ウェルニッケ脳症は,チアミンの不十分な摂取や吸収に加え,炭水化物の継続的な摂取により生じる。一般的な基礎疾患の1つが重度の アルコール依存症 アルコール中毒および離脱 アルコール(エタノール)は中枢抑制薬である。短時間で大量に飲酒すると,呼吸抑制と昏睡を来たし,死に至ることがある。長期にわたる大量の飲酒は,肝臓や他の多くの臓器を損傷する。アルコール離脱症状は振戦から,重度の離脱(振戦せん妄)でみられる痙攣発作,幻覚,および生命を脅かす自律神経不安定状態に至るまで,連続的な病態として現れる。診断は臨床的に行う。 ( アルコール使用障害とリハビリテーションも参照のこと。)... さらに読む である。過度の飲酒は,消化管からのチアミン吸収や肝臓におけるチアミン貯蔵を阻害し,アルコール依存症に伴う栄養不良はしばしば十分なチアミン摂取を妨げる。
ウェルニッケ脳症は,長期の低栄養またはビタミン欠乏症の原因となる他の疾患によっても起こることがある(例,反復透析,悪阻,飢餓,胃縫縮術,がん,AIDS)。チアミン欠乏症患者における炭水化物負荷(すなわち,飢餓後の再栄養補給または高リスク患者に対するブドウ糖溶液の静注)はウェルニッケ脳症を誘発する可能性がある。
チアミン欠乏症のアルコール乱用者全員がウェルニッケ脳症を生じるわけではないため,他の因子の関与が示唆される。チアミン処理酵素であるトランスケトラーゼの欠損型を生じる遺伝子異常が関与している可能性がある。
特徴として,中枢神経系病変が第3脳室,中脳水道,および第4脳室の辺りに対称性に分布している。乳頭体,視床背内側部,青斑核,中脳水道周囲灰白質,眼球運動核,および前庭神経核の変化がよくみられる。
症状と徴候
ウェルニッケ脳症の患者では,臨床的な変化は突然生じる。
水平および垂直眼振と部分的眼筋麻痺(例,外直筋麻痺, 共同注視麻痺 共同注視麻痺 共同注視麻痺は,水平方向(最も多い)または垂直方向のいずれか一方向に両眼を一緒に動かすことができない状態である。 ( 神経眼科疾患および脳神経の疾患の概要も参照のこと。) 注視麻痺では水平注視麻痺が最もよくみられる;上方注視麻痺も多少みられるが,下方注視麻痺はさらに少ない。 基礎疾患を治療する。 水平共同注視は大脳半球,小脳,前庭核,および頸部からの神経入力により制御されている。これらの部位からの神経入力情報は水平注視中枢(橋網様体傍正... さらに読む )など眼球運動の異常がよくみられる。瞳孔にも異常が認められることがあり,一般に反応が緩慢または不同である。
難聴のない前庭機能障害がよくみられ,前庭眼反射が障害されることがある。前庭障害,小脳機能障害,および/または多発神経障害の結果,歩行失調が起こることがあり,歩幅は狭く開脚歩行で緩慢である。
全般的な錯乱状態がしばしば認められ,これは著明な見当識障害,無関心,不注意,眠気,または昏迷を特徴としている。末梢神経の痛覚閾値がしばしば上昇し,多くの患者が交感神経の活動亢進(例,振戦,激越)または活動低下(例,低体温,起立性低血圧,失神)を特徴とする重度の自律神経機能障害を発現する。未治療の患者では,昏迷から昏睡へと進行し,さらには死に至ることもある。
診断
臨床的評価
特異的な診断検査はない。ウェルニッケ脳症の診断は臨床的に行い,基礎にある低栄養またはビタミン欠乏症の認識に基づく。髄液,誘発電位,脳画像検査,または脳波に特徴的な異常は認められない。しかしながら,これらの検査と臨床検査(例,血液検査,グルコース,血算,肝機能検査,動脈血ガス検査,薬毒物スクリーニング)は,他の病因を除外するために一般的に行うべきである。血清チアミン濃度は必ずしも髄液中濃度を反映せず,正常な血清中濃度であっても診断は除外されないため,チアミンの濃度はルーチンには測定しない。
予後
予後はウェルニッケ脳症の診断が適時になされたかどうかによる。適切な時期に治療を始めれば,異常は全て修正される可能性がある。眼症状は通常,チアミン早期投与後24時間以内に消退し始める。運動失調と錯乱は数日から数カ月続くことがある。記憶障害と学習障害は完全に消失することがある。無治療では障害は進行し,死亡率は10~20%である。生存患者のうち,80%が コルサコフ精神病 コルサコフ精神病 コルサコフ精神病は,持続的なウェルニッケ脳症の晩期合併症であり,記憶障害,錯乱,および行動変化を引き起こす。 コルサコフ精神病は, ウェルニッケ脳症の未治療患者の80%に発生し,重度の アルコール依存症が基礎にあるのが一般的である。コルサコフ精神病が一部のウェルニッケ脳症患者にのみ発現する理由は不明である。最初に典型的なウェルニッケ脳症の発作が生じるか否かにかかわらず,アルコール離脱に関連する... さらに読む を生じ,ウェルニッケ脳症と併せてウェルニッケ-コルサコフ症候群と呼ばれる。
治療
チアミン注射
マグネシウム注射
ウェルニッケ脳症の治療はチアミン100mgの即時静注または筋注を行い,少なくとも3~5日間毎日継続する。マグネシウムはチアミン依存性代謝に必要な補因子であり,低マグネシウム血症は硫酸マグネシウム1~2g,筋注もしくは静注,6~8時間毎,または酸化マグネシウム400~800mg,1日1回経口投与により補正すべきである。支持療法には,水分補給,電解質異常の是正,総合ビタミン剤といった全身栄養療法などがある。病状が進行した患者は入院が必要である。断酒は必須である。
ウェルニッケ脳症は予防可能であるため,低栄養の患者には,全例で(特にブドウ糖溶液の静注が必要な場合には)チアミン注射(典型的には100mg,筋注から初めて,その後は50mg,経口,1日1回)に加え,ビタミンB12と葉酸(ともに1mg,経口,1日1回)を投与する必要がある。またチアミンは,意識レベルの低下により受診した患者の治療を始める前に投与するのが賢明である。低栄養の患者には,外来でチアミン投与を続ける必要がある。