恐怖や不安は誰もが日常的に経験するものである。
恐怖とは,直ちに認識可能な外部からの脅威(例,侵入者,凍結した路面でスピンする車)に対する情動的,身体的,および行動的な反応である。
不安とは,神経過敏や心配事による苦痛で不快な感情状態であり,その原因はあまり明確ではない。脅威が生じる厳密な時期と不安との間に強い結びつきはなく,不安は脅威の前に予期される場合もあれば,脅威が去った後に持続する場合や,確認可能な脅威なしに生じる場合もある。不安はしばしば,恐怖により引き起こされるものに似た身体的変化や行動を伴う。
ある程度の不安は適応的であり,それにより人は準備,練習,およびリハーサルが可能になるため,機能的な能力が向上し,潜在的に危険な状況で適切に注意を払うのにも役立つ可能性がある。しかしながら,一定の水準を超えると,不安は機能障害や過度の苦痛をもたらすようになる。この段階で,不安は不適応的となり,疾患とみなされる。
不安は幅広い身体および精神障害で生じるが,一部の疾患では主たる症状となる。不安症は他のあらゆるクラスの精神障害よりも高い頻度でみられる。しかしながら,不安症は,認識されず,結果として治療が行われないことが多い。無治療で放置された,慢性的で,不適応な不安は,一般身体疾患の治療に寄与することもあれば,妨げとなることもある。
圧倒的な外傷的出来事を経験または目撃した直後,あるいはさほど間をおかず生じる精神的苦痛は,現在では不安症には分類されていない。そのような疾患は現在, 心的外傷関連 心的外傷後ストレス障害(PTSD) 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は,圧倒的な外傷的出来事の侵入的な想起が反復して生じる病態であり,その想起は1カ月以上続き,出来事から6カ月以内に始まる。本疾患の病態生理は完全には解明されていない。症状としては,外傷的出来事に関連する刺激の回避,悪夢,フラッシュバックなどもある。診断は病歴に基づく。治療は曝露療法および薬物療法から成る。... さらに読む および ストレス因関連障害群 急性ストレス障害 急性ストレス障害は,圧倒的な外傷的出来事を目撃または経験して4週間以内に生じる短時間の侵入的な想起である。 ( 心的外傷およびストレス因関連障害群の概要も参照のこと。) 急性ストレス障害では,患者は外傷的出来事に遭遇しているが,それらは直接的に経験される場合(例,重篤な損傷もしくは死の脅威として)または,間接的に経験される場合(例,他者に... さらに読む として分類されている。
不安症の病因
不安症の原因は未だ十分には解明されていないが,精神医学的因子と一般身体的因子の両方が関与している。多くの人において,不安症は明確な,先行する誘因なく発症する。不安は,環境ストレス因(重要な関係の破綻または生命を脅かす危険を伴う災害など)に対する反応として生じることもある。
一部の一般身体疾患は不安の直接的な原因となることがあり,具体的に以下のものが挙げられる:
多くの薬剤が不安の原因となりうる。コルチコステロイド,コカイン,アンフェタミン類,およびカフェインは不安症状を直接引き起こす可能性があるのに対し, アルコール アルコール中毒および離脱 アルコール(エタノール)は中枢抑制薬である。短時間で大量に飲酒すると,呼吸抑制と昏睡を来たし,死に至ることがある。長期にわたる大量の飲酒は,肝臓や他の多くの臓器を損傷する。アルコール離脱症状は振戦から,重度の離脱(振戦せん妄)でみられる痙攣発作,幻覚,および生命を脅かす自律神経不安定状態に至るまで,連続的な病態として現れる。診断は臨床的に... さらに読む ,鎮静薬,および一部の違法薬物からの離脱も不安を引き起こす可能性がある。
不安症の症状と徴候
不安は,パニック発作のように突然生じることもあれば,何分,何時間,何日もかけて徐々に生じることもある。不安の持続時間は,数秒のこともあれば,何年にも及ぶこともあるが,持続時間が長いほど不安症の特徴が顕著となる。不安には,ほとんど意識されない程度の心配から,強いパニック発作までの幅がある。一定水準の不安に耐えられるかどうかは各個人で異なる。
不安症が非常に苦痛で,混乱を引き起こし,結果として,うつ病が併発する可能性がある。不安症と 抑うつ障害 抑うつ障害群 抑うつ障害群は,機能を妨げるほどの重度または持続的な悲しみと興味または喜びの減退を特徴とする。正確な原因は不明であるが,おそらくは遺伝,神経伝達物質の変化,神経内分泌機能の変化,および心理社会的因子が関与する。診断は病歴に基づく。治療は通常,薬物療法,精神療法,またはその両方のほか,ときに電気痙攣療法または高頻度経頭蓋磁気刺激療法(rTM... さらに読む が併発する場合には,最初にうつ病が生じ,後に不安症の症状および徴候が出現する場合もある。
不安症の診断
他の原因の除外
重症度の評価
どの段階で疾患と称する程度に支配的または重度の不安と判断するかは,いくつかの要因に依存し,どの時点で診断を下すかは各医師で異なる。医師はまず病歴聴取,身体診察,および適切な臨床検査を行って,不安の原因が一般身体疾患または薬剤であるか否かを確定しなければならない。また,不安が別の精神障害の症状の一部として説明する方が適切かどうかも確認しなければならない。
以下に該当する場合は,不安症であり,治療の対象となる:
他の原因が同定されない。
不安が非常に苦痛である。
不安が機能を妨げている。
不安が自然に数日間以内に消失しない。
具体的な不安症の診断は,その特徴的な症状と徴候に基づく。通常は,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)の具体的な診断基準を用いるが,これは具体的な症状を記載したものであり,同じ症状を引き起こす他の原因を除外することを求めている。
不安症の家族歴は診断に有用であるが,これは,近親者が罹患しているものと同じ不安症の素因に加えて,他の不安症に対する全般的な感受性も遺伝的に受け継いでいると思われる患者がいるからである。しかしながら,家族内で共通の行動を通じて近親者と同じ疾患を発症する患者もいると考えられる。
不安症の治療
疾患特異的な精神療法
薬剤(ベンゾジアゼピン系薬剤,SSRI)
治療法は不安症の種類によって異なるが,典型的には,個々の不安症に特異的な精神療法と薬物療法を組み合わせて施行する。最も頻用される薬物療法としては ベンゾジアゼピン系薬剤 ベンゾジアゼピン系薬剤 と 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) うつ病の治療には,いくつかの薬物クラスおよび薬物が使用できる: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) セロトニン調節薬(5-HT2遮断薬) セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 ノルアドレナリン-ドパミン再取り込み阻害薬 さらに読む がある(1, 2 治療に関する参考文献 恐怖や不安は誰もが日常的に経験するものである。 恐怖とは,直ちに認識可能な外部からの脅威(例,侵入者,凍結した路面でスピンする車)に対する情動的,身体的,および行動的な反応である。 不安とは,神経過敏や心配事による苦痛で不快な感情状態であり,その原因はあまり明確ではない。脅威が生じる厳密な時期と不安との間に強い結びつきはなく,不安は脅威の... さらに読む )。
治療に関する参考文献
Bandelow B, Michaelis S, Wedekind D: Treatment of anxiety disorders.Dialogues Clin Neurosci19(2):93–107, 2017.
Craske MG, Stein MB: Anxiety.Lancet 388:3048–3059, 2016.doiI: 10.1016/S0140-6736(16)30381-6.