塞によるもの)ですが、出血性(動脈の破裂によるもの)もあります。 一過性脳虚血発作は虚血性脳卒中と似ていますが、虚血性脳卒中と異なり、恒久的な脳損傷が起こらず、症状は1時間... さらに読む または けいれん発作 けいれん性疾患 けいれん性疾患では、脳の電気的活動に周期的な異常が生じることで、一時的に脳の機能障害が引き起こされます。 多くの人では、けいれん発作が始まる直前に感覚の異常がみられます。 コントロールできないふるえや意識消失が起こる場合もありますが、単に動きが止まったり、何が起こっているか分からなくなったりするだけにとどまる場合もあります。... さらに読む
約15単位を超える血液を短時間で輸血した場合
肺にある小さな空気の袋(肺胞)や細い血管(毛細血管)が傷つけられると、血液や液体が肺胞間のすき間に漏れ出し、やがて肺胞の中にも入ってきます。その結果、肺胞の内面を覆って肺胞の膨らみを保つ働きをしているサーファクタントという液体が減少するため、多くの肺胞がつぶれて 無気肺 無気肺 無気肺は、肺の一部または全体に空気がなく、肺がつぶれた状態です。 無気肺の一般的な原因は気管支の閉塞です。 酸素レベルが低くなる、または肺炎が起こると、息切れが生じます。 診断を確定するには胸部X線検査を使います。 治療では、深い呼吸を確実にできるようにすること、気道の障害物を取り除くこと、またはその両方が必要になることがあります。 さらに読む と呼ばれる状態になることがあります。
肺胞内に液体がたまり、多くの肺胞がつぶれると、吸い込んだ空気中の酸素を血液中へ運搬する機能が妨げられます。すると、血液中の酸素レベルが急速に低下します。血液中の二酸化炭素を空気中へ運搬する機能は、それほど影響を受けないため、血液中の二酸化炭素濃度は、ほとんど変化しません。ARDSの呼吸不全は主に酸素レベルの低下に起因するため、 低酸素血症性呼吸不全 原因 呼吸不全は、血液中の酸素レベルが危険なほど低くなったり、血液中の二酸化炭素濃度が危険なほど高くなる病気です。 呼吸不全の原因としては、気道をふさぐ病気、肺組織を損傷する病気、呼吸を制御する筋肉を衰えさせる病気、呼吸を促す仕組みが抑制される病気などがあります。 激しい息切れ、皮膚の青みがかった変色、錯乱または眠気などの症状がみられることがあ... さらに読む とみなされます。
ARDSによって血液中の酸素レベルが低下するとともに、傷つけられた肺の細胞や 白血球 白血球 血液の主な成分 血漿(けっしょう) 赤血球 白血球 血小板 さらに読む が生産するある種のタンパク質(サイトカイン)が血管内へ漏れ出すことによって、他の臓器に炎症や合併症が発生することがあります。そのため、複数の臓器が機能不全に陥り、多臓器不全と呼ばれる状態になることもあります。この臓器不全は、急性呼吸窮迫症候群の発症直後に始まることもあれば、数日後または数週間後に始まることもあります。さらに、急性呼吸窮迫症候群の患者は、肺の感染症に対する抵抗力が弱まり、細菌性 肺炎 院内肺炎 院内肺炎は、入院患者に発生する肺の感染症で、通常は入院から約2日以上経過してから発生します。 入院中の患者では、多くの細菌やウイルスに加えて、真菌も肺炎の原因となる可能性があります。 肺炎で最もよくみられる症状は、たんがからんだせきですが、胸痛、悪寒、発熱、息切れなどもよくみられます。 診断は、症状と、胸部のX線検査またはCT検査に基づいて下されます。 肺炎の原因である可能性が最も高い微生物に応じて、抗菌薬、抗ウイルス薬、抗真菌薬が使用... さらに読む を起こしやすくなります。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の症状
急性呼吸窮迫症候群は、通常は原因となるけがや病気から24~48時間以内に発生しますが、4~5日ほどかかることもあります。最初に息切れがみられ、通常は呼吸が速く浅くなります。
医師が聴診器で診察すると、肺に水泡音や喘鳴が聞かれることがあります。血液中の酸素レベルが低いために、皮膚の色が薄い人では皮膚がまだらになるか色が青っぽくなり(チアノーゼ チアノーゼ チアノーゼは、血液中の酸素の不足が原因で、皮膚が青っぽく変色することです。 酸素が枯渇した血液(脱酸素化血液)は、赤色というより青みがかっており、これが皮膚を循環している場合にチアノーゼがみられます。肺または心臓の重い病気の多くは、血液中の酸素レベルを低下させるため、チアノーゼの原因となります。また、血管や心臓にある種の奇形があると、血液が空気中から酸素を取り込む場所である肺胞(肺にある小さな空気の袋)を通らず、直接心臓に流れるために、... さらに読む )、皮膚の色が濃い人では、口の中や眼の周り、爪の色が灰色または白っぽい色になることがあります。心臓や脳などの他の臓器が機能不全に陥って、頻脈、 不整脈 不整脈の概要 不整脈とは、一連の心拍が不規則、速すぎる(頻脈)、遅すぎる(徐脈)、あるいは心臓内で電気刺激が異常な経路で伝わるなど、心拍リズムの異常のことをいいます。 不整脈の最も一般的な原因は心臓の病気(心疾患)です。 自分で心拍リズムの異常に気づくこともありますが、ほとんどの人は、脱力感や失神などの症状が起きるまで不整脈を自覚しません。... さらに読む (心臓のリズム異常)、錯乱、眠気などがみられることもあります。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の診断
血液中の酸素レベルの測定
胸部X線検査
血液サンプルを採取しなくても、 パルスオキシメーター パルスオキシメトリー 動脈血ガス分析とパルスオキシメトリーは、血液中の酸素の量を測定するもので、肺の機能を調べるのに役立ちます。動脈血ガス分析は侵襲的で、血液サンプルを必要とし、特定の時点での情報が得られます。パルスオキシメトリーは侵襲的ではありません。この検査では指につけたセンサーを用います。血期中の酸素の量を連続して測定することができます。 ( 肺疾患に関する病歴聴取と身体診察も参照のこと。)... さらに読む と呼ばれるセンサーを指または耳たぶに取り付けることで血液中の酸素レベルをモニタリングできます。血中の酸素レベル(および二酸化炭素濃度)は、動脈から採取した血液サンプルを分析することによっても測定できます。
胸部X線検査では、空気で満たされているはずの空間に液体が入っているのが分かります。急性呼吸窮迫症候群の原因が 心不全 心不全 心不全とは、心臓が体の需要を満たせなくなった状態のことで、血流量の減少や静脈または肺での血液の滞留(うっ血)、心臓の機能をさらに弱めたり心臓を硬化させたりする他の変化などを引き起こします。 心不全は心臓の収縮や弛緩が不十分になることで発生しますが、これらの変化は一般的に、心筋が弱ったり硬くなったりすることが原因で起こります。... さらに読む でないことを確認するために、さらに検査が必要になる場合もあります。
急性呼吸窮迫症候群の予後(経過の見通し)
ARDSは迅速に治療しなければ、患者の多くが死亡します。しかし、基礎疾患にもよりますが、適切な治療を行うことで、約60~75%の患者が助かります。
治療にすぐ反応する患者は、一般に完治して、肺に長期的な異常が残ることはほとんどまたはまったくありません。人工呼吸器(肺に出入りする空気の流れを補助する機械)による治療が長期にわたる場合は、肺が瘢痕化する可能性が高くなります。このような瘢痕化は、人工呼吸器を外した後、数カ月かけて改善することもあります。肺の瘢痕化が広範囲に及ぶ場合は、日常生活動作の最中にも自覚されるほどの肺機能の低下が永久に残ることがあります。肺の瘢痕化の範囲が狭ければ、運動や病気などにより、肺に負担がかかるときにだけ肺機能が低下します。
病気の経過中に、多くの患者で大幅な体重減少や筋肉量の減少がみられます。体力や自立性を取り戻すには、病院内での リハビリテーション 呼吸リハビリテーション 呼吸リハビリテーションとは、慢性肺疾患のある人の日常生活能力を向上させ、生活の質を高めることを目的として、監督下に行う運動、教育、支援、行動への介入を行うことです。 呼吸リハビリテーションは、慢性的な肺疾患の患者を対象にしたプログラムです。その第一の目標は、自立性と身体機能を最大限に高め、それを維持することです。ほとんどの呼吸リハビリテー... さらに読む が役に立つことがあります。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療
原因の治療
酸素療法
しばしば人工呼吸器
急性呼吸窮迫症候群の患者は、 集中治療室 特別治療室の種類 特別な治療が必要な場合は、特別治療室に入院することがあります。 集中治療室(ICU)には、症状の重い患者が入ります。例えば、肝臓、肺、腎臓などの臓器が不意に全般的な機能不全に陥った患者が含まれます。これは、肺の機能不全であれば呼吸を助ける必要が、腎臓の機能不全なら透析が必要になるからです。このほかに、ショックや重い感染症の患者、大きな手術を受けた患者もICUに入ることがあります。大きな病院には小児のための小児集中治療室(PICU)があり... さらに読む (ICU)で治療を受けます。
治療が成功するかどうかは、一般に肺炎などの基礎疾患の治療結果によります。酸素レベルが低い状態を正常に戻すため、 酸素投与 酸素療法 酸素療法は、血液中の酸素レベルが低下しすぎたときに肺に酸素を補給する治療です。 酸素は私たちが呼吸している空気中の約21%を占める気体です。空気中の酸素が肺に取り込まれ、それが血流へと運ばれます( 酸素と二酸化炭素の交換を参照)。酸素は、例えば自動車のエンジンのように、燃料を燃やしてエネルギーを放出するために必要とされます。同様に、すべての生体組織は体にエネルギーを供給するために酸素を必要とします。十分な酸素がないと、細胞の機能が低下し... さらに読む が不可欠です。
フェイスマスクまたは他の器具(ヘルメットや鼻カニューレなど)で酸素を投与しても血液中の酸素レベルが低い状態が続く場合や、非常に高流量の酸素吸入が必要な場合は、 人工呼吸器 人工呼吸器 人工呼吸器は、肺への空気の出入りを補助するために用いる機械です。 呼吸不全の患者の一部は、人工呼吸器(肺に出入りする空気の流れを補助する機械)による呼吸の補助を必要とします。人工呼吸器によって命が助かることもあります。 人工呼吸器には、多くの使い方があります。通常は、合成樹脂製のチューブを鼻または口から気管に挿入します。人工呼吸器が数日以上必要な場合は、首の前側を小さく切開して(気管切開)、気管に直接チューブを通すこともあります。人工呼... さらに読む を使用する必要があります。人工呼吸器を使用する場合は通常、口から気管内へ挿入したチューブを通して、酸素を豊富に含んだ空気を加圧して供給します。