デングウイルス感染症は,北緯約35°から南緯35°までにの熱帯地域の風土病である。アウトブレイクは東南アジアが最も多いが,プエルトリコや米国領ヴァージン諸島などのカリブ海諸国,オセアニア,ならびにインド亜大陸などでも起こり,最近では中南米でのデングウイルス感染症の発生率が上昇している。毎年,帰国する旅行者により米国にもち込まれるのは約100~200例のみであるが,世界的には5千万から1億の症例が発生し,約2万人が死亡していると推測される。ごく最近,ハワイ州,フロリダ州,テキサス州で限られた地域内伝播が発生している。
原因ウイルスはフラビウイルスの一種で4つの血清型を持ち,ヤブカ(Aedes属の蚊)に刺されることで伝播される。このウイルスは感染したヒトの血液中を2~7日間循環する;ヤブカはこの期間にヒトから血を吸うことでウイルスを得ると考えられる。
デングウイルス感染症の症状と徴候
3~15日の潜伏期に続いて,発熱,悪寒,頭痛,眼球運動時の眼球後痛,腰背部痛,および極度の疲労が突然始まる。最初の数時間で下肢および関節に激しい疼痛が起こるが,これが骨折熱という従来からの呼称の由来である。体温は急激に40℃まで上昇し,相対的徐脈を伴う。眼球および眼瞼結膜充血ならびに一過性の紅潮または淡いピンク色の斑状発疹が(特に顔面に)起こる可能性がある。しばしば頸部,滑車上,および鼠径リンパ節が腫大する。
発熱および他の症状は48~96時間持続し,その後は大量発汗を伴う急速な解熱期に入る。患者の体調はそれから約24時間は回復し,その後発熱が再発する(二峰性のパターン)可能性があり,典型例では最初の発熱よりピークが低い。同時に,圧迫により消退する斑状丘疹状皮疹が体幹から四肢および顔面に向かって拡大する。
咽頭痛,消化管症状(例,悪心,嘔吐),および出血症状がみられる。 デング出血熱 デング出血熱 デングウイルス感染症(dengue)は,フラビウイルスの一種によって引き起こされる 蚊媒介性疾患である。デング熱では通常,高熱,頭痛,筋肉痛,関節痛,および全身性リンパ節腫脹が突然発症し,その後無熱期があった後,2度目の発熱に伴い発疹が現れる。咳嗽,咽頭痛,鼻漏などの呼吸器症状が起こりうる。デングウイルスは,出血傾向とショックを伴う致死性の出血熱を引き起こす可能性もある。診断は血清学的検査およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査による。... さらに読む を発症する患者もいる。神経症状はまれであるが,脳症や痙攣発作がみられることがあり, ギラン-バレー症候群 ギラン-バレー症候群 (GBS) ギラン-バレー症候群は,急性で,通常は急速に進行するが自然治癒する炎症性多発神経障害であり,筋力低下および軽度の遠位部感覚消失を特徴とする。原因は自己免疫性であると考えられている。診断は臨床的に行う。治療法としては,免疫グロブリン静注療法,血漿交換などがあり,重症例では機械的人工換気も行う。 ( 末梢神経系疾患の概要も参照のこと。) ギラン-バレー症候群は,最も頻度の高い後天性の炎症性ニューロパチーである。いくつかの亜型が存在する。... さらに読む を発症する患者もいる。
デングウイルス感染症の軽症例では,通常はリンパ節腫脹がみられず,72時間未満で寛解する。より重症例の場合,無力症が数週間続くことがある。死亡はまれである。感染株に対する免疫は長期間持続するが,他の株に対するより広範な免疫はわずか2~12カ月しか持続しない。
抗体依存性感染増強現象の結果として重症化することがあるが,この現象は,ある血清型のデングウイルスに感染したことがあり非中和抗体を有する患者が,別の血清型のデングウイルスに感染することで発生する。
デングウイルス感染症の診断
急性期および回復期血清での血清学的検査
流行地域に居住,または旅行した患者が,突然の発熱,眼窩後部の重度の頭痛,筋肉痛,およびリンパ節腫脹を発症し,特に特徴的な発疹または回帰熱を伴う場合,デング熱が疑われる。評価により,他の診断,特に マラリア マラリア マラリアはマラリア原虫(Plasmodium属原虫)による感染症である。症状および徴候としては,発熱(周期熱のことがある),悪寒,振戦,発汗,下痢,腹痛,呼吸窮迫,錯乱,痙攣発作,溶血性貧血,脾腫,腎臓の異常などがある。診断は血液塗抹標本におけるマラリア原虫(Plasmodium属)の観察と迅速診断検査による。治療および予防法は,マラリア原虫(Plasmodium属)の種,薬剤感受性,および患者... さらに読む および レプトスピラ症 レプトスピラ症 レプトスピラ症は,スピロヘータの一種であるLeptospira属細菌のうち,いくつかの病原性血清型によって引き起こされる感染症である。症状は二相性である。どちらの段階でも急性の発熱がみられ,第2期にはときに肝臓,肺,腎臓,髄膜への感染が生じることがある。診断は培養および血清学的検査による。治療はドキシサイクリンまたはペニシリンなどの抗菌薬による。 スピロヘータ科の細菌は,菌体のらせん状形態によって他の細菌と区別される。病原... さらに読む を除外すべきである。
診断検査には,急性期および回復期の血清学的検査,抗原検出,血液でのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるウイルスゲノム検出などがある。血清学的検査には,ペア血清を用いた血球凝集抑制試験または補体結合試験があるが,他のフラビウイルス(特にジカウイルス)抗体との交差反応も起こりうる。プラーク減少中和試験はより特異度が高く,血清学的診断のゴールドスタンダードとみなされている。抗原検出は,世界の一部の地域で利用でき(米国ではできない),通常,PCRは特殊専門技術を有する検査施設でのみ行われる。
実施はまれで困難であるものの,特殊技術を有する検査施設ではウイルスを接種したオオカ(Toxorhynchites属)または特殊な細胞株を使用して培養が行える。
血算では,有熱期の2日目までに白血球減少を認めることがある;4~5日目までに白血球数は2000~4000/μLとなり,顆粒球はわずか20~40%となる。尿検査で中等度のアルブミン尿および若干の円柱がみられることがある。血小板減少を認めることもある。
デングウイルス感染症の治療
支持療法
デングウイルス感染症の治療は対症療法である。アセトアミノフェンを使用できるが,アスピリンを含めたNSAID(非ステロイド系抗炎症薬)は出血のリスクがあるため,避けるべきである。アスピリンは,小児で ライ症候群 ライ症候群 ライ症候群は,ある種の急性ウイルス感染に続発する傾向のある(特にサリチル酸系薬剤が使用された場合に多い),急性脳症と肝臓の脂肪浸潤のまれな病型である。診断は臨床的に行う。治療は支持療法による。 ライ症候群の原因は不明であるが,症例の多くは A型もしくはB型インフルエンザまたは 水痘の感染に続発するようである。これらの疾病治療中にサリチル酸系薬剤(一般的にアスピリン)を使用した場合,発生リスクが35倍に上昇する。この知見により,米国では1... さらに読む のリスクを増加させるため,避けるべきである。
デングウイルス感染症の予防
流行地域の人々は,蚊に刺されないように予防すべきである。蚊によるさらなる伝播を防止するには,デング熱患者は2度目の発熱が治まるまで蚊帳の中にいるべきである。
いくつかの4価ワクチンの候補が評価中である。4価ワクチンの1つであるDengvaxia®は,2015年12月にメキシコで承認され,その後フィリピンおよびその他いくつかの国で,流行地域(米国では米国領サモア,グアム,プエルトリコ,および米国領ヴァージン諸島の領土を含む)に居住する9~45歳の人に対する使用が承認された。このワクチンは,血清陽性の接種者における入院および重症化のリスクを低下させる。ただし,デングウイルスに感染したことのない小児に予防接種をすると,その小児が後にデング熱に感染した場合,より重症化するリスクがあると考えられる;このためフィリピンの保健当局は国内でのデングワクチン接種を中止した。世界保健機関(World Health Organization:WHO)(1 予防に関する参考文献 デングウイルス感染症(dengue)は,フラビウイルスの一種によって引き起こされる 蚊媒介性疾患である。デング熱では通常,高熱,頭痛,筋肉痛,関節痛,および全身性リンパ節腫脹が突然発症し,その後無熱期があった後,2度目の発熱に伴い発疹が現れる。咳嗽,咽頭痛,鼻漏などの呼吸器症状が起こりうる。デングウイルスは,出血傾向とショックを伴う致死性の出血熱を引き起こす可能性もある。診断は血清学的検査およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査による。... さらに読む )および米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)は,過去のデングウイルス感染症の血清学的所見を調べるためにワクチン接種前スクリーニングを行い,血清反応陽性の患者にのみワクチン接種することを推奨している。接種は6カ月間隔で3回行う。
予防に関する参考文献
1.World Health Organization: Revised SAGE recommendation on use of dengue vaccine.2018.Accessed 12/19/19.
デングウイルス感染症の要点
デングウイルスは,ヤブカ(Aedes属の蚊)に刺されることで伝播される。
デング熱の典型的な症例では,突然の発熱,眼窩後部の重度の頭痛,筋肉痛,リンパ節腫脹,特徴的な発疹がみられるほか,最初の数時間は下肢および関節が極度に痛む。
デング熱は,出血傾向とショックを伴う出血熱(デング出血熱およびデングショック症候群)を引き起こす可能性があり,死に至ることもある。
流行地域に住む人または旅行に行った人に典型的な症状がみられれば,デング熱を疑う;血液の血清学的検査,抗原検査,またはPCRによって診断する。
デング出血熱
デングショック症候群を伴うデング出血熱は,デングウイルス感染症の流行地域に在住する10歳未満の小児に主に発生する変異型の臨床像である。デング出血熱の発症には多くの場合,過去にデングウイルスに感染している必要がある。
デング出血熱は免疫異常による疾患であり,デングウイルスと抗体の免疫複合体によって,マクロファージからの血管作動性メディエーターの放出が惹起される。このメディエーターは血管透過性を高め,血管漏出,出血症状,血液濃縮,および漿液性滲出を引き起こすことで,循環虚脱(すなわち,デングショック症候群)を招く。
デング出血熱の症状と徴候
デング出血熱はしばしば突然の発熱および頭痛で始まり,初めのうちは古典的デング熱と区別できない。重症型のデングウイルス感染症に進行する可能性を予測する警告徴候としては,以下のものがある:
重度の腹痛および圧痛
持続する嘔吐
吐血
鼻出血または歯肉からの出血
黒いタール便(黒色便)
浮腫
嗜眠,錯乱,または不穏
肝腫大,胸水,または腹水
体温の著明な変化(発熱から低体温へ)
発症2~6日後に,急速にショックおよび容態の悪化がみられることがある。
出血傾向は以下のような症候として現れる:
通常は,注射部位の紫斑,点状出血,または斑状出血
ときに,吐血,黒色便,または鼻出血
ときに,くも膜下出血
気管支肺炎がよくみられ,両側胸水を伴うことがある。心筋炎が生じうる。
死亡率は経験豊富な施設では通常1%未満であるが,それ以外では30%に上ることがある。
デング出血熱の診断
臨床基準および検査基準
世界保健機関が定義した以下の臨床診断基準を満たす小児ではデング出血熱が疑われる:
突発的な発熱があり,2~7日間にわたり高値にとどまる
出血症状
肝腫大
出血症状としては,少なくとも駆血帯試験陽性に加え,点状出血,紫斑,斑状出血,歯肉出血,吐血,黒色便などがある。駆血帯試験では,収縮期血圧と拡張期血圧の中間の圧まで血圧計のカフを膨らませ,15分間圧迫する。直径2.5cmの円の中にできた点状出血を数える;20個を超える点状出血は毛細血管の脆弱性を示唆する。
血算,凝固検査,尿検査,肝機能検査,およびデングウイルスの血清学的検査を行うべきである。凝固異常を示す所見としては以下のものがある:
血小板減少( ≤ 100,000/μL)
プロトロンビン時間(PT)延長
活性化部分トロンボプラスチン時間(PTT)延長
フィブリノーゲン減少
フィブリン分解産物の増加
低タンパク血症,軽度のタンパク尿,およびアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)値の上昇がみられることがある。フラビウイルスに対する補体結合抗体価は通常高値となる(ペア血清において少なくとも1つのデングウイルス抗原に対するIgGまたはIgM抗体価が4倍以上変化していることを示す)。
世界保健機関による定義の臨床基準に加えて血小板減少(≤ 100,000/μL)または血液濃縮(20%以上のHct上昇)がみられる患者は,罹患していると推定される(米国疾病予防管理センター[Centers for Disease Control and Prevention:CDC]のDengue Virus: Clinical Guidanceを参照)。
デング出血熱の治療
支持療法
デング出血熱の患者には,正常な体液量を維持するため集中治療が必要である。循環血液量減少(ショックの原因となりうる)および水分過剰(急性呼吸窮迫症候群を起こしうる)はいずれも避けるべきである。尿量および血液濃縮度により血管内容量をモニタリングできる。
抗ウイルス薬による転帰の改善は証明されていない。
デング出血熱の要点
デング出血熱は,主に流行地域に住む10歳未満の小児にみられ,デングウイルスの感染歴がある患者で発生する。
デング出血熱は当初は古典的なデング熱に似た病像を呈するが,特定の所見(例,重度の腹痛および腹部圧痛,持続する嘔吐,吐血,鼻出血,黒色便)があれば,重症型のデングウイルス感染症に進行している可能性が示唆される。
診断は,特異性の高い臨床基準および検査基準に基づく。
循環血液量を正常に保つことが極めて重要である。