(潜水障害の概要 潜水障害の概要 米国では年間1000例以上の潜水関連障害が発生しており,致死率は10%を超える。同様の障害が,トンネルやケーソン(建設工事に用いる防水を保つための構造物)内の作業者に起こることがあり,そのような環境では作業場から水を遮断するために圧縮空気が用いられている。 多くの障害が高圧に関連するが,高圧は水深の深い場所またはケーソン内で,その地点より... さらに読む も参照のこと。)
ガス塞栓は,以下のいずれかの経路を介して動脈循環内に入る可能性がある:
肺の圧外傷後,破裂した肺胞から
静脈循環(静脈塞栓)から,右左短絡(卵円孔開存,心房中隔欠損)を介して,または肺のフィルター能を超えることにより移動
通常は無症候性の 静脈ガス塞栓 空気塞栓症 肺塞栓症の非血栓性の原因には,空気,脂肪,羊水,感染物質,異物,および腫瘍などがある。 肺塞栓症(PE)は血栓以外の原因でも起こりうる。非血栓性の原因によるPEは, 血栓性PEとは異なる臨床症候群を引き起こす。診断は通常一部または完全に,臨床基準(特に患者のリスクなど)に基づいて行われる。治療には支持療法などがある。 空気塞栓症は,多量の空気が体静脈または右心系に入り,それが肺動脈系に移動することにより生じる。肺の流出路が閉塞し,急速に... さらに読む であっても,右左短絡が存在する場合は重篤な症候(例, 脳卒中 脳卒中の概要 脳卒中とは,神経脱落症状を引き起こす突然の局所的な脳血流遮断が生じる多様な疾患群である。脳卒中には以下の種類がある: 虚血性(80%):典型的には血栓または塞栓によって生じる 出血性(20%):血管の破裂によって生じる(例, くも膜下出血, 脳内出血) 明らかな急性脳梗塞の所見(MRIの拡散強調画像に基づく)を伴わない一過性(典型的には1... さらに読む )を引き起こす可能性がある。動脈循環に入らない静脈ガス塞栓は,それほど重篤ではない。
脳塞栓症が最も重篤な臨床像と考えられるが,動脈ガス塞栓症はその他の臓器(例,脊髄,心臓,皮膚,腎臓,脾臓,消化管)にも重大な虚血を来しうる。
症状と徴候
症状は浮上して数分以内に発現し,精神状態の変化,不全片麻痺,局所的な運動または感覚障害,痙攣発作,意識消失,無呼吸,およびショックなどがありうる;その後,死に至ることもある。 肺の圧外傷 肺の圧外傷 圧外傷は,身体区画内のガス容積が圧力に応じて変化することに起因する組織損傷である。肺の圧外傷のリスクを高める因子として,特定の行動(例,急速な浮上,息止め,圧縮空気を用いた呼吸)および肺疾患(例,慢性閉塞性肺疾患)などがある。気胸および縦隔気腫がよくみられる臨床像である。患者には,神経学的診察および胸部画像検査が必要である。気胸は治療する。予防としては,リスクのある行動を減らすようにするほか,高リスクダイバーに対するカウンセリングがある... さらに読む または II型減圧症 症状と徴候 の徴候を認めることもある。
動脈ガス塞栓症によるその他の症状は以下の臓器に生じる:
冠動脈(例, 不整脈 不整脈の概要 正常な心臓は規則正しく協調的に拍動するが,これは固有の電気的特性を有する筋細胞によって電気パルスが生成・伝達され,それにより一連の組織化された心筋収縮が誘発されることによって生じる。不整脈と伝導障害は,そうした電気パルスの生成,伝導,またはその両方の異常により引き起こされる。 先天的な構造異常(例,房室副伝導路)や機能異常(例,遺伝性のイ... さらに読む , 心筋梗塞 急性心筋梗塞 急性心筋梗塞は,冠動脈の急性閉塞により心筋壊死が引き起こされる疾患である。症状としては胸部不快感がみられ,それに呼吸困難,悪心,発汗を伴う場合がある。診断は心電図検査と血清マーカーの有無による。治療法は抗血小板薬,抗凝固薬,硝酸薬,β遮断薬,スタチン系薬剤,および再灌流療法である。ST上昇型心筋梗塞に対しては,血栓溶解薬,経皮的冠動脈インターベンション,または(ときに)冠動脈バイパス術による緊急再灌流療法を施行する。非ST上昇型心筋梗塞... さらに読む , 心停止 心停止 【訳注:最新の情報については,2020 American Heart Association's guidelines for CPR and emergency cardiovascular careを,感染症を考慮した対応については,American Heart Association's... さらに読む )
皮膚(例,皮膚の斑状チアノーゼ,舌の局所的蒼白化)
腎(例, 血尿 無症候性血尿 血尿とは尿中に赤血球が認められる状態のことであり,具体的には,尿沈渣で強拡大の1視野当たり赤血球が3個以上認められる場合とされる。尿は赤色,血性,またはコーラ色(膀胱内に貯留した血液が酸化した肉眼的血尿)を呈する場合もあれば,肉眼的には無色に見える場合(顕微鏡的血尿)もある。無症候性血尿(isolated hematuria)とは,尿中に赤血球が認められるが,それ以外の尿異常(例,... さらに読む , タンパク尿 タンパク尿 タンパク尿とは,尿中にタンパク質(通常はアルブミン)が認められることである。タンパク質濃度が高くなると,尿は泡沫状を呈する。多くの腎疾患では,タンパク尿は他の尿異常(例, 血尿)を伴って発生する。無症候性タンパク尿(isolated proteinuria)とは,他に症状および尿異常を伴わないタンパク尿である。 糸球体基底膜は,比較的大きな分子(例,ほとんどの血漿タンパク質,主にアルブミン)に対して非常に効果的な障壁として機能するが,少... さらに読む , 腎不全 急性腎障害(AKI) 急性腎障害は,数日間から数週間で腎機能が急速に低下する病態であり,これにより,尿量減少の有無にかかわらず,血中に窒素化合物が蓄積する(高窒素血症)。原因は重度の外傷,疾患,または手術による腎臓の灌流低下である場合が多いが,ときに急速進行性の内因性の腎疾患に起因する場合もある。症状としては,食欲不振,悪心,嘔吐などがある。無治療の場合,痙攣... さらに読む )
診断
臨床的評価
ときに画像検査による確定
診断は主として臨床的に行う。ダイバーが浮上中または浮上直後に意識消失を来した場合,本症を強く疑う必要がある。検査を行う前に,侵された動脈から空気が再吸収されることがあるため,診断の確定は困難である。また,画像検査は治療を遅らせる可能性があるため,診断が明確でない場合にのみ用いるべきである。しかしながら,診断を支持しうる画像検査(いずれも感度は限られているため,診断を除外するために使用すべきではない)としては以下のものがある:
心エコー検査(房室内の空気を示す)
胸部CT(局所肺損傷または出血を示す)
頭部CT(血管内ガスとびまん性脳浮腫がみられる),ただし,動脈内ガスは常にみられるとは限らず,みられないからといって動脈ガスによる塞栓症を否定することもできない。
ときに減圧症でも同様の症状および徴候を認めることがある(特徴の比較については, ガス塞栓症と減圧症の比較 ガス塞栓症と減圧症の比較 の表を参照)。
治療
速やかな100%酸素投与
再圧治療
動脈ガス塞栓症が疑われるダイバーはすぐに再加圧すべきである。重要度の低い処置よりも, 再圧チャンバー 再圧治療 再圧治療では,1気圧を超える気圧に加圧され密閉されたチャンバー内で,数時間100%酸素を投与し,その後チャンバーを徐々に大気圧まで減圧する。ダイバーでは,この治療法は主に 減圧症および 動脈ガス塞栓症に用いられる。治療開始までの時間が短いことが良好な転帰と関連しているが,治療は浮上から数日以内であればいつでも開始すべきである。治療にかかわらず,重度の損傷は予後不良を示唆する。未治療の気胸では,再圧治療の実施前または開始時に胸腔ドレーンを... さらに読む への搬送を優先する。飛行機による搬送は時間を大幅に短縮できるのであれば適切であるが,高所での減圧環境への曝露は最小限にしなければならない。
搬送に先立ち高流量100%酸素(high-flow 100% oxygen)を投与すると,肺および体循環の間の窒素分圧較差が拡がることにより窒素のウォッシュアウトが促進され,塞栓性の気泡の再吸収が加速する。血行動態が不安定な患者は,安定した血圧および心拍出量の維持を促進するために仰臥位に保つべきである;意識がなく気道の反射が障害されている患者では,誤嚥を防ぐため,側臥位を保つべきである。機械的人工換気,昇圧薬,および大量輸液を必要に応じて用いる。患者を左側臥位(Durant手技)またはトレンデレンブルグ体位にすることは,もはや推奨されていない。
要点
浮上後数分以内の神経症状またはその他の臓器の虚血症候があれば,動脈ガス塞栓症を強く疑う。
画像検査所見が陰性でも,動脈ガス塞栓症を除外しない。
ガス塞栓症が疑われれば,高流量100%酸素投与(high-flow 100% oxygen)を開始し,再圧チャンバーに送る。
より詳細な情報
Divers Alert Network: 24-hour emergency hotline, 919-684-9111
Duke Dive Medicine: Physician-to-physician consultation, 919-684-8111