エビデンスに基づく医療と臨床ガイドライン

執筆者:Douglas L. McGee, DO, Emergency Medicine Residency Program, Albert Einstein Medical Center
レビュー/改訂 2018年 11月
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臨床医は,自身の決定は何らかのエビデンス(evidence)に基づいていると常に感じるものであるため,「エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine)」という今の表現はあまり適切な名称ではない。しかしながら,多くの臨床医にとってのエビデンス,証拠とは,以前に担当した患者で効果的だったと記憶している戦略や,指導者や同僚から受けた助言,ならびに偶然選んだ学術論文,抄録,シンポジウム,および広告に基づいて得た「一般に行われていること」についての大まかな印象が漠然と組み合わさったものである場合が多い。このような慣習の結果として,ある特定の戦略が別の戦略より望ましいという強力なエビデンスが存在する場合でさえ,同様の病態に対する診断や管理の戦略に大きなばらつきが生じている。異なる国,地域や病院の間で,また個々のグループ診療の中にさえ,ばらつきが存在する。こうしたばらつきをなくすため,個々の患者に最も適切な戦略を同定するためのより系統的なアプローチが求められるようになり,そのアプローチこそがエビデンスに基づく医療(evidence-based medicine[EBM])と呼ばれているわけである。EBMは関連する医学文献のレビューに基づいており,一連の手順を踏んで行う。

エビデンスに基づく医療

EBMは,最近発表された文献からばらばらに収集したアドバイスを個々の患者の問題に盲目的に適用することではない。むしろ,EBMでは一連の手順に従うことが求められ,それにより有用な情報を十分に収集でき,個々の患者に応じて慎重に組み立てた設問に答えることができる。EBMの原則を十全に取り入れるには,患者の価値観も考慮に入れる必要があり,その例として,発生する費用,患者の宗教的または道徳的な信条,および患者の自律性などが挙げられる。EBMの原則を適用するには,一般的に以下の手順に従う:

  • 臨床的設問を定式化する

  • 設問に答えるためのエビデンスを収集する

  • エビデンスの質と妥当性を評価する

  • エビデンスを特定の患者の治療にどのように適用できるかを判断する

臨床的設問を定式化する

設問は特異的(specific)でなければならない。特異的な設問は医学文献で取り上げられている可能性が非常に高い。よくデザインされた設問では,対象集団,介入(診断検査,治療),比較(治療A vs 治療B),およびアウトカムが明確に述べられている。「腹痛のある患者を評価する最善の方法は何か」という設問は,よい設問とはいえない。より優れた,より特異的な設問とは,例えば「急性下腹部痛のある30歳の男性において急性虫垂炎を診断するには,CTと超音波検査のどちらが望ましいか」といった設問である。

設問に答えるためにエビデンスを収集する

文献のレビューからは,関連する研究について幅広い情報が得られる。権威ある情報源(例,MEDLINE,コクラン共同計画 the Cochrane Collaboration[治療選択肢],米国内科学会のジャーナルクラブ)を参照する。

エビデンスの質と妥当性を評価する

全ての科学的研究が同一の価値をもつわけではない。研究の種類によって科学的な強さや正当性は異なり,またいかなる種類の研究でも,個々の論文は,方法の質,内的妥当性,および結果の一般化可能性(外部妥当性)の点で異なることが多い。

エビデンスのレベルは,質が高い順に1~5に等級分けされる。各レベルにどの種類の研究が含まれるかは,臨床的設問(例,診断,治療,または経済性のいずれに関する設問であるか)によって多少異なるが,典型的には以下のようになる:

  • レベル1(最も質が高い):複数のランダム化比較試験のシステマティックレビューまたはメタアナリシス,および質の高い単独のランダム化比較試験

  • レベル2:適切にデザインされたコホート研究

  • レベル3:系統的にレビューされた症例対照研究

  • レベル4:症例集積研究,ならびに質の低いコホート研究および症例対照研究

  • レベル5:批判的評価に基づかず,生理学,基礎研究,または基礎原理からの理屈に基づいた専門家の意見

EBM分析では,入手可能な最高水準のエビデンスを選択する。理想的には,適切に実施された,大規模なレベル1研究を数多く利用できるのが望ましい。しかしながら,提起される可能性のある臨床的設問の数と比べて,質の高いランダム化比較試験は物の数にも入らないほど少ないため,信頼性の低いレベル4または5のエビデンスしか手に入らないことが非常に多い。エビデンスの質が低いからといって,EBMの手順を踏めないわけではいが,結論の妥当性は弱まる。

エビデンスを特定の患者の治療にどのように適用できるかを判断する

利用できる最高のエビデンスにおいて検討された患者集団は,問題となっている患者とは異なる特徴をもつ可能性があるため,幾分の判断が必要となる。加えて,積極的または侵襲的な検査や治療に関する患者の希望を考慮するだけでなく,不快感,リスク,および不確実性を患者がどの程度許容できるかということにも配慮しなければならない。例えば,特定の悪性腫瘍において,積極的な化学療法レジメンにより生存期間が3カ月延長されることを明確に示したEBMレビューがあったとしても,生存期間の延長を選ぶか,さらなる不快感の回避を選ぶかは患者によって異なる可能性がある。検査や治療の費用も,医師および患者の意思決定に,特に代替方法が患者に大幅な負担となる場合は,影響する可能性がある。

エビデンスに基づくアプローチの限界

多忙な診療の中で,医師はたった1日の中でも,数十もの臨床的設問に直面する。そうした設問の一部は,既存の参考用EBMレビューの対象となっていることもあるが,ほとんどはそうではなく,またEBMの分析は非常に時間がかかるため,緊急性の高い臨床的設問に答えるには有用でない。時間を考慮しなくてよい場合でも,臨床的設問の多くは,関連する研究が文献中にない。

臨床ガイドライン

医療の実践において臨床ガイドラインの使用が一般化しており,このような臨床ガイドラインは多くの専門学会により発行されている。最もよく練られた診療ガイドラインは,EBMの原則と,専門家委員会で合意された推奨を組み込むという規定の方法によって作成される。診療ガイドラインで標準治療が示されるものの,診療ガイドラインのみでは個々の患者に対するケアの標準は確立されない。

診療ガイドラインの一部は,「もし~ならば~する」という規則に従っている(例,もし患者が発熱性好中球減少症ならば,広域抗菌薬を投与する)。より複雑で,段階の多い規則はアルゴリズムとして形式化できる。ガイドラインやアルゴリズムは,一般的に単純で容易に使用できるが,ガイドラインの作成において採用された患者集団の臨床的特徴(例,人口統計学的特性,併存症,臨床特性)と同様の特徴をもつ患者にのみ適用すべきである。さらに,ガイドラインでは,検査結果に内在する不確実性の程度,治療が成功する可能性,およびそれぞれの行動方針の相対リスクと便益が考慮されていない。臨床的意思決定に不確実性とアウトカムの価値を組み込むために,臨床医はしばしば定量的または分析的な医療上の意思決定の原則を適用しなければならない(臨床的意思決定の手順も参照)。

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