高齢者虐待

(高齢者に対する虐待)

執筆者:Daniel B. Kaplan, PhD, LICSW, Adelphi University School of Social Work;
Barbara J. Berkman, DSW, PhD, Columbia University School of Social Work
レビュー/改訂 2021年 2月
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高齢者虐待とは,高齢者に対する身体的もしくは心理的な虐待,ネグレクト,または経済的搾取である。

よくみられる高齢者虐待の種類には,身体的虐待,心理的虐待,ネグレクト,および経済的虐待などがある。いずれも,故意による場合と故意によらない場合がある。多重虐待(poly-victimization)(複数の形態の虐待の同時発生)がよくみられる。加害者はしばしば成人した息子や娘であるが,その他の家族または有償もしくは正式でない介護者の場合もある。

身体的虐待は,暴力を用いて身体的外傷もしくは心的外傷または不快感を生じさせることである。身体的虐待には,殴る,押す,揺さぶる,打つ,拘束する,無理やり食べさせる,および不当に投薬するなどがある。性的暴行(同意を伴わない,力による,または暴力を示唆する脅迫による,あらゆる形式の性的親密性)を含むことがある。

心理的虐待は,精神的ストレスまたは苦悩を引き起こす言葉,行動,またはその他の手段の使用である。心理的虐待には,脅し(例,施設入所の),侮辱,および厳しい命令に加え,話さない,無視するなどがある。また,加害者に対する高齢者の依存を促す幼児化(加害者が高齢者を子供のように扱う庇護的な形の高齢者差別)も含む。

ネグレクトは,食事,薬剤,個人的ケア,またはその他の必要なものを与えることを怠るか,または拒否することである;放棄も含まれる。結果として身体的または心理的に有害となるネグレクトは虐待とみなされる。

経済的虐待は,高齢者の所有物や資産を搾取すること,またはそれらに対し不注意であることをいう。経済的虐待には,詐欺,資産分配を強要すること,および高齢者の金銭を無責任に管理することなどがある。

虐待症例のうち報告されるのは20%未満であり,虐待された高齢者のうち,当局または医療提供者に助けを求める割合は約15%にすぎない。高齢者虐待の実際の発生率は不明であるが,米国では公衆衛生上,ますます大きくなっている問題と思われる。National Center on Elder Abuseによると,高齢者の10人に1人が身体的虐待,心理的虐待,性的虐待,経済的搾取,ネグレクトの被害者であるとの研究報告がある。カナダおよび西欧の研究では,虐待の発生率は米国と同等であった。高齢者虐待は,身体的健康の悪化,心理的損傷,入退院の繰り返し,経済的破綻,および早期死亡と関連している。

虐待は通常,時間の経過とともに頻度および程度が高まる。COVID‐19のパンデミックの間,高齢者虐待の報告が増加したが,これはおそらく,社会的孤立,経済的困窮,および精神衛生不良により,被害者の脆弱性が高まり,虐待者のストレス因子や誘因が増えたことによるものと考えられる。そのため,医師は虐待リスクのある高齢患者を同定し,介入およびカウンセリングのための適切な紹介を行うことに常に注意を払わなければならない。

危険因子

被害者にとって,高齢者虐待の危険因子には障害(慢性疾患,機能障害,認知障害)および社会的孤立などがある。加害者の危険因子には物質乱用,精神障害,暴力の既往,ストレス,および被害者への依存(生活環境の共有を含む―高齢者虐待の危険因子の表を参照)などがある。

表&コラム

診断

高齢者虐待は,その徴候の多くが微妙であり,被害者が虐待を相談したがらないか,または相談する能力がないことが多いため,発見が難しい。被害者は,羞恥,報復に対する恐怖,または加害者を守りたいという思いから,虐待を隠すことがある。虐待被害者は,ときに助けを求めた場合にも,例えば,虐待の訴えを錯乱,パラノイア,または認知症としてあっさり片づけるといった,医療従事者の高齢者差別的な反応に遭遇する。

被害者が社会的に孤立している場合,高齢者虐待の発見が困難になることが多い。虐待によって孤立の度合いが高まる傾向があるのは,加害者が被害者の外界との接触を制限する(例,被害者への訪問者および電話を拒否する)ことが多いためである。

高齢者虐待の症状および徴候は誤って慢性疾患のせいにされることがある(例,股関節骨折が骨粗鬆症に帰される)。しかし,以下のような臨床状況は,虐待を特に示唆する:

  • 外傷または疾患が発生してから医療機関の受診までに遅れがある

  • 患者と介護者の説明が一致しない

  • 外傷の重症度が介護者の説明と矛盾する

  • 患者または介護者が外傷について信じがたいか,または曖昧な説明をする

  • 適切なケア計画を立て,十分な手段を講じているにもかかわらず,慢性疾患の増悪のため,しばしば救急外来を受診する

  • 機能障害のある患者の受診時に介護者が付き添っていない

  • 臨床検査所見が病歴と矛盾する

  • 介護者が在宅ケア(例,訪問看護師)を受け入れたがらない,または高齢患者を医療従事者と2人だけにしたがらない

医師には,高齢者虐待に関するルーチンの問診(American Medical Associationが推奨)またはルーチンのスクリーニング(Joint Commission,National Center on Elder Abuse,およびNational Academy of Sciencesが推奨)を考慮することが推奨される。医師によるルーチンの問診は,疑いの強さに基づき,高齢者虐待の可能性について対話形式での面接を行う。ルーチンのスクリーニングでは,6項目から成るElder Abuse Suspicion Index(EASI ©)など,プライマリケアの現場で妥当性が確認されているツールを系統的に使用する。

病歴

高齢者虐待が疑われる場合は,少なくとも一定の時間は患者単独での問診を行うべきである。他の関係者の問診を別途行うこともある。患者の問診は,安心感に関する一般的な質問から開始するが,可能性のある虐待(例,身体的な暴力,拘束,ネグレクト)に関する直接的な質問も含めるべきである。虐待が確認された場合は,その性質,頻度,および程度について聞き出すべきである。虐待を誘発する状況(例,アルコール中毒)がないかも検討すべきである。

患者の社会的資源および資産が管理上の決定(例,生活環境,専門の介護者の雇用)に影響を及ぼすため,これらを評価すべきである。世話をし,話を聞き,支援する能力および意思がある家族または友人が患者にいるかどうか尋ねるべきである。資産は十分にあるのに,基本的ニーズが満たされていない場合は,その理由を明らかにすべきである。このような社会的資源および資産の評価は,虐待の危険因子(例,経済的ストレス,患者の経済的搾取)の同定に役立つこともある。

家族内介護者の問診時には,対立を避けるべきである。介護の責任が家族にとって負担になっているかどうか探り,適切な場合には,介護者の難しい役割を慰労すべきである。介護者に最近のストレス(例,死別,経済的ストレス),患者の疾患(例,ケアに対するニーズ,予後),および最近の外傷の報告されている原因について尋ねる。

農村部の町や部族コミュニティなどの小さなコミュニティでは,患者,虐待の加害者,医療提供者,診療所のスタッフ,および介入者が互いのことを知っていることが多いため,高齢者虐待の疑いをスクリーニングして対応する際に守秘義務とプライバシーを守るための追加的なプロセスを作成しなければならない。面接時にこのようなプロセスを再確認することで,被害者による報告の促進が期待される。

身体診察

できれば初診時に,高齢者虐待の徴候がないか患者を詳細に診察すべきである(高齢者虐待の徴候の表を参照)。このような評価の許可を介護者または患者に促すには,患者の信頼できる家族もしくは友人,州の成人保護サービス(adult protective services),またはときに法執行機関の支援が必要になることがある。虐待が特定されるか,または疑われた場合は,ほとんどの州においてAdult Protective Servicesへの紹介が義務づけられている。

表&コラム

例えば,Mini-Mental State Examinationを用いて,認知状態を評価すべきである( see figure 精神医学的診察)。認知障害は高齢者虐待の危険因子であり,病歴の信頼性および管理に関する決定を下す患者の能力に影響を及ぼすことがある。

気分および感情の状態を評価すべきである。患者が抑うつ,羞恥心,罪悪感,不安,恐怖,または怒りを感じている場合は,その感情の根底にある考えを探るべきである。患者が家族内の緊張もしくは不和を大した問題でないかのように扱ったり,もしくは正当化する場合,または虐待について話したがらない場合は,このような態度が,虐待を認めたり,告白したりするのを妨げているのかどうか明らかにすべきである。

日常生活動作(ADL)を行う能力を含む身体機能状態を評価すべきであるとともに,自衛能力を低下させる身体的な制限に注意すべきである。ADLの介助が必要な場合は,現在の介護者が介助を行うための十分な情緒的,経済的,および知的能力を備えているかどうかを判断すべきである。そうした能力を備えていない場合は,新たな介護者を特定する必要がある。

虐待によって生じたか,または増悪した併存疾患がないか検討すべきである。

臨床検査

画像検査および臨床検査(例,水分補給状態を明らかにするための電解質,栄養状態を明らかにするためのアルブミン,処方されたレジメンの遵守状況を記録するための薬物濃度)を必要に応じて施行し,虐待を特定および記録する。

証拠文書記録(Documentation)

実際の虐待または疑われる虐待についての完全な報告を,できれば患者自身の言葉で医療記録に記載すべきである。あらゆる外傷の詳細な説明を記載し,可能であれば写真,スケッチ,X線,およびその他の客観的な資料(例,臨床検査結果)で裏付けるべきである。同意されたケア計画があり,十分な手段を講じているにもかかわらず,ニーズが満たされていない状況について具体的な例を記録すべきである。

予後

虐待された高齢者は死亡リスクが高い。虐待,搾取,またはネグレクトを理由として保護サービスに紹介された地域社会に暮らす65歳以上の成人を対象とした13年間の大規模縦断研究では生存率は9%であったのに対し,これらの理由やセルフネグレクトを理由とした保護サービスの紹介を受けなかった対照群では40%であった。多変量解析により,虐待単独の影響が確認された(1)。

参考文献

  1. 1.Lachs MS, Williams CS, O'Brien S, et al:  The mortality of elder mistreatment.JAMA, 280(5):428-32, 1998.doi:10.1001/jama.280.5.428

治療

集学的チーム(医師,看護師,ソーシャルワーカー,弁護士,法執行機関の担当者,精神科医,およびその他の医療従事者を含む)による取り組みが不可欠である。過去の介入(例,裁判所の保護命令)およびその失敗理由を調査し,過ちを繰り返さないようにすべきである。

介入

患者に危険が差し迫っている場合は,医師は患者と相談の上,入院,法執行機関による介入,または安全な住居への転居を考慮すべきである。患者に各選択肢のリスクおよび結果を説明すべきである。

患者に危険が差し迫っていない場合は,リスク低減策を講じるべきであるが,その緊急性は比較的低い。選択される介入は危害を加えようとする加害者の意図に応じて決まる。例えば,家族が医師の指示を誤解して薬剤を過量投与した場合は,必要とされる介入は,より明確な指示を与えるだけで済むことがある。故意の過量投与には,より集中的な介入が必要である。

一般に,介入はそれぞれの状況に合わせて調整する必要がある。介入としては以下のものがある:

  • 医学的支援

  • 文化的多様性に配慮した教育(例,虐待および利用できる選択肢についての被害者の教育,安全対策立案の援助)

  • トラウマインフォームドサポート(例,被害者およびできる限りで家族に対しての短期的または長期的な精神療法で,具体的な心的外傷およびその人の生活に心的外傷がどの程度影響を及ぼしているかを認識して対処するもの)

  • 法執行機関の介入および法的介入(例,加害者の逮捕,保護命令,資産保全を含む法的権利擁護)

  • 代わりの住居(例,高齢者用の介護付き住宅,介護施設への入所)

  • 基本的な支援(移動手段や食糧援助など)を提供し,社会的孤立を軽減するサービスへの紹介

被害者に意思決定能力がある場合は,自分自身に対する介入の決定に協力すべきである。意思決定能力がない場合は,集学的チームが,理想的には後見人または客観的な保管人(conservator)とともに,ほとんどの決定を下すべきである。決定は,暴力の程度,被害者の過去のライフスタイルの選択,および法律上の影響に基づく。唯一の正しい決定はないことが多い;各症例を慎重にモニタリングしなければならない。

看護師およびソーシャルワーカーに関する事項

看護師およびソーシャルワーカーは集学的チームの一員として,高齢者の虐待を防止してその結果を監視するのを助けることができる。看護師,ソーシャルワーカー,またはその両者は,関連情報の正確な記録,関係者への連絡および継続的な情報提供,ならびに24時間体制での必要なケアの提供を確保する調整役に任命されることがある。

全ての看護師およびソーシャルワーカーに,高齢者虐待に関する現場教育を年1回受けるよう勧めるべきである。一部の州では,医師,看護師,およびソーシャルワーカーの免許交付に際し,小児虐待に関する教育が義務づけられている。しかしながら,高齢者虐待についての専門的教育はわずかな州でしか義務付けされていない。

報告

施設での虐待が疑われるか,または確認された場合の報告を全州が求めており,ほとんどの州は家庭内での虐待についても報告を求めている。米国内の全州で,被害を受けやすい成人,判断能力のない成人,または成人障害者を保護し,サービスを提供する法律がある。

米国内の75%を超える州で,州の社会福祉課(Adult Protective Services)が虐待報告の受付機関に指定されている。残りの州では,州の高齢者部門が指定機関である。施設内の虐待に関しては,地域の長期ケアオンブズマン事務所に連絡すべきである。米国のこれらの機関および事務所の電話番号は,Eldercare Locator(800-677-1116またはwww.eldercare.gov)またはNational Center on Elder Abuse(855-500-3537またはwww.ncea.acl.gov)に連絡して,患者が居住している郡と市または郵便番号を伝えると入手することができる。医療従事者は,自分の州の報告に関する法律およびその手順を知っておくべきである。

介護者に関する事項

身体障害または認知障害のある高齢者の介護者は,十分なケアを提供することができない場合や,自身の行動がときに虐待になっていることに気づかない場合がある。このような介護者は,介護の役割に熱心の打ち込んでいるため,社会的に孤立し,正常な介護とは何であるかという点で客観的な判断基準を欠いていることがある。抑うつ,ストレス関連疾患の増加,および社会的ネットワークの縮小を含む介護負担(caregiver burden)の悪影響は十分に立証されている。医師はこのような影響を介護者に指摘する必要がある。介護者支援サービスには,デイケア,短期入所プログラム,および在宅ケアなどがある。家族はEldercare Locator(800-677-1116またはwww.eldercare.gov)またはNational Association of Area Agencies on Aging(202-872-0888またはwww.n4a.org)を利用し,こうしたサービスに関する情報を照会すべきである。

予防

医師またはその他の医療従事者は,虐待被害者が加害者以外に接触する唯一の人間である場合があるため,虐待の徴候および危険因子がないか注意を払うべきである。高リスクな状況を認識することで,高齢者虐待を防止できる―例えば,フレイルまたは認知障害のある人が物質乱用,暴力,精神障害の既往があるか,または介護負担を抱える人にケアされている場合などである。フレイルな高齢者(例,最近の脳卒中の病歴がある人または新たに診断された疾患のある人)が退院し危険な家庭環境に移る場合には,特に注意を払うべきである。加害者と被害者がステレオタイプに当てはまらない場合があることも念頭においておくべきである。

高齢者は,薬物もしくはアルコールの問題または重篤な精神障害のある家族との同居に同意することが多い。家族は,虐待を引き起こすリスクについてスクリーニングを受けずに,精神病施設またはその他の施設から退所し,高齢者の自宅へ移った可能性がある。そのため医師は,このような生活環境を考慮しながら患者のカウンセリングを行うべきであり,特に過去において両者の関係が緊張を伴うものであった場合には,この点についての考慮が必要である。

ホームヘルパーのスクリーニングおよび採用に関しても,公的サービス機関/民間業者のどちらを利用する場合でも,さらに検討を加えるべきである。ホームヘルパーを利用する患者のうち,少ないながらもある程度の数の患者が,窃盗,ネグレクト,または虐待の懸念を報告している。こうしたヘルパーなどの労働者のスクリーニングおよび訓練が虐待予防に役立つことがある。

患者は,(例,社会的関係を維持する,社会および地域社会との接触を増やすことにより)虐待のリスクを積極的に低減することもできる。高齢者は生活する場所または誰が自分に代わって経済的な決定を下すかに関連する文書に署名する前に,法的な助言を求めるべきである。

より詳細な情報

以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. National Center on Elder Abuse (CEA): Publications: Information regarding the work of elder abuse prevention, including publications on adult protective services, guardianship and conservatorship, laws and legislation, cultural issues, and training and professional development

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