一過性全健忘の大半(75%)は50~70歳の人に発生し,40歳未満での発生はまれである。
一過性全健忘の病因
一過性全健忘の病因は明らかでない。示唆される作用機序としては,片頭痛,低酸素症および/または虚血,静脈還流異常,てんかん発作などに関連するものや,心理的因子などがある。
最近のデータでは,海馬CA1領域にあるニューロンの代謝ストレスに対する脆弱性が主軸にあることが示唆されており,その結果生じた損傷がカスケード反応を惹起し,海馬機能の障害を招く。
非常に特徴的な良性型の一過性全健忘は,過度の飲酒,やや大量のバルビツール酸系薬剤鎮静薬の服用,いくつかの違法薬物の使用,ときに比較的少量のベンゾジアゼピン系薬剤(特にミダゾラムおよびトリアゾラム)の服用に続いて発生することがある。
一過性全健忘の誘因となる出来事には以下のものがある:
急に冷水または熱湯に浸かること
身体的運動
感情的または精神的ストレス
疼痛
医療処置
性交
バルサルバ手技
しかし,通常は誘因を特定できない。
一過性全健忘の症状と徴候
患者はしばしば誘因事象の後に来院する。
一過性全健忘の古典的な臨床像は,以下の通りである:
突然発症する重度の前向性健忘
ただし,より軽度の逆行性健忘が主症状となる場合もある。
エピソードの持続時間は通常1~8時間であるが,30分から24時間(まれ)までの幅がある。しばしば時間および場所の見当識障害がみられるが,通常は人に関する見当識は維持されている。多くの患者は不安または興奮状態にあり,起きている事象に関する質問を繰り返すことがある。言語機能,注意,視空間技能,および社会的技能は維持される。障害はエピソードの沈静化につれて徐々に軽快していく。
物質摂取後の良性一過性健忘は,以下の点で他と異なる:
選択的に逆行性である(すなわち,中毒の最中とその前の出来事を覚えていない)
薬物を使用した出来事との明確な関連がある
錯乱を引き起こさない(急性中毒が治まってから)
同じ薬物を同程度の量摂取したときにだけ再発する
一過性全健忘の診断
主に臨床的な評価
脳画像検査
一過性全健忘の診断は主として臨床的に行う。 神経学的診察 神経学的診察に関する序論 神経学的診察は,診察室に入ってくる患者を注意深く観察することから始まり,観察は病歴聴取の間も継続する。機能面の障害が明確になるように,患者への介助は最小限に留めるべきである。姿勢や歩容とともに,患者が診察台に移動する際の速さ,対称性,および協調運動を注意深く観察する。また患者の物腰,服装,および応答から,患者の気分および社会的適応について... さらに読む では,典型的には記憶障害以外の異常は検出されない。 脳虚血 診断 虚血性脳卒中とは,局所的な脳虚血に起因して突然生じる神経脱落症状のうち,永続的な脳梗塞(例,MRIの拡散強調画像で陽性となるもの)を伴うものである。一般的な原因は(頻度の高い順に)太い動脈のアテローム血栓性閉塞;脳塞栓症(塞栓性脳梗塞);深部の細い脳動脈の非血栓性閉塞(ラクナ梗塞);および近位部の動脈狭窄に加えて動脈分水嶺領域の脳血流量を減少させる血圧低下を伴うもの(血行力学性の脳卒中)である。診断は臨床的に行うが,出血を除外して脳卒中... さらに読む を除外する必要がある。
臨床検査としては,血算,凝固検査,および凝固亢進状態の評価を行うべきである。
通常は脳CT,脳MRI,またはその両方を施行する。脳虚血が疑われる場合は,除外するために高分解能MRIで拡散強調画像を撮影すべきであり,脳虚血があれば,MRIでは,海馬外側部の拡散制限と相関する局所的な高信号病変がみられる可能性がある。発症後最初の24時間では,MRIで海馬病変を検出できる患者はわずか12%に過ぎない。3日後にスライス厚をより小さく(3mm),b値をより高く設定してMRIを施行すれば,検出率は81%に上昇する。3日後の患者が回復した時期に病変が描出されやすくなる理由は不明である。
脳波検査では通常,非特異的な異常しか認められないため,てんかん発作が疑われる場合とエピソードが再発する場合を除いて,脳波検査は不要である。
一過性全健忘の予後
予後は良好である。症状の持続時間は典型的には24時間未満である。疾患が軽快するにつれて健忘は軽減していくが,発作中の出来事の記憶は失われることがある。
原因がてんかん発作または片頭痛である場合を除いて,通常は再発しない。生涯再発率は約5~25%である。
脳卒中のリスクは増加しない。
一過性全健忘の治療
可能であれば原因の治療
一過性全健忘に適応となる特異的な治療法はない。ただし,基礎疾患があれば治療すべきである。
一過性全健忘の要点
一過性全健忘は通常50~70歳の患者に生じる。
原因として脳虚血を除外するため,高分解能MRIで拡散強調画像を撮影する。
失われた記憶は回復しない場合もあるが,記憶機能は24時間以内に回復する傾向があり,再発は通常ない。