びらん剤

執筆者:James M. Madsen, MD, MPH, University of Florida
レビュー/改訂 2021年 2月
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びらん剤は水疱(小水疱)を引き起こす化学兵器であり,具体的には以下のものがある:

  • サルファマスタードおよびナイトロジェンマスタード

  • ルイサイト

  • ホスゲンオキシム(びらん剤に分類されるが,びらん剤というより厳密には蕁麻疹を生じる腐食剤)

これらの物質は気道にも作用する:マスタード類は主にタイプ1物質,ホスゲンオキシムはタイプ2物質,ルイサイトは混合作用物質である。

サルファマスタードは,カラシ,ニンニク,セイヨウワサビ,アスファルト様のにおいなど様々に表現されている。ルイサイトはゼラニウム様のにおいがあり,ホスゲンオキシムは単に刺激性と表現されている。このようなにおいの知覚は非常に主観的であるため,これらの化合物の存在または正体について信頼できる指標とはならない。

化学兵器の概要も参照のこと。)

病態生理

サルファマスタードおよびナイトロジェンマスタードは,DNAを含む多くの細胞成分をアルキル化し,また炎症性サイトカインを放出させる。これらは,皮膚,眼,および気道に対し同様の急性の局所作用をもち,致死的濃度では骨髄を抑制する。表皮基底層の細胞の損傷により,表皮の真皮からの分離,または大量では表皮の直接的な壊死および脱落が起こる。水疱内の液体には活性のあるサルファマスタードは含まれていない。太い気道に対するタイプ1の損傷では,偽膜としての気道粘膜の脱落が起こる。大量では肺水腫(タイプ2の損傷)が生じる可能性がある。マスタード類は,おそらくコリン作動性の機序で悪心も誘発する。骨髄抑制による白血球減少のために,曝露から1~2週間後に敗血症に至ることがある。長期的な影響として,眼の変化(例,慢性角膜炎)や皮膚および気道の悪性腫瘍などがある。

ルイサイトはサルファマスタードによるものと同様の皮膚損傷を引き起こすが,損傷の機序は異なり,ピルビン酸脱水素酵素の阻害に加えて,酵素のグルタチオンおよびスルフヒドリル基への作用が関与する。気道で,ルイサイトのヒ素成分により肺毛細血管からの漏出および肺水腫が生じる;大量では全身性低血圧(いわゆるルイサイトショック)が起こることがある。マスタード類と異なり,ルイサイトは免疫抑制を起こさない。

ホスゲンオキシムは蕁麻疹に引き続いて組織壊死を引き起こすが,その機序は現在明らかになっていない。

症状と徴候

マスタード類は,潜伏期間の後に強力で増大する皮膚疼痛,紅斑,および水疱形成を引き起こす。潜伏期間の長さは量と逆相関するが,通常数時間以上である(最長36時間)。サルファマスタードによる水疱はときに,損傷を受けていないように見えるが実際は損傷が強すぎて水疱が形成されない領域の周囲に連なって形成される真珠のような外観を呈するが,ナイトロジェンマスタードによる水疱はこのようなパターンを示す可能性が低い。水疱は,大きくなり垂れ下がることもある。反射による閉瞼を引き起こす,疼痛を伴う化学性結膜炎が皮膚症状より早く生じるが,これもしばしば数時間となる遅延の後である。角膜が混濁することがある。呼吸器症状としては,咳嗽,喉頭痙攣,嗄声,呼気性喘鳴,吸気性喘鳴などがある。胸部圧迫感および呼吸困難が,重度の曝露により起こることがある。中程度から大量で,悪心が起こることがある。

ルイサイトは皮膚曝露からおよそ1分以内に疼痛を引き起こす。大抵は紅斑が15~30分で目立つようになり,数時間後に水疱が発生する。水疱は通常,紅斑部の中心に形成され周辺部に広がる。疼痛は通常,マスタードによるものほど重度ではなく,水疱形成後に軽減し始める。吸入後すぐに粘膜および太い気道の刺激が起こり,咳嗽,くしゃみ,および呼気性喘鳴を来す。その後,数時間後にタイプ2の症状(胸部圧迫感および息切れ)が生じる。

ホスゲンオキシムの皮膚接触は,5~20秒以内に強い「チクチクする」疼痛および白化を引き起こす。患部皮膚はその後紅斑性の境界を伴って灰色に変化する。曝露後5~30分の間に浮腫が膨疹形成(蕁麻疹)に至る。次の7日間に患部皮膚が暗褐色になり,その後皮膚およびその下にある皮下と筋肉の壊死が起こると黒色になる。外科的に切除しなければ,病変が6カ月より長く持続する。気道で,ホスゲンオキシムは少量でも肺水腫を引き起こす。

診断

  • 臨床的評価

曝露時またはその直後から疼痛があれば,物質がルイサイトまたはホスゲンオキシムであることが示唆され,皮膚の変化が早期に発症したのであれば,ホスゲンオキシムであることがわかる。疼痛が遅れて(ときに曝露から1日後まで)現れた場合は,サルファマスタードが示唆される。臨床検査(通常は代謝物またはDNAもしくはタンパク質付加体を測定する)により臨床診断を確認できるが,これらの検査は専門の検査室でのみ可能である。

マスタード類に曝露した患者では,最初の2週間定期的に血算と白血球分画を行ってリンパ球減少症および好中球減少症がないかモニタリングする。

トリアージ

皮膚または眼がびらん剤に曝露した可能性がある全ての傷病者では,即時除染を優先させるべきである。2分以内に皮膚を除染するのが理想であるが,曝露後15~20分までの除染により最終的な水疱の大きさを小さくできる可能性がある。ただし,この時間以降に到着した患者でも可及的速やかに除染して吸収の持続を止め,致死量(マスタードとルイサイトでは約3~7g)まで蓄積しないようにすべきである。しかし,差し迫った気道障害のある患者を除き,びらん剤に曝露したほとんどの患者は,より緊急度の高い他の傷病者の状態を安定化させる間,短時間の治療の遅延に耐えることができる。

治療

  • 除染

  • 熱傷と同様に皮膚病変を治療する

  • 必要に応じて気道確保

可及的速やかに皮膚を除染すべきであり,Reactive Skin Decontamination Lotion(RSDL®)を使用するのが望ましい。0.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液はあまり効果的でないが,それでもRSDL®が利用できない場合は有用である。物理的または機械的除染を試してもよく,石鹸と水を使用するか,高流量低水圧の水を単独で使用することが,多数の被害者に対する適切な除染として有用となる場合がある。眼および創傷は滅菌生理食塩水で洗浄すべきである。

皮膚病変は熱傷と同様に管理する(熱傷:初期の創傷ケアを参照)。ただし,びらん剤に曝露した患者の体液喪失量は熱傷患者より少ないため,使用する補液の量はBrookeまたはParklandの補液の公式で必要とされるよりも少量にすべきである。二次性の感染症を予防するために,綿密な衛生管理が重要である。眼瞼の癒着を防ぐために,抗菌薬軟膏を眼瞼縁に塗布すべきである。

呼吸器症状のある患者には,気道および呼吸への注意を含む支持的な呼吸器ケアが適応となる(窒息剤:治療を参照)。悪心は本来コリン作動性であるため,アトロピンで治療できる(例,0.1~1.3mg静注,必要に応じて1~2時間毎)。

骨髄抑制には,逆隔離およびコロニー刺激因子による治療が必要である。

本稿で述べられている見解は著者の見解であり,米国陸軍省(Department of Army),米国国防総省(Department of Defense),米国政府の公式の方針を反映したものではない。

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