物質使用障害

執筆者:Mashal Khan, MD, NewYork-Presbyterian Hospital
レビュー/改訂 2020年 11月
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物質使用障害は物質関連障害の一種であり,物質の使用に関連する重大な問題を体験しているにもかかわらず,患者がその物質を使用し続ける病的な行動パターンを伴う。脳内神経回路の変化などの生理学的臨床像が認められることもある。

関わる物質は多くの場合,一般的に物質関連障害を引き起こす10の薬物クラスに含まれるものである。このような物質はいずれも脳内報酬系を直接活性化し,快感をもたらす。活性化が非常に強いために,患者はその物質を強く渇望し,その物質を入手して使用するために通常の活動を怠ることがある。

「嗜癖」,「乱用」,「依存」といった一般的用語は物質使用に関してしばしば用いられているが,これらの用語は定義があまりに曖昧かつ多様であるため,系統的診断にはあまり有用ではない。「物質使用障害」はより包括的であり,否定的意味合いが少ない。

レクリエーショナルドラッグおよび違法薬物の物質使用

違法薬物の使用は,違法であるために問題となるが,必ずしも物質使用障害が関わるわけではない。逆に,アルコールおよび処方薬(および米国で合法化された州が増えつつある大麻)などの合法物質が物質使用障害に関わっている場合がある。処方薬や違法薬物の使用により引き起こされる問題はあらゆる社会経済層にみられる。

レクリエーショナルドラッグの使用は,典型的には社会的な承認が得られていないものの,新たな現象というわけではなく,何世紀にもわたって何らかの形で存在してきた。人々は以下のような様々な理由から薬物を使用してきた:

  • 気分を変えるまたは高めるため

  • 宗教的儀式の一環として

  • 精神的啓蒙を得るため

  • パフォーマンスを高めるため

一部の使用者にとっては害がないように見える;彼らは比較的少量の薬物を間欠的に使用する傾向があり,臨床毒性が発現することや,耐性と身体依存が生じることがない。多くのレクリエーショナルドラッグ(例,未精製アヘン,アルコール,マリファナ,カフェイン,幻覚誘発キノコ,コカ葉)は「天然物」(すなわち由来植物に近いもの)であり,比較的低濃度の精神活性化合物の混合物を含有し,単離された精神活性化合物ではない。

物質使用障害の病因

物質使用障害の患者は通常,試しに使ってみる段階から,ときおり使用する段階に進行し,続いて大量使用に,そして,ときに物質使用障害へと進行する。この進行は複雑で,部分的にしか解明されていない。このプロセスは薬物,使用者,および環境の相互作用に依拠する。

薬物

10のクラスの薬物が物質使用障害を引き起こす可能性は様々である。その可能性は嗜癖傾向(addiction liability)と呼ばれている。嗜癖傾向は以下の因子の組合せにより異なる:

  • 投与経路

  • 薬物が血液脳関門を通過し,報酬経路を刺激する速度

  • 作用発現までの時間

  • 耐性および/または離脱症状を誘発する能力

さらに,合法的に,および/または容易に入手可能な物質(例,アルコール,タバコ)は最初に使用されることが多く,このため問題のある使用へと進行するリスクが高くなる。さらに,特定の物質の使用についてのリスク認識が弱まるにつれ,引き続きその薬物の試用および/または娯楽的使用が行われ,乱用物質への曝露が増加することがある。リスク認識の変動は,使用による医学的および精神医学的後遺症ならびに社会的転帰に関する知見を含め,複数の因子の影響を受ける。

内科的疾患の治療中や外科的または歯科的手技後に,ルーチンにオピオイドが処方されることがある。それらの薬剤はかなりの部分が未使用のままとなり,それを医療以外の目的で使用することを望む小児,青年,成人への大きな供給源の一つとなっている。この問題への対応として,以下の必要性が一層重視されるようになっている:

  • オピオイド薬の処方量を,想定される疼痛の持続期間および重症度に応じたより適切な低用量とすること

  • 残った薬剤の安全な保管を推進すること

  • 処方薬返還プログラムを拡充すること

使用者

使用者の素因としては以下のものがある:

  • 身体的特徴

  • 個人的特徴

  • 状況と障害

身体的特徴には遺伝因子が含まれる可能性が高い。しかしながら,研究者が特異的因子を同定する試みを長年行っているものの,物質使用障害を発症する人と発症しない人の間に生化学的または代謝的な差異はほとんど認められていない。

個人的特徴は明確に強い因子ではないが,自己統制の程度が低い(衝動性)または危険行動および新奇探索傾向の程度が高い人では物質使用障害を発症するリスクが高い場合がある。しかしながら,一部の行動科学者によって様々に記載されている嗜癖性パーソナリティ(addictive personality)という概念には,それを裏付ける科学的証拠がほとんどない。

いくつかの状況や併存疾患がリスクを高めるとみられる。例えば,悲しんでいる,感情的に落ち込んでいる,または社会的に疎外されている人はこのような感情が薬物によって一時的に和らぐと考える場合がある;これにより使用が増加し,ときに物質使用障害につながることがある。他の無関係の精神障害を有する患者も,物質使用障害を発症するリスクが高い。慢性疼痛(例,背部痛,鎌状赤血球症による疼痛,神経障害性疼痛,線維筋痛症)患者はしばしば疼痛緩和のためにオピオイド薬を使用し,その後に多くの患者が物質使用障害を発症する。しかしながら,これらの患者の多くでは,非オピオイド薬および他の治療法により疼痛や苦痛が十分に緩和できる。

パール&ピットフォール

  • 一部の行動科学者によって様々に記載されている嗜癖性パーソナリティ(addictive personality)という概念には,それを裏付ける科学的証拠がほとんどない。

環境

物質使用の開始および継続(または再開)において文化的および社会的因子は非常に重要である。家族(例,親,年長の同胞)および友人が物質を使用しているのを目にすることで本人が物質を使用し始めるリスクが高まる。青年では友人が特に強い影響力をもつ(青年期における薬物および物質の使用を参照)。物質の使用を止めようとしている人は,やはりその物質を使用している他人が周囲にいる場合に,止めることがはるかに難しくなる。

医師は,ストレス軽減のために薬剤を処方することに熱心になるあまり,意図せずに向精神薬の有害な使用に加担してしまうことがある。マスメディアを含む多くの社会的因子が,あらゆる苦痛を軽減するために薬物を使用すべきであるという患者の期待を助長している。

物質使用障害の診断

  • 特異的基準

物質使用障害の診断は,物質の使用に関連する重大な問題を体験しているにもかかわらず,患者がその物質を使用し続ける病的な行動パターンの同定に基づいて行う。Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM 5)では,11の基準が4つのカテゴリーに分類されている。

使用に対する自制心の喪失

  • 当初予定していたよりも大量の物質を,予定より長期的に摂取している

  • 物質の使用を中止または減量することを望んでいる

  • 物質の入手,使用,または物質の作用からの回復に相当の時間を費やしている

  • 物質を使用したいという強い欲求(渇望)を抱いている

社会的障害

  • 仕事,学校,または家庭で主要な役割義務を果たすことができない

  • 物質の使用が社会的または対人的問題を引き起こす(または悪化させる)にもかかわらず,物質の使用を継続している

  • 物質の使用のために重要な社会的,職業的,または娯楽的活動を断念するか,または減らしている

危険な使用

  • 身体的に危険な状況(例,運転中または危険な社会的状況下)で物質を使用する

  • 物質の使用が医学的または心理的問題を悪化させていることを知っているにもかかわらず,物質の使用を継続する

薬理学的症状*

  • 耐性(tolerance):時間の経過とともに,酩酊または望む効果を得るために徐々に投与量を増やさなければならなくなるか,または一定用量での効果が低下する

  • 離脱:薬物を中止した場合,または特異的拮抗薬によってその作用が打ち消される場合に,不都合な身体的影響が生じる

*一部の薬物,特にオピオイド催眠鎮静薬,および刺激薬は,合法的かつ医学的な理由で比較的短期間(オピオイドでは1週間未満)の処方に従って摂取した場合でも,耐性および/または離脱症状が生じる場合があることに注意する。そのような適切な医療用途の後に生じる離脱症状は物質使用障害の診断基準として考慮しない。

12カ月の間にこのような基準を2つ以上満たす人は物質使用障害を有していると考えられる。物質使用障害の重症度は症状の数によって決定される:

  • 軽度:基準2~3つ

  • 中等度:基準4~5つ

  • 重度:基準6つ以上

物質使用障害の治療

  • 物質および状況によって様々である

物質使用障害の治療は困難であり,以下の1つ以上が含まれる:

  • 急速解毒

  • 離脱の予防および管理

  • 使用の中止(またはまれに,減量)

  • 節制の維持

様々な治療段階において,薬物および/またはカウンセリングおよび支援により管理される。具体的な対策および問題に関しては,アルコール使用障害オピオイド使用障害などの本マニュアルの別の節において,個々の物質毎に考察されている。

強迫的薬物摂取の基礎にある生物学的過程に関するエビデンスが増加し理解が深まったことにより,物質使用障害は疾患としてはるかにしっかりと確立された地位を得た。そのため,これらの疾患は様々な形態の治療に反応するが,該当する治療形態としては,支援団体(Alcoholics Anonymousや他のTwelve Step program);精神療法(例,動機づけ強化療法,認知行動療法,再発予防);アゴニスト療法(例,タバコ使用障害に対するニコチン代替療法,オピオイド使用障害に対するメサドンおよびブプレノルフィン)から現在研究中の新規アプローチに及ぶ薬物療法などが含まれる。個人的影響ならびに社会的影響を軽減するためには,物質使用障害患者を正確に同定し,専門治療へ紹介することに重点を置くのが非常に有用である。

物質使用障害の要点

  • 物質使用障害は,物質の使用に関連する重大な問題を体験しているにもかかわらず,患者がその物質を使用し続ける病的な行動パターンをいう。

  • 臨床像は使用に対する自制心の喪失,社会的障害,危険な使用,および薬理学的症状に分類される。

  • 「嗜癖(addiction)」,「乱用(abuse)」,「依存(dependence)」といった用語は曖昧であり,価値が付与されている;「物質使用障害」について語り,具体的な臨床像とその重症度に焦点を合わせることが望ましい。

  • 物質使用障害の結果および治療は物質によって大きく異なる。

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