妊娠高血圧腎症および子癇

執筆者:Antonette T. Dulay, MD, Main Line Health System
レビュー/改訂 2020年 10月
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妊娠高血圧腎症は妊娠20週以降の新規発症の高血圧または既存の高血圧の悪化で,タンパク尿を伴うものである。子癇は妊娠高血圧腎症の患者における原因不明の全身痙攣である。診断は臨床的に行い,尿タンパク測定による。治療は通常,硫酸マグネシウム静注および満期での分娩である。

妊娠高血圧腎症は妊婦の3~7%に生じる。妊娠高血圧腎症および子癇は妊娠20週以降に発生する;最大25%の症例は分娩後に発生し,最も頻繁には初めの4日間に起こるが,ときに分娩後6週間までに起こることがある。

無治療の妊娠高血圧腎症は,通常はくすぶり続け(期間はばらつきがある),その後突然に子癇に進行するが,子癇となるのは妊娠高血圧腎症の患者200人当たり1人の割合である。子癇は無治療では通常死に至る。

病因

妊娠高血圧腎症の病因は不明である。

しかし危険因子としては以下のものがある:

病態生理

妊娠高血圧腎症および子癇の病態生理はよくわかっていない。要因として,子宮胎盤のらせん動脈の発達不良(これにより妊娠後期に子宮胎盤血流が減少する),13番染色体の遺伝子異常,免疫異常,および胎盤の虚血や梗塞がある。フリーラジカルが誘発する細胞膜の脂質過酸化は,妊娠高血圧腎症に寄与している可能性がある。

合併症

胎児発育不全または胎児死亡が起こりうる。びまん性または多病巣性の血管攣縮により母体の虚血が起こり,最終的には複数の臓器,特に脳,腎臓,肝臓が損傷する。血管攣縮に寄与する可能性のある因子として,プロスタサイクリン(内皮由来の血管拡張物質)の減少,エンドセリン(内皮由来の血管収縮物質)の増加,および可溶性Flt-1(血中を循環する血管内皮増殖因子受容体)の増加などが考えられる。妊娠高血圧腎症をもつ女性は現在および将来の妊娠で常位胎盤早期剥離のリスクがあり,これはおそらく両方の疾患が胎盤機能不全に関連していることによる。

凝固系が活性化されるが,これはおそらく内皮細胞機能障害に続発するもので,血小板活性化の原因となる。HELLP症候群(溶血,肝機能検査値上昇,および血小板数低値)が重症の妊娠高血圧腎症または子癇の女性の10~20%に発生する;この発生頻度は全妊娠における発生頻度(1 ~ 2/1000)の約100倍である。HELLP症候群を有する大部分の妊婦に高血圧およびタンパク尿がみられるが,一部にどちらもみられない妊婦もいる。

症状と徴候

妊娠高血圧腎症は無症候性であるか,浮腫や過度の体重増加を起こすことがある。顔面または手の腫脹(患者の指輪が指に合わなくなる)などの就下性でない浮腫(nondependent edema)は,就下性の浮腫(dependent edema)よりも特異的である。

反射の亢進がみられることがあり,これは神経筋の易刺激性(痙攣発作[子癇]へ進行しうる)を示唆する。

他の凝固障害の徴候同様,点状出血が発生することがある。

パール&ピットフォール

  • 妊娠高血圧腎症の所見の中でもより特異的な場合のある,手(例,指輪が合わなくなる)または顔面の腫脹や反射亢進を調べる。

重症所見を伴う妊娠高血圧腎症は臓器損傷を引き起こす可能性があり,具体的な所見としては以下のものがある:

  • 重度の頭痛

  • 視覚障害

  • 錯乱

  • 心窩部痛または右上腹部痛(肝虚血や肝被膜の伸展を反映)

  • 悪心および/または嘔吐

  • 呼吸困難(肺水腫,急性呼吸窮迫症候群[ARDS],または後負荷の増大に続発する心機能障害を反映)

  • 脳卒中(まれ)

  • 乏尿(血漿量低下または虚血性急性尿細管壊死を反映)

診断

  • 新たに発症した高血圧(血圧 > 140/90mmHg)に加え,新たな原因不明のタンパク尿(20週以降に> 300mg/24時間または尿タンパク/クレアチニン比 ≥ 0.3)

妊娠高血圧腎症の診断は,高血圧の症状または高血圧(収縮期血圧 > 140mmHg,拡張期血圧 > 90mmHgと定義される),あるいはその両方の存在で示唆される。緊急時を除き,高血圧は少なくとも4時間空けて2回を超える測定で記録すべきである。尿タンパク排泄は24時間蓄尿で測定する。

タンパク尿は > 300mg/24時間と定義される。代わりに,タンパク尿はタンパク質/クレアチニン比 ≥ 0.3または試験紙で1+に基づいて診断される;試験紙検査は他の定量的方法が利用できない場合にのみ用いる。精度の低い検査(例,尿試験紙検査,ルーチンの尿検査)でタンパク尿が認められなくても妊娠高血圧腎症を除外しない。

タンパク尿がみられない場合,妊婦が新規発症の高血圧に加えて,以下のいずれかの新規発症を認める場合にも妊娠高血圧腎症と診断される:

  • 血小板減少(血小板 < 100,000/μL)

  • 腎機能不全(血清クレアチニン > 1.1mg/dLまたは腎疾患のない女性で血清クレアチニンが倍増)

  • 肝機能障害(アミノトランスフェラーゼが正常の2倍を超える)

  • 肺水腫

  • 脳症状または視覚症状

妊婦における高血圧疾患を鑑別するのに,以下のポイントが参考になる:

  • 慢性高血圧は,高血圧が妊娠に先行する場合,妊娠20週より前から存在する場合,または分娩後6週間(通常12週間)を過ぎても持続している場合(高血圧が妊娠20週以降に初めて記録された場合であっても)に同定される。慢性高血圧は妊娠初期には生理的な血圧低下によりマスクされることがある。

  • 妊娠高血圧(gestational hypertension)は,タンパク尿およびその他の妊娠高血圧腎症の所見を認めない高血圧であり,妊娠前に既知の高血圧がない女性において,妊娠20週以降に初めて起こり,分娩後12週間までに(通常6週間までに)解消する。

  • 妊娠高血圧腎症(preeclampsia)は,新規発症の高血圧(血圧 > 140/90mmHg)に加えて,妊娠20週以降に原因不明のタンパク尿(> 300mg/24時間または尿タンパク/クレアチニン比 ≥ 0.3)が新たに起こるか,他の基準を満たす場合である(上記参照)。

  • 慢性高血圧に合併した妊娠高血圧腎症(preeclampsia superimposed on chronic hypertensio)は,血圧がベースラインより上昇している高血圧の妊婦において20週以降に原因不明のタンパク尿が新たに生じるかタンパク尿が悪化した場合,またはタンパク尿のある高血圧の妊婦において20週以降に重症所見を伴う妊娠高血圧腎症が発生した場合に診断される。

さらなる評価

妊娠高血圧腎症と診断された場合,検査には血算,血小板数,尿酸,肝機能検査,血中尿素窒素(BUN),クレアチニンの測定を含め,クレアチニンが異常であれば,クレアチニンクリアランスの測定を含める。胎児をノンストレステストまたはバイオフィジカルプロファイル(羊水量の評価を含む),および胎児体重を推測する検査を用いて評価する。

HELLP症候群は,末梢血塗抹標本での微小血管障害の所見(例,破砕赤血球,ヘルメット細胞),肝酵素値の上昇,および血小板数の低値から示唆される。

重症所見を伴う妊娠高血圧腎症(preeclampsia with severe features)は,以下のうち1つ以上により軽症型と鑑別される:

  • 中枢神経系機能障害(例,霧視,暗点,精神状態の変化,アセトアミノフェンで改善しない重度の頭痛)

  • 肝被膜伸展の症状(例,右上腹部痛または心窩部痛)

  • 悪心および嘔吐

  • 血清アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)またはアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)> 2回正常

  • 4時間以上空けて2回,収縮期血圧 > 160mmHgまたは拡張期血圧 > 110mmHg

  • 血小板数 < 100,000/μL

  • 尿量 < 500mL/24時間

  • 肺水腫またはチアノーゼ

  • 脳卒中

  • 進行性の腎機能不全(血清クレアチニン > 1.1mg/dLまたは腎疾患のない女性で血清クレアチニンが倍増)

治療

  • 通常,入院およびときに降圧治療

  • 在胎期間および妊娠高血圧腎症の重症度などの因子に応じて,分娩

  • ときに新たな痙攣発作の予防もしくは治療,または痙攣発作の再発予防を目的とする硫酸マグネシウム

一般的アプローチ

妊娠高血圧腎症の根治的治療は分娩である。しかしながら,在胎期間,妊娠高血圧腎症の重症度,および治療に対する反応性を鑑みて,早産のリスクとバランスを取る必要がある。

通常,以下の場合に母体を安定させた後(例,痙攣発作がコントロールされている,血圧がコントロールされつつある)の早急な分娩が適応となる:

  • 妊娠期間が37週以上

  • 子癇

  • 妊娠34週以降の場合,重症所見を伴う妊娠高血圧腎症

  • 腎臓,肺,心臓,または肝臓の機能の悪化(例,HELLP症候群)

  • 胎児のモニタリングで結果がnonreassuring

他の治療の目的は母体の健康状態をできるだけ高めることであり,これにより通常,胎児の健康も最良となる。妊娠34週より前で安全に分娩を遅らせることが可能な場合は,胎児の肺成熟を促進するために48時間コルチコステロイドを投与する。一部の安定している患者には,妊娠期間の前の段階でコルチコステロイドを必要としなかった場合,34週以降から36週前まで(後期早産期)コルチコステロイドを投与できる。

大半の患者は入院管理とする。子癇または重症所見を伴う妊娠高血圧腎症の患者は,しばしば周産期専門施設(maternal special care unit)または集中治療室(ICU)に収容される。

重症所見を伴わない妊娠高血圧腎症

妊娠高血圧腎症に重症所見を伴わず37週より前に生じた場合は,外来治療が可能であり,具体的には安静(modified activityまたはmodified rest),血圧測定,検査所見のモニタリング,胎児のノンストレステスト,少なくとも週1回の来院などを行う。

しかしながら,重症所見を伴わない妊娠高血圧腎症を有する多くの患者では,少なくとも最初は入院が必要となる重症所見を伴う妊娠高血圧腎症の基準を満たさない限り,37週での分娩が可能である(例,誘発による)。

モニタリング

外来患者は通常,痙攣発作の所見,重症所見を伴う妊娠高血圧腎症,および性器出血ついて少なくとも週1回の頻度で評価を行うとともに,血圧,反射,および胎児心拍の状態(ノンストレステストまたはバイオフィジカルプロファイルを用いる)も確認する。血小板数,血清クレアチニン,および血清肝酵素を安定するまでは頻回に,その後は少なくとも週1回測定する。

全ての入院患者は産科医または母体・胎児専門医がフォローアップし,外来患者同様に評価する(上述);重症所見を伴う妊娠高血圧腎症と診断された場合や妊娠期間が34週未満の場合には評価をより頻回に行う。

硫酸マグネシウム

子癇と診断されたら,痙攣発作の再発を予防するため,速やかに硫酸マグネシウムを投与しなければならない。重症所見を伴う妊娠高血圧腎症がある場合は,痙攣発作を予防するために患者に硫酸マグネシウムを投与できる。硫酸マグネシウムは分娩後24時間にわたり投与する。重症所見を伴わない妊娠高血圧腎症患者に分娩前の硫酸マグネシウムの投与が常に必要か否かについては議論がある。

硫酸マグネシウム4gを20分かけて静注した後,約1~3g/時で持続静注し,必要に応じて追加投与する。用量は患者の反射に基づき調節する。マグネシウム値の異常高値(例,マグネシウム値 > 10mEq/Lまたは反射反応の突然の減少),心機能障害(例,呼吸困難または胸痛),または硫酸マグネシウム治療後の低換気がみられる患者では,グルコン酸カルシウム1g静注で治療しうる。

硫酸マグネシウムの静注は,新生児に嗜眠,筋緊張低下,および一過性呼吸抑制を引き起こしうる。しかしながら,新生児の重篤な合併症はまれである。

支持療法

経口摂取を禁じられている場合,入院患者は乳酸リンゲルまたは生理食塩水を静注し,約125mL/時から始める(尿量を増加させるため)。持続する乏尿は注意深くモニタリングしながら輸液負荷を行い治療する。利尿薬は通常用いられない。肺動脈カテーテルを用いたモニタリングが必要になることはまれであり,必要になった場合は,集中治療専門医へのコンサルテーションを行った上で集中治療室(ICU)で実施する。正常血液量の無尿患者には,腎血管拡張薬または透析が必要になる場合がある。

マグネシウム療法にもかかわらず痙攣が発生する場合,痙攣を止めるためジアゼパムまたはロラゼパムを静注し,収縮期血圧が140~155mmHgおよび拡張期血圧が90~105mmHgまで低下するよう,ヒドララジンまたはラベタロールを漸増しながら静注する。

分娩方法

最も効率的な分娩方法を用いるべきである。子宮頸部が熟化して迅速な経腟分娩が行えるようであれば,オキシトシンを希釈静注して陣痛を促進する;陣痛が有効であれば破水させる。頸部の熟化が不良で,迅速な経腟分娩が望めそうにない場合,帝王切開を考慮することができる。妊娠高血圧腎症および子癇の症状は,分娩前に消失しなかった場合,通常,分娩後6~12時間以内に急速に消失し始める。

フォローアップ

分娩後は1~2週間毎に定期的な血圧測定を行い,患者を評価すべきである。分娩後6週間以降も血圧高値が続く場合は,患者は慢性高血圧を有する可能性があり,管理のためプライマリケア医に紹介すべきである。

低用量アスピリン(81mg/日)は,妊娠高血圧腎症のリスクが高い患者に推奨される;妊娠12~28週(理想的には16週より前)に開始し,分娩まで継続すべきである。この治療は,以降の妊娠における妊娠高血圧腎症のリスクを低減しうる。患者に妊娠高血圧腎症の中等度の危険因子が複数ある場合には,低用量アスピリンの予防投与を考慮すべきである(1)。

治療に関する参考文献

  1. 1.American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG): ACOG Committee Opinion No. 743: Low-dose aspirin use during pregnancy.Obstet Gynecol 132 (1):e44-e52, 2018.doi: 10.1097/AOG.0000000000002708

要点

  • 妊娠高血圧腎症は妊娠20週以降に発生する;25%の症例では分娩後に発生する。

  • 顔面または手の腫脹および反射の亢進は妊娠高血圧腎症に比較的特異的な所見である。

  • 妊娠高血圧腎症が著明な臓器機能障害を引き起こしている場合は,重症である(臨床的に,または検査により検出される)。

  • HELLP症候群は,重症所見を伴う妊娠高血圧腎症または子癇を有する女性の10~20%に発生する。

  • 通常,病院の周産期専門施設(maternal special care unit)またはICUで,厳重に母体および胎児をモニタリングする。

  • 子癇と診断されたら,痙攣発作の再発を予防するため,速やかに硫酸マグネシウムで治療する。

  • 重症所見を伴う妊娠高血圧腎症が診断されれば,痙攣発作の予防のために硫酸マグネシウムでの治療を考慮する;分娩後24時間にわたり,硫酸マグネシウムで治療する。

  • 軽症の妊娠高血圧腎症に対する硫酸マグネシウムの使用については,あまり明らかではない。

  • 通常は妊娠37週以降になれば分娩の適応となるが,重症所見を伴う妊娠高血圧腎症と診断した場合は34週までに分娩を行い,HELLP症候群と診断した場合は直ちに分娩を行う。

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