組織への薬物分布

執筆者:Jennifer Le, PharmD, MAS, BCPS-ID, FIDSA, FCCP, FCSHP, Skaggs School of Pharmacy and Pharmaceutical Sciences, University of California San Diego
レビュー/改訂 2020年 10月
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    薬物は,体循環に入った後,体の組織に分布する。分布は,血液灌流,組織結合(例,含有する脂質のため),局所pH,および細胞膜の透過性に差があるため,概して一様ではない。

    薬物が組織に移行する速度は,組織への血流の割合,組織量,および血液と組織間の分配特性によって決まる。細胞膜を通過する拡散が律速段階でない限り,血管に富んだ部位ほど,血液と組織間の分配平衡(入出速度が同じとき)に速く到達する。平衡に達した後,組織および細胞外液の薬物濃度は血漿中薬物濃度に反映される。代謝と排泄が分布と同時に起こるため,この過程は動的で複雑である。

    薬物が組織に入った後,間質液への薬物分布は主に灌流によって規定される。灌流の乏しい組織(例,筋肉,脂肪)では,特にその組織の薬物に対する親和性が高い場合,分布は非常に緩徐となる。

    薬物動態の概要も参照のこと。)

    分布容積

    見かけの分布容積とは,その血漿中薬物濃度を生じさせるために投与薬物総量の希釈に要する理論上の液体量のことである。例えば,1000mgの薬物を投与し,その結果血漿中薬物濃度が10mg/Lなら,1000mgが100Lに分布しているかのように見える(用量/容積 = 濃度;1000mg/xL = 10mg/L;したがってx= 1000mg/10mg/L = 100L)。

    分布容積は実際の身体容積またはその体液コンパートメントとは関連せず,むしろ体内での薬物分布に関係する。組織結合の強い薬物では,少量の薬物しか血液循環中にとどまらないため,血漿中薬物濃度は低く分布容積は大きい。血液循環中にとどまる薬物では,分布容積が小さい傾向がある。

    分布容積は,所定の用量について予想される血漿中薬物濃度の参考となるが,分布の特異なパターンについてはほとんど情報をもたらさない。各々の薬物は体内で独特な分布をする。一部の薬物は主に脂肪組織に分布し,他の薬物は細胞外液にとどまる,さらに特異的な組織に広く結合する薬物もある。

    多くの酸性薬物(例,ワルファリン,アスピリン)はタンパク質と高度に結合するため,見かけの分布容積は小さい。多くの塩基性薬物(例,アンフェタミン,ペチジン)は組織に多く取り込まれ,それゆえ,見かけの分布容積は全身の容積よりも大きい。

    結合

    薬物の組織への分布の程度は,血漿タンパク質結合および組織結合の度合いによって決まる。血流中では,薬物は一部溶解して遊離(非結合)薬物として,そして一部は血液成分(例,血漿タンパク質,血球)と可逆的に結合して輸送される。薬物と相互に作用することがある多くの血漿タンパク質のうち,最も重要なものはアルブミン,α1酸性糖タンパク質,およびリポタンパク質である。酸性の薬物は通常アルブミンとより強く結合し,塩基性の薬物は通常α1酸性糖タンパク質,リポタンパク質,または両方とより強く結合する。

    非結合薬物のみが,薬物の薬理作用が起こる場である血管外または組織への受動拡散に利用できる。したがって,主に体循環中の非結合薬物の濃度が作用部位における薬物濃度,すなわち効力を決める。

    高い薬物濃度では,結合薬物の量は,利用可能な結合部位の数によって決まる上限に近づく。結合部位の飽和が,薬物間で置換相互作用が生じる基盤である(薬物-受容体相互作用を参照)。

    薬物は,タンパク質以外にも多くの物質と結合する。結合は通常,水環境下で薬物が高分子と結びつくときに起こるが,薬物が体脂肪へ分配された場合に起こることがある。脂肪は灌流しにくいため,特に薬物が高親油性であれば,平衡時間が長い。

    組織や体区画における薬物の蓄積は,血漿中薬物濃度が低下するにつれて組織が蓄積した薬物を放出するため,薬物の作用を延長させることがある。例えば,チオペンタールは脂溶性が高く,単回静脈内投与後に急速に脳内へ入り,麻酔作用が顕著かつ速やかにみられる;灌流が緩やかな脂肪組織へ薬物が再分布するにつれて,その作用は数分以内に終わる。チオペンタールはその後脂肪貯蔵庫からゆっくりと放出され,麻酔域下の血漿中濃度を維持する。チオペンタールの投与を繰り返せば,脂肪に蓄積される量が増大し,これらの濃度は大量になる可能性がある。このように,脂肪での貯蔵は薬物の効果を最初は短縮するが,その後効果を延長させる。

    一部の薬物は,タンパク質,リン脂質,または核酸と結合するため細胞内に蓄積する。例えば,白血球および肝細胞におけるクロロキン濃度は,血漿中薬物濃度より数千倍高くなることがある。細胞内の薬物は,血漿中の薬物と平衡状態にあり,薬物が体内から排出されるにつれ血漿中に移行する。

    血液脳関門

    薬物は脳の毛細血管と髄液を介して中枢神経系に到達する。脳は心拍出量の約6分の1の血液を受けているにもかかわらず,脳の透過特性のために,薬物透過は制限される。一部の脂溶性薬物(例,チオペンタール)は脳に容易に入るが,極性化合物はそうではない。その理由は,脳毛細血管内皮細胞とアストロサイトの鞘から成る血液脳関門があるためである。脳毛細血管内皮細胞は,多くの毛細血管と比べて,互いに強固に結合しているとみられ,これにより水溶性薬物の拡散が遅くなる。アストロサイトの鞘は,毛細血管内皮の基底膜に密着した神経膠細胞(アストロサイト)の結合組織の層で構成される。加齢に伴い,血液脳関門の効果が弱まることがあり,その結果化合物の脳への通過が増加する。

    薬物は脈絡叢から脳室の髄液に直接入ることがあり,その後髄液から脳組織へ受動拡散する。さらに脈絡叢では,有機酸(例,ペニシリン)が髄液から血液に能動輸送される。

    薬物の髄液への透過速度は,他の組織細胞と同様に,主にその薬物のタンパク質結合の程度,イオン化の程度,および脂質-水分配係数により決まる。脳内への透過速度は,タンパク質結合が高度な薬物では遅く,弱酸および弱塩基のイオン型ではほとんどないに等しい。髄液が中枢神経系に十分灌流しているため,薬物分布速度は主に透過性により決定される。

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