世界の一部の地域では、蠕虫(ぜんちゅう)などの寄生虫による脳感染症がよくみられます。それらの感染症は、発展途上国や農村地域でよくみられ、米国ではあまりみられません。
(脳の感染症の概要 脳の感染症の概要 脳の感染症は、ウイルス、細菌、真菌のほか、ときに原虫や寄生虫によって引き起こされます。別の種類の脳疾患として、 プリオンと呼ばれる異常なタンパク質によって引き起こされる海綿状脳症という病気もあります。 脳の感染症が起こると、しばしば中枢神経系のほかの部位(脊髄など)も侵されます。通常、脳や脊髄は感染から保護されていますが、いったん感染が起... さらに読む も参照のこと。)
神経嚢虫症
神経嚢虫症は、 有鉤条虫 条虫感染症 腸の条虫感染症は、汚染された豚肉、牛肉、淡水魚を生のまま、または加熱調理が不十分な状態で食べることで主に起こるほか、小形条虫の場合は、汚染された食べものや水を飲食することで起こります。 腸に条虫の成虫がいても通常は特に症状はみられませんが、腹部の不快感、下痢、食欲不振が起こることがあります。 有鉤条虫は、脳をはじめ体の各所にシスト(嚢虫)を作ることがあります( 嚢虫症)。 脳内にできたシストは、頭痛、けいれん発作、錯乱など様々な症状を引... さらに読む の幼虫が感染することで発生します。脳感染症を引き起こすすべての蠕虫のうち、有鉤条虫は、西半球における脳感染症の原因として圧倒的に最多のものです。
人間が条虫の卵に汚染された食べものを摂取すると、胃液の刺激によって条虫の卵が孵化して幼虫になります。幼虫は血液中に入り、血流に乗って脳や脊髄を含む体のいたるところに運ばれます。幼虫は嚢胞(幼虫の集団が保護壁に閉じ込められたもの)を形成します。(嚢胞による感染は嚢虫症と呼ばれ、脳に嚢胞が形成された場合は神経嚢虫症と呼ばれます。)形成された嚢胞は、最初はほとんど症状をもたらしませんが、嚢胞が変性して幼虫が死ぬと、炎症と腫れが起こり、頭痛、けいれん発作、人格の変化、精神機能障害などの症状が現れます。
脳室内の髄液の流れが嚢胞によって遮られ、脳に圧力が加わることもあります。この状態は水頭症と呼ばれます。脳にかかる圧力が上昇すると、頭痛、吐き気、嘔吐、眠気が起こります。
嚢胞が破裂して内容物が髄液中に流れ出すことで、 髄膜炎 髄膜炎に関する序 髄膜炎とは、髄膜(脳と脊髄を覆う組織層)とくも膜下腔(髄膜と髄膜の間の空間)の炎症です。 髄膜炎は細菌、ウイルス、または真菌、感染症以外の病気、薬剤などによって引き起こされます。 髄膜炎の症状には、発熱、頭痛、項部硬直(あごを胸につけるのが難しくなる症状)などがありますが、乳児では項部硬直がみられない場合もあり、非常に高齢の人や免疫系を抑... さらに読む が発生することもあります。
治療しないと、神経嚢虫症の患者は死亡する可能性があります。
医師は、発展途上国に住んでいる人や発展途上国から来た人に典型的な症状がみられる場合に、神経嚢虫症を疑います。多くの場合、MRI検査またはCT検査で嚢胞を確認できます。しかし、診断を確定するには、血液検査を行うほか、 腰椎穿刺 腰椎穿刺 病歴聴取と 神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 脳波検査は、脳の電気的な活動を波形として計測して、紙に印刷したりコンピュータに記録したりする検査法で、痛みを伴わずに容易に行えます。脳波検査は以下の特定に役立つ可能性があります。 けいれん性疾患 睡眠障害 一部の代謝性疾患や脳の構造的異常 さらに読む によって髄液のサンプルを採取しなければならない場合も多くあります。ときには、嚢胞の生検が必要になります。
感染症の治療にはアルベンダゾールやプラジカンテル(駆虫薬と呼ばれ、蠕虫による感染症の治療に使用される薬)が使用されます。しかし、嚢胞の数が多い場合には、駆虫薬によって多くの微生物が死滅することで、脳が大きく腫れてしまうことがあります。また、嚢胞が1つしかない場合には、この種の薬は役に立たない可能性があり、医師は個々の患者の状態に合わせて治療法を注意深く調整します。幼虫が死んだときに起こる炎症を軽減するために、コルチコステロイドが投与されます。
けいれん発作は抗てんかん薬で治療します。
ときとして、過剰な髄液を除去して水頭症を緩和するために、排液用の管(シャント)を設置する手術が必要になります。シャントは合成樹脂製のチューブで、一方の端が脳内の空間に留置されます。このチューブを皮膚の下に通して、もう一方の端を通常は腹部まで到達させ、そこで過剰な髄液が排出されるようにします。脳から嚢胞を摘出する手術が必要になることもあります。
その他の感染症
エキノコックス症 エキノコックス症(イヌ条虫感染症) エキノコックス症は、単包条虫および多包条虫という種類のイヌ条虫によって引き起こされる感染症です。これらの条虫は、人間に感染して肝臓などの臓器に液体で満たされた嚢胞(のうほう)や腫瘤を形成することがあります。 人への感染は、イヌの体内から糞とともに排出されたエキノコックスの虫卵で土や水、食べものが汚... さらに読む (包虫症)と共尾虫症は、別の種類の条虫類の幼虫によって引き起こされる感染症です。エキノコックス症では、脳の内部に大きな嚢胞が形成されます。共尾虫症でも嚢胞ができ、嚢虫症と同様に、脳周囲の髄液の流れが遮られることがあります。
住血吸虫症 住血吸虫症 住血吸虫症は、住血吸虫という特定の扁形動物(吸虫)によって引き起こされる感染症です。 この吸虫がいる水場(淡水)で泳いだり、水浴びをしたりすることで住血吸虫症に感染します。 症状はかゆみを伴う発疹が現れ、その数週間後に発熱、悪寒、筋肉痛、疲労、吐き気、腹痛のほか、感染した臓器に応じた症状が現れます。 便または尿のサンプル中に虫卵を特定することで住血吸虫症の診断が確定します。 この感染症の治療にはプラジカンテルが使用されます。 さらに読む は、住血吸虫によって引き起こされる感染症です。住血吸虫症の一部の患者では、炎症のために細胞が凝集してできる病変(肉芽腫)が脳の中に形成されることがあります。
エキノコックス症、共尾虫症、住血吸虫症は、嚢虫症と同じように、けいれん発作、頭痛、人格の変化、精神機能障害などの症状を引き起こします。エキノコックス症または共尾虫症による症状は、現れるまでに数年かかることがあります。
これらの感染症は通常、MRI検査やCT検査の結果から診断できますが、ときに腰椎穿刺が必要になることもあります。髄液を調べると、白血球の一種である好酸球が大量にみられることがあります。
これら3つの感染症は、通常はアルベンダゾール、メベンダゾール、プラジカンテル、パモ酸ピランテルなどの薬で治療します。しかし、エキノコックス症や共尾虫症では、手術で嚢胞を摘出しなければならないことも多くあります。