遺伝学における倫理面の議論

執筆者:David N. Finegold, MD, University of Pittsburgh
レビュー/改訂 2019年 9月
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    新しい遺伝子診断や遺伝子治療の可能性が浮上してきたことに伴い,それらをどのように利用すべきかについて多くの議論が行われている。例えば,特定の疾患に対する遺伝学的な危険因子を有する個人を不当に区別するために(例,健康保険の適用を却下する,雇用を拒否する)遺伝情報が不正に使用される懸念がある。具体的な論点としては,自身の遺伝情報に関するプライバシーや,検査を強制すべきか否かの問題などがある。

    重篤な疾患を引き起こす遺伝子異常の出生前スクリーニングが広く支持されているが,一方で美容上望ましい形質(例,外見,知能)の選択にスクリーニングが利用される懸念もある。

    クローニングについては大きな議論がある。自然な方法と比べて,クローニングは致死的または重篤な健康上の問題を引き起こす欠陥を招く可能性がはるかに高いことが動物試験により示唆されている。クローニングによりヒトを作製することは,非倫理的な行為であると広く認識されており,ほとんどの司法管轄区域で違法とされており,また技術的に困難である。

    現在では,3人の個人に由来する生体材料を使って胚を作製する手法により,特定のミトコンドリア病の遺伝が予防されるようになっている。この手法は,ミトコンドリアが全て母親に由来し,ミトコンドリアには核DNAとは別に独自のDNAが格納されているという事実に基づいている。

    前核移植法(pronuclear transfer)では,ミトコンドリア遺伝子変異を有する女性の卵子とパートナーの精子を体外受精させた受精卵を作製する。別に,ミトコンドリアが正常な女性から採取したドナー卵子を,同じドナーから採取した精子と体外受精させる。その後,最初の接合子から雄性および雌性の前核を取り出し,核を除去しておいたドナー接合子にそれを移植する。これにより,この受精胚には1人の男性からの精子DNA,罹患女性からの卵DNA,および2人目の女性からの正常なミトコンドリア(およびそのゲノム)が格納されていることになり,結果としてミトコンドリア病のない胚が作製される。

    卵子紡錘体移植法(maternal spindle transfer)も同様の手法である。この場合は,罹患女性から卵母細胞を採取する。卵母細胞の第二減数分裂中期に,紡錘体と染色体の複合体を採取し,すでに核を除去しておいた健康なドナー卵母細胞に移植する。その後,この卵を精子と受精させ,レシピエントの子宮に移植する。

    CRISPR–Cas9遺伝子編集clustered regularly interspaced short palindromic repeats–CRISPR-associated protein 9)では,1つの遺伝子の病的なDNA配列を編集する。まだ実験段階にあるが,いくつかのヒト胚で実施されている。主な倫理的懸念事項は,個人の生殖細胞系列に人工的な変化を導入することにより,その変化が将来の世代に遺伝するにつれて集団全体に広がる可能性があることである。

    これらの治療法は,倫理面において深刻な懸念や未解決の懸念を生み出している。

    遺伝学の概要も参照のこと。)

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