心不全

(うっ血性心不全)

執筆者:Nowell M. Fine, MD, SM, Libin Cardiovascular Institute, Cumming School of Medicine, University of Calgary
レビュー/改訂 2020年 11月
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心不全は心室機能障害により生じる症候群である。左室不全では息切れと疲労が生じ,右室不全では末梢および腹腔への体液貯留が生じる;左右の心室が同時に侵されることもあれば,個別に侵されることもある。最初の診断は臨床所見に基づいて行い,胸部X線,心エコー検査,および血漿ナトリウム利尿ペプチド濃度を裏付けとする。治療法としては,患者教育,利尿薬,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬,アルドステロン拮抗薬,ネプリライシン阻害薬,洞結節阻害薬,特殊な植込み型ペースメーカー/除細動器とその他の医療機器,心不全症候群の原因の是正などがある。

小児における心不全も参照のこと。)

米国では約650万人が心不全に罹患しており,毎年96万例を超える新規症例が発生している。世界全体では約2600万人が罹患している。

心不全の生理

心収縮能(収縮力と収縮速度),心室機能,心筋酸素必要量は,以下の要素によって規定される:

  • 前負荷

  • 後負荷

  • 利用可能な基質(例,酸素,脂肪酸,グルコース)

  • 心拍リズム

  • 生存心筋量

心拍出量は,一回拍出量と心拍数の積であり,静脈還流量,末梢血管緊張,および神経体液性因子からも影響を受ける。

前負荷は,収縮(収縮期)直前の流入期(拡張期)末期に心臓にかかる負荷条件である。前負荷は拡張末期の心筋線維伸展の程度と拡張末期容積を反映し,これは心室拡張期圧と心筋壁組成から影響を受ける。典型的には,左室拡張末期圧は(特に正常範囲より高い場合)前負荷の妥当な指標となる。左室の拡大,肥大,および心筋伸展性(コンプライアンス)の変化は,前負荷を修飾する。

後負荷は,収縮期の開始時に心筋線維の収縮に対して抵抗する力である。後負荷は大動脈弁開放時の左室の内圧,内径,および壁厚によって規定される。臨床的には,大動脈弁開放時またはその直後の全身収縮期血圧は収縮期の最大壁応力と相関し,後負荷とほぼ等しい。

Frank-Starlingの法則により,前負荷と心収縮能の関係が説明される。この法則によると,正常のとき,収縮期の収縮性能(一回拍出量または心拍出量によって表される)は正常生理範囲内の前負荷に比例する( see figure Frank-Starlingの法則)。収縮性は,臨床的には(心臓カテーテル法と圧容積分析を必要とするため)測定困難であるが,駆出率(収縮毎に駆出される血液量の拡張末期容積に対する割合で,一回拍出量/拡張末期容積で算出される)が妥当な指標となる。駆出率は一般に心エコー検査,核医学検査,またはMRIで非侵襲的に十分に評価することができる。

収縮力-収縮頻度関係(force-frequency relationship)とは,一定範囲の頻度で筋肉を繰り返し刺激すると収縮力が増大する現象のことである。正常な心筋は,典型的な心拍数で正の収縮力-収縮頻度関係を示すため,心拍が速いほど収縮力が強くなる(またそれに対応して基質需要が増加する)。一部の種類の心不全では,収縮力-収縮頻度関係が負になることがあり,その場合,心拍数が特定の値を超えると心筋収縮性が低下する。

心予備能とは,精神的または身体的ストレスに対する反応として安静時の水準を超えて心機能を亢進させる能力のことであり,身体の酸素消費量は,最大労作中に250mL/minから1500mL/min以上にまで増大する可能性がある。その機序としては以下のものがある:

  • 心拍数の上昇

  • 収縮期容積および拡張期容積の増加

  • 一回拍出量の増加

  • 組織の酸素抽出量(動脈血と混合静脈血または肺動脈血との酸素含量の差)の増加

十分に鍛えられた若年成人では,心拍数は安静時の55~70/分から最大運動時の180/分まで増加し,心拍出量は6L/分から25L/分以上に増加する可能性がある。安静時には,酸素含有量は動脈血で約18mL/dL,混合静脈血または肺動脈血で約14mL/dLである。このため,酸素抽出は約4mL/dLである。要求量が増加すれば,酸素抽出量は12~14mL/dLにまで増加しうる。この機序は,心不全で組織血流量が低下した場合の代償にも役立つ。

Frank-Starlingの法則

正常では(上の曲線),前負荷が増加すると,一回拍出量も増加する。しかし,ある時点で一回拍出量はプラトーに達し,続いて減少に転じる。収縮機能障害による心不全では(下の曲線),曲線全体が下に移動するが,これは前負荷とは無関係に一回拍出量が減少することを反映した変化であり,この場合は前負荷が増加しても,一回拍出量はあまり増加しない。治療により(中央の曲線)一回拍出量は改善するが,正常には戻らない。

心不全の病態生理

心不全では,心臓が代謝要求に十分な量の血液を組織に供給できなくなり,心臓の変化に関連して肺または全身静脈圧が上昇する結果,臓器うっ血を来すことがある。この状態は,収縮機能,拡張機能,あるいは一般的には両機能に異常を来した結果として発生する。主要な異常としては心筋機能の変化が考えられるが,細胞外基質のコラーゲンの代謝回転にも変化が生じている可能性がある。心臓の構造的欠損(例,先天的欠損,弁膜症),調律異常(持続的な心拍数高値も含む),および代謝要求の亢進(例,甲状腺中毒症に起因するもの)も心不全の原因となりうる。

駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)

HFrEF(収縮性心不全とも呼ばれる)では,左室全体の収縮機能障害が主である。左室の収縮が不良になり,駆出が不十分となると,以下の結果が生じる:

  • 拡張期容積の増大と拡張期圧の上昇

  • 駆出率の低下(40%以下)

エネルギー利用,エネルギー供給,電気生理学的機能,および収縮成分の相互作用について多くの異常が生じ,細胞内カルシウム濃度の調節やcAMP産生の異常が生じる。

心筋梗塞,心筋炎,または拡張型心筋症に起因する心不全では,著明な収縮機能障害がよくみられる。収縮機能障害は主に左室または右室に生じ,左室不全はしばしば右室不全につながる。

駆出率が保持された心不全(HFpEF)

HFpEF(拡張性心不全とも呼ばれる)では,左室充満が損なわれ,以下の結果が生じる:

  • 安静時または労作時の左室拡張末期圧が上昇する

  • 通常,左室拡張末期容積は正常

全体的な収縮性は正常なままであり,したがって駆出率も正常である(50%以上)。

しかしながら,一部の患者では,左室充満の著明な制限により,拡張末期左室容積が異常に小さくなり,そのため心拍出量が低下して,全身症状が現れる。左房圧が上昇すると,肺高血圧症と肺うっ血が生じる可能性がある。

拡張機能障害は通常,心室弛緩の障害(能動的な過程),心室スティフネスの亢進,弁膜症,または収縮性心膜炎から生じる。急性心筋虚血も拡張機能障害の原因となりうる。充満抵抗は加齢とともに上昇するが,これは心筋細胞機能障害と心筋細胞の喪失の両方,および間質のコラーゲン沈着の増加を反映しており,したがって,拡張機能障害は特に高齢者で多くみられる。肥大型心筋症,心室肥大を伴うその他の病態(例,高血圧,有意な大動脈弁狭窄),およびアミロイドの心筋浸潤では,拡張機能障害が優勢である。右室圧の著明な上昇により心室中隔が左心側に移動すると,左室の充満および機能も障害されることがある。

心不全の原因としての拡張機能障害に対する認識が高まってきている。推定結果は一定でないが,心不全患者の約50%はHFpEFであり,その有病率は加齢と糖尿病患者で高くなる。HFpEFは現在では,しばしば複数の病態生理が同時多発的に生じる,多臓器の異常による複雑かつ不均一な全身性の症候群であることが知られている。最新のデータによると,様々な併存症(例,肥満高血圧糖尿病慢性腎臓病)により全身性の炎症,広範な内皮機能障害,および心臓微小血管の機能障害が生じ,最終的には心臓の分子レベルの変化によって心筋線維化や心室硬化が増加する可能性が示唆されている。したがって,HFrEFは典型的には一次性の心筋損傷に関連した病態であるが,HFpEFは末梢で生じた異常による二次性の心筋損傷に関連している場合がある。

駆出率が中間域にある心不全(heart failure with mid-range ejection fraction:HFmrEF)

近年,左室駆出率が41~49%という,駆出率が中間域にある心不全(HFmrEF)という概念が国際的に提唱されている。この集団が他と明確に一線を画する集団であるのか,HFpEFとHFrEFいずれかを有する患者の混合集団であるのかは不明である。

左室不全

左室機能障害を伴う心不全では,心拍出量が減少し,肺静脈圧が上昇する。肺毛細血管圧が血漿タンパク質の膠質浸透圧(約24mmHg)を上回ると,体液が毛細血管から間質および肺胞へと漏出し,肺のコンプライアンスが低下し,呼吸仕事量が増大する。リンパ管からの排出が増加するが,胸水の増加を代償することはできない。肺胞への著明な液貯留(肺水腫)により,換気血流比(肺胞換気量[V]/肺血流量[Q])が有意に変化する:酸素化前の肺動脈血が換気の低下した肺胞を通過することにより,全身動脈血の酸素化(PaO2)が低下し,呼吸困難が生じる。しかしながら,呼吸困難がV/Q比の異常に先立って生じることもあり,これはおそらく肺静脈圧の上昇と呼吸仕事量の増加が原因と考えられるが,その厳密な機序は不明である。

重度または慢性の左室不全では,胸水が貯留するのが特徴であり,これにより呼吸困難がさらに増悪する。分時換気量は増加し,そのためPaCO2が低下し,血液pHが上昇する(呼吸性アルカローシス)。末梢気道の著明な間質性浮腫により換気が妨げられ,それによりPaCO2が上昇することがある(呼吸不全が切迫している徴候)。

右室不全

右室機能障害を伴う心不全では,全身静脈圧が上昇し,主に各体位で下方にある組織(歩行可能な患者では足や足関節)や腹腔内臓器に体液が漏出して浮腫を来す。肝臓への影響が最も大きいが,胃や腸管にもうっ血が生じるほか,腹腔への液貯留(腹水)が起こることがある。右室不全は一般的に,中等度の肝機能障害を引き起こし,通常は抱合型および非抱合型ビリルビンの軽度上昇,プロトロンビン時間(PT)の軽度延長,および肝酵素値(特にアルカリホスファターゼ,およびγ-グルタミルトランスペプチダーゼ[GGT])の軽度上昇を伴う。肝障害によりアルドステロン分解能が低下する結果,体液貯留がさらに亢進する。内臓における慢性静脈うっ滞は,食欲不振,栄養および薬物の吸収不良,タンパク漏出性胃腸症(下痢および著明な低アルブミン血症を特徴とする),消化管の慢性出血,まれに虚血による腸梗塞を引き起こす可能性がある。

心臓の反応

HFrEFでは,左室収縮機能が著しく損なわれるため,心拍出量を維持するためにより大きな前負荷が必要となる。その結果,時間の経過とともに両心室でリモデリングが生じる:リモデリングにおいて,左室は卵円形から球形となり,拡大して肥大し,右室は拡大し,肥大する場合もある。これらの変化は初期には代償性であるが,いずれ拡張期のスティフネスおよび壁張力を増強させ(すなわち拡張機能障害が発生する),これにより一回拍出量が減少し,特に身体的ストレスが生じた際に著明となるため,リモデリングは最終的には有害な転帰と関連する。壁応力の上昇により,酸素需要が増大し,心筋細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)が加速する。心室の拡大により(弁輪が拡大するために)僧帽弁または三尖弁逆流が生じる可能性もあり,その場合は拡張末期容積がさらに増大する。

血行動態の反応

心拍出量が減少した場合,組織への酸素運搬は,酸素抽出の増加のほか,ときに酸素解離曲線(酸素解離曲線の図を参照)の右側へのシフト(酸素放出の促進)によって維持される。

全身血圧の低下を伴う心拍出量の減少は,動脈の圧反射を活性化し,それにより交感神経緊張が亢進し,副交感神経緊張が抑制される。その結果,心拍数および心筋収縮性の増加,一部の血管床での細動脈の収縮,静脈収縮の発生,ならびにナトリウム・水貯留がもたらされる。これらの変化は,低下した心室機能を代償するとともに,心不全の早期段階で血行動態の恒常性を維持するのに役立っている。しかしながら,これらの代償性変化は,心仕事量,前負荷,および後負荷の増大,冠および腎血流量の減少,体液貯留によるうっ血,カリウム排泄の亢進をもたらし,心筋壊死や不整脈を引き起こす可能性がある。

腎臓の反応

心機能が悪化するに従い,腎血流量が低下する(心拍出量が少ないため)。さらに,腎静脈圧が高まり,腎静脈うっ血が生じる。これらの変化は,ともに糸球体濾過量(GFR)の低下をもたらし,腎臓内で血流の再分布が生じる。濾過率およびナトリウム濾過量は低下するが,尿細管再吸収が亢進するため,ナトリウム・水貯留を来す。労作時にはさらなる血流の再分布により腎臓への血流が減少するが,安静時には腎血流量が改善する。

腎血流量の減少(とおそらくは心室機能低下に続発する収縮期の動脈伸展性の減弱)によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)が活性化され,それによりナトリウム・水貯留が増強し,腎臓および末梢の血管緊張が亢進する。これらの影響は,心不全に伴う強い交感神経の活性化により増強される。

レニン-アンジオテンシン-アルドステロン-バソプレシン(抗利尿ホルモン[ADH])系は,有害となりうる一連の長期的影響を誘導する。アンジオテンシンIIは,腎臓の輸出細動脈を含めた血管収縮を引き起こし,アルドステロンの産生を増加させることにより心不全を悪化させ,これは遠位ネフロンでのナトリウム再吸収を促進し,心筋および血管のコラーゲン沈着や線維化も引き起こす。アンジオテンシンIIはノルアドレナリンの分泌を促進し,バソプレシンの分泌を刺激し,アポトーシスの引き金となる。アンジオテンシンIIは血管および心筋の肥大に関与していると考えられ,そのため心臓および末梢血管構造のリモデリングに寄与し,心不全を悪化させる可能性がある。アルドステロンは,心臓および血管系においてアンジオテンシンIIとは独立して合成されることあり(おそらくコルチコトロピン,一酸化窒素,フリーラジカル,その他の刺激が介在する),これらの臓器に悪影響を及ぼす可能性がある。

進行性の腎機能障害(心不全の治療に使用された薬剤に起因する腎機能障害も含む)を引き起こす心不全は,心不全の増悪に寄与し,心腎症候群と呼ばれる。

神経体液性因子を介した反応

ストレス条件下では,神経体液性因子を介した反応は心機能の向上や血圧および臓器灌流の維持に役立つが,それらの反応が慢性的に活性化されると,心筋刺激ホルモンと血管収縮ホルモンの間,および心筋弛緩ホルモンと血管拡張ホルモンの間の正常なバランスに悪影響が生じる。

心臓には神経体液性因子に対する受容体が多数(α1,β1,β2,β3,アンジオテンシンII 1型[AT1]および2型[AT2],ムスカリン,エンドセリン,セロトニン,アデノシン,サイトカイン,ナトリウム利尿ペプチド)存在するが,これらの受容体全ての役割は,依然として十分に解明されていない。心不全患者では,β1受容体(心臓のβ受容体の70%を占める)は,おそらく交感神経の強い活性化に対する反応としてダウンレギュレーションされている。そのダウンレギュレーションがもたらす結果は,心筋細胞の収縮性の低下と心拍数の上昇である。

血漿ノルアドレナリン濃度は上昇するが,血漿アドレナリン濃度は上昇しないため,前者の濃度上昇は主として交感神経刺激を反映する。生じる悪影響としては,前負荷および後負荷の増大を伴う血管収縮,アポトーシスを含む直接的な心筋障害,腎血流量の減少,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン-バソプレシン系を含む他の神経体液性因子の活性化などがある。

バソプレシンは,血圧低下に対する反応として,種々の神経ホルモン刺激を介して分泌される。バソプレシン濃度の上昇は自由水の腎排泄を減少させ,心不全における低ナトリウム血症の一因となる可能性がある。血圧が正常な心不全患者のバソプレシン濃度は一様でない。

心房性ナトリウム利尿ペプチドは,心房の容量増加と圧上昇に対する反応として分泌され,脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は,心室の伸展に対する反応として心室から放出される。これらのペプチドはナトリウムの腎排泄を促進するが,その作用は心不全患者では腎灌流圧の低下,受容体のダウンレギュレーション,そしておそらくは酵素による分解の促進によって減弱する。さらに,高濃度のナトリウム利尿ペプチドはレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系とカテコールアミン刺激に対して反対方向の調節作用を及ぼす。

心不全では内皮機能障害が起こるため,内因性血管拡張物質(例,一酸化窒素,プロスタグランジン類)の産生が減少し,内因性血管収縮物質(例,エンドセリン)の産生が増加する結果,後負荷が増大する。

機能不全に陥った心臓やその他の臓器は腫瘍壊死因子(TNF)αを産生する。このサイトカインは異化を亢進させ,重症心不全を伴うことのある心臓悪液質(除脂肪組織の10%以上の喪失)や他の有害な変化に関与する可能性がある。機能不全に陥った心臓では,遊離脂肪酸の利用増加とグルコース利用の低下を伴う代謝の変化も発生するが,これらの変化は治療の標的となる可能性がある。

加齢に伴う変化

加齢に伴う心臓および心血管系の変化は,心不全の発現閾値を低下させる。心筋内の間質コラーゲンが増加し,心筋が硬化し,心筋弛緩が延長する。これらの変化は,たとえ健康な高齢者においても,左室拡張機能の有意な低下につながる。加齢とともに収縮機能もいくらか低下していく。加齢に伴ってβアドレナリン受容体刺激に対する心筋および血管の反応性が低下することで,心血管系が仕事量の需要増大に対応する能力がさらに低下する。

これらの変化の結果,最大運動耐容量が大きく低下していき(30歳以降は10年当たり約8%ずつ),最大労作時の心拍出量もやや緩やかに低下する。この低下のペースは,定期的な運動によって遅らせることができる。このため,高齢患者は若年患者と比較して,全身性疾患のストレスや相対的に軽度の心血管傷害に反応して心不全症状を発症しやすい傾向がある。ストレス因子としては,感染(特に肺炎),甲状腺機能亢進症,貧血,高血圧,心筋虚血,低酸素症,高体温,腎不全,周術期の輸液負荷,薬物療法または減塩食に対するアドヒアランス不良,特定の薬剤の使用(特にNSAID[非ステロイド系抗炎症薬])などがある。

心不全の病因

心臓因子と全身因子のどちらも,心臓のポンプ機能を障害して,心不全の発症や増悪につながる可能性がある(心不全の原因の表を参照)。

表&コラム

心不全の分類

現在最も一般的に用いられている心不全の分類では,患者を次のように層別化している:

駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)とは,左室駆出率が40%以下の心不全と定義される。

駆出率が保持された心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)とは,左室駆出率が50%以上の心不全と定義される。

左室駆出率が40%~50%の患者は中間域にあるとされ,最近では駆出率が中間域にある心不全(heart failure with mid-range ejection fraction:HFmrEF—1)に分類されるようになっている。

心臓は全体で1つのポンプとして機能するものであり,ある心腔に生じた変化は最終的には心臓全体に影響を及ぼすため,従来からの左室不全と右室不全という区別は,いくらかの誤解を招く考え方である。しかしながら,これらの用語は心不全につながる主たる異常部位を示しており,初期の評価および治療には有用となりうる。心不全に関するその他の一般的な表現としては,急性または慢性,高拍出性または低拍出性,拡張型または非拡張型,虚血性,高血圧性,特発性拡張型心筋症などがある。治療方針は,臨床像が急性心不全か慢性心不全かによって異なる。

左室不全は,虚血性心疾患,高血圧僧帽弁逆流症大動脈弁逆流症大動脈弁狭窄症,大半の病型の心筋症,および先天性心疾患(例,心室中隔欠損症,短絡量の大きい動脈管開存症)で発生するのが特徴である。

右室不全は,最も一般的には過去の左室不全(肺静脈圧の上昇から肺高血圧症を来し,それにより右室負荷をもたらす)または重度の肺疾患(肺性心と呼ばれる場合)によって発生する。その他の原因としては,多発性肺塞栓,右室梗塞,肺動脈性肺高血圧症,三尖弁逆流症三尖弁狭窄症僧帽弁狭窄症,肺動脈狭窄症,肺動脈弁狭窄症,肺静脈閉塞症,不整脈原性右室心筋症,エプスタイン奇形アイゼンメンジャー症候群といった先天性疾患などがある。心機能が正常の場合があることを除けば右室不全に酷似する病態もあり,具体的には赤血球増多または輸血過剰における容量負荷と全身静脈圧の上昇,ナトリウムと水の貯留を伴う急性腎障害,上下いずれかの大静脈閉塞,何らかの原因による低タンパク血症に起因する血漿膠質浸透圧の低下と末梢浮腫などが挙げられる。

両室不全は,心臓全体の心筋を侵す疾患(例,ウイルス性心筋炎,アミロイドーシスシャーガス病),あるいは長期の左室不全とそれに続発する右室不全の結果として生じる。

高拍出性心不全は,心拍出量が長期間高い水準で維持されることにより生じ,最終的には正常であった心臓が十分な拍出量を維持できなくなる。心拍出量の増加につながる病態としては,重度の貧血,末期の肝疾患,脚気甲状腺中毒症,進行したパジェット病,動静脈瘻,持続性の頻拍などがある。

心筋症は,心筋の疾患を総称する用語である。この用語は大抵の場合,先天性の解剖学的異常;弁膜症,全身性疾患,もしくは肺血管疾患;心膜,結節,もしくは伝導系の独立した障害;または心外膜冠動脈疾患(CAD)のいずれにも起因しない,心室心筋の原発性疾患を指して用いられる。この用語は,ときに病因を反映させて使用されることもある(例,虚血性心筋症と高血圧性心筋症)。心筋症は常に症候性の心不全に至るとは限らない。心筋症はしばしば特発性であり,拡張型,うっ血型心筋症,肥大型,浸潤性拘束型(infiltrative-restrictive),たこつぼ型(ストレス心筋症とも呼ばれる)に分類される。

分類に関する参考文献

  1. 1.Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2013 ACCF/AHA guideline for the management of heart failure: a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.Circulation128:e240–327, 2013.

心不全の症状と徴候

心不全の臨床像は,最初に右室および左室がどの程度の影響を受けたかに依存する。臨床的な重症度には大きなばらつきがあり,通常はNew York Heart Association(NYHA)分類(心不全のNYHA分類の表を参照)に従って分類されるが,高齢の衰弱した患者では通常の活動の例を修正することがある。心不全の重症度には大きな幅があるため,NYHA分類のクラスIIIをさらにIIIAとIIIBに細分することも提唱されている。クラスIIIBは,典型的には最近心不全が増悪した患者に適用される。American College of Cardiology/American Heart Associationは,心不全予防の必要性を強調するために心不全の病期分類(A,B,C,D)を提唱している。

  • A:心不全のリスクが高いが,心臓の器質的または機能的異常も症状も認めない

  • B:心臓の器質的または機能的異常を認めるが,心不全症状は認めない

  • C:心不全症状を伴う構造的心疾患を認める

  • D:高度な治療(例,機械的循環補助,心臓移植)または緩和ケアを必要とする難治性心不全

重度の左室不全は,肺水腫または心原性ショックを引き起こす可能性がある。

表&コラム

病歴

左室不全の最も一般的な症状は,肺静脈圧の上昇と心拍出量の低下(安静時の低下または労作時の心拍出量の増大不良)による呼吸困難および疲労である。呼吸困難は通常労作中にみられ,安静により緩和される。心不全が増悪すると,呼吸困難が安静時や夜間にもみられるようになり,ときに夜間咳嗽も生じる。心不全が進行した患者では,臥位を取った直後に発生し,座位により速やかに軽減する呼吸困難(起座呼吸)がよくみられる。発作性夜間呼吸困難(PND)では,就寝後数時間で呼吸困難が発生して患者を覚醒させ,座位を15~20分間維持するまで緩和されない。重度の心不全では,周期的な呼吸サイクル(チェーン-ストークス呼吸[短時間の無呼吸から,徐々に呼吸が速く深くなり,その後呼吸が遅く浅くなってまた無呼吸に至るサイクルの繰返し])が日中または夜間にみられ,突然の過呼吸相のために中途覚醒を来すこともある。チェーン-ストークス呼吸はPNDと異なり,過呼吸相が短く10~15秒しか持続しないが,サイクルは一定の頻度で繰り返され,1回につき30秒から2分間にわたり持続する。PNDには肺うっ血が,チェーン-ストークス呼吸には心拍出量低下が関連する。心不全では,睡眠時無呼吸症候群などの睡眠時呼吸障害が一般的にみられ,心不全を増悪させることがある。重度の脳血流量の低下と低酸素血症により,慢性の易刺激性が生じ,精神機能が障害されることがある。

右室不全の最も一般的な症状は,足関節の腫脹と疲労である。ときに,腹部や頸部に膨満感が生じることがある。肝うっ血は右上腹部の不快感を,胃や腸管のうっ血は早期満腹感,食欲不振,および腹部膨満を引き起こすことがある。

やや特異性の低い心不全症状としては,末梢部の冷感,体位性のふらつき,夜間頻尿,日中の排尿減少などがある。重度の両室不全では骨格筋萎縮が生じることがあり,これは廃用を反映している可能性もあるが,サイトカイン産生の増加に伴う異化の亢進を反映している可能性もある。有意な体重減少(心臓悪液質)は予後不良の徴候であり,高い死亡率と関連する。

高齢者では,錯乱,せん妄,転倒,突然の機能低下,夜間尿失禁,睡眠障害など典型的でない症状が主訴となる場合もある。認知障害と抑うつの併存が評価や治療介入に影響を及ぼす場合もあり,これらが心不全によって増悪することもある。

診察

全身状態の観察により,心不全を惹起または悪化させる全身性疾患または心疾患(例,貧血,甲状腺機能亢進症,アルコール依存症,ヘモクロマトーシス,頻拍性心房細動僧帽弁逆流症)の徴候が検出されることがある。

左室不全では,頻脈および頻呼吸が生じうる。重度の左室不全を呈する患者は,低酸素症と脳灌流量の低下により,呼吸困難,チアノーゼ,低血圧,錯乱ないし興奮を呈するように見えることがある。これらのやや特異性の低い症状の一部(例,錯乱)は,高齢患者でより多くみられる。

中枢性チアノーゼ(舌や粘膜など温度の高い部位をも含む全身に出現する)は重度の低酸素血症を反映する。口唇,手指,および足趾の末梢性チアノーゼは,酸素抽出の増加を伴う血流量低下を反映している。強いマッサージで爪床の色調が改善する場合,チアノーゼは末梢性と考えられ,もしチアノーゼが中心性であれば,局所血流が増加しても色調は改善しない。

HFrEFにおける心臓所見としては以下のものがある:

  • びまん性かつ持続性の外側に偏位した心尖拍動

  • 聴取可能でときに触知可能なIII音およびIV音

  • II音肺動脈成分(P2)の亢進

これらの異常心音はHFpEFでも聴取できる。心尖部における僧帽弁逆流の汎収縮期雑音は,HFrEFとHFpEFのどちらでも聴取されることがある。

肺所見には,吸気相早期に肺底部で聴取され咳嗽で消失しない断続性ラ音や,胸水が存在する場合の打診上の濁音や肺底部の呼吸音減弱などがある。

右室不全の徴候としては以下のものがある:

  • 圧痛を伴わない足および足関節の圧痕性浮腫(指で圧迫することで視認および触知可能な痕が,ときにかなり深く残る)

  • 右肋骨下縁に腫大した,ときに拍動性の肝臓が触知される

  • 腹部腫脹および腹水

  • 視認可能な頸静脈圧の上昇が認められ,ときに座位または立位でも視認できる大きなa波またはv波を伴う(正常な頸静脈波の図を参照)

心不全の重症例では,末梢浮腫が大腿部,さらには仙骨部,陰嚢,下腹部の腹壁にも認められ,ときにより上方に拡がることもある。複数の領域に発生する重度の浮腫は全身浮腫(anasarca)と呼ばれる。患者が左右どちらの側臥位をとることが多くなると,浮腫は非対称性となりうる。

頸静脈における大きなV波は通常,右室不全でしばしばみられる有意な三尖弁逆流を示唆する。吸気時に頸静脈圧がかえって上昇する現象(クスマウル徴候)は,右心不全を示唆する徴候であり,右室不全,拘束型心筋症収縮性心膜炎,および重度の三尖弁逆流症でみられることがある。

肝うっ血が生じると,肝臓に触知可能な腫大または圧痛が生じることがあり,また肝頸静脈逆流や腹部頸静脈逆流を認めることがある( see page 頸静脈)。前胸部の触診では右室拡大による胸骨左縁の挙上,聴診では三尖弁逆流雑音または胸骨左縁に沿った右室のIII音が検出されることがあり,いずれの所見も吸気時に増強する。

心不全の診断

  • ときに臨床的評価のみ

  • 胸部X線

  • 心エコー検査,心臓核医学検査,および/またはMRI

  • BNPまたはN-terminal-pro-BNP(NT-pro-BNP)濃度

  • 必要に応じて心電図検査および病因に対するその他の検査

心不全は臨床所見(例,労作時呼吸困難または疲労,起座呼吸,浮腫,頻拍,断続性ラ音,III音,頸静脈怒張)から示唆されるが,それらは通常,早期には明瞭とならない。同様の症状がCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や反復性肺炎で生じることもあれば,誤って肥満や高齢によるものと判断されることもある。心筋梗塞の既往,高血圧,または弁膜症もしくは心雑音がある患者では,心不全を強く疑うべきであり,また高齢者や糖尿病患者でも中程度に疑うべきである。

胸部X線,心電図検査,および心機能の客観的検査(典型的には心エコー検査)を行うべきである(急性発症の心不全の診断の図を参照)。血液検査は,BNP値を除き,診断に用いられないが,原因や全身的な影響の同定には有用である(1–4)。

急性発症の心不全の診断

Data from Ponikowski P, Voors AA, Anker SD, et al: 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure: The Task Force for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology (ESC) Developed with the special contribution of the Heart Failure Association (HFA) of the ESC.European Heart Journal 37:2129-2200, 2016.doi: 10.1093/eurheartj/ehw128

胸部X線

心不全を示唆する胸部X線所見には,心陰影の拡大,胸水,大葉間裂内の液体貯留,後下肺野末梢部を水平に走る線状影(Kerley B line)がある。これらの所見は,慢性的な左房圧の上昇と浮腫による小葉間中隔の慢性肥厚を反映している。上葉の肺静脈うっ血と間質または肺胞の浮腫がみられることもある。側面像の心陰影を慎重に観察することにより,心室および心房内腔の特異的な拡大を同定できる。X線撮影では別の診断(例,COPD,肺炎,特発性肺線維症肺癌)が示唆されることもある。

心不全患者の画像
両側性胸水のある患者の胸部X線
両側性胸水のある患者の胸部X線
この患者には両側性胸水がみられる(矢印)。この患者では,正常であれば明瞭な肋骨横隔膜角が胸水のために不明瞭である。

© 2017 Elliot K.Fishman, MD.

Kerley B Line
Kerley B Line
Kerley B line(矢印)は,胸膜表面に向かって末梢肺野を水平に走行する線状影である。それらは,しばしば肺水腫のために浮腫を来し肥厚した小葉間隔壁を示している。

© 2017 Elliot K.Fishman, MD.

心拡大とcephalization(角出し像)を認める胸部X線写真
心拡大とcephalization(角出し像)を認める胸部X線写真
この患者には心拡大がみられる(心陰影の幅が胸郭の50%を超えている)。Cephalization(角出し像)(黒矢印)もみられ,これにより上葉の肺血管がより顕著になっている。これらの所見は心不全患者でしばしば認められる。

© 2017 Elliot K.Fishman, MD.

小葉間裂および大葉間裂内に液体貯留のある患者の胸部X線
小葉間裂および大葉間裂内に液体貯留のある患者の胸部X線
大葉間裂内(1)および小葉間裂(2)内に液体貯留があり,右後胸壁に沿って被包化された心嚢液貯留(3)もみられる患者の胸部X線側面像。

© 2017 Elliot K.Fishman, MD.

心電図検査

心電図所見では診断に至らないが,心電図異常,特に陳旧性心筋梗塞,左室肥大,左脚ブロック,または頻拍性不整脈(例,頻拍性心房細動)を示す場合は,心不全の疑いを強め,その原因の同定に役立つことがある。慢性心不全では完全に正常な心電図はまれである。

画像検査

心エコー検査は,心腔径,弁膜機能,左室駆出率,壁運動異常,左室肥大,拡張機能,肺動脈圧,左室および右室充満圧,右室機能,ならびに心嚢液貯留の評価に役立つ。心臓内血栓,腫瘍,および石灰化が心臓弁,僧帽弁輪,大動脈壁の異常部位などに検出される可能性がある。局所または区域レベルの壁運動異常は基礎疾患としての冠動脈疾患の存在を強く示唆するが,斑状の心筋炎でも認めることがある。ドプラまたはカラードプラ心エコー検査では,弁膜症や短絡を正確に検出できる。ドプラ法による僧帽弁流入量の評価と僧帽弁輪の組織ドプラ画像を組み合わせることで,左室拡張機能障害の同定と左室充満圧の定量化に役立てることができる。左室駆出率を測定することで,HFpEF(駆出率 50%)とHFrEF(駆出率 40%)を鑑別できる。重要であるため,心不全は左室駆出率が正常でも発生するということを改めて強調しておく。スペックルトラッキング法による心エコー検査(無症状の収縮機能障害や特定パターンの心筋機能障害の検出に有用である)は,重要となる場合もあるが,現時点でルーチンに結果が報告されるのは専門の医療機関のみである。

核医学検査も収縮機能,拡張機能,過去の心筋梗塞,誘発虚血,冬眠心筋の評価に役立つことがある。

心臓MRIは心構造を正確に画像化し,より広く普及しつつある。ガドリニウム遅延造影(LGE)を用いた心臓MRI(fibrosis imagingやscar imagingとも呼ばれる)は,心筋疾患の原因の評価と限局性およびびまん性の心筋線維化の検出に有用である。心アミロイドーシス,サルコイドーシス,および心筋炎は,心臓MRIの所見から検出または疑うことのできる心不全の原因である。

血液検査

心不全では,しばしば血清BNP濃度が高値となるが,この所見は,臨床所見が不明瞭な場合や他の診断(例,COPD)を除外する必要がある場合に有用となりうる。特に,肺疾患の既往と心疾患の既往を両方有する患者で有用となりやすい。NT-pro-BNPは,pro-BNPが分断された際に生成される不活性成分であり,BNPと同様に利用することができる。しかし,BNP濃度が正常でも心不全を除外することはできず,HFpEFおよび/または肥満の患者では特に難しい。HFpEFでは,BNP値はHFrEFの患者で認められる値の約50%である傾向があり(症状が同程度の場合),急性HFpEF患者の最大30%で,BNP値が一般的に用いられる閾値である100pg/mL(100ng/L)を下回る。肥満は,心不全の併存症として多くみられるようになってきているが,BNP産生の減少とBNPクリアランスの増加を伴うため,BNP値が低値となる。

BNP以外に推奨される血液検査としては,血算,クレアチニン,BUN(血中尿素窒素),電解質(マグネシウムおよびカルシウムを含む),グルコース,アルブミン,フェリチン,肝機能検査などがある。心房細動患者と特定の条件を満たす患者(特に高齢者)には,甲状腺機能検査が推奨される。

その他の検査

胸部超音波検査は,心不全患者において肺うっ血を検出できる非侵襲的な検査法である。胸部超音波検査でみられる「comet tail artifact」は,X線所見の「Kerley B line」に相当する。

冠動脈造影またはCT冠動脈造影は,冠動脈疾患が疑われる場合,または心不全の病因が不確かな場合に適応となる。

心内圧測定を伴う心臓カテーテル検査(侵襲的血行動態検査)は,拘束型心筋症および収縮性心膜炎の診断の助けになることがある。侵襲的血行動態検査は,心不全の診断が不確かな場合にも非常に役立つ(特にHFpEFの患者)さらに,侵襲的血行動態検査では心血管系に対する負荷(例,運動負荷,容量負荷,薬物負荷[例,ニトログリセリン,ニトロプルシド])が心不全の診断に非常に役立つことがある。

心内膜生検は,浸潤性心筋症あるいは急性の巨細胞性心筋炎が強く疑われるが非侵襲的な画像検査(例,心臓MRI)で確定できない場合に,ときに施行される。

診断に関する参考文献

  1. 1.Ezekowitz JA, O'Meara E, McDonald MA, et al: 2017 Comprehensive Update of the Canadian Cardiovascular Society Guidelines for the Management of Heart Failure.Can J Cardiol 33:1342–1433, 2017.doi: https://doi.org/10.1016/j.cjca.2017.08.022

  2. 2.Ponikowski P, Voors A, Anker SD, et al: 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure: The Task Force for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology (ESC)Developed with the special contribution of the Heart Failure Association (HFA) of the ESC.Eur Heart J 37 (27):2129–2200, 2016.doi: 10.1093/eurheartj/ehw128

  3. 3.Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2013 ACCF/AHA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.Circulation 128:e240–e327, 2013.doi: 10.1161/CIR.0b013e31829e8776

  4. 4.Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2017 ACC/AHA/HFSA Focused Update of the 2013 ACCF/AHA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines and the Heart Failure Society of America.Circulation 136:e137–e161, 2017.doi: 10.1161/CIR.0000000000000509

心不全の予後

一般に,原因を是正できなければ,心不全患者の予後は不良である。心不全による初回入院後の5年生存率は,患者の駆出率に関係なく,約35%である。顕性の慢性心不全での死亡率は,症状および心室機能障害の重症度に依存し,1年当たり10~40%の範囲をとる。

予後不良を示唆する具体的な因子としては,低血圧,駆出率の低下,冠動脈疾患の存在,トロポニンの放出,BUN値の上昇,糸球体濾過量の低下,低ナトリウム血症,機能的能力の不良(例,6分間歩行試験で検査)などがある。

BNP,NTproBNP,そしてMAGGIC Risk ScoreSeattle Heart Failure modelなどのリスクスコアは,集団全体としては心不全患者の予後予測に役立つが,個々の患者間では生存期間に有意なばらつきがみられる。

心不全は通常,重度の代償不全の期間を挟みながら段階的に増悪していき,最終的には死亡に至るが,それまでの時間経過は最近の治療法により延長してきている。しかしながら,症状の悪化が先行せず,突発的に予期せぬ死亡が起きる場合もある。

終末期ケア

全ての患者および家族に疾患の進行および心臓突然死のリスクについて説明すべきである。患者によっては,生活の質の改善が生存期間の延長と同等に重要になる。したがって,状態が悪化した場合の蘇生処置(例,気管挿管,心肺蘇生[CPR])に関する患者の意思を明確にしておくことが重要であり,特に心不全がすでに重症化している場合には極めて重要である。

全ての患者を症状はいずれ軽減すると安心させるとともに,症状が著しく変化した際には早期に医療機関を受診するように勧めるべきである。終末期ケアには薬剤師,看護師,ソーシャルワーカー,および聖職者(患者が希望する場合)の関与が特に重要であり,これらの職種はすでに機能している集学的チームや疾患管理プログラムに参加している場合もある。

心不全の治療

  • 食事および生活習慣の改善

  • 原因の治療

  • 薬剤(多数のクラス)

  • ときに医療機器を用いる治療(例,植込み型除細動器,心臓再同期療法,機械的循環補助)

  • ときに心移植

  • 集学的ケア

特定の疾患(例,急性心筋梗塞,心室拍数の高度上昇を伴う心房細動,重症高血圧,急性弁逆流症)による急性心不全または心不全の増悪を呈する患者,ならびに肺水腫,重度の症状,新規発症の心不全,または外来治療に反応しない心不全の患者では,早急な入院治療が必要である。過去に診断された心不全に軽度の増悪がみられた患者は,在宅での治療が可能である。

第一の目標は,心不全に至った疾患を診断し,それを是正ないし治療することである。

短期の目標としては,症状の緩和と血行動態の改善,低カリウム血症,腎機能障害,および症候性低血圧の回避,神経液性因子の活性化の是正などが挙げられる。

長期の目標としては,高血圧の是正,心筋梗塞および動脈硬化の予防,心機能の改善,入院回数の減少,生存期間および生活の質の改善などが挙げられる。

治療としては,食事および生活習慣の改善,薬物療法,医療機器の使用のほか,ときに経皮的冠動脈インターベンションまたは手術を行う。

治療は,原因,症状,および薬剤に対する反応(有害作用も含む)を考慮に入れて,患者毎に個別化する。現在,慢性HFrEFに対しては,エビデンスに基づく治療法がいくつかある(1)。慢性HFpEF,急性心不全症候群,および右室不全に対しては,エビデンスに基づく治療法が少ない(2)。

疾患の管理

一般的な対応,特に患者および介護者の教育と食事および生活習慣の改善が,全ての心不全患者で重要である。

  • 教育

  • ナトリウム摂取制限

  • 適正体重と健康水準

  • 基礎疾患の是正

長期的な成功には患者および介護者の教育が極めて重要である。治療の選択に患者と家族を関与させるべきである。患者および家族に服薬アドヒアランスの重要性,増悪の警告徴候,原因と結果の結び付け方(例,食事の塩分増加と体重の増加または症状の出現)について指導すべきである。

多くの医療施設(例,専門外来クリニック)では,様々な分野の医療従事者(例,心不全を専門とする看護師,薬剤師,ソーシャルワーカー,リハビリテーション専門家)を集学的医療チームや外来心不全管理プログラムに組み入れている。このようなアプローチにより,転帰を改善し,入院を減少させることが可能であり,最重症の患者で最も効果的である。

食事でのナトリウム摂取制限は体液貯留の制限に役立つ。全ての患者について,調理過程での食塩使用を排除し,食卓に食塩を置かないようにし,塩分の多い食品を控えさせるべきであり,最重症の患者では,減塩食品のみを摂取させてナトリウム摂取量を2g/日未満に制限すべきである。

毎朝の体重測定がナトリウム・水貯留を早期に検出する上で有用である。体重が数日間で2kg以上増加した場合は,利尿薬の用量を患者自身が調節させることも可能であるが,体重増加が続けたり,症状が生じたりするようであれば,医療機関を受診させるべきである。

徹底した症例管理,特に服薬アドヒアランスと予定外の来院または救急搬送および入院の頻度をモニタリングすることで,介入が必要な時期を特定することが可能になる。心不全専門の看護師は,患者教育,フォローアップ,および所定のプロトコルに従った用量調節において貴重な存在となる。

動脈硬化または糖尿病のある患者には,それぞれの疾患に応じた食事制限を厳守させるべきである。肥満は心不全症状の誘因となることがあり,また心不全症状を常に増悪させるため,BMI(body mass index)は30kg/m2以下(理想的には21~25kg/m2)を目標とすべきである。

医学計算ツール(学習用)

一般に,各患者の症状に合わせた定期的な軽い運動(例,ウォーキング)が推奨される。運動は身体機能の低下につながる骨格筋のデコンディショニングを予防するが,生存率の改善や入院の減少にはつながらないようである。急性増悪期には安静が適切な対応となる。運動による正式な心臓リハビリテーションは,慢性のHFrEFに有用であり,HFpEFの患者にも役立つ可能性が高い。

インフルエンザは心不全を増悪させる可能性があり,特に施設入所患者または高齢患者でその可能性が高いことから,心不全患者にはインフルエンザの予防接種を毎年受けさせるべきである。

高血圧,持続性の頻拍性不整脈,重度の貧血,ヘモクロマトーシス,コントロール不良の糖尿病,甲状腺中毒症,脚気,アルコール使用障害,またはトキソプラズマ症などの原因の治療が成功すれば,劇的な改善が得られる可能性がある。有意な心筋虚血は積極的に治療すべきであり,その治療法としては,経皮的冠動脈インターベンションまたはバイパス手術による血行再建などがある。心室を広範に侵す浸潤性疾患(例,アミロイドーシス)の管理は,かなり改善された。アミロイドーシスに対する新しい治療法は,これらの患者の多くで予後を著しく改善している。

薬物治療

心不全の薬物療法は以下を目的とする:

(具体的な薬物および分類の詳細については,心不全に使用される薬剤を参照のこと。)

HFrEFについては,これら全ての薬物クラスが研究されており,長期管理に有益であることが示されている。

ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬であるダパグリフロジンを標準治療に追加すると,ナトリウム利尿ペプチドが高値の患者の罹病率および死亡率が低下することが示されており,その有益性は糖尿病患者と糖尿病のない患者で同程度であった。

HFpEFについては,十分に研究された薬剤が比較的少ない。しかしながら,一般にACE阻害薬,ARB,またはアルドステロン拮抗薬(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)がHFpEFの治療に使用されている。ARNIは心不全による入院を減少させる可能性があるが,それ以外の転帰は改善させない。複数のランダム化比較試験により,アルドステロン拮抗薬は有益であるが,硝酸薬はおそらく有益でないことが示唆されている。β遮断薬は,他の適応(例,心房細動発作中の心拍数コントロール,狭心症,心筋梗塞後)がすでにある場合にのみ使用すべきである。重度のHFpEF患者では(HFrEFとは対照的に),重度の拡張機能障害により一回拍出量が比較的固定されているため,心拍数を(β遮断薬などにより)低下させると,症状が悪化する可能性がある。このような患者では,心拍出量が心拍数に依存するため,心拍数を低下させると安静時および/または労作時の心拍出量も低下する可能性がある。

HFmrEFでは,ARNIにより固有の便益が得られる可能性があるが,前向き研究でのさらなる検証が必要である。

浸潤性,拘束型,または肥大型心筋症の患者では,ジゴキシンは効果的ではなく,有害となる可能性がある。また,これらの患者では血管拡張療法も忍容性が不良な可能性があり,有益性も示されていない。

全ての患者に使用薬剤に関する明確な情報を明示的に伝えるべきであり,具体的には適時な処方の更新と治療アドヒアランスの重要性,有害作用を認識する方法,医師に連絡すべき状況などが挙げられる。

不整脈

不整脈の原因を同定して治療することが重要である。

  • 電解質を正常化する。

  • 心房および心室拍数をコントロールする。

  • ときに抗不整脈薬を投与する。

心不全でよくみられる代償性変化である洞頻拍は,心不全治療が奏効すると通常は消失する。洞頻拍が消失しない場合は,関連する原因(例,甲状腺機能亢進症肺塞栓症,発熱,貧血,疼痛)を検索すべきである。原因を是正しても洞頻拍が持続する場合は,β遮断薬(徐々に増量しながら投与)が一部の患者に役立つことがある。しかしながら,進行したHFpEF患者(例,拘束型心筋症)でβ遮断薬により心拍数を低下させることは,重度の拡張機能障害により拍出量が固定されているため,有害となる可能性がある。このような患者では,心拍出量が心拍数に依存するため,心拍数を低下させると安静時および/または労作時の心拍出量も低下する可能性がある。

心室拍数がコントロールできない心房細動は必ず治療する必要があり,安静時の目標心室拍数は典型的には80/分未満である。β遮断薬が第1選択薬であるが,収縮機能が維持されている場合には,心拍数低下作用のあるカルシウム拮抗薬を慎重に使用してもよい。一部の患者では,ジゴキシン,低用量アミオダロン,その他リズム/心拍数コントロール作用のある薬剤の追加が助けになる場合がある。洞調律への是正とその維持をルーチンに試みる方針については,レートコントロール単独よりも優れているとした大規模臨床試験の結果は得られていない。しかしながら,一部の患者は正常洞調律の回復により著しく状態が改善するため,この判断はケースバイケースで下すのが最善である。頻拍性心房細動が薬物治療に反応しない場合は,洞調律または規則的なリズムを回復させるため,一定の条件を満たす患者に対して,房室結節の完全もしくは部分的なアブレーションまたはその他の心房細動アブレーションを併用する恒久型ペースメーカーの植込みを考慮してもよい。

心不全でよくみられる単発性の心室性期外収縮は,特異的な治療は不要であるが,まれに非常に高頻度の心室性期外収縮(1日15,000回以上)が心不全を誘発することが示されている(これは期外収縮を抑制することで回復する)。一方,心不全治療を至適化して電解質異常(特にカリウムおよびマグネシウム)を是正すれば,心室性不整脈のリスクが低下する。

原因(例,カリウムまたはマグネシウム低値,虚血)の是正と心不全に対する至適な薬物治療にもかかわらず,持続性心室頻拍が遷延する場合は,抗不整脈薬が必要である可能性がある。アミオダロン,β遮断薬,およびドフェチリドが第1選択薬であるが,これは,左室収縮機能障害がある場合,他の抗不整脈薬では有害な催不整脈作用が生じるためである。アミオダロンはジゴキシンとワルファリンの血中濃度を上昇させるため,ジゴキシンおよび/またはワルファリンの投与は半量に減量するか中止すべきである。血清ジゴキシン濃度とINR(国際標準化比)値をルーチンにモニタリングすべきである。ただし,たとえ治療濃度でも薬物毒性が生じる可能性がある。アミオダロンの長期使用は有害作用の発生につながる可能性があるため,可能であれば低用量(200mg,経口,1日1回)で使用し,肝機能および甲状腺刺激ホルモンの血液検査を6カ月毎に施行する。胸部X線で異常がみられるか,呼吸困難が有意に増悪する場合は,胸部X線および肺機能検査を年1回施行して肺の線維化が生じていないか確認する。持続性の心室性不整脈にはアミオダロンが必要になる場合があり,突然死のリスクを低減するために,負荷量400~800mgの1日2回経口投与を1~3週間にわたりリズムが十分にコントロールされるまで継続し,その後は1カ月かけて維持量の200mg,経口,1日1回まで減量する。

医療機器を用いる治療

一部の患者では,植込み型除細動器(ICD)または心臓再同期療法(CRT)が適切な治療法となる。

他の点では期待余命が良好な患者において,症候性かつ持続性の心室頻拍または心室細動がある場合,ならびにガイドラインに従った薬物療法にもかかわらず,症状が持続し,左室駆出率の低下(35%未満)が持続する場合は,ICDが推奨される。HFrEFにおけるICD使用に関するデータは,非虚血性心筋症より虚血性心筋症の方が強固である。非虚血性心筋症のあるHFrEF患者を対象とした最近の臨床試験では,予防的(一次予防)ICDの植込みによる死亡率の改善は示されなかった(3)。

左室駆出率が35%未満で左脚ブロックのパターンを伴うQRS波の拡大(> 0.15秒―QRS波が広いほど,治療効果は大きくなる)を認める心不全患者には,CRTが症状の軽減と心不全による入院の減少につながる可能性がある。CRTデバイスは効果的であるが高価であるため,適切に患者を選択すべきである。多くのCRTデバイスは,その機構にICDが組み込まれている。

侵襲的な血行動態モニタリング(例,肺動脈圧)を遠隔で行う植込み型の機器は,高度に選択された患者において心不全管理の指針となりうる。例えば,そのような機器の測定値に基づく薬剤(例,利尿薬)の用量調節について,HFrEFとHFpEF両方の患者を対象とした臨床試験で心不全による入院期間の大幅な短縮との関連が認められた。この種の機器では,心不全患者における肺毛細血管楔入圧(とそれに基づく左房圧)の代替指標として肺動脈拡張期圧を用いる。ただし,評価は心不全の増悪を繰り返したNYHAクラスIIIの患者のみを対象として行われた。今後のさらなるエビデンスが,この技術をどのように導入すべきかの指針になると考えられる。

利尿薬に抵抗性を示す容量負荷がみられる重度の心腎症候群の入院患者の一部には,限外濾過(静静脈血液濾過)が有用となる可能性がある。ただし,限外濾過については臨床試験で長期の臨床的有益性が示されていないため,ルーチンに用いるべきではない。

回復の可能性が高い特定の急性心不全患者(例,心筋梗塞に続く急性心不全)や,心臓手術(例,重度の弁膜症の修復,多枝冠動脈疾患の血行再建),左室補助人工心臓,心臓移植など,より永続的な治療までのブリッジングを必要とする患者には,大動脈内バルーンパンピング(IABP)によるカウンターパルセーションが助けとなる。急性心不全および心原性ショックの患者に対する一時的な機械的循環補助の他の形態としては,体外式膜型人工肺(ECMO,典型的には静脈脱血動脈送血用のカニューレを挿入する)などの外科的に留置するデバイスや,左室,右室,またはその両方を補助できるcentrifugal flow ventricular assist deviceなどがあり,人工肺と併用して完全な心肺補助を行うこともできる。左室と右室の両方を補助するintravascular microaxial ventricular assist deviceなどの経皮的に留置する機器も利用可能である。一時的な機械的循環補助装置の選択は,主に利用可能性および各医療施設での経験に基づく。

耐久性がある,または歩行可能なタイプの左室補助人工心臓(LVAD)は,左室拍出量を増強する,より長期的に使用される植込み型のポンプである。この機器は移植を待機している重症心不全患者の状態維持によく用いられるほか,移植適応がない一部の患者での「destination therapy」(すなわち長期的または恒久的な解決策)としても用いられる。

手術および経皮的処置

特定の基礎疾患を有する患者では,手術が適切な治療法となる場合がある。進行した心不全患者の手術は専門施設で施行されるべきである。

先天性または後天性の心内短絡は,外科的閉鎖で治癒が得られる可能性がある。

冠動脈疾患に続発する左室収縮機能障害があり,心筋バイアビリティの所見がみられる患者には,冠動脈バイパス術(CABG)が有益となりうるが,心筋梗塞の既往があり心筋バイアビリティがない患者では,CABGが有益となる可能性は低い。したがって,多枝冠動脈疾患のある心不全患者に対する血行再建はケースバイケースで判断するべきである。

心不全の主な原因が弁膜症である場合は,弁の修復または移植を考慮すべきである。原発性僧帽弁逆流症患者は,左室拡大に続発した僧帽弁逆流症の患者より治療が有益となる可能性が高く,後者では術後も心筋機能の低下が持続する可能性が高い。手術は,心筋の拡大と損傷が不可逆的になる前に行うのが望ましい。より最近では,経皮的僧帽弁修復術(クリップを用いて僧帽弁の前尖および後尖を近づける方法)により,至適な内科的管理にもかかわらず心不全症状が持続しており,左室径(収縮末期径 ≤ 70mm)が維持されている中等度~重度または重度の僧帽弁逆流症の慎重に選択された患者において,死亡および心不全による入院が減少することが示されている(4)。

心臓移植は,難治性の重症心不全があり,他に生命を脅かす疾患がなく,管理の推奨事項に対するアドヒアランスが極めて良好な60歳未満の患者では,第1選択の治療法である。心不全以外は健康な高齢患者(約60~70歳)の一部でも,移植についての他の基準を全て満たす場合には,一般的に移植が考慮される。生存率は1年時点で85~90%,その後の年間死亡率は約4%であるが,ドナー待機中の死亡率は12~15%である。ヒトの臓器提供は依然として少ない。

貧血および鉄欠乏症

貧血は慢性心不全患者でよくみられ,多くの場合多因子性である。貧血には心不全の症状および転帰悪化との関連がみられるため,可逆的な原因を検索して治療すべきである。鉄欠乏症は心不全における貧血の最も一般的な原因の1つであり,失血(消化管またはその他)などの治療可能な原因が除外されたら,鉄補充療法を考慮すべきである。経口による鉄補充は,吸収不良およびその他の理由により効果が低いことが多いため,静注による鉄補充が望ましい。

持続する心不全

治療後もしばしば症状が持続する。原因としては以下のものがある:

  • 治療を行っても持続する基礎疾患(例,高血圧,虚血/梗塞,弁膜症)

  • 心不全に対して至適な治療が行われていない

  • 服薬アドヒアランス不良

  • 食事からのナトリウムまたはアルコールの過剰摂取

  • 未診断の甲状腺疾患,貧血,または予期せぬ不整脈(例,頻拍性心房細動,間欠性心室頻拍)の併発

また,他の疾患の治療に使用された薬剤が心不全治療に影響を及ぼしている可能性もある。非ステロイド系抗炎症薬(NSAID),糖尿病に対するチアゾリジン系薬剤(例,ピオグリタゾン),および短時間作用型のジヒドロピリジン系または非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は,心不全を増悪させる可能性があるため,他に代替薬が存在しない場合には回避すべきであり,これらの薬剤を服用しなければならない患者には,綿密なフォローアップを行うべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2016 ACC/AHA/HFSA Focused update on new pharmacological therapy for heart failure: An update of the 2013 ACCF/AHA Guideline for the Management of Heart Failure: A report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines and the Heart Failure Society of America.Circulation 134(13):e282–293, 2016.

  2. 2.Shah SJ, Kitzman D, Borlaug B, et al: Phenotype-specific treatment of heart failure With preserved ejection fraction: A multiorgan roadmap.Circulation134(1):73–90, 2016.

  3. 3.Kober L, Thune JJ, Nielsen JC, et al: Defibrillator implantation in patients with nonischemic systolic heart failure.N Engl J Med 375(13):1221–2130, 2016.

  4. 4.Stone GW, Lindenfield J, Abraham WT, et al: Transcatheter mitral-valve repair in patients with heart failure.N Engl J Med 379(24):2307–2318, 2018.

心不全の要点

  • 心不全には心室機能障害が関与しており,最終的には代謝に必要なだけの血液を心臓が組織に供給できなくなる。

  • 駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)では,心室収縮が不良で駆出が不十分になり,駆出率が低値となる。

  • 駆出率が保持された心不全(HFpEF)では,心室充満が損なわれ,安静時および/または労作中の拡張終期圧が高くなるが,駆出率は正常である。

  • 労作時呼吸困難もしくは疲労,起座呼吸,および/または浮腫を呈し,特に心筋梗塞の既往,高血圧,または心臓弁の障害もしくは雑音を有する患者では,心不全を考慮する。

  • 胸部X線,心電図検査,BNP濃度の測定,および心機能の客観的検査(典型的には心エコー検査)を行う。

  • 十分に治療されなければ,心不全は進行して予後不良となる傾向がある。

  • 治療には教育および生活習慣の改善,基礎疾患のコントロール,様々な薬剤,ときに植込み型機器(CRT,ICD)などがある。

より詳細な情報

以下は有用となりうる英語で記載された心不全の主なガイドラインである。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. 1.Ezekowitz JA, O'Meara E, McDonald MA, et al: 2017 Comprehensive Update of the Canadian Cardiovascular Society Guidelines for the Management of Heart Failure.Can J Cardiol 33:1342–1433, 2017.doi: https://doi.org/10.1016/j.cjca.2017.08.022

  2. 2.Ponikowski P, Voors A, Anker SD, et al: 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure: The Task Force for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology (ESC)Developed with the special contribution of the Heart Failure Association (HFA) of the ESC.Eur Heart J 37 (27):2129–2200, 2016.doi: 10.1093/eurheartj/ehw128

  3. Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2013 ACCF/AHA guideline for the management of heart failure: a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.Circulation128:e240–327, 2013.

  4. Yancy CW, Jessup M, Bozkurt B, et al: 2016 ACC/AHA/HFSA Focused update on new pharmacological therapy for heart failure: An update of the 2013 ACCF/AHA Guideline for the Management of Heart Failure: A report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines and the Heart Failure Society of America.Circulation 134(13):e282–293, 2016.

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