植物状態

執筆者:Kenneth Maiese, MD, Rutgers University
レビュー/改訂 2022年 5月
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やさしくわかる病気事典

植物状態とは、大脳(思考と行動を制御する脳の部位)が機能しなくなったものの、視床下部と脳幹(睡眠サイクル、体温、呼吸、血圧、心拍、意識などの生命維持に必要な機能を制御している脳の部位)はまだ機能し続けている状態のことをいいます。そのため、患者は眼を開けていて起きているように見えますが、刺激に対して意味のある反応をすることはありません。

  • 植物状態の原因として最も多いのは、頭部外傷による重度の脳損傷と、心停止や呼吸停止などの脳への酸素供給が絶たれる病態です。

  • 植物状態の人は目を開けることができますが、話すことや、思考や意図を必要とする行為を行うことができず、自分の状態や周囲の環境を認識していません。

  • 医師は、一定期間、複数回にわたり観察しても意識がある証拠が見つからない場合に限り、植物状態の診断を下します。

  • 植物状態の人には、十分な栄養補給と動けないことで生じる問題(床ずれなど)を防止するための対策を含めた、包括的なケアが必要になります。

植物状態になることはまれです。

1カ月以上続く植物状態は、遷延性植物状態とみなされます。遷延性植物状態の人のほとんどは、精神機能を回復したり、周囲の環境と意味のあるやりとりをできるようになったりすることはありません。しかし、遷延性植物状態の患者の少数は、最小意識状態に診断が変わる程度には改善します。最小意識状態の人は、認識能力が重度に障害されているものの、完全にはなくなっていません。

少しでも回復がみられれば、原因は通常、頭部外傷による脳損傷(外傷性脳損傷)であり、脳への酸素供給を断つ病気ではありません。また、多くの場合、回復は非常に限定的なものです。例えば、何らかの物または手当たり次第の物をつかもうとしたり、同じ単語を繰り返し発音したりすることがあります。まれに、頭部外傷が原因で遷延性植物状態になった人の状態が、数カ月から数年をかけて徐々に改善することがあります。

植物状態にある人の数はよく分かっていませんが、米国では約2万5000人の成人患者と1万人近くの小児患者がいると考えられています。

植物状態の原因

植物状態になるのは、大脳(脳の最大の部位)に重度の損傷が起きたために神機能が働かなくなっているものの、網様体賦活系はまだ機能していて覚醒が可能なときです。網様体賦活系は、覚醒レベル(目を覚ましているかどうか)を制御しています。網様体賦活系は、脳幹(大脳と脊髄をつなぐ脳の部位)上部の深くに位置する神経細胞と線維で構成されています。

植物状態の最も一般的な原因は、以下のものによる重度の脳損傷です。

しかし、脳内への出血(脳内出血)や脳感染症など、脳をひどく損傷する病気であればどのようなものでも、植物状態の原因になりえます。

植物状態の症状

植物状態の患者は、脳の一部が機能しているため、以下に挙げるようないくつかのことができます。

  • 眼を開くことができます。

  • 比較的規則的な睡眠と覚醒のパターンがみられます(昼と夜のサイクルに対応しているとは限りません)。

  • 呼吸をしたり、吸ったり、かんだり、せきをしたり、むせたり、飲み込んだり、喉音を発声したりできます。

  • 大きな音に驚いたり、笑ったり顔をしかめたりするように見えることさえあります。

こういった反応があるため、患者は周囲の様子に気づいているように見えることがあります。しかし、実際には自己や周囲の環境をまったく認識していません。外界に対するそのような反応は、ひとりでに起こる(不随意の)基礎的な反射によるものであり、意識的な動作によるものではありません。例えば、何かが手に当たったとき、乳児がするようにその物を本能的につかむことがあります。

植物状態にある人は、思考や意図を要する活動ができません。話すこと、指示に従うこと、意図的に腕や脚を動かすこと、痛みの刺激から逃れようと動くことなどはできません。

植物状態にあるほとんどの人では、認識、思考、意識的な行動をする能力はすべて失われています。しかし、少数の患者では、機能的MRI検査(fMRI検査)や脳波検査によって、認識能力を示唆すると思われる脳活動の証拠が検出されています。そのような患者では、植物状態の原因は通常は頭部外傷であり、脳への酸素供給を断つ病気ではありません。そのような患者に体の一部を動かすことを想像するように指示すると、(たとえそのような動きを実際にしなくても)そのような動きに対応する脳の活動が検査で検出されます。しかし、これらの検査により、患者がどの程度外界を認識しているのかを判定することはできません。これらの検査でしか検出できない意識は、隠された意識(covert consciousness)と呼ばれます。

植物状態にある人は、排尿や排便を制御できません(失禁状態にあります)。

知っていますか?

  • 植物状態の人は、規則的に入眠および覚醒し、眼は開いて動きますが、一般的には思考能力や意識的な行動をする能力はすべて失われています。

植物状態の診断

  • 医師による評価

  • MRIや脳波などの検査

医師は症状に基づいて植物状態を疑います。しかし、植物状態と診断する前に、一定期間、複数回にわたって患者を観察しなければなりません。十分な観察期間をおかないと、患者に認識能力がある証拠が見逃されてしまうことがあります。ある程度の認識能力がある患者は、植物状態ではなく最小意識状態である可能性があります。

MRI検査やCT検査などの画像検査を行い、問題の原因になっている病気(特に治療できるもの)がないかを確認します。診断が疑わしい場合は、他の画像検査(PET検査またはSPECT検査)が行われることもあります。これらの検査により、脳がどの程度機能しているかが分かります。

脳波検査を行い、けいれん発作(意識障害が起きる可能性もあります)を示唆する脳の異常な電気的活動がないか確認することがあります。

機能的MRI(fMRI)検査を行って、脳の活動を確認し、認識能力が完全に損なわれているかどうかを判断します。この検査を使うと、患者がいつ質問や指示に反応したかが、その反応がはっきりしないとき(つまり、患者が話したり動いたりしないとき)でさえ分かります(隠された意識[covert consciousness])。脳波検査でもこの脳の活動を検出できます。これらの検査の結果は、長期的なケアに関する決定に影響を与える可能性があります。

植物状態の予後(経過の見通し)

植物状態から自然に回復する人もいますが、通常は不完全な回復にとどまります。回復する可能性は、以下のように、脳の損傷の原因や程度、患者の年齢によって異なります。

  • 原因が重大な脳卒中や心停止ではなく、頭部外傷、可逆的な代謝異常(低血糖など)、または薬の過剰摂取であれば、ある程度回復する可能性が高くなります。

  • 若い人は高齢者に比べて筋肉を使う能力がより多く回復することがあるものの、精神機能、行動、発話に関しては年齢間で有意な差はありません。

  • 数カ月以上植物状態が続いた場合、意識が回復する見込みは高くありません。回復したとしても、高い確率で重度の身体障害が残ります。

頭部外傷以外の原因で植物状態になった場合、1カ月以上経過した後に少しでも回復する可能性は低いです。原因が頭部外傷である場合、12カ月以上経過した後に回復する可能性はほとんどありません。しかし、少数ながら数カ月から数年かけて改善する人もいます。まれに、改善が後期にみられることもあります。5年経過した時点で、約3%の人が意思疎通と理解の能力を回復しますが、自立して生活できることはほとんどなく、正常な機能を取り戻せる人はいません。

植物状態になった人の大半は、当初の脳外傷から6カ月以内に死亡します。残りの人の大半は2~5年ほど生存します。死因は多くの場合、呼吸器感染症、尿路感染症、または複数の臓器の重度の機能不全(臓器不全)です。しかし、突然死亡して原因が分からないままのこともあります。少数の人は数年間生存します。

植物状態または昏睡のように見える状態で数年が経過した人が、ある程度意識を取り戻した症例の報告があります。それらの報告の多くは、通常は頭部外傷後に最小意識状態になった人に関するものです。最小意識状態からの回復の可能性は予測できませんが、植物状態からのそれよりは高いです。

植物状態の治療

  • 体を動かせないことで生じる問題の予防策

  • 十分な栄養を与える

音楽療法は、植物状態や他の種類の意識障害の人において反応を刺激することで、わずかに有益な効果をもたらすことがあります。しかし、この治療法の有用性はまだ不明です。

長期的なケア

昏睡状態にある人と同様、植物状態にある人にも包括的なケアが必要になります。

十分な栄養を与えること(栄養補給)が重要です。栄養は鼻から胃に挿入したチューブを介して与えられます(経管栄養と呼ばれます)。腹部を切開して直接胃にチューブを挿入し、そのチューブから栄養を胃または小腸に送り込むこともあります。これらのチューブから薬を投与することもあります。

体を動かせないこと(不動状態)によって様々な問題が起こるため、これらの問題を予防するための対策が不可欠です(床上安静による問題を参照)。例えば、以下のようなことが起こりえます。

  • 床ずれ同じ姿勢で寝ていると、体の一部分への血液供給が遮断され、その部分の皮膚が破れて、床ずれ(褥瘡)が発生する可能性があります。

  • 拘縮:体を動かさずにいると、筋肉が永久的に硬直して短縮し(拘縮)、関節が曲がったまま元に戻らなくなることがあります。

  • 血栓:体を動かさずにいると、脚の静脈に血栓が形成されやすくなります(深部静脈血栓症と呼ばれます)。

床ずれは、頻繁に体位を変えるとともに、ベッドの表面に接する部分(かかとなど)の下に保護パッドを置いて保護することで、予防することができます。

拘縮を予防するため、患者の関節をすべての方向に優しく動かしたり(他動的関節可動域訓練)、関節を特定の姿勢で固定したりするケアを理学療法士が行います。

血栓の予防策として、薬剤の使用や脚の圧迫または挙上などが行われます。他動的関節可動域訓練で行うように、四肢を動かすことも血栓の予防に役立つ可能性があります。

失禁があるため、皮膚を清潔で乾燥した状態に保つためのケアが必要です。膀胱が機能せず、尿がたまってしまう場合は、膀胱にチューブ(カテーテル)を留置して排尿させます。尿路感染症を予防するため、カテーテルは丁寧に洗浄し、定期的に点検を行います。

その他の問題

回復の見込みが低い場合、医師と家族が、ときに病院の倫理委員会も含めて、将来医療をどの程度積極的に続けるか、生命を維持する治療を中止するかどうか、中止する場合はそれをいつ行うかについて話し合う必要があります。そのような治療に対する患者の希望が分かっている場合、例えば、事前指示書(リビングウィル)で患者の希望が述べられている場合は、それを考慮する必要があります。

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