ウイルスの概要

執筆者:Laura D Kramer, PhD, Wadsworth Center, New York State Department of Health
レビュー/改訂 2020年 3月
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ウイルスは最も小さな寄生体であり,典型的な大きさは0.02~0.3μmであるが,最大では全長1μmに及ぶ非常に大きなウイルス(メガウイルス,パンドラウイルス)も近年発見されている。ウイルスの複製は完全に(細菌,植物,または動物の)細胞に依存する。ウイルスは,タンパク質およびときに脂質で構成される外被,RNAまたはDNAのコアのほか,ときにウイルス複製の最初のステップに必要な酵素を保有する。

ウイルスは,基本的にはゲノムの性質および構造,ならびに複製方法に従って分類されており,各ウイルスが引き起こす疾患に従って分類されているわけではない。すなわち,DNAウイルスとRNAウイルスに分けられ,それぞれの遺伝物質は一本鎖の場合と二本鎖の場合がある。一本鎖RNAウイルスはさらに(+)鎖RNAを有するウイルスと(-)鎖RNAを有するウイルスに分けられる。DNAウイルスの複製は典型的には宿主細胞の核内で起こり,RNAウイルスの複製は典型的には細胞質内で起こる。ただし,レトロウイルスと名付けられた特定の一本(+)鎖RNAウイルスは大きく異なる方法で複製する。

レトロウイルスは逆転写によりRNAゲノムの二本鎖DNAコピー(プロウイルス)を作製し,それが宿主細胞のゲノムに挿入される。逆転写はウイルスが殻内に保持する逆転写酵素を用いて行われる。レトロウイルスの例としては,ヒト免疫不全ウイルスやヒトT細胞白血病ウイルスなどがある。プロウイルスが宿主細胞DNAに一旦組み込まれると,通常の細胞機構によって転写され,ウイルスタンパク質および遺伝物質が産生される。感染細胞が生殖細胞系に属している場合には,組み込まれたプロウイルスは内在性レトロウイルスとして定着し,子孫に伝達される可能性がある。

ヒトゲノムの配列決定により,ヒトゲノムの少なくとも1%が内在性レトロウイルス塩基配列で構成されることが判明しており,これはヒトが進化の過程でレトロウイルスと遭遇したことを表している。少数の内在性ヒトレトロウイルスは転写活性を保っており,機能タンパク質を産生する(例,ヒト胎盤構造に寄与するシンシチン)。一部の専門家は,多発性硬化症,特定の自己免疫疾患,および種々のがんなど病因不明の疾患の中には,内在性レトロウイルスによって引き起こされているものがあると推測している。

RNA転写ではDNA転写の場合のようなエラーチェック機構が働かないので,RNAウイルス,特にレトロウイルスは,非常に突然変異を起こしやすい。

感染を起こすために,ウイルスはまず宿主細胞表面にある単一の受容体分子またはいくつかある受容体分子の1つに付着する。次に,ウイルスDNAまたはRNAが宿主細胞に侵入して外被から分離(脱殻)し,宿主細胞内で特異的酵素を要する過程を経て複製される。次に,新たに合成されたウイルス成分が会合して完全なウイルス粒子になる。宿主細胞は典型的には死滅し,新しいウイルスが放出されて他の宿主細胞に感染する。ウイルス複製の各ステップにはそれぞれ異なる酵素および基質が関与しており,それらは感染過程を阻害する上での鍵となる。

ウイルス感染症の転帰は著しく多様である。多くの感染は短い潜伏期間の後に急性疾患を引き起こすが,一部の感染は症状がないか,あっても軽度で,回顧的に確認して初めて気づかれる場合がある。多くのウイルス感染は,生体防御機構によって排除されるが,一部は潜伏状態でとどまり続け,また一部は慢性疾患を引き起こす。

潜伏感染状態では,ウイルスDNAまたはRNAは宿主細胞内にとどまるが,長期間ときに何年もの間複製もしなければ疾患を引き起こすこともない。ウイルスの潜伏感染は無症状期間でも伝染力をもつことがあり,これがヒトからヒトへの伝播を促進している。ときにある誘因(特に免疫抑制)が再活性化を引き起こす。

一般的な潜伏感染ウイルスとしては,以下のものがある:

慢性のウイルス感染は,長期にわたってウイルス排出が持続することを特徴とする;例として,先天性の風疹ウイルスまたはサイトメガロウイルス感染,およびB型またはC型肝炎ウイルスの持続感染などが挙げられる。HIVは潜伏感染および慢性感染の両方を引き起こしうる。

非常に長い潜伏期間の後,中枢神経系でウイルスが再活性化されることで発生する疾患もある。具体的には以下の疾患がある:

変異型クロイツフェルト-ヤコブ病とウシ海綿状脳症は,潜伏期間(数年)が長いことから,かつて遅発性ウイルス疾患と呼ばれていたが,現在ではプリオンが原因であることが知られている;プリオンは細菌,真菌,ウイルスのいずれでもなく,遺伝物質を保持しない,タンパク質の病原因子である。

数百種類のウイルスがヒトに感染する。主にヒトに感染するウイルスは,しばしば呼吸器および腸管からの排泄物を介して伝播する。性行為,血液の移入(例,輸血,粘膜接触,汚染された注射針の穿刺を介する),または組織移植により伝播されるものもある。多くのウイルスは齧歯類または節足動物によって媒介されており,コウモリは最近,ほぼ全ての哺乳類ウイルスにとって宿主であることが確認され,その中には特定の重篤なヒト感染症(例,重症急性呼吸器症候群[SARS])の原因となるウイルスも含まれている。

ウイルスは世界中に存在するが,生まれつきの抵抗力,以前の感染またはワクチンによる免疫,衛生対策およびその他の公衆衛生管理対策,ならびに抗ウイルス薬の予防投与によって,ウイルスの拡大が制限される。

人畜共通ウイルスは主に動物の中でその生物学的サイクルが進行する;ヒトは二次的または偶発的な宿主である。これらのウイルスは,ヒトを除く自然感染サイクル(脊椎動物,節足動物,またはその両方)を維持できる地域および環境にのみ存在する。

ウイルス性疾患の種類も参照のこと。)

ウイルスとがん

一部のウイルスには発がん性があり,特定の悪性腫瘍の素因となる:

ウイルス感染症の診断

一部のウイルス疾患は,以下の方法で診断可能である:

検査による確定診断が必要となる主な状況は,特異的な治療が助けになりうる場合と,ウイルスが公衆衛生上脅威となる可能性がある場合(例,HIV)である。一部のウイルスの検査は典型的な病院検査室でも可能であるが,頻度の低い疾患(例,狂犬病,東部ウマ脳炎,ヒトパルボウイルスB19)については,検体を州の保健研究所または米国疾病予防管理センターに送付する必要がある。

急性期および回復期血清での血清学的検査は感度および特異度が高い可能性があるが,時間がかかる;一部のウイルス,特にフラビウイルス科のウイルスは交差反応によって診断を混同させる。培養検査,ポリメラーゼ連鎖反応検査,またはウイルス抗原検査の方が,ときにより迅速に診断できる場合がある。電子(光学ではない)顕微鏡による病理組織学的検査がときに役立つ可能性がある。具体的な診断手順については,感染症の臨床検査診断を参照のこと。

ウイルスゲノムは小さく,RNAウイルスのゲノムは3.5kb(一部のレトロウイルス)から27kb(一部のレオウイルス)であり,DNAウイルスのゲノムは5kb(一部のパルボウイルス)から280kb(一部のポックスウイルス)である。このようにゲノムのサイズが小さいことと,塩基配列決定技術の現在の進歩を考慮すると,将来的にはウイルスゲノムの部分配列または全配列を決定することが,疾患のアウトブレイクに関する疫学的調査において必須の要素になると考えられる。

ウイルス感染症の治療

抗ウイルス薬

抗ウイルス薬の使用は急速に進歩し続けている。抗ウイルス化学療法はウイルス複製の様々な段階を標的にできる。抗ウイルス薬には以下の作用がある:

  • ウイルス粒子の宿主細胞膜への付着またはウイルス核酸の脱殻を阻害する

  • ウイルス複製に必要な細胞側の受容体または因子を阻害する

  • 宿主細胞で産生され,ウイルスの複製には必須であるが正常な宿主細胞の代謝には必須でない,ウイルスにコードされた特定の酵素およびタンパク質を阻害する

抗ウイルス薬は,ヘルペスウイルスサイトメガロウイルスを含む),呼吸器系ウイルスHIVB型慢性肝炎,およびC型慢性肝炎の治療または予防に使用されることが最も多い。しかしながら,一部の薬剤はこれら以外の多くのウイルスにも効果的である。HIVに効果を示す薬剤の一部は,B型肝炎など他のウイルス感染症にも使用されている。新しい抗ウイルス薬はエボラウイルスに対して効果的である。

インターフェロン

インターフェロンは,ウイルスまたは他の異物抗原に反応して,感染した宿主細胞から放出される物質である。

多数の異なるインターフェロンが存在するが,ウイルスRNAの翻訳および転写を阻害することで,正常な宿主細胞の機能を妨げずにウイルス複製を停止させるなど多数の作用を有する。

インターフェロンはときにポリエチレングリコールに結合させて(ペグ製剤)投与されることがあるが,それにより緩徐で持続的なインターフェロンの放出が可能になる。

ときにインターフェロンで治療されるウイルス疾患として,以下のものが挙げられる:

インターフェロンの有害作用には発熱,悪寒,筋力低下,筋肉痛などの症状があり,典型的には初回の注射から7~12時間後に始まり,最長12時間持続する。抑うつ,肝炎,および高用量では骨髄抑制も発生する可能性がある。

ウイルス感染症の予防

ワクチン

ワクチンは免疫を刺激することで効果を発揮する。一般に使用されているウイルスワクチンとしては,A型肝炎B型肝炎ヒトパピローマウイルスインフルエンザ,日本脳炎,麻疹ムンプスポリオ狂犬病ロタウイルス風疹,ダニ媒介性脳炎,水痘,および黄熱のワクチンがある。アデノウイルスおよび天然痘のワクチンも使用可能であるが,高リスク群(例,軍の新兵)にのみ使用されている。 ザイールエボラウイルスによって引き起こされる疾患を予防するためのワクチンがある。

ウイルス性疾患は優良なワクチンによって根絶が可能である。天然痘は1978年に根絶され,牛疫(ヒト麻疹ウイルスの近縁ウイルスによって引き起こされる)は2011年に根絶された。ポリオは,物資面の問題や宗教的理由からワクチン接種が行われていない少数の国を除き,ほとんどの国で根絶された。麻疹は世界の一部の地域(特にアメリカ大陸)ではほぼ根絶されたが,麻疹は感染性が高く,根絶されたと考えられる地域でもワクチン接種率は100%ではないため,最終的な根絶はまだ先のことである。

より難治性の他のウイルス感染症(HIVなど)が根絶される見通しは,現在のところ不明である。

免疫グロブリン

受動免疫による予防のため,限定的な状況では免疫グロブリンが利用できる。曝露前(例,A型肝炎),曝露後(例,狂犬病または肝炎),および疾患の治療(例,ワクシニア性湿疹)に使用することができる。

予防法

多くのウイルス感染は,常識的な予防法(それぞれのウイルスの伝播様式によって変わる)で防止できる。

重要な予防法としては以下のものがある:

  • 手洗い

  • 適切な調理および公共用水処理

  • 病気の人との接触を避ける

  • 安全な性行為

昆虫媒介性(例,蚊,ダニ)の感染に関しては,媒介動物を避けることが重要である。

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